作戦立案
「これではカーニバル衣装で潜入作戦を行う様な物だ! 新しいサーバーなりを用意出来ないのか? そもそも何故幼女なのだ!」
VR小隊機材準備室内で珍しく草鹿が声を荒げている。
「いえ……そうは言われましても、現状の運営内での訓練との事で、契約を交わされていますので仕方の無い事です。それと新設サーバーで貸切にするとしても、肝心の船坂一号機は対人戦も視野に入れていますので、無人のサーバーでは訓練自体が意味を成さなくなりますが……」
「ぐぬう……」
暖簾に腕押しの技術官の態度に草鹿は歯噛みする。
「それにしても幼女は目立つのだ! 幼女のアバターに成人男子がログインしていると判ると、公の秩序又は善良の風俗に反するのではないか?」
「アバターの中に誰が入ってるなんて誰も判りませんよ、声だって変性させて幼女の声で再生しているんですから、ゲーム内で軍事教練や自衛隊用語を連発しない限りは普通の幼女です。当該プレイヤーがよっぽど変な事をしない限りは、兵器開発と結び付ける陰謀説を説く人はいない筈ですが」
「教練の何が悪い!」
「まさかやってらっしゃるんですか?」
「ぐぬぬ……」
興奮の為に二の句が告げない草鹿はVR小隊機材準備室を、飛び出してブリーフィングルームに向かう。
ブリーフィングルームの中には歴戦の強者達が既に席に着いている。
「待たせたな、早速だが今回の事案について技術官と打ち合わせをして来たが、結論として状況は変わらない」
苦い顔付きで頭を下げる草鹿に副官の福田が声をかける。
「判っていましたよ小隊長、恐らくはどの勢力からかの横槍が入って来ているんでしょう。親方日の丸の我々にはいつもの事です」
あちこちへこんだ鉄製のマグカップに入ったコーヒーを啜りながら、福田は表情も変えずに呟く。
「そしてこれからの対応なのだが、今の状況ではやはり陸自がゲームの中で、特殊なアバターを駆使して何やら企んでいるのが容易に悟られるだろうと思われる」
班員全員が頷く。
「禁止行動と禁止語彙を定めようと思う」
「無理でしょう……」
「無理ですな……」
皆一様に首を振るが、その原因は陸自の徹底した基本教練の厳しさにある。陸自では一般にはあまり知られていないが、歩き出す時の足は左から、一歩70センチ、歩調リズムは女性と歩く時まで崩せない程にすり込まれる。自衛隊を退官した者が十年以上も引きずる生活習慣病みたいなものである。
「だろうな……だがせめて我々の立場はロケーションテスターとして統一しよう。そして軍隊口調も何かの民間の参入予定企業が、タイアップ予定のイベントキャラクターと言う設定で通して、契約上一般プレイヤーとは会話が出来ないとかの理由にしようと思うのだが……」
草鹿は頭の中で適当にでっち上げた設定がするりと口から出してしまう。
「なるほど、片石三尉!」
「はい! 片石三尉!」
副官の福田が特戦でも若手の隊員を呼ぶ。
「片石は確かその手の流行り物に詳しかった筈だな?」
「恐らくおっしゃられているのは、携帯端末ミリタリーゲームの事かと思われますが、この班の中では詳しい方だと思います」
「よし、三時間で情報収集と作戦立案の後班員全員にレクチャー出来る様にしろ、その他の者はトレーニング施設にて体力錬成! ムーブ! ムーブ!」
「了解!」
いつの間にか副官の福田がその場を仕切り始めてしまう。
ブリーフィングルームにて草鹿と福田の二人が残された後に福田が草鹿を睨み付けた。
「草鹿よ、あの様な骨の入ってない指示を飛ばすな、戦場では迷いのある指示で小隊丸ごと全滅する事だってあるんだぞ?」
「うむ……」
「隊長の迷いは小隊全体に伝播する。迷いのある隊は生死を分ける一瞬で必ず動きが鈍るものだ」
「ああ、嫌な役目をさせてしまったな、すまなかった。ここも……俺達の戦場なんだな、泥を啜ってでも生き抜いてやる」
通常副官としては隊長を差し置き現場を仕切るのは、隊の混乱を招き指示系統の混乱を招く、敢えて副官としてあの場を仕切ったのは、現場が逼迫した事態であると隊全体に暗に示した事になる。
三時間後に片石三尉が用意した資料と計画立案書を基に、新たな作戦が開始される事となった。
作戦名は〔お兄ちゃんクエスト☆陸コレだいさくせん〕と命名された。
「何故平仮名なのだ? 片石三尉」
「民間ではこれが普通かと思われます」
「これだから民間は……」
草鹿は踏み出した一歩目から、ズブリと底なし沼に引きこまれた様な後悔の念を抱いた。
一気にシリアス展開