もしチョコレートを異世界の人(王様)が食べたら【ホワイトデー編】
一部お下品な表現が含まれます。分からなければ深追いせずスルーしてください。
「王は……?」
王の側近である男が執務室の扉を守る兵に声をかけた。扉番をしていた兵は、しゃちほこばって答える。
「いらっしゃいます」
「やれやれ。ようやく出てきましたか……入室します」
「はっ」
兵たちは執務室の扉を開け、男を通した。
王は6日ぶりに執務室に現れた。媚薬のような効果をもつちょこれいととやらをラクトアから贈られ、王妃とともに閨に籠って5日。その間の公務は滞り、王弟と側近の大臣たちはその対応に奔走させられた。
しかし、跡継ぎをもうけるのも王の仕事のうち。
現在、王には姫が一人、王子が一人あった。
いずれ継承問題で揉めることも考えられるし、王室の財政にも関わるので、あまり子だくさんでも困るのだが、王は今まさに男盛り。初恋をこじらせ数あった縁談はスルッとスルー。周りをやきもきさせたのち、ようやく意中の女性を射止めて正妃に迎えたのだ、夢中になるのも分かるが……二児の親になってなお、蜜月のような仲の良さはどうしたものか。
男はラクトアから送られた手紙の文面を思いだし、額に手を当てた。
「おはようございます、王。ご機嫌麗しくなによりのことでございます」
「あれはすごいぞ……」
「そんなことは聞いておりません。ところでラクトアへの返礼はどうなさいますか」
「返礼とはなんのことじゃ」
「読んで字のごとし。聞いたままに、ちょこれいととやらのお礼にラクトアへと贈る品のことでございます」
「お前、ワシのことをバカじゃと思っとるじゃろ。返礼の意味は分かっておる。これまでラクトアに礼を送ったこともないが、何も言うて来なんだぞ。あれらはラクトアからワシへの献上の品ではないのか」
「これまではそうだったようですが、今回はいささか違うようです。ラクトアめ、畏れ多く図々しくも返礼を寄越さねば、次に生まれる王女を拐うと脅してきております」
「なにぃ!?」
「しかも、ちょこれいとの三倍の価値があるものを寄越せと」
「さ、三倍じゃと。なんということじゃ。ラクトアに次の子をやるわけにはいかぬ。なんとしてもちょこれいとの三倍の価値のある贈り物を見つけよ。よい贈り物を考えついたものには褒美をとらすとお触れを出すのだ」
「はっ」
やがて王のお触れにより、国内外から富めるものも貧しいものも、これぞという品を携え王城を訪れた。
「次の者、御前に」
「はい」
「それはなんじゃ?」
「はい。世にも珍しい数を数える犬でございます」
「ほう。見せてみよ」
「はい! 2引く1は?」
「ワン!」
「1かける1は?」
「ワン!」
「ほう、素晴らしい」
「王、犬はもとよりワンと鳴くものです。お帰りいただきましょう」
「次の者、御前に」
「はい! 新種の花にございます」
「ほう……何が珍しいのか」
「色といい、形といい、我が国の花とは異なるようですな」
「確かに珍しくはありますが、王、魔女とはいえラクトアも女性。腐った肉の臭いのする花などふつうは喜ばないでしょう。お帰りいただきましょう。さて、次の方……」
***
「なんとか決まりましたね」
「こんなもので許してくれるじゃろうか」
王は不安げにラクトアへの贈り物として用意した荷の山を見上げた。
極寒の地では採れない果物や農作物を詰めた木箱や麻袋。数種類の酒樽。鶏、豚、羊、牛にそれから馬。金貨の入った袋。色とりどりの絹の反物や糸。それらが城の裏庭にデデンと積まれていた。
側近の男は目録をチェックしていたが、王の言葉に大きく頷いた。
「無難なところだと思われます。これに加えて見映えがよく若い奴隷男を数人でも付ければ」
「しかしのう、これをどうラクトアの城まで運ぶのじゃ」
ラクトアの城は極北の地だと言われているが、これまで誰ひとり行って帰って来たものはいない。つまり、はっきり場所は分からない。
「次の満月の夜というのは、いつなのじゃ」
「王立魔術研究所の暦管理課によりますと……今夜です」
「今夜じゃと! どうするのじゃ。ラクトアの城まで運べるのか」
王は焦った。たったひと月では王妃が懐妊しているかどうかは分からない。だが創世の魔女のひとりであるラクトアが、わざわざ『次の王女』と言ったからには、あとふた月もすれば王妃に懐妊の兆候が現れるのだろう。
王には王妃が懐妊するかもしれない心当たりが大いにあった。
「お任せください。実はこのようなものがばれんたいんでぇちょこれいととやらの箱に入っておりました」
「なんじゃお主、小出しにしおって。それはなんじゃ」
側近は懐から出した白くて薄い板のようなものを王に見せた。
「使用方法も書いてございました。これに送り主の名と、届けたい相手の名を記せば、どんなに多い荷物でも瞬時に転送される魔法陣のようなものだそうでございます。これをチャクバライデンピョウと申すのだとか」
「なんと! そ、それがあれば……」
「……ええ、兵士、武器、兵糧などを大量に運ぶことさえ可能な、魅惑的かつ危険な魔法陣です」
二人は顔を見合せた。先に目線を外したのは側近だった。
「しかし、このデンピョウという魔法陣が使えるのは一度だけ。このひと月、模倣品を作らせようと致しましたが、魔法を発動させる文字を書くわけにいかず、結局解析には至らず。申し訳ございません」
「い、いや。いいのじゃ。そうじゃのう。これで返礼を送れなくなると、生まれたての姫が拐われるのじゃ。慎重な判断をとってくれたこと嬉しく思うぞ」
「ご寛大なお言葉ありがたき幸せにございます。では奴隷男の準備もできたようですので、魔法陣を発動させます」
「う、うむ」
側近の男は懐から羽ペンを取り出すと、チャクバライデンピョウに受取人に北の魔女ラクトア=イスと書いた。そして、差出人欄には王の名前を記した。
その途端、チャクバライデンピョウは白く発光し、側近の男の手を離れて空に浮かんだ。白く輝く玉が城の庭に浮かぶ幻想的な光景に、王も側近も側に控えていた侍従も、奴隷男たちも牛も馬も羊も豚も鶏も空を見上げ呆けた。
「チャーース! ペンギン急便でーーす」
ラクトアからの貢ぎ物を届けにくるラクトアの使者らしき、ずんぐりむっくりした見た目の、クチバシとヒレと鋭い爪を持った魔獣がペタラペタラと足音をさせながら現れた。
どうやら裏口から歩いて入ってきたらしい。
みなが呆気にとられながらも注視していることなど気にもせず、ラクトアへの返礼にと用意した品物の山に歩み寄る。
「あ、お荷物こちらですね。お預かりいたしまーす。それにしてもまあ、たくさん用意されましたね。ホワイトデーのお返しに果物、穀物、お酒に牛、馬、豚、羊、鶏、金貨に絹織物、イケメン奴隷ですか。なーんかちょっとズレてる気もしますが仕方がありませんよね。すみませんねぇ、ラクトア様が無茶ぶりするものでご迷惑おかけいたしました。チョコレートのお返しなんて、クッキーとかマシュマロとかキャンディでいいんですよ? まー、お酒はお姉さま方喜ばれますけど。第一、バレンタインデーなんて本来、異世界のニホンじゃ、好きな殿方に想いを告げるイベントだっていうじゃありませんか。なんだってラクトア様は王様に贈られたんでしょうね。あ、お妃様もいらしてたんですね。ボクしーらないっと。んじゃ頂いて参りますので。ペンギン急便を今後ともご贔屓に~」
白い光はますます輝度を上げ、城の面々はあまりの眩しさに目を閉じた。そして次に目を開けた時には、魔獣とラクトアへ用意した品物の山は忽然と消えていた。
「のう……くっきぃ、ましまろ、きゃんでーとはなんのことじゃ」
「さあ……私には分かりかねます」
「貴方、どういうことかしら」
「妃ちゃん!? これは違うんじゃ、誤解じゃ、ラクトアに嵌められたのじゃ」
「他の女からもらったものを私に食べさせるなんて、あんまりじゃありませんか! しかも知らない間に魔女までお手つきになさっていたなんて!」
「違うんじゃ、そんなことはしとりゃせん。ワシには妃ちゃんだけなんじゃー」
「知りません! しばらく実家に帰らせて頂きます」
「待つんじゃー、妃ちゃーん!」
***
「ラクトア様、連日連夜の宴会、もうそろそろお開きにいたしませんか」
「なーに言ってるのさ、ルー。これだけの食べ物、無駄にしちゃ悪いだろう?」
「そうですけど、凍らせて保存しておけばいいじゃないですか」
「しっかし、ホワイトデーのお返しってこんなラインナップなのかい」
「なにおっしゃってるんですか。イケメン奴隷、ノリノリで乗ってらしたくせに」
「食べ物と絹はリサんところに持って行っておあげ」
「はいはい、かしこまりました。まったく鳥使いの粗いお人なんだから」
「他にも宝石とかさぁ~」
「あの国は宝石出ませんからねぇ。それに普段からラクトア様が食べ物ばかり送るものだから、食いしん坊だって思われてるんじゃないですか? 一応送る人のこと考えてのセレクトだと思いますけどねぇ。赤子なんてもらっても困るもの。入り口のない塔に閉じ込めておいても、どっかの王子がやってくるんですよ。まったく育てるだけ育てさせといて横からかっさらうんだから、たまったものじゃありませんよね」
「ルー、どうしたんだい?」
「いえべつに。ラクトア様が取り寄せた異世界の物語ですよ。魔女や魔物をあんなに迫害するなんてひどい世界です」
「泣くなら人の姿でおし。慰めてやらなくもないよ」
「いいんです。ラクトア様のお優しさだけ頂いておきます。ボクのことを心配するなら宴会をお開きに……ねぇ、ちょっと聞いてます!? ねぇ!」