セミファイナル
劫火に燃え盛るのは、天獄。
それは、まるで六芒星を思わせる形で空に浮く城塞にして、神の監獄。
空中に浮かんでなおも天を刺す摩天楼の群れの中心には、一際高く天を刺すバベルの塔が聳え立ち、それはまるで、その頂上に立つ二人の戦士に誂えた舞台の様であった。
「……どうやら、此処ももう持ちそうにないな。見ろよ、第一回廊まで崩落を始めている」
そのうちの一人のは、そんな崩れ落ちる天空の城塞に居るとは思えない程に落ち着いていて、まるでこれから雨が降ることを危ぶむような口調で口を開いた。
そう言ったのは、先日高校を卒業したばかりだという、まだ二十代にも入らない青年の、我妻・一丸だった。
そんな一丸の言葉を聞きながら、もう一人の人影は溜息と共に返事した。
そこに居たのは、一人の戦士だった。
過酷な戦いを潜り抜け、小市民的な生き方を捨てたその戦士の顔付きには、今までの甘えの一切が削り落とされた、決意の眼光が宿っている。
その腕には、巻き付くような龍の入れ墨が彫り込まれ、その利き手には十数枚のカードが力強く握られていた。
そしてその人影は、カードを握りこんだ手の様に、押し殺した怒りをかみ砕いた声で、一丸に向かって叫ぶように言った。
「そうだな!そろそろ、ケリをつけるには十分だろう!この長い戦いのケリを、俺の……、イヤ、俺たちの戦いの、結着をつけるのは十分すぎる!」
「……暑苦しい言い方だなあ。別に、そう気負う必要は無いだろう?僕だって、お前との、いや、お前たちとの因縁には辟易していたんだよ?幾ら殺そうとしても殺したりない上に、僕の計画や計算を越えた動きをしょっちゅうして、予想外の痛手ばかり負って来た。全く、こちらとしては毎回毎回何が起こるのか、不安と恐怖しかなかったよ」
絶叫する戦士の言葉に、呆れ果てたように首を軽く振りながら、一丸はまるで被害者ぶった様な態度で話す。
その瞬間、一丸に向けて怒号が炸裂した。
「その口で、よく言えたもんだな!テメエ!!!今まで、散々テメエの都合だけで人を利用して!殺して来たテメエがよ!市丸ッッ!」
今までの戦いの因縁の中で死んでいった人たち。時に強い願いと共に、時に望まぬままに戦いに駆り出されながらも必死に生き、戦った人たち。
そして、そのほとんどの人間を殺して来た市丸の言葉に、思わず怒りが炸裂した絶叫が走った。
そんな戦士の憤怒の怒号を喰らった一丸は、一瞬、怪訝な顔をして首を傾げると、喉の奥から溢す様に小さく笑った。
「……ククク。今更だねえ。お前が言っているのは、桐宮の事かい?桜庭姉妹の事かい?それとも、浅井の事かい?ああ、もしかして、相棒の事かい?残念だったね、あんな死に方するなんて」
一丸の言葉と共に、戦士の脳裏に蘇るのは、かつて共に戦った仲間達の顔だった。
その瞬間、脳髄を焼き焦がすような怒りが戦士の身体中を走ったが、同時に、最期まで人を信じて戦い抜いた底抜けにバカなお人好しの顔がよぎり、その怒りが収まっていくのを感じた。
―――――――――お前は、最期まで自分を信じろ。
不意に蘇ったその言葉が戦士の怒りを鎮め、落ち着きの戻った頭がゆっくりと倒すべき敵を倒す戦略を立て直す。
「……アイツの事なら、何の怒りもねえよ。あれは、アイツの望んだ生き方だ。アイツの叶えようとした、……アイツの叶えた、正真正銘のアイツの願いだ。だから俺は、俺の意志と願いの為に、お前を倒す」
毅然とした戦士の言葉に、一丸は軽く肩を竦めるとつまらなさそうに眉根を寄せた。
「……何だ、つまんない。折角最後にお前をおちょくる機会だと思ったのに、ちっとも怒らないなんて。からかい甲斐がないなあ。ま、いいさ」
一丸は、そこで言葉を切ると、不意に空を見上げて感慨深げに深い溜息を吐いた。
「……三年、か。長かった様な、短かった様な。或いは、夢だったような、幻だったような時間だったなあ。あれが現実だったなんて、到底思えない」
それは、皮肉な言葉だった。
何よりも理解しがたいこの青年の心が、今、この戦士にだけは深く理解できた。
互いにそれぞれ譲れない願いを掛けて、孤独な戦いを繰り広げ続けた者にしか理解できない心境。
「それも、もう終わりだ」
だが、その情緒に似た一瞬も、一丸の言葉と共に終わる。
不意に、一丸はどこからともなく取り出した七枚のカードを取り出して天に向けて放り投げると、天頂を指差して、その言葉を告げた。
「顕現せよ、我が器よ。『王冠』の座の王、我妻・一丸が命ずる。世界、塔、審判、正義、死神、悪魔、そして愚者よ」
それは、戦闘を始める合図だった。
一丸の言葉と共に、戦士もまた、その手に握るカードを投げ、祈る様に願う様にその言葉を叫ぶ。
「顕現せよ――――――」