1-3 少女の講座②と青年の説教
フェイは、50年前の魔族の侵略について語り出した。
「それから魔族はありとあらゆる人種を虐げ始めました。獣族や不死族、果ては巨人族まで。特に、単体では2番目に弱い種族の人族は酷いものだったそうです。お祖父様は詳しく教えてくれませんでしたが、それはもう、本当に酷かったとか。
森精族だけは森で籠城戦をして、得意の魔法で抵抗したそうですが、それでも劣勢だったようで、実際に魔族の手にかからなかったのは唯一竜族のみです」
エルフ! やっぱりいるんだ!
あの、スラッとしててキリッとしてて、耳が長くて緑っぽくて魔法と弓の得意なエルフ!
たまにオークとかゴブリンとかに攫われてくっころしてる奴ら、いるのか!
会いたいなぁ。
そして竜族。さっきのアレか?
フェイによると、この世界では話の通じる生物、知的生命体の種類について『〜族』とつけるようだ。
アレも、話し合いでかたがつくのか?
あんまりそういう雰囲気じゃなかったけどなぁ。
「それからどうした? 勇者でも来たのか?」
「はい。当時魔族に隠れて、とある人族の国の賢者達が勇者を召喚する儀式を進めていました。そしてやってきた勇者は大陸中を奔走して、とうとう魔王軍を破りました!」
フェイの言葉に熱がこもっていた。この話が好きなのかな?
確かに、分かりやすくて子供受けしそうだ。小さい時から話してやることもできるだろう。好きにもなるか。
しかし、具体的な中身は教えてくれないのな。まぁ、流石に50年も前の話だし、勇者と一緒に行ったわけでもなく詳細がわかる奴も居ないだろうな。
個人的に、召喚した、のあたりがすごい気になるんだけども。俺の現状に直結しそうだ。
「しかし最後には魔王と相討ちになりました。勇者は命を懸けてこの大陸の平穏を取り戻したのです!」
イイハナシダナー。
正直、元の世界で知ってる展開よりはつまらない。現実なんてこんなもんだ。
「そしてここからが本題です。
勇者がいなくなった後の話です。勇者は人族であったので、人族の権力者は魔王軍を滅ぼした勇者の種族として、他種族に人族を神聖視させました。
他種族はこれを快く受け入れ、人族は大陸内で絶対的な地位を手に入れました。人族は各地で貴族のような扱いを受け、他種族に一目置かれる存在になったのです」
まぁ、そうなるわな。
で、ここまで来ればこの先の展開も読めてくる。
「しかし、いつの時代も権力を悪用しようという輩は必ずいます。一部の人族が、他種族の土地を治めはじめ、膨大な量の税を納めさせたのです」
調子に乗り始めた。当然だ。世の中頭の沸いた連中なんぞ5万といる。ちやほやされる中で調子に乗らない奴がいないはずがない。
「その人族達は、民が餓死しようがお構いなしに純粋な私利私欲のために権力を使っているのです!
さらに、他種族を魔族時代の人族のように虐げ、奴隷として働かせています。そのような事が続いたので、今では亜人は数がとても減少してしまいました」
「亜人?」
「え? あ、ああ。そうですね言ってませんでしたか。
今し方言ったように、他種族の数はとても減っています。代わりに人族は人口爆発を起こしたので、この大陸では住民は人族がほとんどです。
なので、今では人族こそが人類のベースとなっている、という考えが広まっていて.........もちろんデマです。どちらかといったら、獣人族系の方がベースなんです。文明の発達に伴って、必要でなくなったものが削ぎ落とされていったのが、今の人族なんですよ?
ん、コホン。話が逸れましたね。それで.........」
「あー、なるほど。それで、他種族は人族が派生した種。人の亜種、亜人ね」
ちょっと亜人のイメージが黒包帯のミイラなもんで。しかし、差別用語みたいな雰囲気の言葉だが、その辺り、フェイはどう思っているのだろうか?
当のフェイは、不機嫌そうに頬を膨らませてこっちを睨んでいる。可愛い。
「ど、どしたの?」
「別に。なんでもないです」
そしてプイッと明後日の方向を向いてしまった。ご機嫌斜めだ。
拗ねちゃった。
話をするのが好きなのかな? 話の腰を折ったせいでお怒りのご様子。
実に可愛い仕草だ。頭とか撫でてやりたい。
「でも、今はシリアスシーンだから、早く続き頼んます」
「むぅ.........人族は様々な亜人を支配したのち、魔族にまで手を出し始めました。
結論を言えば、50年前と今で、魔族と人族の立場が逆になっているのです。
人族は確かに平和になりましたし、魔族に報復もできてはいます。しかし、おかしいではないですか」
フェイの目つきが変わった。
正義に満ちた目だ。
しかし.........
「そんな、独占された平和が、勇者が望んだもののはずがありません! 彼が望んだ平和は、誰もが憎しみ合わない、悲しみのない、負の感情が消え去った世界のはずです!」
.................................なるほど。
そういう感じか。
「だから私は、彼が望んだ平和を作り出すためにあなたに協力を求めに来たのです!」
「無理」
「だからっ.........えっ?」
「無理だよ」
そう、無理だ。
不可能だ。
そんなことはできないし、あってはならない。
そんな絵本のエンディングみたいな世界。
「そんなっ.........そんな事はっ!」
「出来るわけがねぇだろ。誰も悲しまない。苦しくない。辛くない。
どんだけ気持ち悪い世界だよ。吐き気がするわ」
「な、なんて事を言うんですか!
絵に描いたような理想の世界でしょう!?」
血を吐くように反論するフェイ。しかし、それではいけない。
絵に描いたような理想は紛れもなく理想だし、理想っていうのは現実とは別の場所にあるもんだ。
実現するとしたら、全生物の頭がおかしくなったとか、そういう具合になるだろうな。
「例えばさ、想像してみろよ。
人が死んだ。大切な人で、死ぬ前は本当に世話になった。色んなことを教えてくれた。かけがえのない人だ。
その人が死んだ時に、その知らせを聞いた人は、じゃあ、彼が安心して逝けるよう、我々は笑顔で送ってあげようって、心の底から笑ってる。その人が死んだことに対して惜しいとも、残念だとも感じていない」
「.........そ、それは.........」
「気持ち悪いだろうが」
人に備わっている感情というのは、その遍くが人間性に満ちたものだ。嬉しいことがあれば喜び、嫌なことがあれば悲しむ。人として当然のことであって、出来なければ人として間違っている。
フェイの主張は、世界中を狂人だらけにしようという忌避すべきものだ。
本当に国議会の議長を務めていたのか、疑わしいくらいの妄言だ。
一人の人間として、少女に負の感情の必要性を説く。それが、いま俺に出来ることだ。
「協力.........してくれないの.........?」
フェイは膝をつき、小刻みに震えながら、俯きながら、最後に頼み込むように言った。
それは紛れもなく懇願だった。
言外に何を求めているか、誰しもが分かってしまうような声だ。
その声は見放された子供のもので、捨てられた猫のように惨めなものだった。
「うん、協力しない。絶対にしない。してたまるか、そんなこと」
しかし、切り捨てる。
吐き捨てるように。
この願いは汲んではいけない。この子のためにも、俺は願いを否定する。
俯いて見えない顔から大粒の雫が零れた。
微かな嗚咽も聞こえてくる。手は悔しそうに地面を削り、固く結ばれて震えていた。
「それに、俺が協力したとして、俺は何を得られるんだ? 無償で世界を変えろって言われてイェスマムって答えるほど馬鹿じゃないぞ、俺は。
人の立場を顧みない。議長を降ろされて当然だな」
俺が言えたことではないけれど。
「うぐッ.........エグっ.........!」
フェイは議長を解任されたとは言っていない。しかし、彼女は『議長を務めていた』と言ったのだ。それは図星だったようで、さらに大きな声で泣き始める。
「もう一度言う。俺はお前には協力しない」
「ふグッ....うええぇぇ......」
確信を込めて何度でも言おう。
フェイの願いは絶対に叶わない。叶えちゃいけない。真っ向からそれを否定する。
しかし、それでは俺が面白くない。
美少女。巨乳。黒髪ロング。お嬢様で、正義感が強い。
そして何より、俺を頼っている。
そんな子を泣かせたままでは、男としての格が、ひいては俺のプライドに傷がつく。
1人の男として、願いを切り捨てることはできても、見捨てることなど出来ないし、しない。
この子を、助けよう。
あろうことか、俺自身が泣かせてしまったこの惨めな子を。
「そのかわり、お前が俺に協力しろ」
「ふグッ、うえっ?......え......?」
涙や鼻水でくしゃくしゃになった顔を上げて、俺の顔をまじまじと見つめる。不思議と汚いとは思わなかった。
程度が過ぎている。頑張る方向を間違っている。それに、努力の仕方さえ異常。
それでも、夢物語を叶えんと苦悩し続けた故の悔し涙は、決して一生に付せるものではない。
愚かであると糾弾できても、賞賛に値する。
そんな愚者に、魔王から救いの手を差し伸べる。恐ろしく、悍ましく、嫌な予感しかしない状況でしかし、この子なら間違いなく手を取る提案を。
「俺はこれからカルネア大陸を征服することにした。お前にはそれに協力してもらう。
魔王に加担して、新しい国を作るのを手伝え」
はっきり言おう。この世界の事情は全くもって、俺には関係ない。
無関係だし、知っていることも無い。
なにせ俺は、今日現れたばかりの異世界人だ。
それでも、何故今こうして踏み込もうとしているのか。
ーー眩しく思ったからだ。
目の前の少女が、愚者が、愚者らしく愚かに考えたことが、紛れも無い愚行だったとしても、愚考だったとしても、それは彼女なりに精一杯考えた末の事だ。
貴族として、人間として、平民他人を心から憂う姿が、俺には眩しかったんだ。
「で、でも......。それじゃあ本物の平和は......」
「知るか、んなもん。お前の平和はまずあり得ないし、あったとしても俺が邪魔する」
これは譲らない。妥協しない。譲歩しない。絶対に。
その代わりに。
「ただ、酷くは無い世界にしよう。大陸中を統合して、一つの国を作る。
戦争なし。飢餓もなし。できれば犯罪も無いような、誰もがそれなりに暮らせるような国をさ」
フェイは俺の話を、鼻水と涙だらけの顔で驚いた風に聞いていた。
「そして、王座には俺が座る。その隣に、お前の椅子を用意しよう」
フェイが目を見開き、何かを諦めたような顔になり、でも少し嬉しそうな顔をした。
夢を諦めた顔だ。
そして、新しく見つけた顔でもある。
「手伝ってくれるな?」
少女の答えはもちろんーー
「はい!」
かくて魔王は、建国記を紡ぎ始める。