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お狐さま、働かない。  作者: きー子
迷宮街騒乱
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四話/匪賊死すべし

 賑わいと熱気が一段落し、人混みもだいぶ掃けたあと、二人はようやく一息ついた。

 総括すると、演奏は成功だった。路銀を稼ぐという目的は見事に達成された。用意したズタ袋は山ほどの心付けに満たされ、勘定するのも億劫なほどだった。


 しかし、とユエラは前言を翻す。

 あまりに成功し過ぎるのは決して良い兆候とは言えなかった。


「……やりすぎたかのう」

「やりすぎかと」

「ままならんなあ……」


 先ほどの演奏では、幻魔術による精神操作の類は一切行っていない。


 ユエラが実際にやってみせたことは次の二つ。

 広場の全員に弦楽器リュートの幻覚を見せること。そして、ユエラの指使いや声にあわせて幻聴を聞かせたことである。


 耳が聞こえない老人にまで音が聞こえたのも不思議ではない。聴覚器官に障害があっても神経が生きているなら音は聞こえる。聞かせられる――ユエラの幻魔術をもってすれば。

 テオは周囲をはばかるように視線をめぐらせ、囁くように声をひそめる。


「まさか有力者からの接触があろうとは思いもしませんでした。偶然かとは思いますが」

「有力者、というと……あやつか」


 覇気のない痩せた老人――スヴェンの姿を思い返す。使用人こそ連れていたが質素な風貌だったから、ユエラにはその響きがピンと来ない。


「この街は自然発生的に出来たのだろう。……領主がおるのか?」

「厳密なトップは定められていませんが、複数の有力者が運営の手綱を取っている状態です。治安維持の試みや、道を塞ぐような建築が禁じられているのはその成果でしょう。そしてこの街における力の基準ですが……」

「金かえ」

「まさしく」


 成金、と言っていたことを思い出す。力さえあれば生まれは問われないだろう。

 もっとも、権力があるところには資金も集まる。公教会や大陸諸国の影響力は非常に大きいようだ。

 スヴェンはどの勢力に属するだろう。護衛もつけていない様子からして、地元の商家という可能性は高そうだ。


「――あやつのことはあまり考えんでおこう。無理やり物にしようとするような手合いでは無いようだからな」

「はい。……それよりはむしろ、目立ちすぎたことのほうが危険です」

「うむ。ほとぼりが覚めるのを待つか……とりあえず、両替じゃな。そんなにじゃらじゃら言わせとったら奪ってくれと言ってるようなもんだ」


 ユエラの魔力はほぼ無限に近いため、幻魔術で外見をごまかし続けることも不可能ではない。

 だが、あまり気は進まなかった。疲れるのだ。


「魔石は換金せずとも良いのですか?」

「うむ。保険に取っておく。無理に今換えることもあるまい……」


 なにせ金は十分すぎるほどにある。ユエラがそう言って立ち上がると、テオは重たい袋を肩に担ぎあげて後に続く。


「……大丈夫かえ。持てるか?」

「はい。少々、ユエラ様の護衛に差し支えがありますが。……両替するほどの金子を持ち合わせたこともなく」

「案ずるでない。それくらいは私がなんとかしてやる」

「お手数をおかけいたします……」


 袋を担いだまま静々と頭を下げるテオ。

 器用な奴よ、と思いながらユエラは周囲を見渡す――両替商を探さねばならんな。さっき誰かに聞いておけば良かった。


 二人はひとまず広場から歩み出て人混みを抜ける。すると早速、道をさえぎるように詰め寄ってくる男たちがいた。


「おっと。待ちな嬢ちゃん。そいつは置いていけよ」


 肩に斧やら大鎚やらを担ぐ、短い髪に薄汚れた風采の男が四人。まるで絵に描いたようなごろつきだった。


「……私をこの場で襲って無事でいられると? おぬしら、阿呆か?」

「その後はさっさとトンズラこくだけさ。痛い目は見たくねえだろう?」


 三文芝居のような脅しをかけられながら、ユエラは不審に思う。先ほどのテオの動きを見れば、彼女がただの女子供でないことは明らか。それとも彼らはそれ以上の実力を有するのか。


 テオがちらっとユエラに視線を送る。彼女がやろうと思えば、今すぐにでも硬貨が詰まった袋で彼らを制圧できるだろう。あまり騒ぎを起こしたくはないが。


「……ふぅむ」


 目の前の男たちは依然として武器を構えたまま、不審な笑みを浮かべている。

 やる気ならさっさとやればいいのに。そうなればつつがなく正当防衛を主張できる――ユエラがまさにそう考えた瞬間だった。


「自警団の方、こっちです!! 男連中が女の子を襲おうとしてます!!」


 背後から叫び声が聞こえ、目の前の男たちはさっと顔色を変えた。


「げっ……」

「やべえ!」

「くそ、覚えてろッ!!」


 男たちは口々に悪態をつきながら踵を返し、蜘蛛の子を散らす勢いで逃げていく。

 予想をはるかに上回るほどの逃げっぷり。その場に残されたユエラとテオは呆気にとられ、思わず視線を見合わせた。


「お二方、大丈夫でしたか?」


 その時、穏やかな声が後ろから聞こえる。

 ユエラが振り返ると、そこにいたのは爽やかげな顔立ちの若い男だった。革の軽装鎧に身を包み、腰には短剣と長剣を一振りずつ帯びる。短く切られた茶髪と細面には清潔感があり、口元に落ち着いた笑みを浮かべている。


「……おぬしは……自警団とやらは?」

「ああ、あれはその場のでまかせです。大したことない連中で良かった」

「左様か――見ての通り、怪我はない。ちと拍子抜けであったな」

「それは良かった。……ところで、お困りの様子ですが。僕でよろしければ、お手伝いしましょうか?」


 ユエラはちいさく鼻を鳴らす。と、その時、テオはちらっとユエラに目を配る――なにか物言いたげな視線。

 ユエラはひそかに頷いてから男を一瞥する。


「……ああ。両替商を探しておってな」

「それならご案内しましょうか? 少しわかりにくい場所になりますから」

「いや、場所だけ教えてくれればそれで良い。あまり世話をかけてもいかんからな」

「……そうですか。でしたら、そこに見える細い通りを道沿いに奥へ行ったら銀行が見えますので、そちらへどうぞ。少々治安がよろしくないので、お気をつけて」

「うむ、感謝する。また縁があればのう」


 ユエラは礼を言ったあと、男の案内通りに細い通りへ入る。テオもその後に続き、道の奥へ消える。

 その場に一人残された男は、彼女ら二人の背中を見送り――――そして、ちいさく舌打ちした。


 ◆


「ユエラ様」

「うむ」


 左右を建物にふさがれた細道を二人は進む。日中でありながら薄暗い通りに辟易しながら、ユエラはちいさくため息を吐いた。


「あの男ですが」

「さっきの連中とグル、であろうな」

「……やはりそう思われますか」

「というか、そうでなくとも怪しすぎる。関わらぬに越したことはない」


 喧嘩をふっかけてきた割にはどっち付かずな態度。やる気のない脅迫。まるで計ったようなタイミングで邪魔が入り、撤収時の足並みの揃え方もほぼ完璧。

 演技にしても三流以下であり、あんな三文芝居に付き合わされたのかと思うと無性に腹が立ってくる。今からでも殴りに戻ろうかと思うほどである。


「……何が目的か意味がわかりませんが」

「信頼させるのは詐欺の第一歩と言うてな。そこが一番難しいんだが」

「少なくとも先ほどの有様では全く信頼に足りえません」

「私もそう思う。多分だが……」


 ユエラは曲がりくねった道を進みながら周囲を見渡す。建物の入り口は大通りに面しているのか、目につくところには見当たらない――男が口にした銀行などにいたっては影も形もない。


「さっきの案内も、おおかた出任せであろうな」

「ではなぜわざわざこの道を……?」

「騙されておる振りくらいはしてやってもよかろう。それに――」


 ユエラはそう言いながら、ふと道の真中で足を止めた。

 静寂。迷宮街の喧騒も聞こえず、遠くからちいさな足音だけが聞こえてくる。


「……ユエラ様。この、音」

「――向こうから来てくれるかもしれんからな?」


 わざわざ殴りに戻る手間が省けたというものである。

 二人はそのままじっと待つ。前と後ろから挟み撃ちのように、足音がほとんど同時に近づいてくる。曲がりくねった道の向こう側より、あからさまな悪意がやってくる。


 テオは足元にズタ袋を置き、手首に留めた短剣を抜き放つ。

 ――――瞬間、前方の曲がり角から四人の男たちが姿を見せた。


「よう。また会ったなあ?」


 先ほど逃げ去っていったごろつき連中。彼らはそのまま先回りして、ユエラたちの進行方向を塞いでおいたのだろう。実にご苦労なことだった。


「はて誰だったか。臭くて汚い男というのは私には区別がつかん」

「……状況を考えて物を言えよ、嬢ちゃん。こんなところじゃ誰も助けに来てくれやしねえぜ? さっきみてえにはよぉ」

「テオよ。四人相手だが、問題はないか?」

「はい」


 ユエラは大柄な男の言葉を無視して尋ねる。テオは当意即妙の迅速さで動き、ユエラを守るように前に立った。


「なめやがって。これでもそんなに余裕ぶってられるかよ?」


 と、男は振りかぶった大鎚を石畳に叩きつけた。

 甲高い金属音を合図にして、後方の曲がり角からも三人の男たちが飛び出してくる。風貌は似たり寄ったりであったが、片手に弓を携えているのがユエラの目に止まった。


「……ふむ。四人増えたか」


 ユエラは後方を一瞥してぽつりとつぶやく。


「八人程度ならば問題ありません。一分で片付けます。壁際に下がっていてください」

「左様か。ならば、お手並み拝見と行こうか」


 ユエラはテオの指示に従い、背中に壁をつけるよう位置取りする。前後両方の敵から主人を守るための措置だろう。


「……口の減らねえメスガキだな」

「大人しく金を渡せば痛い目は見ずに済んだのによぉ」

「どこぞの変態に売っ払われるよりかはマシかもしんねえけどな! ……って、八人?」


 武器を構えて下卑た笑い声を上げながら、男たちの一人がふといぶかるように眉をひそめた。

 前方に四人。後方から新たに三人。ユエラから視認できるごろつきは合計で七人しかいない――目に見える範囲に限るならば。

 ユエラは男の反応をあざけるように鼻を鳴らし、嗤った。


「底抜けの阿呆が。よもや私が騙されているとでも思ったか? もう一人おるのだろう、さっさとそのスカした面構えを晒すがよい。阿呆が一丁前に無い知恵を絞ったところで滑稽なだけだな」

「な……ぐ……!!」


 畳みかけるような罵倒に男は声を詰まらせる。

 後で逃したりしないためのユエラの煽りだが、果たして効果はあったらしい――後方から新たに一人、先ほどの若い男が姿を表した。


「……やれやれ、小さいのにずいぶん鋭い娘さんだね。それとも、そっちのメイドさんの入れ知恵かな?」

「おぬしの間抜けな演技のことを言っておるのなら、あんなもんはカカシでもわかる」


 瞬間、男の涼しげな顔立ちがピシッと凍りつく。

 実際に被害者がいるからこその自信なのかもしれないが、ユエラからすればそれが本心だった。


「どうする、レイノルド」

「……できる限りは両方生け捕りだ。かなりの上玉だからね。けど、傷物になるのはやむを得ないかな。ちょっとキツいお灸をすえるとしよう」


 彼が主犯格なのだろう。レイノルドと呼ばれた若い男がそう言うやいなや、八人の男たちは一斉に武器を構えて一歩目を踏み出す。


 ――――テオの初動は彼らのうちの誰よりも一寸早かった。


「テオ。傷をつけるのは許さんぞ」

「無論です。我が身に替えてもユエラ様には指先一本触れさせません」

「違う。おまえの身体にもだ。おまえの身体は私のものなのだからな。良いな?」

「……恐れ多いお言葉です」


 少女はつぶやきながら腰をひねり、全身のバネを効かせて短剣を投射した。

 投げ放たれた一刀がひときわ大柄な男の頬を突き破る。赤い血が飛沫をあげ、聞き苦しい絶叫が裏通りに響き渡る。


「う……ぎゃぁぁぁぁッッ!!」

「敵集団の力量が低い場合はまず頭を潰します。次いで統制を失った手足を刈り取りにかかります」


 お手並み拝見などと言ったせいか、テオが解説までしてくれるらしい。

 彼女は自らの言葉通り、突然の奇襲にうろたえる前方の三人に仕掛けた。突き出す手刀が一人の喉仏を破壊し、残心とともに振り放つ回し蹴りがもう一人の肋骨を蹴り砕く。


「ぐ……うげッ……!!」

「が……ぁぐ……!!」


 テオは制圧した三人に一瞥もくれず、残る一人に目掛けて疾駆する。


「ひっ……ま、助けッ……!!」

「急所狙いではありますが殺傷には至っておりません。無力化するのみならば掃討の必要性はありませんが逃亡の可能性を封殺しておきましょう」


 テオは一片の感情も交えない声で淡々とつぶやきながら、立ちすくんだ男のみぞおちに掌底を叩きこんだ。

 ――――少女の見かけを裏切る凶悪な衝撃が男の臓腑を貫通する。


「おっぐ……うげ……えぇぇっ……!!」


 彼はその場で崩折れて膝を突き、背中を丸めて蹲りながら嘔吐した。股間を中心に湿り気が広がり、全身がおびただしく痙攣する。


「迅速に無力化するならば首狙いが効果的ですが悲鳴を殺すのはかんばしくありません。悲鳴と苦痛こそは集団戦の神であり支配者です。これこのように――――」

「あっが……ひぎいぃぃぃぃッッ!!」


 テオは後方に向き直りながら、先ほど投げた短刀を回収する。つまり、頬に突き刺さった刃を一気に引き抜いた。

 噴水のような血しぶきが男の頬からほとばしる。テオは返り血の一滴も浴びず、踊るような足取りで主人の元に舞い戻った。


「……ほぅ」


 瞬間、思わず感嘆の吐息を漏らすユエラ。

 その手際の良さも称賛に値したが、それよりユエラが驚かされたのはテオの力量そのものだ。


 彼女の武技はすでに魔術の域にある。その証拠に、テオが放つ一撃一撃に魔素が結合するのをユエラは見た。魔素の結合現象はテオの武技に魔力を帯びさせ、尋常ならざる威力を発揮する――少女の痩身からは想像もつかないような圧倒的破壊力を。


「……な、ん……?」


 四人を制圧するまでに数秒足らず。

 その間、後方の四人は一歩も動けなかった。想像を絶する事態が理解をこえ、弓矢の狙いすら定めることができなかった。


「う……う、ああああッ!!」


 二人の男はテオに恐れをなし、ほとんど反射的にユエラへ弓を引いた。

 ひゅん。

 空を切って飛ぶ二本の矢が、ぱしんと音を立てて空中で静止する。


「……ユエラ様を狙われるとは、中々の命知らずなようで」

「なあに、私は矢では死なんよ。それより手の皮でも剥けておらぬか?」

「ご心配なく」


 テオは握りしめた両拳を開く――はらり、と二本の矢が手から零れて地に落ちた。


「では報復しましょう。矢を番える暇を与えるつもりはありませんので」

「うむ、任せる」


 もはや心配することもあるまい――ユエラがそう考えかけた時だった。


「……く、くそッ! こんなはずじゃ……やってられるかッ!」

「お、俺もだ、逃げるぞッ!!」

「おいレイノルドっ、お前まで……!!」

「うるさいっ、おまえらも勝手に逃げろ!! 僕が知ったこっちゃあるかッ!!」


 レイノルド。そう呼ばれた若い男は抜き身の長剣を手にしたまま、脱兎の勢いで踵を返して逃げ出した。

 情けないことこの上ないが、判断としては正解だ。むしろ遅すぎるほどだろう。


「逃がすつもりはありませんのでご心配なく」

「うむ」

「ひ……く、くるなっ、ぎゃああぁぁあッ!!」


 テオは短剣を投擲しつつ疾駆。弓手の男の掌を刃が貫き、彼は弓を取り落としてうずくまる。

 それと同時、テオはもう一人の男の手首を引いて地面に転がす。後頭部に蹴りを入れて声もなく昏倒させる。

 逃げ出したのはレイノルドともう一人。テオは彼らを追おうとして、ふと曲がり角の手前で足を止めた。


「む」


 ユエラも何かの気配を察知して狐耳をぴくぴくと震わせる。

 瞬間、程無くしてその正体は知れた。


「ひ、ひぃぃぃッ!?」

「う、うわぁぁぁぁッッ!!」


 先ほど逃げ出したはずの男二人が、他の何者かから逃げるように戻ってきたのだ。

 荒くれのほうは完全に恐慌しており、レイノルドにいたっては片腕がない。凄まじく鋭利な切り口から使い手の高い力量がうかがえる。


「はいお静かに」

「ぶげッ」

「あがッ……!」


 テオは彼らに手刀を入れて問答無用で昏倒させる。何があったかを聞いてやるような義理はないからそれで良い。


「テオ。こっちに来ておれ」

「は……」


 周囲を見渡せば死屍累々。ユエラは邪魔な男を蹴飛ばして道を開け、テオをかたわらに手招きする。

 主従が寄り添うように並び立ったその時、曲がり角の向こう側から見覚えのある人影がゆらりと姿を見せた。


「おぬしは、先ほどの」

「……助太刀は、いらなかったらしいね」


 落ち着き払った静かな声。

 ほとんどボロのような外套をなびかせて、通りの惨状を覗きこむ一人の女。

 手には血流滴る抜き身の長剣。もう片方の手には切断された腕をぶら下げて、彼女はユエラとテオの前に姿を見せた。


「なぜここが?」

「……こいつに絡まれているのを見た。だから斬った」

「とんでもない飛躍をしよるなおぬし……」


 ユエラとしては彼が隻腕になろうが一向に構わないが、ここまで理不尽では忍びない。テオは警戒心もあらわにしてユエラの前に歩み出る。


「腕。いるかい」

「いらん」

「……だろうね」


 女は肩をすくめたあと、腕をぽいっと放り投げ、ひゅんと長剣の血を払った。刃を拭紙で清めたあと鞘に収め、外套の内側に覆い隠す。


 身の丈はテオより頭二つ分ほど高い――170su弱の女剣士。鋭い視線は剣呑なほどだが、顔付きは意外と丸っこくて童顔気味。年の頃は二十前後といったところか。くすんだ金髪はそれでも鮮やかは損なわず、瞳はツリ目がちの碧眼。探索者らしい地味な色合いの革の服に身を包み、腰には長剣と脇差しを帯びている。

 彼女は一度深呼吸したあと、言葉を選びながら口を開いた。


「……正直に言えば、目的はあんただった。他の奴ならどうでも良かったが、あんたの力には興味があった」

「……ほう?」


 力、と来たか。ユエラは面白そうに鼻を鳴らす。

 妙な歌という評価を頂いたが、あれは幻魔術への違和感を指して言っていたわけだ。一人ひそかに得心していると、不意にテオが女剣士に食ってかかる。


「聞き捨てならない言葉です。ユエラ様を利用しようという輩でしたら捨て置くべきではないでしょう」

「おぬしの宗派もそう変わらんだろう」

「うぐ」


 テオ自身に私心は無いだろうが、魔王復活の前座のように扱われたのは記憶に新しい。意気消沈するテオに「冗談だ」と笑いながら、女剣士の瞳を覗きこみ、問う。


「私の力か。……何のために?」


 この問いへの答え次第で、彼女の本質はおおよそ知れる。

 ユエラの幻魔術にわずかながら勘付き、さらには相当の力量を誇るであろう女剣士。ユエラは少なからず彼女の存在に興味を惹かれていた。


「……私は」


 女剣士は一瞬口ごもったあと、瞑目し、言った。


「迷宮攻略を果たすためだよ。必要ならば、魔王でも斬り捨てるために」

「ユエラ様!! 許しがたいです!!」

「魔王より私のほうが偉いから気にするでない」

「うぐ……」


 テオが涙目になるが可愛らしいのでそのままにしておく。

 ユエラはくつくつと笑みをほころばせ、女剣士に向き直った。


「おまえ、どうも訳ありのようだな?」

「……、」


 彼女は言いづらそうに唇を引き結ぶが、その反応こそ雄弁に真実を物語っていた。


「あいにく私は働くのが嫌いだ。大嫌いだ。どんな訳ありだろうと一緒に迷宮に挑んでやろうなどとは思わん。だが、話くらいなら聞いてやってもいいぞ? 条件付きだがな」

「……興業は仕事だろうに」

「あれはやむにやまれずだ。誰が働きたくて働くものか」

「それであの技量とは、皮肉なもんだね」


 女剣士は苦笑しつつ、話だけでも大進歩と考えたのだろう――ちいさく頷き、ユエラに続きをうながす。


「……それだけでも十二分にありがたい。……それで、条件とは?」

「うむ、それだがな――テオ、金のほうを頼む」

「は、はい」


 先ほど置いたままのズタ袋を回収して担ぎ直すテオ。

 ユエラは神妙に目を細め、言った。


「ひとつ、今日の宿はおまえが案内せよ。ひとつ、おまえの名前を教えよ。ひとつ――――両替商の場所がわからんからなんとかしておくれ」

「……それくらいなら安いものだ」


 女剣士は口元に笑みを浮かべて礼をし、名を告げる。


「フィセル・バーンスタインだ。……よろしく頼む」

「私はユエラ。で、こやつはテオ。私の所有物ものだ。よろしゅうにな」


 薄褐色肌の少女はユエラのかたわらに侍り、袋を担いだまま礼を返す。


「使用人であり護衛でもありますので、そのおつもりで」

「……ああ。ユエラだけでなく、あんたも相当な使い手と見える。無謀な真似をする気はないよ」

「早速呼び捨てとはいささか不躾ではありませんか」

「おまえもそうすればよかろう」

「それはいささか恐れ多く……」


 そんな取り留めのない会話を交わしつつ、ユエラとテオは女剣士――フィセルの後についていく。

 路地には冥府の底のような惨状が残されるばかりだった。


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