アバター
「第一班集合! 起点この位置! 一列縦隊集まれい!」
漆黒の闇の中、草鹿の仮初の声が響く。
闇の中から駆け足で集まりだした影は五つ、草鹿の示した起点に走り寄る。
「前へならえ、なおれ! 整列休め」
縦隊を整列させた影が回れ右をして草鹿に向き直り、着帽時の敬礼をする。
実際には着帽はしていないのだが、ここはVRゲーム内でありアバターは被り物と言う認識のもとで敬礼は着帽時の敬礼に統一している。
「VR小隊草鹿班総員五名集合しました」
「了解休め」
「休め!」
整列した全員が一糸乱れぬ動きで同じ動きをする。
「VR内潜入任務初日ではあるが、VR酔の酷い者はいるか? 酷い者は挙手」
手を挙げる者が居ないのを確認した後に草鹿は続ける。
「本日は初日と言う事で先ずは、基本動作が不自然にならぬ様に基礎動作の習熟に務める。右向け右、体操間隔に開け! 自衛隊体操用意、その場駆け足から始め!」
漆黒の闇の中小さな影が体操を始めるが、動作の要所要所でコロコロと転がる者が多いのはやはり実寸とのズレが生じている証拠なのだろう、転倒する者を叱責する事無く体操を続ける草鹿は自分の事で精一杯だった。
「よし! 終了! どうだ? やれそうか?」
草鹿のアバターが班員に最後の覚悟を求める。
「班長、体幹の維持はコツを掴めばなんとかなりそうなのですが……」
班員の一人が奥歯に物が挟まった様な物言いをする。
「何か不満があるか? 福田三尉」
「このアバターは何とかならなかったのでしょうか?」
「……」
意を決して放った言葉に草鹿は沈黙で応える。
「いくら見た目は気にしないと言ってもこれでは……これでは……」
「福田三尉よ、俺たち特戦群は何時も泥だらけで、顔面には目出し帽だった」
「はい」
「これは、まだマシな見た目ではないか?」
「自分は目出し帽の方がマシに感じます」
「……」
「新兵器である人型決戦兵器船坂一号の身長に合わせたアバターは、これしか無い仕様だそうだ。不満はあるとは思うがここは涙を飲んでくれ」
「了解しました班長」
その時漆黒の闇が雲間から現れた月明かりに照らされて、草鹿班全員のアバターを照らし出した。
VRゲーム内始まりの街の郊外にある初心者練習場に、草鹿二尉含め六名の精鋭達の姿が浮かび上がり、各々の顔を明確に写しだした。
「何故……何故、幼女なのだ! これだから民間は信用できんのだ!」
草鹿は傍らに立つ巻藁を素手で殴りつけるが、キャラメイクしたてのキャラクターステータスでは幼女相当の「ぽかぽか」と可愛らしい音が響き、班員全員がほっこりとした顔つきになる。
「班長、落ち着いて下さい」
「う、うむ、すまん。各自ここからはインナーオペレーションになる。初期レベル上げをする前に始まりの町周辺の情報収集、初期装備の価格帯の相場情報等をなるべく目立たずに収集して欲しい。その後この場所で二時間後に再集合だ」
「了解」
「オペレーションスタート! 散れ!」
草鹿班の面々は班長草鹿ともう一人福田を除いて、全員おぼつかない足取りでトテトテと走りだす。残された草鹿は大きな溜息を吐きながら地面に腰を降ろす。
「草鹿班長その座り方では下着が露出してしまいます」
「福田か、お前は情報収集にいかんのか?」
草鹿はスカートの裾をあちこちいじりながら、下着の見えにくい座り方を試している。
「現地に来て思う事がありまして、班長の指示を仰ぎたくここに残りました」
「思うこと? 疑問に思う事があるならブリーフィングで共通の意識を持たないと部隊運用が体行かなくなるぞ?」
「いえ、今回の疑問は部隊運用を根底から崩しかねない内容でしたので、内密に話を通したく残りました」
目の前の幼女福田三尉が深刻な顔つきになり、草鹿も少し不安に駆られる。
「福田、お前とは第一次イラク復興業務支援隊からの付き合いだ。遠慮はいらん」
居住まいを正した草鹿を見据えた福田三尉は意を決して話しだす。
「今回の作戦の概要を聞いて自分なりに情報を収集したのですが、どうもきな臭い感じがします。その根拠とは我々のアバターですが、このゲームの人口は約二万人に対して幼女のアバターを使用している者の人口は皆無です。要はこのアバターの適正を持つ実際のプレイヤーは皆無なのです」
「うむ、少ないとは聞いていたが皆無とはな」
「今回の作戦は秘密裏にとのことですが、幼女アバターを使うプレイヤーはゲームの仕様上実際の子供以外はありえない仕様ですので、ネタ枠として扱われていた幼女アバターが町を歩く一般プレイヤーからしたら注目の的になるかと、しかも装備も生産プレイヤーと言われる者達からしか装備を購入出来ません。NPC売店では需要の無い幼女用装備の扱いは今の所無い状態になってます」
「むぅ……」
「もし我々特戦の猛者達が中にいる事がバレると、作戦に支障が出るのでは……秘密裏に事をなすには口調から成り切らないと、軍人口調丸出しの幼女が町中を徘徊するとちょっとした騒ぎがおこるのではありませんか?」
「福田……」
「はっ」
「今すぐ奴らを呼び戻せええええええ!」
草鹿はトテトテと走りだす福田三尉の後ろ姿を見ながら叫び声を上げた。
「これだから民間の奴らは嫌なんだああああああ!」
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