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お狐さま、働かない。  作者: きー子
公教会事変
42/94

四十二話/汚名か死か

「――――降参なさって下さい。アルバート」


 一階から二階へ続く螺旋階段の途上。

 クラリスは下からアルバートを見上げ、開口一番言い放った。


「悪いが、承服できない」


 上からはフィセル、下からはクラリス。

 上下から挟み撃ちにされたアルバートは、しかしあくまで淡々と応じた。


「私はここが最後の引き際だと思うけどね」


 と、フィセルは感情のない声色で告げる。


「仲間からの助け舟で、あんたが殺したい奴を一番近くで見続けたやつの言葉だよ。……聞いておいたほうが賢明なんじゃないかい」

「失敗だとするならば、俺は敗北の道に殉じるほうがまだしも良い。――断じて、ここで止まるわけには行かない」


 それはアルバートの断固たる宣言。

 クラリスはぎゅっと杖を握り締め、眉を震わせる。圧倒的な断絶を埋める言葉が思い浮かばない。彼はとっくのとうに覚悟を終え、クラリスは半端者だった。


「……そういうわけだ。大人しくしときなよ」


 フィセルはクラリスにそう言い、改めてアルバートに向き直った。

 胸の前を剣身が横切るような構えを取る。他では見たこともないような姿勢。


「……クラリス。あなたに加勢してもらいたかったところなのだが、な……ッ!」


 それはもはや望むべくもない。アルバート自身がそのことを誰よりも理解していた。

 彼は皮肉げに笑い、銀の剣を腰だめに引きながら左手をかざす。砲身に火が入るかのごとく、魔素が左腕を中心にして渦を巻いた。


「覚悟を、決めな」


 一声。

 フィセルは風の速さで床を蹴り、アルバートの頭上から一閃を振り放つ。


 ――――アズライト礼刀法・飛燕――――


 がきん、と銀が打ち合い火花を散らすは刹那のこと。

 フィセルはアルバートの一段下に接地し、返す刀で背後から斬りかかる。

 応じるアルバートもさるもの、彼女の動きを読んでいたように振り返りざま打ちかかる。

 鍔迫り合いに移行する間もなく打ち合い、弾き合いながら距離を置く。


 そこから跳ぶように攻めかかるのはまたもやフィセル。

 しかしアルバートはただ左腕を突き出し、詠じた。


「『薙ぎ払え』」


 ――――精霊術・獄炎閃熱呪――――


 ごう、と燎原の大火が地を薙ぎ払う。

 それは赤絨毯に燃え広がることを構いもせず、極めて広範に撒き散らされる猛火の具現。


「悪いけど、巻きこまれんじゃないよッ!!」


 フィセルはクラリスに言い捨て、螺旋階段の手すりに飛び乗る。そこかさらに手すりを蹴って飛び、アルバートの後方へ回りこむ。


 他人の安全にまでは構っていられないということ。クラリスは身を引きながら魔力防壁を展開、寄せかかる熱波をすんでのところで凌いだ。


 フィセルは着地と同時、足元を掬うように剣身を振り放つ。アルバートはわずかに対処が遅れ、膝下に一閃を刻まれる。


「くっ……『いだてんよ』ッ!!」


 ――――精霊術・加速呪――――


 アルバートは足回りの負傷を術式で補い、引いた剣先を勢い良く突き出す。

 フィセルはそれを紙一重で横に躱し、すぐさま上段から斜に斬り下ろす。アルバートは左手の手甲で刃を受け流し、突き出した剣先を転じて横に薙ぐ。

 しかしそれすらも読みの内。フィセルはにわかに上体を反らし、放たれた一閃を掠めさせる――そして彼女は振り下ろした長剣で切り返した。


 ばつん。


 フィセルの太刀筋がアルバートの腰から胸にかけてを通り、赤色の斜線がじわりと滲む。


「ッ……!!」


 それは致命的な傷ではない。アルバートは苦痛を噛み殺しながらもすぐ身を引き、フィセルとの間合いを開く。戦闘はまだ十分に継続しうる。


 だが、クラリスは二人の交錯を垣間見ただけで理解した。理解せざるを得なかった。

 フィセルは魔術を一切使えない。純粋な体術と剣術で戦う他にない。その差を加味した上でなお――彼女は、アルバートより一枚上手だった。


 これが多対多の集団戦なら話は違ってくる。アルバートの精霊術はそのような状況でこそ活かされるのだ。ゆえにこそ、〈封印の迷宮〉は彼にうってつけの試練場でもあったのだ。


 だが、一対一ならば。

 純粋に個人の実力でしのぎを削る戦いとなれば、驚くことに――そう、驚くことにフィセルはアルバートを凌駕していた。〈封印の迷宮〉における到達階層など無関係に。


 どれだけ戦いを続けてもこの関係は変わらない。むしろ長期戦になるほどアルバートは徐々に不利だ。時間が経つほどに負傷が重なっていくのだから。


「まだ続ける気かい?」

「くッ……!!」


 そう――アルバートの敵はフィセルだけではない。最終目標、ユエラ・テウメッサを討伐できなければ何の意味もないのだ。

 フィセルを相手にするだけで力尽きれば全ては終わる。もはやアルバートが全面勝利を得る目はない。そのことを、彼自身がわかっていないはずがない。


 その上でも。

 フィセルの振り放つ刃を銀の剣の半ばで受け、アルバートはすぐに弾いて捌く。

 立て続けに突き出すは左の手。有りったけの魔力を練り上げた術式がただの一言で解き放たれる。


「『降り注げ』」


 稲光と稲妻の雨を召喚する光の精霊術。神の裁きのかたちをした破壊の権化が降りそそぎ、螺旋の石階段を隙間なく打ちのめす。

 しかし、フィセルはその隙間を縫うように迅速に駆け抜ける。瞬く間にその身はアルバートの眼前へと達し、くすんだ金色の髪をなびかせた。


「――そんなに希望と心中したいのなら、そうさせてあげようか」

「抜かせッ……!!」


 少なくとも、この場を制するのみにおいてなら。

 両者を分かつのはほんの僅かな実力差。それこそ紙一重の差といって過言ではないだろう。

 そして、その差が勝敗の行方を決定づける。


 ひゅん。


 風の哭く音――フィセルの振り下ろし一閃。完璧な円を描く斬撃がアルバートの脳天目掛けて飛ぶ。

 アルバートは上段からの打ち下ろしをなんとか受け、しかし力づくで押しこまれる――たたらを踏みながら後退することを余儀なくされる。


「……ぐッ……!」


 額に汗を滲ませるアルバートの面差し。それは周囲の炎に燻されただけでなく、はっきりと疲労の色がうかがえる。


 短時間のうちに大量の魔力を消費すればそれも当然。アルバートの魔力は常人をはるかに超えて膨大だが、それでも決して無限とはいえない。身体能力の補強にも回しているのだからなおさらだ。


 それに引き換え、フィセルには魔力の量など関係ない。彼女にとって魔素とは『勝手に、自然にまとわりついてくるもの』でしかない。アルバートのように一気に魔力を注ぎこむことはできないが、フィセルの継戦能力は相当に高かった。


「――どうしても、諦められぬというのですか!」


 階下から訴えるクラリスの言葉に答えはない。

 アルバートはクラリスを一瞬見やるが、すぐに視線を切った。

 すでに道は分かたれた後なのだ。


「……まだだ。フィセル・バーンスタイン」


 ――もはやクラリスの声は届かない。


 ◆


 魔力から変換された稲妻を帯び、アルバートは銀の剣を正眼に構えた。


「それがあんたの答え、ってかい」

「生を望むのならば栄光ある生を、さもなくば。――わからないか?」

「……わからないでもないけどね」


 だが、フィセルとアルバートには決定的に異なる点があった。


 フィセルならば、屈辱にまみれようと、意地でも生にしがみついたろう。

 誇りある死などくそくらえ。それが高く評価される保証なんてどこにも無い――彼女の父がまさにそうであったように。


 フィセルは目を眇めてアルバートを見る。

 対し、アルバートは床を一蹴りするのみで最高速度へと達した。


「――――いざッ!!」


 彼の身がしなやかに宙を駆り、稲光をまとう剣身を振りかざす。

 フィセルは後ろ足をわずかに引き、腰をひねり、右腕をにわかに振りかぶった。


 ――剣は腕ならず腰で振るう。なんとなれば、人体の腰とは腕よりも遥かに太いのだ。その力を十全に伝達すれば、女の細腕であろうが大男をねじ伏せるのも容易いこと。腕は力を入れるものでなく、全身の力を伝達するための装置でしかない。


 フィセルはその教えにただ忠実に剣を振るう。全身の筋繊維をねじり、溜め込んだエネルギーを解き放つ一太刀。

 それは振り落とされたアルバートの一閃と交錯し、甲高い刃鳴りの音色を響かせた。


 ――――バヂンッ。


 弾ける雷光、爆ぜる火花。

 激烈な破壊力のぶつかり合いが、刹那の鍔迫り合いを生む。


「――――ッ」


 一瞬後、拮抗を打ち破ったのは他でもない。

 アルバート・ウェルシュ。

 彼の速度、位置エネルギー、そして全魔力を注ぎこんだ一閃。それら全てが重なり合えば、フィセルは瞬間出力において敵うべくもなかった。


「取ったぞッ!!」


 ――――ガキィンッ。


 アルバートが刃を振り切ると同時、フィセルの長剣が手から弾き落とされる。

 無手の剣士など無防備この上ない。アルバートは着地するとともに力を込め、振り下ろした刃を斬り上げんとし――――


 ひゅん。


 それを妨げるように、ちいさく風の哭く音がした。


「ッ……な……?」


 アルバートの剣を握る手からふと力が抜ける。腕がだらりと弛緩し、ついには柄を取り落とす。刃が石床にぶつかり、からからと階段を滑り落ちた。


「ハ」


 フィセルはちいさく息を吐く。

 アルバートは困惑から立ち戻れぬまま。


「な……俺に、何をした、フィセルッ!?」


 伸ばした手が届くような距離。アルバートは手を伸ばすこともできず、呆然とフィセルを見上げる。

 瞬間、彼はそれを目に止めた。


 ――――フィセルの脇差しが鞘から抜き放たれ、左の掌に収まっている。


 フィセルは彼を一瞥し、手の中の刃を軽く振るう。その刃には血もついていない。

 何をしたか。

 アルバートのその問いに、フィセルは極めて端的に答えた。


「斬った」


 ――――アズライト礼刀法・白鷺――――


「な……にを、馬鹿な――あ、あああッ!?」


 ずるり、と。

 肘から先が横滑りするように腕が落ちる。鮮やかな切断面から血がおびただしく噴出する。

 あまりにも鋭い切り口が時間を忘れさせたのか。筋繊維を切断されて力が入るはずもない。


 何をしたのかといえばごく単純。初撃を弾かれることを想定し、すかさず脇差しを抜刀したまでのこと。音をも置き去りにする一閃をして、フィセルはアルバートの腕を断ち切った。

 それは敵手の攻撃後、必然的に生じる隙を突く剣理。二段構えの抜剣術、白鷺。

 

――何のことはない。フィセルには真っ向からの力勝負をするつもりなど端から無かったのだ。


 遅れて来た激痛にもんどり打つアルバート。

 フィセルは彼の首筋に切っ先を突きつけ、宣言する。


「これで終いだ。観念しな」


 少しでも動こうとすれば首を刈られるは必至。

 フィセルの冴え冴えとした眼がアルバートを注視する。


「――殺められるのですか?」


 息を呑んでことの成り行きを見守っていたクラリス。

 彼女は全てを覚悟したように目を伏せ、ぎゅっと両手を握り締める。


 フィセルが答えるより早く、アルバートは呻くように言う。


「殺せ。これ以上、恥を晒すつもりは……」

「やめだ」


 瞬間、フィセルは思いっきりアルバートの顎を蹴り上げた。


「ぐはあぁぁぁぁッ!?」

「私はあんたの処刑道具じゃない。そんなに死にたけりゃ自分で勝手に死にな――今のあんたを殺したって何の得にもなりゃしない」


 うつ伏せに倒れたアルバートの背を踏みつけ、残る左腕と両足を拘束する。

 淡々と作業を進めるフィセルの表情は冷め切っていた――すっかり昂揚が萎えてしまったような、そんな表情。


 理屈で言えばここで殺したほうが賢明だろう。

 しかし感情に言わせれば、死にたがっている人間を殺しても仕方がない。


 彼が最も望まざるものは、屈辱にまみれた生だろうから。


「こ……のような、屈辱ッ……!」

「それだけ馬鹿なことをしたってこったね。牢の中にでもブチ込まれて反省しなよ」


 フィセルは素っ気なく言い捨て、脚に繋がる縄を引きずっていく。アルバートの身体が階段の段差を滑り、何度ともなく石床に激突する。


「あっぐ!? がっ……!?」

「クラリス、ちょっと止血してやんな。失血死ってのも締まらないだろうさ」


 クラリスの隣まで降りたところで手を離す。

 彼女はどこかぽかんとした表情でフィセルとアルバートを交互に見つめ、言った。


「……意外、ですね」

「何がさ」

「なぜ殺さないのですか。あなたは、彼を嫌っていたでしょう」

「ああ。その通りだね」


 きっぱりと言い切るフィセル。これにはクラリスも苦笑するしか無い。


「私は迷宮を攻略したいんだってのに、あんたらは邪魔ばっかりする。今回みたいなろくでもないことをやらかすし、おまけに死んだら死んだで面倒事になるんだろうさ。これで面白くもないってんなら殺す気にもなりゃしないよ」


 そう。アルバートはこの期に及んでもウェルシュ家――アルベイン・ウェルシュの血族なのだ。

 彼には国があり、立場があり、家族がある。異国の地で〈勇者〉の血族が害されたとなれば、アズラ聖王国も黙ってはいないだろう。


 それでも殺す価値のある相手なら、面倒事を被ろうとも殺すつもりであったが――


「……言葉もありませんね」

「そういうこと。ってわけで、そいつの扱いは任せるからね」


 フィセルが淡々と告げる。その時、アルバートは苦悶に呻きながら声を上げた。


「……ま、まだだッ、俺はまだやれるッ……!」

「解いたらまとめてたたっ斬るからね。二人とも」

「はい。言われませずとも」

「……ぐッ……」

 

 アルバートはもはや言葉も無い。クラリスは頷き、傷口の処置を続ける。加えて、切り落とした腕の回収も。


「さ、て……」


 フィセルは階下に目を向ける。と、そこにはちょうどエルフィリアを制したテオがいた。

 首尾よく行けばキリエ枢機卿の救出も完了した頃合いだろう。

 残る目標はあと一つ。


「テオ。そっちは?」

「片付きました。引き渡しもすでに」

「わかった。じゃあ、こっちの引き渡しが済んだら上に行こうかい」

「まだ留まっているとは思えませんが……」


 テオはそう言いながらも頷く。いずれにしても確かめる必要はあるのだから。


 ヨハン・ローゼンクランツ司教。彼を確保しなければ、まだ終わりとは言えなかった。


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