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お狐さま、働かない。  作者: きー子
公教会事変
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四十一話/従者相剋

 ――ひゅん、と魔力の矢が音を立てて飛来する。


 テオはそれを避け、あるいは切り払い、すれ違うように歩みながら彼我の間合いを詰める。

 人間を逸脱した反応速度を前に、エルフィリアの射撃は用をなさなかった。


 テオは順手に構えた右の短剣をかざし、彼女に斬りかかる。


「……させないッ!」


 一方エルフィリアはその場を飛び退き、同時に天井へ向かって弓を引いた。

 魔力の矢が天井を打ち砕く。石の瓦礫を頭上から崩し落とす。


「――面倒な」


 深追いすれば瓦礫に潰される。テオもやむを得ず一歩引き、右手の短剣をすかさず投射。

 エルフィリアは魔力をまとう手甲で短剣を弾き飛ばし、次なる矢をつがえる。


 斜め上空に放たれた矢は正確無比に弧を描き、山なりにテオを狙い撃つ。

 否。ただ山なりに撃ったにしては不自然な軌跡であった――落下角度が明らかに急すぎるのだ。


 ――――ある程度は軌跡を操れる、ということですか。


 矢羽を基点に発生する魔力が推進力を産み、飛来する矢の軌跡を捻じ曲げる。テオが察する限りはそんなところだろう。さらに厄介な技を隠し持っているという可能性は否定できないが。


「あたしには、あんたに構ってる暇なんか無いんだからッ!」


 矢継ぎ早に放たれる魔力の矢。その狙いは極めて不規則だった――何となれば、天井や床すらも彼女の的なのだ。


 上方に放たれたかと思えば山なりに弧を描いて襲いかかる。届かないと思われた矢がこちらの移動を妨害するのに機能する。最短距離を貫いて飛来する矢が時間差で迫り来る。

 崩し落とされた瓦礫も積もりに積もり、地形そのものがエルフィリアに都合のいいよう改造されていた。テオは彼女に接近しなければ話にならないが、エルフィリアはどこからでもテオを狙い撃つことができる。


 それこそ、巨大な瓦礫の影からさえも。


「……割りに、回りくどい手を使うものですね?」

「必ず殺さなきゃいけないから。必ず。早くアルバートさまの元に駆け付けないといけないから。あたしたち三人が揃えば、絶対に化け物なんかに負けたりしないから」


 エルフィリアは瓦礫の隙間から上半身だけを一瞬覗かせ、正確無比に矢を放つ。

 テオは咄嗟に身を伏せて矢を回避。

 瓦礫だらけになった大廊下――障害物の影を飛び渡るようにテオは移動を開始する。じりじりと、少しずつ開いた距離を詰めていく。


「言っておきますが。仮に私を殺せたとして、仮にフィセルを殺したとして――ユエラ様を殺すことだけは絶対にできないでしょう」

「……ほざきなさい!」


 テオが隠れている瓦礫に飛来する魔力の矢。

 エルフィリアの射撃の前では、どれほど分厚い石壁も役には立たない。至極あっさりと貫かれ、その向こう側に隠れたものも当然のように穿たれる。


 ――そんなことはテオとて百も承知。腰に吊るした短剣を右手で新たに抜き、すぐさま別の瓦礫に飛び移る。魔力の矢が石壁を貫いた時、彼女はもうそこにはいない。


「こけ脅しとでもお思いですか。だとしたらそれは大変な間違いです。あなた方はどれほどユエラ様のことをご存知でいらっしゃるのですか。どのような根拠で、どのような理屈で――ユエラ様を殺すことが可能である、と考えられたのです?」

「死なない生き物なんかいるわけないじゃないッ! どれだけ不死身の化け物だって、絶対に不死身の種があるに決まってるんだからッ……!!」


 エルフィリアの言葉はすこぶる真っ当だ。常識的で、そしてそれゆえに的外れだ。

 テオ自身、別に試したことがあるわけではないが――不死の怪物の存在など、ごく身近なところに例があるではないか。


「魔王」

「――は?」


 エルフィリアはいぶかりながらもテオを射る手を止めない。

 否、むしろ彼女の口を塞ごうとするように攻撃は苛烈さを増していく。


 山なりに頭上から落ちてくる矢。遮蔽物を避けながらのたうつ蛇のような軌跡を描く矢。一直線にテオの命を取りに来る矢――そのどれもテオの命を射止めるには至らない。


「魔王はこの地に封印されたそうですね。三百年前、あなた方の先祖の手によって」

「そう。その〈勇者〉の末裔なのよ。魔王だってんならいざ知らず、狐人テウメッサの一人くらい――」


 エルフィリアはそう言いかけたところで、ほんの一瞬攻めの手を緩める。

 気づいてしまったのだろう。


 かつての〈勇者〉は魔王を殺していない。

 あくまでこの地に封印したというだけだ。

 それゆえに〈封印の迷宮〉は生まれ、いつかは封印が解けるのではないかという噂もある。


 これらの事実が意味するところはひとつ。

 三百年前の〈勇者〉たちは、魔王を、殺さなかった。

 どう足掻いても殺しがたい性質のものは、おそらくこの世に存在し得るのだ。


「……戯れ言をッ!!」

「事実を述べたまでです」


 そしてテオには確信があった。

 世界でユエラの真の正体を知るのはごくわずか――ユエラとリーネのふたりだけ。


 千年の昔に存在した〈始原の悪女〉。あるいは、〈災厄の神狐〉テウメシア。

 彼女が、三百年前に封印された魔王に匹敵しないという根拠がどこにある? あるいは、魔王をすらも凌駕しないとも限らない。


「不可解だとは思わなかったのですか? ただの狐人テウメッサがかつての魔王にも比肩しようかという魔力を有するなど」


 精度が甘い魔力の矢を避け、テオは瓦礫の上に立つ。

 狙われやすいことこの上ないが、瓦礫の影に潜むエルフィリアの姿はよく見えた。


「そんな、ことッ……! 試さなければわからないじゃないッ……!」

「そうですね」


 全くもってその通り。テオも試したことはない。主を試すなど言語道断であるからだ。

 しかし、ひとつ確実に言えることがある――彼らはユエラ討伐を掲げながら、あまりに調査を怠っていた。

 ユエラの正体を解することもなく戦いを挑んだのだ。侮るにも程というものがあろう。

 元より人の理解が及ぶものとは思えないが。


「――ですが」

「くっ……!?」


 テオは瓦礫をとんと蹴り、真っすぐ飛来する魔力の矢を飛び越えた。

 エルフィリアはすかさず次の矢をつがえ、テオに狙いをつける。


 互いの間合いをたった一歩で埋めつくす一足飛び。それはあまりにも無謀な突貫であり、エルフィリアにとっては良い的だった。


「――――そこッ!!」


 引き絞られた矢が放たれる。エルフィリアが上空を仰ぐようにして放たれた矢。

 瞬間、テオは両の手を交差するように斬り下ろした。


「ユエラ様の従者たる私すら破れぬようでは、試すなど夢のまた夢でしょう」


 一閃のもとに消え失せる魔力の矢。

 テオはそのままエルフィリアの懐に降り立ち、土手っ腹に短剣の柄尻を叩きこんだ。


「あっぐッ……!?」


 内側に革の防具を仕込んでいるのか、触れた感触はやけに堅い。

 しかしテオは間髪入れず連撃を放つ――――胴、胸、そして首を打つ短剣の柄尻。


 エルフィリアは胸への一撃を捌き、しかし首への一撃をまともに受けた。


「ぐ……ぁ、く……!?」

「大人しく諦めることです。命までは取りませんよ――あなたではご褒美も頂けませんし」


 エルフィリアは呼吸困難に陥り、首筋を押えながら反射的にうずくまる。

 人体急所の最たる部位――そこに魔力を乗せた打撃が直撃したのだ。

 常人ならばまず死んでいる。意識があるだけでも十分驚嘆に値した。


 テオからすれば彼女はユエラに弓引く不敬者。いつ殺しても全く構わない。

 しかしながら、ユエラが必要以上の殺傷を望まないのは先日のリーネの件からも明らかだった。


「……あ、ぐ……あ、あたし、はッ……はや、く……」


 エルフィリアは喉仏を押さえたまま息も荒く、螺旋階段の方に目を向ける。

 彼女は這いずるように床へ手を伸ばし、そしてぐったりとうつ伏せに倒れこんだ。


「……い、いかな、きゃ……」


 ――――アルバートさまの元へ。と、いったところですか。


 意味をなさない言葉を残し、エルフィリアはあえなく気絶する。

 テオはまず弓を回収し、手持ちの細縄でエルフィリアの手足を拘束した。


「……もう、とっくに上も片が付いているかもしれませんがね」


 テオはぽつりとつぶやき、周囲の様子を確認する。

 後方に退いていた聖騎士たちは大廊下に戻り、レイリィ聖騎士長の指示を受けていた。


 ここに彼女がいるということは、すなわち――地下は片付いたということだろう。


「……これで七割、といったところですか」


 テオはエルフィリアを抱え上げ、次の目標へと向かう。

 先刻、テオも襲撃を受けた二階へと。


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