1-2 少女の講座
本日2度目の起床。そこで俺は世界の真理を見た。
下から見上げる、恥ずかしそうにそっぽを向いた整った顔。服を押し上げる胸。後頭部の柔らかい感触。
美少女の膝枕は、最高である!
まぁ、基本的にどんなもんでも、美少女ってつけば遍くが最高になるんだけどさ。
ただの布切れだって、美少女が履いていたってつけると、値千金のパンツになるだろ?
暗黒物質だって、美少女の手料理ならば俺は死ぬ気で食う。
悲しき男の性などとは言うまい。絶対不変の世界の真理である。
あー、極楽。極楽。
しかし、膝枕とは、なかなかにいいラインのチョイスですな。俺が倒れたのってハッキリ言ってこの子の所為だし、まぁ、謝罪的な何かなんだろうけどさ。
過度に性的でなく、それでいて俺がウルトラハッピー。
本人に自覚があるかは知らんけども。
なんにせよ、この膝枕は名も知らぬこの美少女からの厚意である。謝罪の意味もあるため、俺にはこの状況を全力で楽しむ権利がある!
うーむ。素晴らしい。
ビューティフォー! ワンダフォー!
この大きく張り出した凸型胸部装甲。服の上からでも見て取れる形の良い巨乳にため息が漏れそうになる。
.........巨乳?
巨乳だと!?
そんな、彼女の胸は平均レベルだった筈では!?
おや? そういえば彼女はあの黒コートをぬいでいらっしゃる.........ハッ、まさか!
コートを着ていたから胸が押しつぶされていたというのか!?
なにそれエッチい。
そんな俺の心の高鳴りに気づいたのだろうか、彼女がこちらを向いた。
あ、目が合っちゃった。こうなったら起きないといけないジャマイカ。
やだなぁ。月曜の朝くらいに気分が落ち込んじゃった。
「おはよう」
「お、おはようございます。
あの.........申し訳ありません、突然.........」
「あぁ、いいよいいよ」
起き上がりつつ挨拶をする。きちんと返して謝罪もできるあたり、悪い子ではないようだ。あっさり許したのは直前の幸福感が糸を引いていたからである。
「気分的には感謝したいくらいだね。いい経験だった。今度もう一回やってもらってもいい?」
「へっ!? 魔力の過剰供給をですか!?
い、痛いし苦しいはずなのに.........」
少女が変態を見るような目で見てきた。
やめなさい、何ですかその目は。新しい性癖に目覚めたらどうしてくれるゲフンゲフン。
まぁ、まだ目覚めていないし、誤解は解いておかねば。
「違う違う。膝枕だよ。いいもんだねぇ」
少女が俺を変態を見るような目で見てきた。
むう。
選択肢ミスった感じがする。
まぁ、いいか。
「取り敢えず、君誰よ。名前、年齢、所属、好きなことと嫌いなこと、最近テレビで好きな芸能人の名前を言いなさい」
本来ならそこにスリーサイズとカップ数、男性経験やパンツの色等等、聞きたいことがたくさんあるのだが、さっき選択肢間違えたばかりなので自重する。
「て、てれび? あの、すいません、よく分からないのですが.........」
「あ、じゃあそれ抜きでいいぞ」
申し訳なさそうな顔から一転、キリリと真面目な顔になって、少女はコートを着てから立ち上がり、スカートの端を掴んで恭しくカーテシーをした。
「私はフェイ。フェイ・スレイルと申します。オピリオン王国スレイル家の次女で、国議会の議長を務めておりました。
えーっと、好きなことは読書です。嫌いなのは虫です。
以後、お見知り置きを.........」
貴族様だったようだ。どうりで上品で清楚なわけだ。
「うん、宜しく。俺はあz.........スガだ」
貴族ではないし、姓は言わないほうがいいだろう。
「アスガ様ですか?」
「違う、スガね」
「スガ様ですね。宜しくお願い致します」
「じゃ、自己紹介も終わったところで、色々と聞きたいことがあるんだけどさ」
フェイがスッと座って目線を合わせた。
今更だが地面にそのまま座ってらっしゃる。貴族としてのプライドとかはあまり高くないらしい。
「取り敢えず、ここ何処?」
「カルネア大陸の東の端に位置する僻地です」
「ここから1番近い町、というか人がたくさんいるところは?」
「カームですね。乳製品が美味しい事で有名な国です」
それから15分に渡る質問責めをまとめると、どうやらここは、カルネア大陸の東端に位置するカームという国から少し離れた荒野らしい。さっきの草原からこことは逆方向に3時間くらい行くと国につくようだ。
そして、フェイはオピリオン王国から来た貴族令嬢で、若くして国議会の長を務めていたツワモノ。さっき俺が出したファイアーブレス? を見て、ある事情からここへ大急ぎで来たらしい。
で、フェイがここに来た理由ってのが、
「やっと魔王が現れたと思ったので」
「...............ん?」
あれ?
待って待って。
今の言い方だと、魔王に来て欲しかったみたいに聞こえるんだけどさ。
魔王って、アレだろ?
人に絶望を味あわせるために世界征服に乗り出したり、世界を闇に包むために世界征服に乗り出したり、姫や町娘攫って性的に頂いちゃったりしてから世界征服に乗り出したりするやぁつ。
「やっと.........やっと現れてくださいました.........! どれほど待ちわびたか、どれほど耐え忍んだか.........!」
そんな喜びを抑えきれない様子で言われましても。
「そんな事言っても、魔王なんて何処に.....」
「......? あなたですよ?」
あれ?
待って待って。
今何つった?
「誰が魔王だって?」
「あなたです。スガ様ですよ」
「俺?」
「はい。その俺です」
ん?
つまり、何か?
この子は、俺の事をそんな悪虐非道の不倶戴天の敵である魔王様だと思ってらっしゃるわけか?
この優しさに包まれた愛の権化たるスガさんに?
「気のせいですね」
「違います!」
「違うこたないですー。少々重症でいらっしゃるようですので精神科の方に行かれた方が良いかと存じ上げる次第でございま候」
ほら見ろ。こんな優しい否定と迂遠な推奨なかなか無いぞ? 僕優しいぞ?
超ええ子やぞ?
だから納得しとき?
しかし、フェイお嬢様にはお気に召さない回答だったようだ。頬を膨らませてずいっと指差して来た。
「いいえ、間違いありません。額に角が生えるのは、魔王しかありえませんから。尻尾がないところを見るに、普通の魔王とは違うのでしょうけど」
角ォ!?
なに、俺ってば角あるの!?
急いで額に触ってみるとそこには.........
.........ある。
俺の額の両端にチョコンと小さな角が生えている。
なんか、生え始めみたいな、伸び出したばかりみたいな、その、乳歯が抜けたばかりの永久歯みたいな感じだ。
可愛らしいサイズ。
「.........ちっさくね?」
こんなにちっちゃい角生やすために俺はあんなに絶叫をあげてたの?
いや、実際痛かったし、なかなか味わえるもんでも無いレベルのだったけど、その結果がこれって言われると、ねぇ?
「いえ、先ほどはもっと『黒々としていて、太くて、大きかった』です。今は魔力が『溜まっていないから小さい』だけで、に魔力が『溜まったら大きくなる』はずですよ」
「お、おう」
ちょっと卑猥に聞こえるのは、僕の心が汚れているからでしょうか.........?
しかし、そうか。角があるのは魔王だけなのか。
ということは、角がある生き物はいないのか、と聞くと、そういうわけでもないらしい。
何でも、大鬼という種族はみんな角を持っていて、寧ろ魔王の角は「オーガの様な」と表現されるようだ。
「ん? じゃあ、ちょくちょく言ってた尻尾云々は何なんだ?」
それは魔王と関係ないのか?
「魔族には必ず尻尾があるってだけですよ?」
フェイが何でもないようにキョトンと首を傾げて言った。
テラ可愛ゆす。
いや、そうではなく。
「俺、魔族じゃないじゃん! 魔族じゃないのに魔王でいいの!? 魔族の王だろ、魔王!?」
「いいんです。魔なる者共の王なんですから。あなたが魔王。それ以外のことは些末なことです」
くっ、優しさの権化になんてこと言いやがる!
魔なる者共の王だと?
者共がいねぇから王でもねぇよ!
「ま、まぁ、取り敢えずこの話は置いておこう。後でいいからね。なんならもうしなくても良いと思う」
俺はもうしたくない。
信じたくない、俺が魔王なんて。
昨今優しい魔王とかちょくちょく見るけど、それでも俺は平民がいい。
いや、普通に考えろ。
正常な思考を回せ。
異常なのは、この子の方なんじゃないか?
人類の敵を待ちわびるようなこの子が.........
「.........なぁ、さっきの、『魔王が来てくれた』ってどういうことか聞いても良いか? 魔王って人類の敵じゃねぇの?」
するとフェイは、大きく深呼吸をし、神妙な顔をした。
「......50年前まではそうでした。ある時魔王軍が侵攻を始め、1年と経たずカルネアは侵略されてしまったんです」