プロローグ
「ふわぁ……」
間の抜けた感じで欠伸をしながら、私、林原 葉月は伸びをした。
昨日から始まった魔法少女の深夜アニメが中々面白くて、つい夜更かしをしてしまった。
中学二年生にして昼夜逆転生活に慣れているのは非常にマズイとは思うが、しかし、面白い魔法少女アニメは大抵深夜枠なのでついつい見てしまうのだ。
そしてリアルタイムでSNSサイトに実況ツイートをするのが、最早習慣になってしまっている。
今更だが、私はオタクだ。
と言っても、女だからと言って二次元の男を見てキャーキャーしたり、男同士でのカップリングを妄想したりすることはない。
恐らく私の好みが少し変わっているのかもしれないが、私はどちらかと言うと魔法少女系と言った、女の子が変身して戦うようなアニメが好きだ。
と言うよりは、可愛い女の子が出てくるアニメが好き。
ちなみに私の趣味は両親にはバレている。
とはいえ、趣味に没頭する分勉強も平均点は取っているので、見逃してもらっている。
……というか、私には平均点しか取れない。
所謂『器用貧乏』と言う奴で、私には弱点も特技も無いのだ。
ま、変に目立ちたくもないし、それくらいが私としては一番丁度いいのだけれど。
だから、普通に勉強してこの平凡さえずっと維持していれば、いくら変わった趣味をしていようとお咎めは無いのである。
というわけで私は昨夜も調子に乗って深夜二時まで起きて、魔法少女アニメを見た。
だが、夜遅くまで起きて見た価値はあった。
作画も良く、キャラクターデザインも可愛くて、可愛い女の子がたくさんいた。
変身シーンや戦闘シーンも中々の迫力で……うん。これは次回以降も期待できる。
そんな風に、昨夜のアニメの余韻に浸っていた時、目の前にある家の扉が開いた。
「おはよう、若菜」
「はーちゃんおはよう。待った?」
そう言って首を傾げる幼馴染、加藤 若菜。
彼女と私の家は生まれた時から隣同士で、幼い頃からの親友だ。
もちろん中学校も同じなので、こうして毎日一緒に学校に通っている。
彼女の動きに合わせて揺れる三つ編みを目で追いながら、私は首を横に振った。
「ううん。待ってないよ。じゃ、行こうか」
「うんっ」
私の言葉に若菜ははにかむ。
それから、私達は学校に行く道を歩いた。
歩きながら、私は何度目かになる欠伸をした。
「眠そうだね。今日も深夜アニメ?」
「うん……新しく始まった魔法少女モノが面白そうだったから、つい……」
「相変わらずだねぇ。それで、面白かった?」
若菜の質問に、私は頷いた。
すると若菜は「それは良かった」と答える。
それから少しして、何かを思い出したような表情をした。
「そういえば、前にはーちゃんがオススメしてくれたアニメ見たよ」
「おお! どうだった?」
「すごく面白かった! ……でも、またシリアスだった」
苦笑混じりに言う若菜に、私は前に若菜にオススメしたアニメの内容を思い出す。
……あぁ、確かにあれはシリアスだ。
かなり有名な魔法少女アニメだけど、絵柄やタイトルの雰囲気からは想像出来ないくらいシリアスな内容で、私もかなり心がやられた。
流石にあれは若菜にはハードルが高かったか。
「そっか。まぁ、最近の魔法少女アニメなんて皆そんなものだよ」
「そうなの? じゃあ、もしかしてはーちゃんが今見てるアニメも……?」
「多分そうなる可能性が高いだろうね~。日常系アニメや可愛らしい魔法少女アニメに見せかけた鬱アニメばかりだよ。最近は」
私の言葉に若菜は困惑したような表情を浮かべた。
その時、スパァンッ! と乾いた音がした。
視線を向けてみると、そこではソフトボール部が朝練習の真っ最中だった。
「それじゃあもう一本!」
キャッチャーの女子がそう言ってボールを投げると、ピッチャーの女子が「おー」と返事をしながらボールをキャッチした。
そのピッチャーの少女の顔は、見覚えがあった。
「あれは……不知火さんか」
不知火 明日香。
私の学年での有名人だ。
ベリーショートの髪に中性的な顔立ち。運動神経抜群で、ソフトボール部のエース。
性格も凄く良い。優しくてリーダーシップがあって、よく先頭で皆を引っ張って行くようなタイプだ。
気になるところと言えば、彼女の第一人称が『僕』なことくらいか。
しかし、見た目も物凄く良いから、それすら気にならない。
「運動部は朝練があって大変だねぇ」
「そうだねぇ。……不知火さんが魔法少女になったら似合いそうだと思わない?」
「またそうやって……でも、分かるかも」
若菜の賛同に私も「だよね!」と返した。
それから児童玄関で靴を履き替え、教室に向かう。
雑談をしながら廊下を歩いていた時、階段から何か書類の束を持った少女が下りてきた。
「あ……林原さん。加藤さん。おはようございます」
そう言って微笑を浮かべるのは、生徒会長の風間 沙織だ。
綺麗な黒い長髪に、眼鏡を掛けており、真面目を体言したような見た目。
その顔は整っていて、云わば清楚系美少女と言ったところか。
成績優秀で、いつも貼り出される学年順位ではいつも一位という秀才っぷり。
おまけにいつも冷静沈着で、仕事も出来て、まるでフィクションに出てくるかのような生徒会長だ。
「おはよう、風間さん」
「お、おはようございます……」
私に続いて、若菜がか細い声で言う。
すると風間さんは私達に会釈をして、歩いて行く。
それを見送ってから、私は苦笑混じりに若菜を見た。
「若菜人見知りし過ぎ。ま、いつものことだけど」
「うぅ……だって、恥ずかしいんだもん」
そう言って目を背ける若菜に私は笑う。
鞄を肩に掛け直し、若菜を促して教室に向かおうとした時だった。
「きゃぁッ!」
そんな叫びがして、私は振り向いた。
直後、同じクラスの山吹 蜜柑が転んだ。
凄く派手に転んだものだから、私は呆然と彼女を観察した。
しかし、すぐに我に返り、彼女の元に駆け寄った。
「山吹さん、大丈夫!?」
「ふぇ……? あ、うん。大丈夫」
そう言ってふにゃぁと柔らかい笑みを浮かべる。
外見は明らかに小学生にしか見えないが、一応同級生だ。
身長も低いし、顔も童顔。おまけにマイペースというか、大人しい朗らかな性格で、いつもフワフワした感じの印象を受ける。
とはいえ、顔が可愛いから苛められたりとかは無く、むしろ男子からは絶大な人気を誇っている。
慌てた様子で彼女は立ち上がり、スカートをパンパンと叩いて埃を払う。
それから私を見て、笑みを浮かべた。
「ホラ、怪我も無いし」
「ん……そっか……」
私はそう言いつつ、苦笑する。
すると山吹さんは頷き、先に教室に向かって歩き出す。
その後ろ姿を横目に見ながら、若菜が小声で聞いてきた。
「朝からいきなりトップスリー見ちゃったね」
「ん……そうだね」
私が賛同すると、若菜はオドオドとした様子で山吹さんの背中を見た。
不知火さん、風間さん、山吹さんは私達の学年では『トップスリー』と呼ばれている。
三人とも男女問わず人気があり、この学年の中のアイドル的な存在なのだ。
そんな人気者三人と朝から接触することになるとは……。
山吹さんは同じクラスだからよく見るが、不知火さんや風間さんは違うクラスなので、彼女達を見る機会はほとんど無い。
自分から意図的に見ようと思えば見れるが、偶然出会うということは中々無い。
「これは、今日は何か良い事がありそう」
「あー……もしかしたら、今日の小テストが上手く行くとか?」
若菜の言葉に、私はその小テストの存在を忘れていたことに気付いた。
しまった……全然勉強してない。
今から知識を詰め込めば、なんとか間に合うか……?
そう思って、私は勉強を教えてもらおうと若菜を見た。
「はぁ……ちゃん……?」
その時だった。
私の足元に、緑色に輝く魔法陣のようなものが現れたのは。
「へ……?」
「はーちゃん!」
驚きに固まっている時、若菜が手を伸ばしてくる。
咄嗟に、私も彼女に向けて手を伸ばす。
私達の指先が触れそうになった瞬間、魔法陣が強く光を放った。
目の前が真っ白になり、咄嗟に瞼を瞑る。
それと同時に、強い浮遊感を覚えた。
直後、何かに引っ張られるような感覚がしたかと思えば、何かに弾かれたような感触があった。
色々な事が起こりすぎてわけがわからなかったが、それもようやく落ち着き、ひと安心する。
「ふぅ……」
息をつき、私は瞼を開いた。
そこには驚いた顔で私を見ている若菜がいる……ハズだった。
「へ……?」
しかし、私の予想は大きく裏切られる。
若菜がいないどころか、私がいる場所は学校の廊下ですら無かった。
目の前に広がるのは……見慣れない森だった。
読んで下さってありがとうございます