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お狐さま、働かない。  作者: きー子
迷宮街騒乱
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十四話/決行前夜

 ――訓練二日目。

 ユエラは練兵場に集まっている傭兵たちをざっと見渡した。


 本日の彼女は軍服風のジャケットとミニスカート。灰色の都市迷彩柄で統一され、耳と耳の間には軍帽をちょこんと載せていた。


「よしよし、全員揃っておるな。根性があるのは実に良い。私も助かるというものだ」


 うむうむと満足気に頷き、十二人の傭兵が一人も欠けずに揃っていることを確認する。

 これは正直なところ意外だった。一人や二人は欠けて当然、四人くらいまではやむを得ない、というのがユエラの認識だったのだ。


「……あの」

「うむ、なんだショーン。質問か?」


 テオ隊の一人がおずおずと挙手するのを見て問い返す。おそらくは二十代半ばくらいの若い男。彼は一瞬驚いたように目を見開く。


「……って、お、俺の名前を?」

「全員の名前くらい覚えとるわ。それでなんだ、もたもたしておると時間が長引くぞ?」


 ほれ早うと急かせば、男は慌てながらも真剣極まりない表情で言った。


「あ……あのデカい建物はなんなんですか、昨日はあんなもん無かったでしょうユエラ様バンザイ」


 ――こやつ、テオに染められてきおったな。横で待機しているテオがそれで良いとばかりに何度ともなく頷いている。


 ともあれ、彼が言うところの"デカい建物"は確かに練兵場の中にあった。

 練兵場の柵で築かれた囲いの中に、巨大な建物が一夜にして出現したのである。


 他の傭兵たちも神妙に頷き合う。彼らも気づいていたが、あまりに異常すぎて聞けなかったのだろう。

 ユエラはこともなげに言った。


「阿呆、少しは考えろ」

「す、すいませんユエラ様バンザイ」

「あんなもんが一夜でできるわけなかろう。幻だ、幻」

「……ええ?」


 傭兵たちは一様にその建物――いかにも仰々しい三階建ての屋敷を仰ぎ見る。本当はもっと大きいのだが、外観は縮尺で誤魔化している。つまり内部は外観から想像したものよりさらに広い。


「……あんなもんを街中でやって、また面倒なことになるんじゃないかい?」

「今回は時間をかけて地道にやったからのう。その心配はない」


 懸念を述べるフィセルの念頭にあるのは、以前やってみせた迷宮内の再現だろう。あの時は出力を上げすぎたのが問題なのであって、慎重にやれば問題はない。外部に露呈する可能性は皆無である。


「というわけで、今からおぬしらに何をやってもらうかの説明をする。理解できんかもしれんがそれでいいからまずは聞くが良い!」


 ユエラの居丈高な宣言に、傭兵たちは実に威勢よく「了解」の言葉を返した。


「よし」


 まずユエラは彼らに掲示板を示し、一枚の羊皮紙をバシンと叩きつけるように貼る。そこには屋敷の内部構造が書かれている――そう、イブリス教団拠点の地図である。


「これがあの屋敷だ。そしておぬしらにはあれを襲撃してもらう。そんなことをして問題はないのか? ない! 存分にやれ! というわけでこれが地図。チェックをつけてあるのは警備員や戦闘員が配置されている可能性が高いポイント。そして最上階、最奥の部屋……ここに目標物がある。ここに到達するための露払いをするのがおぬしらの仕事というわけだ」


 ここまでは良いな、という念押しに一同は首肯する。

 ユエラはこほんと咳払いし、再び言葉を続ける。


「おぬしらが地図を頭に叩き込んでおく必要はない。それは指揮官の役目だからな。戦略としては一隊が陽動、一隊が侵攻ということになるが……」


 そういってユエラがぐるりと視線を巡らせれば、テオはこくりと頷いた。


「陽動は私たちが請け負うことになります。戦術はごく単純。まず私が先陣を切って警備の手緩い地点に爆発物を仕掛け、外壁を破壊します。そこで私たちはできるだけ多くを殺して、殺して、殺します。積み上げた骸の高さがすなわち作戦成功率に直結するとお考えください。よろしいですねユエラ様バンザイ」

「もちろんですユエラ様バンザイ」


 頼もしいことこの上ない宣言にユエラはうむと頷く。別の意味で不安を感じるのも正直なところだが。


「……そこで必然的に私たちが屋敷へ侵攻することになる。私たちの役目は着実に、かつ迅速に通路と部屋を制圧していくことだ。陽動が成功している間は確実に敵も混乱するだろう。焦らずに、確実に敵を排除して安全を確保しながら進んでいけば間違いはない。ただし目標を持ち逃げされるのが厄介だ。それだけは何としてでも避けるように」

「了解す」


 迷いなく頷くフィセル隊の傭兵たち。〈皆殺し〉などという物騒な二つ名と冷静な人柄――この二点の意外な落差が信頼を勝ち取ったのかもしれない。


「というわけで、戦術判断は現場の指揮に一任する。指揮官が負傷した時は即座に撤退して構わん。以上――というわけで、残りの時間は想定訓練をやってもらおう。内部の人員はざっと二百人と見ておるから、まあ無理な数では無かろうよ」


 イブリス教団原理主義派の勢力は千人以上にも及ぶ。しかしそれは一般教徒も含めた数に過ぎない。常備兵力――いわゆる教団兵の総数は二百を超えないだろう。これはあの司教から得た情報を元に導き出された推測だ。


「……決行は明日の明朝。であるから、訓練に全力を尽くす必要はない。どのように動けばいいか、その行程と順序だけをきちんと弁えておくことだ。良いな?」

「はっ」


 傭兵たちはユエラの命令に応じ、幻影の目標建築物に向き直った。

 同時に周囲を真っ暗にする。これも幻魔術の力に他ならない。


 闇の中、建物の中では幻影の教団兵が一定の行動パターンに従って徘徊する。障害をどのように排除するかも当然、訓練のうちである。

 先陣を切るテオは自らの隊を率い、声を潜めながら歩き出す


「――では、参りましょう。仮に発見された場合は速やかに排除して下さいユエラ様バンザイ」

「了解しましたユエラ様バンザイ」

「仰せのままにユエラ様バンザイ」


 そんな彼らの様子を、後詰めのフィセルはいささか胡散臭そうに見送る。


「……あれ、大丈夫なのかい?」

「負傷が増えなければ良いんだがのう」


 それも含めて確かめるための訓練である。

 作戦開始の合図ともなる爆発音が今、高らかに響き渡った。


 ◆


 イブリス教団原理主義派拠点。

 公には屋敷としているが、実際の構造はちょっとした砦や要塞に近しい。

 その理由はというと、教団の管理下で集団生活を行わせるためだろう。教団への奉仕といった名目で強制労働させることもできるから一石二鳥である。


「フィセル隊長、テオ隊長からの連絡です――――破壊工作と先制攻撃に成功。戦線が崩壊するまで持ちこたえるので侵攻を開始するように、とのことです」

「わかった。すぐに侵攻を開始する、と伝えて至急戦線に復帰してくれ」

「仰せのままに」


 テオ隊の傭兵から連絡を受け、フィセルは腰の長剣を抜き払った。


「……ということだ。訓練とはいえ真剣にやろう。下手を踏んでも死にはしないが、痛い目は見ることになるからな?」

「うっす」

「了解す」

「それじゃ、侵攻開始だ」


 フィセルの命令一下に率いられ、小隊は速やかに行動を開始する。

 暗闇の中を進みながら、傭兵の一人――ゲオルグは何か奇妙な感じがした。これは単なる訓練なのに、自分のようなむくつけき荒くれどもが大真面目に臨んでいるのである。


 そもそも、実戦に際してこれほど事細かな訓練を行った例は聞いたことがない。ゲオルグ自身の経験では、ろくな情報もなくいきなり戦場に放り出されることがほとんどだった。


「入り口は私がこじ開ける。周囲を警戒してくれ。こちらが本命と知られるのは一番まずい」


 屋敷の入り口を射程内に捉えると、フィセルはそう言って単身飛び出した。

 彼女は扉前の警備二人を瞬く間に斬殺。返す刀で入り口の鉄扉を叩き割り、ひゅんっとこびりついた血を振るい落とす。


「問題は……無いな?」


 傭兵たちはその鮮やかな手並みに絶句しながら、揃って首を縦に振る。


「よし、行こう。二列で私の後に付いてくるように」


 全員揃って突入する。玄関口に人影は見当たらない。遠くから喧騒が聞こえてくる。テオ隊の陽動が功を奏しているようだ。


「左右を警戒してくれ。私は前方の敵に対処する」

「了解です」

「問題なし」


 地図は頭に叩きこんであるのだろう。フィセルの迷いない歩みに六人が追随する。

 やはりゲオルグは違和感を隠せなかった。確かに彼女はとてつもなく強い。〈皆殺し〉の二つ名は決して伊達ではない。楯突けばただではすまないだろう。


 だが、どうしてこうも素直に従ってしまうのか。彼女はテオほど強硬に振舞っているわけではないというのに。

 フィセル率いる一隊は迅速に通路を抜け、途上の部屋を綺麗に掃除する。つまるところが皆殺しだ。


「逃げるのは相手にしなくていい。だが武器を抜いた奴には容赦するな」

「――――応」


 部屋の中で速やかに散開する六人の傭兵。最低でも二人ずつ、あるいは三人ずつで僧兵に当たって各個撃破を試みる。

 その間にもフィセルの凶刃が僧兵の命を刈り取っていく。まるで虫けらを踏み潰すかのように。


「扉は開けたまま。私たちは目標を奪取して帰らないといけない。帰るまでは必ず生き延びるんだよ」


 フィセルはひゅんと血振るいしながら言う。幻の血はすぐに掻き消えるから、それは単なる癖なのだろう。返り血を浴びた白いかんばせに艶やかな金の髪がかかり、ぞっとするような色香をかもしだす。


 剣呑なほど鋭い眼差しに射すくめられ、ゲオルグは思わずにはいられないのだ――――彼女が敵ではなくて本当に良かった、と。

 その時、隊の一人が大剣を振り上げながら言った。


「隊長」

「なんだい?」

「なんか、昨日と雰囲気変わりましたね」

「……? ああ、そういえばちゃんとした風呂に入ったね」

「そうしといた方がいいですよ」

「俺らもやる気が出るんでね」

「違えねぇ」


 傭兵たちの軽口。まるで彼女が自らの指揮官であることを――味方であることを言祝ぐかのような。


「……馬鹿なことを言ってるんじゃない。早く行くよ。ここから先は少し複雑になるみたいだからね」

「――――了解!」


 傭兵一同が声を張り上げ、フィセルの後についていく。その歩調に一切の乱れはない。彼女のような上官であれば、担ぐには実に縁起が良かった。


 フィセル隊はその後も一貫して高い士気、統制の取れた行動を維持し続け、何事もなく無事に演習を完了した。

 その裏側にテオ隊の奮戦があったことは当然、言うまでもないことだろう。


 ◆


 一回の演習がおよそ一時間と少し。

 合わせて三度の想定訓練が行われ、二日目はこれで手仕舞いということになった。


 見渡した傭兵たちの表情には少なからず疲労の色がある。身体的な疲労よりは精神的な疲労のほうが色濃いようだ。


「さて、御苦労であった、皆の者」


 先ほどまであった幻はすでに影も形もない。すっかり元通りとなった練兵場で、ユエラは音頭を取るように手を叩いた。


「決行は明日の明朝だが、それまでの待機場所として宿を貸し切ってある。もし不都合がなければ今日一日は辛抱して欲しいのだが、どうだ? 無論、宿代はこちら持ちだ」


 この提案には傭兵たちも微妙な顔だった。一夜拘束されるのに一晩の宿代だけでは割に合わないと感じたのだろう。無理からぬことである。


「それはどうしても必要なのか?」

「無理にとは言わん。強制ではない。まあ、作戦内容なども伝えてしもうたからな。万が一の可能性を避けたいのだと思うてくれ」


 肝心な情報――作戦目標がイブリス教団原理主義派の本拠地であることはいまだに伏せてあるが。

 それでも、もし情報が漏れでもしたら大事である。大規模な幻魔術を行使したことが露呈するのもやはり問題だろう。


「……ふむ」


 傭兵たちは各々に考えを巡らせる。信頼されるようになったとはいえ、さすがに金勘定にかけてはシビアらしい。

 こればっかりは実力で言い聞かせるわけにもいかない。傭兵契約と真っ向から反することになるからだ。テオとフィセルもあくまで沈黙を守っている。

 あと一押しがいるな。ユエラは慎重に言葉を選び、桜色の唇をゆっくりと開いた。


「わかった。やむを得ん」


 その言葉にまた傭兵たちが注視する。そう言うからには提案を取り下げるのか、と。

 ユエラはあくまで淡々と彼らに告げる。


「飯と飲み代もこっちで持とう」

「乗った」

「問題ねえ」

「ユエラ様バンザイ!」


 ――――ちょろいなこやつら。


 ユエラは男たちの反応にほくそ笑む。彼女は初めからそうするつもりだったが、勿体つけて後出しで言ってみたのである。結果、見事に全員が乗ってきた。

 大の男が十人以上とはいえ、人間の一食分などたかが知れている。スヴェンの息がかかっている店だから吹っかけられる心配もない。


「よしよし。無事に事が済んだら戦勝祝いついでに宴会代も持ってやろうではないか。では、決行の前に英気を養っておくが良い! 飲み過ぎて潰れる馬鹿がおらんようにな!」

「――――応!!」


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