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レベルアップ

 第二十五普通科連隊西隊舎のとある一室に、VR小隊小隊長室がひっそりと存在している。


 一般隊員には何の用も無いこの部屋にノックの音が響きわたる。


「福田三尉入ります」


「入れ」


 ドアを開けて入室して来たのは全身を鋼のように鍛え上げ、表情すらもどこか鉄を思わせるような無骨な男だ。


「福田三尉は小隊長に用件があり参りました」


「ああ、呼び出して済まなかったな、体力錬成の邪魔をしたな」


「いえ」


 鋳鉄製の兵士の人形の様に、気を付けの姿勢を崩さぬ福田三尉に草鹿は苦笑いをする。

「福田、今回来てもらったのは副官としての要件ではなく、生死を共にしたバディとしての相談だ」


 草鹿の声のトーンを聞いた福田三尉は、気を付けの姿勢を解き簡素な食器棚に向かって行きインスタントコーヒーを二人分淹れる。


「草鹿はブラックで良いんだったな?」


「ああ」


 安っぽいアルミ製のマグカップを草鹿に渡し、寿司屋の湯呑みになみなみと入ったコーヒーを福田は啜った。


「福田よ、今回の作戦……と言うか任務はおかしくないか?」


 熱伝導で唇が火傷しそうなマグカップに口を付けて啜らずに口を離し、福田三尉に視線を合わさずに草鹿は呟いた。


「元々は軍事用に開発していたシステムを、政権交代をきっかけとして民間に払い下げた。それを再度軍事用に転用したいと民間企業に打診がある。民間企業がそれに難色示したが断れない理由があるのなら、VR技術が軍事で使えないと現場の意見を上げさせる為に、土足で乗り込んで来た俺たちのやる気を削ぐ事から始めようとするだろうな……あくまで民間企業の現場視点での話だが」


「それは真っ先に考えた事だが、あまりに分かりやす過ぎやしないか? 俺は何か裏がある様な気がするんだ福田よ」


「そうか? 現場技術者なんてモノは分かりやすい位が好感が持てる」


 福田はコーヒーを啜りながら自嘲気味に笑う。


「まあ、確かに戦場なんてのは上の化かし合いなんて関係なく、常にシンプルで分かりやすい物だったが、今回は何か裏がある様な気がするんだ」


 草鹿はようやく口が付けられる程度に温度が下がったマグカップのコーヒーを啜る。


「草鹿よ、取り敢えずは何も掴めていない状態でバタバタと足掻いてもしょうがない、今の所は現場兵士の士気低下を狙った嫌がらせ程度に考えておいた方が良いんじゃないか?それに……」


「それに?」


「今回俺を呼び出したのは、そういう事だからよろしく頼むって言いたかったのだろう?」


 福田の鋼鉄で出来た様な表情がくしゃりと笑った。


「お前が副官で良かったよ」


 冷めたコーヒーを啜りながら草鹿は溜息をつく。



 ++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++



「福田三尉前へ!」


「了解!」


 トテトテと幼女が走り出し、草鹿幼女の目の前で停止して気を付けの姿勢をとる。


「福田三尉基準!」


「基準!」


 幼女が右手を上げる。


「固有番号順一列横隊集まれい!」


「ヤー!」


 トテトテと覚束ない足取りで幼女達が一列に並ぶが、何時もより一人多い上に飛び抜けて身長の高い女が一人混ざっている。


 草鹿は一瞬その大女を睨むが首を振りスルーする。


「本日よりレベルアップ業務の為に実戦を行う! 最初は軽く腕慣らしを兼ねて初心者ゾーンのモンスターから始める事とする。装備は猫とキャリーバックを外してナイフ、いや、サンマのみとしたD装備とする」


「了解!」


 草鹿班全員がアイテムメニューよりサンマを装備する。


「初心者ゾーンのモンスターポップ位置は、アドバイザーとして同行するひろみにお願いする事とする」


「はいはーい!」


 幼女達の身長の倍はあろうかと思われるひろみが、嬉しそうに手を振った。


「各自この数日で培った経験を大いに活かし、レベルアップに励んでくれ、以上!」


「了解!」


「くさかちゃん! 猫は? 猫は出さないの?」


「飛び道具を支える筋力は今の我々には無い、フレンドリーファイアなどの恐れがあるうちは使用しない事とした」


「えー! 可愛いのに!」


「いいから早くその狩場とやらに案内してくれ」


 ひろみはむくれながらも草鹿班を引率し始める。


 懐から取り出した小さな旗をパタパタと振りながら、草鹿班を引率するひろみとゲンナリした表情で後を歩く幼女達を、一般プレイヤー達が奇異の目で見るがひろみはどこ吹く風で案内をする。


「はい、とうちゃーく!」


 到着した場所は下草が延々と茂る原っぱの様な場所だった。


「ここは……東富士演習場?」


 呆然と辺りを見回す草鹿に福田が耳打ちする。


「恐らく民間企業に払い下げた時に、マップ情報ごと売り払ったのでは?」


「ちっ……立ち入り禁止場所の詳細情報まで売りはらうとは……」


 見慣れた風景に苛立ちを隠せない草鹿が舌打ちをする。


「はーい、みんなちゅーもーく! ここではみなさんと同レベルのモンスター、コボルトが出現しまーす! コボルトの弱点はこれと言ってありません、魔法でも殴りでも普通に退治できますのでえ、慌てず騒がずにやっつけましょうねー」


「騒いでいるのはお前一人だ」


「はい、くさかちゃん口答えしなーい」


 ひろみの説明中に早速二足歩行の犬が草鹿達をめがけて駆け寄って来る。


「総員展開! 抜剣!」


「了!」


「死角から攻撃の後速やかに離脱!」


 サンマを片手にコボルトを取り囲む幼女達は、コボルトの背後から次々に襲い掛かる。

 一糸乱れぬ連携攻撃を続けているうちに、獣の様に吠え散らかしていたコボルトが沈黙した後に地面にひれ伏した。


 草鹿達の視界の隅にレベルアップのログが流れファンファーレが流れる。


「よし、レベルアップだ。レベルの上がらなかった者はいるか?」


 草鹿が獲得経験値がパーティ登録をした者に、均等に割り振られているかの確認をとると、周囲から拍手が巻き起こる。


「なんだ?!」


 草鹿が辺りを見回すと見渡す限りの一般プレイヤーが、いつの間にか草鹿班を囲みホッコリした笑顔で拍手をしていた。


「そ、総員一時退避! ひろみは事態の収拾に努めろ!」


「り、了解!」


「くさかちゃん、もうやめちゃうの?」


 大勢の一般人の前で極秘の武器開発など、ある意味不祥事に近い出来事である。


 たまらず草鹿は逃げ出した。


「これだから民間はあああ!」

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