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お狐さま、働かない。  作者: きー子
迷宮街騒乱
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七話/議会紛糾

 ティノーブルの中心を離れやや西方。そこは迷宮街の一等地と呼ばれている。大陸各国に影響力を持つ公教会の支部があり、他よりも圧倒的に治安が良いからだ。


 そこには一際荘厳な教会に加えて大商人の大邸宅、各国の領事館などが建ち並ぶ。建前上は中立の緩衝地帯とされる迷宮街だが、裏では各国の密偵などが跋扈している――迷宮街から得られる利益を、どこの誰よりも大きくするために。


 公教会ティノーブル支部。余人は立ち入ることも許されないその奥で、各国の有力者が集っていた。アズラ聖王国に商業都市連合、北方のロジュア帝国はもちろんのこと、東方を代表するガディム皇国大使の姿もある。総勢二十人以上にも及ぶ有力者が長テーブルに顔を並べ、当り障りのない歓談を交わしている――笑顔の裏に悪意の刃を隠しながら。


 痩せさらばえた聾唖の男、スヴェンの姿もそこにあった。他の地元有力者と席を並べ、かたわらには若い使用人を従えている。彼女はスヴェンの通訳だ。身振り手振りで表す言語――手話を使い、周囲の会話を主人に逐一伝えることができた。


「皆様、急な召集に応じて下さいましたこと、真に感謝をいたします。これも火急の用があってのこと、どうかお許し願いたく思います」


 そういって場を取り仕切るのは、紅き法衣に身を包む、眼鏡をかけた若い女。年頃は二十そこそこにしか見えないが、彼女を侮るものは誰もいない。

 公教会において紅の衣が意味するところは重大だ。ゆくゆくは教皇の座に収まってもおかしくはない最有力候補者――枢機卿である証。


 使用人――名はフランと言う――の手話に頷きかけながらスヴェンは思う。枢機卿猊下直々の招集とはよほどのことだ。近ごろはこんなことは滅多に無かった。魔王復活の報せではあるまいな、と冗談ではなく思ったほどである。実際に急な招集だったにも関わらず、欠席は数えられるほどしか無い。


 紅き衣の枢機卿――キリエ・カルディナは二言三言の挨拶を済ませた後、手短に本来の用を告げた。


昨日さくじつのことですが、ティノーブルの近辺で莫大な魔力の放出が観測されました。これはティノーブル全域に被害をもたらしかねないほどの規模であり、我々は速やかな対処は行わなければなりません」

「それは確かなことか?」

「初めに確認したのは我が国の魔術師だ。間違いはない」


 ロジュア帝国大使が確認を取り、アズラ聖王国大使が自信満々に言う。


「具体的な情報は存在しているのだろうか?」

「我が国の報告では信頼が置けぬと?」

「そうは言っていない。規模によっては避難誘導など、取るべき措置が変わってくるということだ。それがわからぬでは、対処のしようもないではないか」

「貴様――――」


 帝国大使があざ笑うように言う。役に立たないと言い捨てられたも同然の口振りに、聖王国大使も黙ってはいられない。


「実データについては公教会共々各国の協力を得て算定されました。それも含めての報告です。御静聴下さい」

「……ぐ」


 キリエ枢機卿にいさめられ、聖王国大使はちいさく唸りながら着席する。


「よって、以後は途中での質問はご遠慮なさいますよう。ご承知おきください」


 帝国大使にも忘れず釘を刺す。彼は無言でしぶしぶ頷いた。

 キリエ枢機卿は一枚の羊皮紙を取り、テーブル上に広げる。


「こちらが資料となっています。ご覧の通り、発生地は街外れ――〈ヴェルトの丘〉が中心となっております。もっとも、奇妙なことにその影響は現在見られておりません」


 自分の席に回ってきた資料に目を通し、スヴェンは驚く。観測結果によれば、確認された瞬間魔力量はかつての魔王――魔王イブリスの出力を大きく超越していた。

 スヴェンのみならず皆が皆、疑わしげに眉をひそめている。物言いたげにするのも無理はない情報だ。


「これが神族や精霊のあらわれとするか、あるいは魔の顕現であるかは定かではありません。しかし、仮にですが、もしこの力がティノーブルに向いた場合……極めて危険な事態を引き起こすことは疑いようもありません」


 ――加えて、とキリエ枢機卿は言葉を添える。


「気がかりなことに、その場所は〈森の祠〉にほど近い。噂以上のものではありませんが、やはり警戒するに越したことはないでしょう」


〈森の祠〉にまつわる噂。それはスヴェンも知っている。

 迷宮街に程近い〈森の祠〉。そこには長い年月を生きる野狐がいるという。彼の者はやがて狐人テウメッサに变化し、人を惑わすであろうと。


 これまでにも何度か公教会――あるいは公教会に取り入ろうとする勢力の討伐隊が送られたようだが、結果はかんばしくなかった。討伐以前に、そもそも噂の狐を見つけることもできなかったのだ。そのくせ、旅人などからは見かけたという話が聞こえてくるから始末に負えない。


「予断は許されませんが、魔のものであるという可能性を念頭に置くべきです。我々が目指すのは早期の原因究明と確保、あるいは対処。市井にも触れを出し、攻略者の協力をつのる算段です」


 公教会は表向き、探索者を攻略者と称する。建前上は迷宮の攻略、すなわち魔王の討滅を推進する立場だからだ。

 もっとも、現実はその限りではない。公教会こそ最も迷宮の恩恵を受けている組織だからだ。魔石換金所のいくつかは公教会の直営であるし、そうやって懐に入った大量の魔石は各国とのパイプ作りに非常に役立っている。


「皆様方からも最大限の協力を頂きたい。聖なる御霊は、我々は、必ずや皆様方に報いたく思います」


 キリエ枢機卿はそういって言葉を切る。各国大使は我先にと諸手を挙げて賛辞を送る。キリエ枢機卿――公教会ティノーブル支部長からの覚えを良くするために。


 かくのごとく、迷宮街での権力争いは事実上、大陸各国の代理戦争の様相を呈している。地位を高めることで公教会の既得権益に一枚噛み、祖国に利益を還元できるという構造だ。功をなせば祖国での出世は決まったようなものだから、当然大使たちも必死になる。

 全くよくできた仕組みだ。スヴェンはため息をつき、キリエ枢機卿に質問の許可を求めた。


「どうぞ、スヴェン殿」

「念のためだが、すでに現地の調査は済んでいると見て構わないだろうか。資料を見た限りでは一瞬の観測のみで、魔力の追跡には成功していないとあったが」

「その通りです。そして現地にそれと思しき姿は見つけられませんでした。可能な限り継続調査を行う予定ですが、対象は魔力を隠蔽する力を持っていると見たほうが賢明でしょう」

「……正直なところ、これほどの力の持ち主が実存するのかと、私は疑わしく思っている。誤りや信用といった問題ではなく、混乱を引き起こすための策謀といった可能性は無いだろうか?」


 スヴェンの持つ力は純粋な経済力だ。権威や武力などの後ろ盾はない。だからこそ周囲もスヴェンを危険とは思わないし、多少は不躾な言動も看過される。

 キリエ枢機卿は一瞬言いよどみ、言葉を選びながら口を開く。


「その可能性は、残念ながら低いでしょう。当の魔力を観測したのは不特定、かつ多数の魔術師であるからです。観測能力に長けたものに限られますが、実数以上にそれを察知した魔術師は少なくありません。なんらかの計らい、謀りによるものではなく、実際にあったと考えるほうが現実的です。そして、もし不特定多数の大勢を同時に騙したのだとしたら――それは、そのことがすでに脅威と言わざるを得ません」

「……同感である、と表明する。回答感謝する、枢機卿猊下」


 キリエ枢機卿の説得的な語り口に、腑に落ちない顔をしていたほとんどの者が納得する。フランの通訳を介したスヴェンでも頷かないわけにはいかなかった。


 しかし、と彼は内心で反言する。

 魔王を超える魔力の持ち主など、果たして他に誰がいるだろうか? 魔王イブリスが封印されて以来の三百年間、そんな人物は一人として現れなかったというのに。

 釈然としない思いを抱えながら、会議終了の宣言とともにスヴェンは席を立った。


 ――――魔王を超える魔力の持ち主。その当人とすでに面識があるなどとは思いも寄らずに。

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