身代わりリング
視点変更。
基本的に魔道具屋編は客視点の話になります。
店主視点は次の章で。
城門から真っ直ぐ大通りを進み、商業区に入ってすぐのところ。
食事処【夕凪亭】を曲がって5分ほど行ったら件の魔道具屋は有る。
半年前にできたばかりの頃に一度訪れた事は有るが、見た事もない上に眉唾物な効果の魔道具が捨て値同然で売られていた。
王都には老舗の魔道具屋も有る、年若い店主に効果のなさそうな魔道具・・・もって数ヶ月だろうと思っていた。
そんな私の予想は大外れだった。
半年程王都から離れつい先日帰って来たのだが、件の魔道具屋は未だに健在している。
それどころか数店存在していた魔道具屋が軒並み潰れて、王都に唯一存在する魔道具屋になっていた。
何やら悪どい事をして利益をあげているのか、資産に物を言わせ薄利で他店の顧客を奪ったのか。
唯一残った魔道具屋がそんな悪徳な所ではたまったものではない、そんな不安にかられ探りを入れてみるが探索者達の評判は概ね良いものだったので少しは安心できた。
どちらにせよ、ポーションが必要な私に魔道具屋に行かないという選択肢は無いのだ。
目的地に辿り着いた私は【魔道具屋レオンハート】と書かれた看板を横目に、ゆっくりと入り口の扉を開いていく。
中には人が溢れ返る、とまではいかないがそれなりに人が居て繁盛しているのが分かった。
体格の良い男性は陳列棚を覗いて、何やらブツブツ言っている。
女性2人組は装飾品らしき物を手に取り、キャアキャアと声を上げている。
背の低い赤髪の女性は、無表情なまま店主と無言で向かい合っている。
私はそれらの光景を一瞥すると、辺りをキョロキョロと見回し目的の物を探す。
こうして見てみると、以前とは品揃えが違うのがよく分かる。
相変わらず効果があるのか分からない魔道具は置いて有るが・・・ポーションやエーテル、魔法鞄や魔法焜炉など見覚えの有る物も有った。
品揃えの豊富さに軽く驚きつつ、目的のポーションを手に取り会計を済まそうと店主の元へ行く。
すると赤髪の女性が、まだ店主と無言で向かい合っていた。
店主はニコリとした柔らかい笑顔のまま立っているが、女性の方は無表情で時折口をパクパクと開いては閉じを繰り返している。
何をしているんだろう?会話をしている訳でも無さそうだが、長い事店主を拘束して何か目的があるのだろうか?
「・・・ぁ」
「すまない店主、会計を頼みたいのだが」
女性の後ろから店主に声をかける、急に声が聞こえたからか女性はビクリと身体を震わせた。
何か言おうとしたタイミングだったのだろうか?申し訳無いことをしたかもしれない。
しかし女性は身体を横へと移動し、私に順番を譲ってくれた。
軽く会釈し、店主にポーションを購入する旨を伝える。
「ありがとうございます、ポーション10本で金貨1枚です」
「金貨1枚?!それは安すぎでは無いか?!」
店主は笑顔を崩さず、首を降って間違いでは無いと言う。
ポーション1つ銀貨1枚など、見習いが作る低級の物に付ける値段だ。
そう言われて見ると、瓶から透けて見える中身は何処か薄い色をしている。
まるで水の様な透明度だ、効果もその分薄いのかもしれない。
この店に有るポーションは1種だけ、低級の効果しか無いのならば10本では足りないかもな。
だが、持ち運べる量にも限度という物がある。
しばらくは間に合わせとして購入しておき、早めに別の街で買い直した方が良いかもしれない。
そう納得し、金貨1枚を店主に渡す。
ポーションを買うのに金貨10枚は掛かると見ていたのだが、随分とお金が余ってしまった。
他所で買い直すとしても、ここの品物の安さを考えると他の魔道具も購入しても良いかもしれない。
そういえば・・・先ほどの2人組が見ていた装飾品は、なかなか精巧な造りをしていたな。
魔道具としての効果はさておき、アクセサリーとして購入するのも有りだろう。
よく他人に『飾り気が無い』と言われる、あまり気にはしていないがこれでも女だ。
1つくらいは邪魔にもならないし、別に良いか。
と、先ほどまで賑やかだった装飾品が置かれた棚の前へと行く。
「・・・昨日の」
「ああ!ポーションですか?」
どれが良いだろうか、さっぱりわからん。
ネックレスだと動く時邪魔になるか?ブレスレットは剣を振るうとき可動域を狭めないだろうか?
「当店のポーションはこちらの1種類です、昨日お客様に使用したのもこちらですよ」
「・・・ぇ?」
ふむ、この指輪なんかどうだろうか?
これくらいの小ささならば握りの邪魔にもならないし、やはり目立つ大きさだと誰かに見られてからかわれる可能性もあるしな。
シンプルなリングに小さな赤い石が付いた指輪、それを手に取り再び店主の元へ行く。
「ポーション1つ銀貨1枚です」
おや、先ほどの赤髪の女性・・・彼女もポーションを買いに来ていたのか。
しかし、何故そんな驚いた表情をしているのだろう?
今度は驚いたまま固まっている女性、随分と表現に乏しいのだな。
私は店主に指輪の代金を払い、店を後にした。
これ程の造りの指輪に金貨1枚、やはりどう考えても安い。
魔道具としての効果は、期待出来ないだろう。
▽
数日後、我が傭兵クランに護衛の依頼が入った。
内容は商隊の護衛、片道10日程の比較的短い依頼だ。
馬車3台と御者含めて商人5人、大きな仕事を終えたばかりの私にとってやや小規模の依頼にも思える。
が・・・依頼は依頼、報酬がもらえるならば文句は無い。
前列はクラン一古株の者に任せ、私は最近クランに加入した者と殿を務める事にした。
「いやー、傭兵って大変だと思ってたんですけど楽勝っすね」
道程も5日過ぎ、新人の少年がそんな事を言う。
確かにこの数日で現れたのは野生の魔物数体、いずれも小物ばかりだ少年がそう思ってしまうのも無理は無い。
油断は禁物だと窘めると「はいはい、分かってますって」と、うんざりした表情で返事をした。
この年若い少年は、生意気な所が有るが剣の腕はたつ。
年長者の私が心構えをしっかりと叩き込んでやれば、いずれクランを背負って立つ者になるだろう。
だから、そんな顔しても小言はやめてやらんぞ?
それから数日、行程は順調に思えていたが何やら前列の様子がおかしい。
新人の者に警戒を任せ、私は事情を伺いに行った。
どうやら前方で野盗らしき集団が待ち構えているのに気付いたそうだ、かなりの規模の集団でこの人数で商隊を守りきれるかどうか。
結局、街道を逸れて野盗達を迂回する事にしたのだが・・・まぁ、それを見逃してくれる訳も無い。
こちらの動きに気付いた野盗達は、様子を伺うのを止めてこちらへと向かって来た。
このままでは追いつかれる、私は殿としての役目を果たそうと立ち止まり反転して身構えた。
「クリスさん!何を?!」
「ここは私が食い止める!アレンは前列と合流し、商隊の護衛を!」
私の行動に驚いた新人は声を上げる。
「無茶です!一緒に行きましょう!」
「傭兵とはこういうものだ、僅かな報酬の為に生命を掛ける。お前もこの先傭兵として生きるなら覚えておけ」
「そんな、最期みたいな言い方・・・」
「早く行け!」
「せめて、オレも一緒に!」
そう言って私の元へ駆け寄り、剣を抜く新人。
「いらん。お前はまだ若い、さっさと護衛に戻れ」
「でも!!」
「邪魔だ、と言うのがわからんか?」
そういうと新人の顔に悔しそうな表情が浮かぶ、いくら腕がたつと言っても私と比べるとまだまだだ。
それは理解しているのだろう、素直に剣を納め「ご無事で」と商隊の方へと戻っていく。
「さて・・・」
新人が離れ、徐々に野盗達の距離が縮まる。
背中に背負っていた盾を左手に持ち変え、右手には剣を持つ。
間もなく邂逅といった所で、私は盾に魔力を流す。
魔道具【挑発の盾】は、この盾を持つ者に敵愾心を集める効果が有る。
高価な魔道具だが、それに見合った効果はある。
先頭を走って来た野盗が、私と対峙する様に立ち止まった。
盾を中心に半径100m程、この円の中に入った者全てに効果が有る魔道具。
もし新人が隣に居たら私の最期は味方によるものになっていただろう。
それほどに強力な効果は、無事全ての野盗達を足止め出来た。後は・・・
「はぁ!」
正面の野盗を切りつける、私の剣速に反応出来ない野盗はあっさりとやられる。
一対一は危険だと思い、私を囲むように移動する野盗達。
その隙を突いて、2人の野盗を切った。
残り・・・20人程か、包囲網が完成した野盗達はジリジリと私に近付いてくる。
「ふっ!」
背後の野盗が、私の首を狙って剣を振るう。
それを少しだけ前傾姿勢になって躱し、振り向きざまに切りつけた。
「ガキィン」
と、横からの攻撃を盾で防ぐ。
そのまま盾で野盗を弾き、その場で一回転する様に周囲の野盗の首を刎ねる。
後15人・・・
野盗達の剣を躱し、時に盾で弾き切りつけた。
次々に数を減らす野盗、私にも段々と小さく無い傷が増えていく。
5・・・4・・・3・・・2・・・
あと少し、と言う所で胸に熱が奔る。
急速に力が抜けていくのを感じ、がクリと膝が落ちる。
視線を胸元に持っていくと、そこからは剣が生えていた。
くそ、油断した。
そう後悔しても遅い、背後から刺された剣により血を失い意識が朦朧とする。
せめて・・・と、私の様子に油断して近付いてきた野盗の首をまとめて刎ねた。
最期の力を振り絞ったのだ、流石にもう動けない。
野盗達を全滅させる事は出来たが、私はもうここまでだ。
ゆっくりと目を閉じその場に倒れ込む。
『パキィン』
・・・?
おかしいな、先程から痛みを全く感じない。
麻痺してしまったのかと思うも、意識も何故だかハッキリしている。
ゆっくりと目を開くと、倒れた私の目の前に一振りの剣。
ゆっくりと身体を起こして見ると、刺さっていた筈の剣が無くなっている。
いや、ひょっとしてこの落ちている剣がそうか?
慌てて胸元に手を当てると、どうやら傷口も塞がっている。
夢でも見ていたのかと思ってしまうが、鎧には穴が空いていて間違いなく現実なのだと理解する。
さすさすと何度も胸元を撫でていると、今度は手元に違和感を感じる。
見ると、何やら赤い粉が指に付いている。
何だろうか?と思って考えるが、すぐに答えは分かった。
付けていた指輪から赤い石が消えている、恐らく砕け散ったのだろう。
まさか・・・本当に?
装飾品のつもりで買ったこの指輪、本来は魔道具だったと今になって思い出した。
眉唾物の効果ばかり書かれた物の中でも、最も異端。
『身代わりリング』
そう書かれていた指輪をじっと見つめる。
読んでくださってありがとうございます。