後編
ーメイリーシュ屋敷(レイの部屋)
スイーツタイムを終え、食後の身清め(テリトルが綺麗好きだから朝昼晩の食後は身体を洗わなきゃいけない)も終えて部屋に戻る。
いつもは俺じゃ開けれないようになっている部屋のドアに手を掛けると……
〈カチャリ〉
「おおっ……」
難なく開いた。1人では歩けなかった暗く広い廊下が目の前に広がる。
忘れかけた冒険心が俺に湧いてきた。この屋敷を把握せよと強く湧いてきた。
そう感じるだけで今まで怖かったこの暗さも平気になってきた。
「よしっ」
というか、もしかして普通にこの屋敷を脱出できるんじゃない?
……ふ、ふふふ……牙を無くしたと思って油断したなテリトルよ。元々強くはなかったけど探検なら得意だった俺を安易に解き放つとはな……!
そう、お屋敷探索など俺にとっては赤子の手を捻るようなものなのだよ! 帰って後悔しても遅いからね!
「……さて」
別に探索は得意じゃなかったけど何とかなるよね……! 心の中でだって嘘を吐けば良い暗示になってくれるよきっと!
とりあえず階段を探そう。ここは多分一階じゃないから階段を探すのが第一だ。
俺は暗い廊下を壁伝いに歩き始めた。
「…………」
コッコッコッコッ……
耳に入る音は廊下に響く俺の靴音だけ。誰もいないんじゃないかと思うくらいに人の出す音が聞こえない。
そういえば、いつもの使用人さんの他に料理人さんが1人、俺の世話をしてくれるメイドさんが1人ずついるんだけど……何処にいるんだろう?
「うぅ……」
なんか怖くなってきた。暗いし、不気味だし、誰とも会わないし……部屋に戻ろうかな。
……いや、逃げちゃ駄目だ。テリトルの火を着けちゃった時にどうにか逃げ隠れられるように屋敷を把握しなきゃ!
あぁ違った。あわよくば今からでも逃げだそう。
そんな事を考えながら歩いていると、手が壁に当たらなくなって転びそうになった。
「……?」
ここは屋敷のどの辺だろう?
よく目を凝らして辺りを見回すと……階段らしきものがあった。
俺は階段の手すりを頼りに下の階へ降りていった。
どんっ
「ひょわっ!?」
階段を降りきって歩き出した途端に何かに当たって尻餅をついた。
何事かと上を見上げると、そこには老いた執事のオルバスがいた。
「レイチェル様ではありませんか。失礼しました」
オルバスは俺をひょいっと起こすと、俺のスカートをサッとはたいて立ち直った。
「あ、ありがとう」
「いえ、こちらの不注意なので。申し訳ありません、お怪我はありませんか?」
「……大丈夫」
このオルバス。魔族でありながら人間の俺にも真摯に接してくれるとても良いご老人だ。
オルバスを含め屋敷の従者は単に俺がテリトルのペットだからそれ相応に扱っているだけかもしれないが、それでも俺の気力になった場面は少なくない。
「何か必要なものが? でしたらすぐにお部屋にお持ちしますが」
「ちょっとお屋敷を探索してて……」
「……ふむ。あまり水は差したくないのですが、レイチェル様では迷子になってしまうかもしれません」
「……うん、まぁ」
この執事、やはり出来るな。
出来る老執事ってカッコいいね。
「どうでしょう? 私めが屋敷内を案内してまずは屋敷を把握するというのは」
「いいの?」
「はい、よろしければ」
願ってもない申し出だった。余計な体力を使わずに当初の目的を達成できる素晴らしい提案。
1人じゃないから恐怖心と戦うことも無いというオマケつき。今日の俺はツイてるかも。
★ ★ ★
ーメイリーシュ庭園
オルバスのお陰で屋敷の把握は粗方できた。
屋敷は三階建てで横に広く、その周りには広い庭園がある。暗くていまいち何が育てられているのかは分からないが、香りから察するに花なのは間違いない。
……こんな暗い所でも花は育つんだな。ならば俺は雑草のように強く生きよう。
そんな事を考えながら屋敷に背を向けて整地された道を歩き出す。こうすればいずれ屋敷を囲む壁的なものと門的なものが見つかると思ったからだ。
ほとんど真っ暗だから真っ直ぐ歩けてないと意味はないが……そこは俺の感覚を信じよう。
程なくして眼前に広い門が立ちはだかった。俺の背を2つ合わせても届かない広く高い門だ。壁も同様に高い。
「これ……無理じゃない?」
すでに諦めムード。こうなったら俺は現実逃避に現実逃避を重ねることしかしない。
無理なものは無理。それなりのレジャー道具を持ち合わせていた頃なら人の家の屋根だって簡単に登れたけど……今は道具なんて無い。
……なんで最初からこんな事になると考えられなかったんだろう。あまりにも自分がバカすぎて泣きたくなる。
俺は門を背もたれにしてへたり込んだ。『いや、最初から逃げたすとは思ってなかったし』と自分の心の中で言い訳を始めたのに気付いて更に落ち込んだ。
『今日はお屋敷を把握できただけで上出来だろう』……と、とりあえずフォローして何とか思考をポジティブへ持って行こうとした。
旅の者の癒し……それは夜空に輝く宝石達。高い塔を建てたって手が届かない。誰にも届かないけど誰もが鑑賞できる、まさにみんなの宝物。
上を見上げればほら、輝きを忘れないキラキラが……あれ?
「な、無い……?」
暗い筈なのに、暗いとよく見える夜空のキラキラは一切無かった。よく目を凝らしても見えなかった。
まるで遠い遠いどこか。もはや知らない世界なんじゃなかろうか。そんな不安が襲ってきて、身体が震えてきた。
「……ひっ……ひっく……」
始まったら止まらない。
俺は久しぶりに本格的にメソメソし始めた。
こんな、よく知らないどこかで、何も知らないままずっとずっと……
イヤだ。そんなのイヤだ!
★ ★ ★
「ーイーーーー」
「ーーーおきー」
「レイ」
誰かに身体を揺さぶられてる。名前を呼ばれてる。
そんな時は『そういうこと』が目的ではなく食事か何かの用事の時。いや、わざと起こして起き抜けの俺で『そういうこと』をして反応を楽しもうという算段かもしれない。
……駄目だな。すっかりビビりになってる。でも後者と最初から決めつけていれば少しは耐えられるし……って、やめよう。今回は前者だ。そう……信じたい。
「レイ、起きるんだ」
「……ん」
重い瞼を開けても光が目を刺す事を無かった。
カンテラを消した宿屋の一室よりも暗い、何もない空の隣に金とアメジストが見える。テリトルかな?
「んん……おはよう」
目をパチパチさせながら挨拶をした。
うん、もう目を開けていられる。
「どうしたんだい? 帰ってきて門の近くからレイの気配を感じて来てみれば君が横たわっていたいたんだ」
テリトル俺が起き上がるより早くお姫様抱っこで抱き上げ、屋敷へ向かって歩き出した。
「……外へ、行きたかった。でも外も真っ暗で、空にも何も無くて……」
「ここは魔界だからね。暗いのが当然で、人間の世界みたいに空に宝石はないんだ。……あ、もしかして泣いていたのも故郷が寂しくなったから」
「な、なんで泣いていたのがわかるの?」
目尻に溜まってまだ乾いてない涙をテリトルに拭かれて気付いた。
「あっ」
「そういうことさ」
俺は恥ずかしくなった。
拭いた涙をペロリと舐める テリトルの不思議な笑みを見ていたら……ちょっとだけ、信用してみたいと思ってしまった。
そう思って、更に恥ずかしくなった。
「テリー……」
「なんだい?」
「俺は……別に故郷を思って寂しくなった訳じゃない」
「じゃあ何故泣いていたんだい?」
「怖かったから」
「怖かったから?」
「勝手も知らない、知る所も無い、知り合いも居ない、何も知らない……怖い。ずっとずっと何も知らないまま……それが一番怖い」
「……僕が、悪かったね」
「えっ?」
すっぱりと謝られて俺は困惑した。
「一目見た時から君が欲しくて堪らなくなった。こんなの初めてさ。たまたま人間の世界に寄ってた僕はレイを見かけて、衝動だけで連れ去った。レイの気持ちも考えずに」
ここまで言われるとなんて返せばいいのか分からなくなった。
怒ればいい? 責めればいい? 許せばいい?
ただ、なんとなく怒る気にはならなかった。
じゃあ、沢山責めて……それで許そう。
「テリトルが悪い」
「…………」
珍しくテリトルが黙る。
これは続けていいってことなのかな。
「テリーが……悪い。訳の分からないまま俺を連れ去って、好きに犯して、色々あって元男だと言っても構わず犯して……」
テリトルは段々悲しそうな、辛そうな顔になってきた。
俺に拒絶されるのを望んでないのだろうか? そんな慢心が産まれるくらいに今までこんな表情を見せなかったから、俺は内心驚いた。
「テリーは俺にそんなに酷い事したい?」
テリトルに優しさや甘さや俺に対する情が少しでもあるのなら今の一言はとても強い責めになる筈だ。そうでなかったら……もう知らない。
これは俺の望みを掛けた賭けなんだ。この金髪の美男に俺がちょっとでも信用したいと思ったのは正解だったのか間違いだったのか。
「レイ、君が苦しむ表情はとても魅力的だ」
間違いだったらどうしよう。そんな不安が違うものに変化する。それは後悔と悲しみ。
自分の甘さ加減に後悔、期待を裏切られた事への悲しみ。俺はもうどうにかなりそうだった。
「でも、君の一番の魅力を僕はまだ見ていない。まだ僕はレイの笑顔を見ていないんだ」
逸らしていた目をテリトルに向けた。
屈託の無い、涼しい笑顔がそこにはあった。
テリトルが何をしたいのか、俺をどう思っているのか。何故かいよいよ分からなくなった。
……でも、少しだけ信用してみたいと思った。
「テリー、ちゃんと俺の面倒見てくれる?」
「もちろん」
「色々教えてくれる?」
「もちろん」
「色々な所に連れてってくれる?」
「もちろん」
「じゃあ……許すよ。もう十分責めた。全部許すよ、今までの事、みんな」
元に戻りたいと考えなかった訳じゃない。でも、元に戻ってどうする? 前のように暮らす?
いや、冒険者なら冒険者らしくその時その時を生きようじゃないか。……なんて都合のいいことを考えてみたり。
とにかく、今の俺はテリトルに委ねた。信用した。ちゃんと信用する前に許した。
嫌いから苦手へ、苦手から信用に値する者へ、俺の中のテリトルはそう変容した。
上手く言えないけど、重い何かが消えた気がした。
「んむっ、んっちゅ……あむ……」
口が塞がれた。
それがテリトルの返答だろう。
俺も抵抗しないことで返した。
軽めの口づけ。それでも俺の身体は熱くなり、息も荒くなった。
「ぷは……はぁ……はぁ」
「レイはエッチな子だね」
「……全部、テリーのせっむぅっ!?」
また口を塞がれた。
舌を吸われて身体が跳ねそうになった。
「ん、んんんぅ~……」
長すぎる行為に頭とか息とか身体とか色々おかしくなりそうだった。
「んはぁっ……! ひゅー……ひゅー」
「レイは本当に身体が弱いなぁ。もう息絶え絶えじゃないか」
正直死にそうだった。いくら抵抗しないからってちょっと調子に乗りすぎだ。
もうさっきまでの雰囲気も台無しだった。これじゃあただの淫らな獣だ。
「……テ、テリー……インキュバス……?」
「そ、そんなに僕が淫らに見えるかい?」
テリトルがうろたえて俺は気分がよくなった。
「酷い変態。年中発情鬼。性魔獣。女児虐待者。カオスの化身。ロクデナシ」
言い切って口を押さえた。今度は俺が調子に乗りすぎてしまった。
立場を弁えぬペットへの仕打ちが脳裏を走り、身体が震えだした。
「どうしたんだいレイ? 身体が震えてるよ?」
「……ご、ごめんなさいっ。ごめんなさいっ……んむっ!?」
半泣きで謝る俺へのテリトルの返答は軽い口づけだった。……これで手打ちという事なのだろうか。
「テリー……?」
「謝ることはないよ。レイの言うとおりさ。僕は君にイケナイコトをしたくて仕方が無い変態さ。分かってるじゃないか」
「…………!!!」
激流に身投げしたよう気になった。
嫌な予想だけど、テリトルはこれでも抑えていたんだろう。それが開き直られたら……。血の気がサーッと引いた。
「テリーは良い人。変態じゃない。健全で優しい良い人っ! 自分で自分を貶さないでっ!」
俺はテリトルの胸板をポカポカ叩きながら変なフォローをした。
「……ふふ、君の与えてくれた6つの称号と合わせても僕は立派な変態だね」
ああ、これはもう駄目だ。ちょっと今日のテリトルが優しいから忘れてたよ。
この男は失言は身体でしか許してくれない女泣かせだということを……。
「…………」
「もっとおべっか並べてくれないと面白くないじゃいか」
「……知らない」
人生諦めちゃいけないとは言うが、今回ばかりは駄目だ。
今のテリトルに許して貰うには泣き落とししかないが、それはなけなしのプライド的にやっちゃいけない。
だから今回ばかり駄目。
「じゃあ、今日の疲れをまずは一緒に流すとしようか」
「……どうせお風呂に入ったって後で汚れるのに」
ポロッと言ってまた口を押さえて後悔した。
「それは認めてるって事だよね、レイ」
ほらやっぱり。
「……知らない」
でも、今日はあんまり抵抗しない。
せっかくテリトルを信用しようと思った記念日だから……今日はテリトルの好きにさせようと思う。
「レイ、僕のこと好きかい?」
「……知らない」
そのうちテリトルといる事に慣れちゃったら恐いな……。いや、こんなド変態に慣れることなんてないだろう。
テリトルのことを好きになる? ないない。レイプから始まる恋なんて有り得ない。そう、絶対。……でも、ちょっと無い訳じゃないかもしれない。
自らをさらって酷い事をした男の腕の中で俺はそんな事を考えていた。
〈Fin〉
ヤッター初完走ダー!
他が危うい中下手に伸ばさなかったのが功を成したと言えば聞こえは良いですが、投げっぱなしジャーマンと言われればうなだれるしかありませんね。
とにもかくにも、筆休め楽しかったです。
特に掘り下げるところもありませんが、ご要望があればエピローグくらいは書けるかもしれません。




