恋する気持ち
主人公の自分勝手さが爆発です
今俺の目の前には、世にも美しい少女が立っている。彼女の黒髪と同化するような黒いドレスを着こみ、まるで作り物のような美しさを醸し出している。
俺は横に居るダンに耳打ちした。
「どう、俺の目に狂いは無かったでしょ?」
「はい、鎧を着て戦うお姿しか拝見しておりませんでしたので、よもやドレスによってここまで映えるとは」
「鎧じゃなくて、可愛い系のドレスの方が似合うと思ったんだぁ」
フリルの付いたドレスが、彼女の体系や顔立ちに良く似合っている。肌の手入れも城の女達にやらせた。彼女が元々持っていた白い肌と、対極にある漆黒のドレスによって、何とも言えない妖しさと艶やかさが出ている。まあ彼女は着たことのないドレスに、窮屈そうにしていたが、その表情も愛らしかった。
「くっ、何故私がこんなものを着なければならない!」
「おいおい勇者、いや、シルヴィアか。お前は俺に負けたのだ、そして俺は仲間も見逃してやった。それなのにお前はこの俺に逆らおうと言うのか?」
「……分かっている」
うふふ、すげぇ楽しい。これからどうしてやろうかなぁ。いろんな服着せてやりたいなぁ、猫耳とか付けてみたら可愛いだろうなぁ。
「魔王様、顔が崩れてらっしゃいます」
「く、崩れてるって……まあいい、食事の用意をしろ」
「畏まりました」
俺は自室のベッドに座りながら、どうしていいか分からず固まっているシルヴィアを眺める。いつまで見ていても飽きないな。
「……何を見ている」
「そのムスッとした顔をやめれば、もっと可愛くなるんだけどなー。おい、笑ってみろ。ニコッとな」
「ふざけるな!」
「……今から魔王軍を集めて、人間界に侵攻してもいいんだよ?」
「くっ! …………こ、これで、いいのか?」
必死で笑おうとするシルヴィアの顔は、額に青筋が浮かび、引きつっていた。やっぱり、もっとナチュラルな笑顔が見たいな。
「まあいいや」
「なに!?」
「食事にしようか、シルヴィア」
「ん?」
巨大な縦長のテーブルに、豪華な食事が所狭しと並んでいた。俺の城の奴らは空気をちゃんと読んでくれるからいい。
「さあ座って、魔王お抱え料理人の自慢の料理だ、冷めないうちに食べちゃおう」
「え、私も食べるのか?」
「当然だよ、むしろ君のために作らせたんだから」
シルヴィアは怪訝な表情をして、御馳走を見ていた。
「何が目的だ」
「君と一緒に食事すること」
俺がそう言うと、彼女はキッと俺を睨みつけた。
「ふざけるな! 何を考えている。私をどうする気なんだ!」
……うん、完全に信用されてないな。ちょっと楽しくなって彼女を痛めつけたのは悪いと思ってるけど、ちょっと傷ついた。まあこれから関係を改善していけばいいや。
「いいじゃない、そんなこと」
「なっ!?」
「まったく、早く座れ、これは魔王の命令だ」
「何を考えているのかさっぱりだ」
シルヴィアは周囲を警戒するようにしながら、席に座った。そしてまるで親の仇を見るかのような目で、目の前に並ぶ豪華な料理を睨んでいた。毒でも疑っているんだろうか、ホントに信用がない。
「今朝がた、お前の国に忍び込ませていた諜報部隊から情報が届いた」
シルヴィアは目を見開いて、怒りに満ちた表情で俺を見た。
「どういうことだ! もう人間界には手を出さないという約束だろう!」
「お前の仲間に手を出さないと言っただけで、人間界に手を出さないとは言っていないよ」
「何だと!」
「まあ落ち着いて。俺は諜報部隊から情報が届いたと言っただけだ」
「ん? 戦争に関する情報じゃなかったら、何なんだ」
諜報部隊と聞いたら、やっぱり戦術的なイメージがあるけど、もっと違うことにも使えるんだよね。
「君の好物を聞き出したんだ」
「…………は?」
ポカンと口を開けるシルヴィアに、俺は食卓を見ろと手で指す。
「メタルピッグのスペアリブ、アースドラゴンのロースト、ゴールデンカウのステーキ。随分と男らしい料理がお好みなようだね」
「何を……あ、す、凄い!」
シルヴィアは食卓にくぎ付けになり、その眼はキラキラと輝いていた。さっきまでは毒物だと思い込んでいたため、その料理が何なのかは分らなかったらしい。
「君の好物を調べるのは案外簡単だったよ。王国に居る飲食店に聞き込みをすれば、八割が君が来たことがあると言っていたし、そのほとんどで肉をガツガツと食べていたと言っていた」
「っ……」
シルヴィア、恥じることじゃないよ。でも顔を赤らめるシルヴィアはとっても可愛らしい。
「王城の厨房を覗けば、何も聞かなくても君の噂話が聞こえるらしい」
「うぅ」
「そこで聞き出した料理を、ここの料理人に作らせたんだ。君のために」
「……何でそんなことを」
「シルヴィアに喜んで貰いたくて! さあ、早く食べよう。魔王領名物のデス・シーサーペント料理もある」
金色の椅子に腰かけ、ワインを口に含む。シルヴィアは俺の手と口元を凝視している。俺が毒見したほうが良さそうだよな。俺は料理人にドラゴンのローストを切らせ、シルヴィアの目の前でそれを食べた。
「どう、毒なんか入ってないでしょ? それに、君にはどんな毒も効かなさそうだし」
「そう、だな。毒は、入ってなさそう……」
シルヴィアはよだれを垂らしながら、目の前のステーキを見ていた。食欲と理性との葛藤か。しかしシルヴィア、その戦いはもはや勝者が決まっているのだよ。
「い、いただきます」
「うん」
勇者は胸の前で腕を組み、数秒間に乗ってから食べだした。やっぱりいただきますってちゃんと言う女の子って可愛いよね。
もぐもぐとドラゴンの肉を咀嚼する彼女を見ながら、俺はこのあとどうしようかと思考を巡らせる。このままベッドに直行するのは流石にやめておいた方がいいだろう。いや、したいよ? でもさ、彼女の俺に対する敵意は並々ならないものだから、そんな状態じゃあ楽しむこともできない。それよりもっと色んなことして遊んでおきたいな。シルヴィアなら犬耳も似合いそうだ。
「ねえシルヴィア」
「な、何だ」
「ニャンって言うのと、ワンっていうのどっちがいい?」
「はあ? ……そうだな、しいて言うなら私は犬が好きだ」
「そうかそうか」
「というか、何の話だ?」
「別にぃ……ダン、分かったな?」
「御意に」
シルヴィアは小首を傾げた。
今俺の目の前には、世にも美しい少女が立っている。黒髪に猫の耳を生やした、この愛くるしい生き物は、驚くなかれこの少女こそ人類の英雄、勇者シルヴィアなのである。
「な、何なんだこのふざけた格好は!」
「うん? 猫耳メイドだけど?」
何のことはない、ただ猫耳のカチューシャを付けて、メイド服を着せただけだ。城のメイドより少しフリルが多めだが。
「ほら、笑って笑って」
「ふざけるな! 何故こんな格好をしなければならないんだ」
「だって君、負けたじゃん。俺、仲間助けたじゃん」
「……分かっている」
「じゃあ笑って。んで俺のことはご主人さまって呼んでね。さん、はい!」
「ご、ご主人、さま……」
シルヴィアは悔しそうに歯を食いしばり、猫耳メイドを演じていた。でも、もう諦めたような感じになっていて、ちょっとつまらない気もする。そんなに人間達が大事かなぁ。あんな奴ら、ただ神の名を使って私腹を肥やしているだけじゃないか。それに、同族を殺されても、別に自分が困るわけじゃないだろうに。そこら辺が、人間の分らないところだ。人間は、それが何の得にもならなくても、全く違った概念で動くことがある。まったく、理解に苦しむな。
「なあ、何でお前はもっと抵抗しないんだ? 俺に恨みがあるなら、ここで斬りかかってきてもいいだろうに」
俺の隣に立ち、お盆にシャンパンを乗せているシルヴィアに問いかけてみた。
「何を言っている、お前が仲間を助ける代わりに私を奴隷にと」
「いや、奴隷とは言ってないけど、そこなんだよ。何で仲間のために自分を差し出す? あの状況で、お前なら逃げることも可能と判断しただろう?」
「何を言ってるんだ、お前」
シルヴィアは眉を顰め、怪訝そうに言った。
「仲間なんだ。見捨てるなんて、出来る訳ないだろう」
「何故だ?」
「何故って……仲間だからだよ」
「だから、仲間って何なのだ」
そこで、シルヴィアは初めて頭を悩ませた。仲間、意味は知っているが、俺にはそれが居ない。ダンはただの執事で、仲間じゃないだろうし、ゾルデは俺の右腕だけど、仲間じゃないだろう。あれはただの駒だ。盤上を俺の思ったとおりに動いてくれる、ただの駒。
しばらく悩んでいたシルヴィアが、ゆっくりと口を開いた。
「自分の利害より、その人の幸せを願うことのできる存在、か? ……いや、私にも分らんな。ただ言えるのは、私は私の幸せより、あいつらが幸せになってくれたほうが、よっぽどいい」
「そう、なの?」
「ああ。多分仲間って言うのは、言葉とかで言い表せない、そういった概念を超えた場所にあるんだと思う」
仲間、か……。
「じゃあそれなら、シルヴィアは俺の仲間なのかな?」
「は? 何を言っている。お前と私は敵だ!」
「でも、俺は君のためなら、何を失っても構わないよ」
「……え?」
シルヴィアは唖然とした表情で俺を見つめた。読める、彼女の心が読めるぞ。何を言っているんだこいつは、という表情だ。
「でも、仲間のままじゃ嫌だな」
「な、なな、何を言っている」
俺は立ち上がり、彼女のお盆を払って手を握った。
「君は俺の物だ。仲間じゃなくて、妃にしたい」
「はあ!?」
「ねえ、こっち向いてよ」
戸惑って視線をそらした彼女の顔を、俺は右手で掴んで半ば無理やり俺の方を向かせる。目線が泳いでいる彼女の顔も、見ていて愉快だった。魔王城の外では、未だ嵐が吹き荒んで、雷鳴が轟いていた。
魔王のスイッチをONにする。
「シルヴィア、俺はお前が好きだ」
返事はなく、ただ目が泳ぐだけ。
「初めて見た時から、お前は俺の心を掴んで離さなかった」
返事はなく、ただ顔をトマトのように赤くするだけ。
「お前に、拒否権は無いぞ。俺は魔王だからな」
返事はなく、ただ拳を爪が食い込むほど握り締めるだけ。
「ふふっ、可愛い」
俺はただ固まっている彼女と、そっと唇を重ねた。強引だったかも知れないけど、まあいいよね、俺魔王だし。ただ、この魔王の演技がとても疲れる。もう完全にやめにしよっかな、もう既にその態度で接してたりしたけど。
シルヴィアの味をたっぷりと味わい、唇を離すと、彼女はまだ状況を飲み込めていないようで、ただただ何もない虚空を見つめるだけだった。うーん、勇者は精神攻撃にも強いはずなんだけど、色恋になると途端にメンタルが弱くなるらしいな。
「おい、ベッドメイクをしておけ」
「はい、魔王様。誠心誠意やらせていただきます!」
この城で最も古株のメイド長は、全身から闘気を放ちながら、俺の寝室へと向かった。
天幕付きのベッドの上、俺の隣には薄い水色のネグリジェを着せられたシルヴィアが居た。
「……いや、いやいやいやいや、どういう状況なんだこれは!」
「お、やっと気付いた」
「どういうことだ!」
「俺とシルヴィアの初夜の直前」
「ぅ、うわぁああ!」
シルヴィアは立ち上がって、部屋の壁を背に張り付いた。
「な、何故……」
「え、だってシルヴィアは俺のものだから、当然でしょ? 言ったじゃない、条件はお前自身だって」
「そ、それは、奴隷として拷問したり、洗脳したり、強制労働させたり……」
「うわ、何それ怖い」
「はあ?」
やっぱり何かを勘違いしていたらしい。俺はただ、彼女を妃に迎えたいだけだ。それにもう、明日は婚約発表も控えている。
「ねえ、シルヴィアは俺のこと嫌い?」
「っ、大嫌いだ! お前なんかっ……!」
「そう、でも、俺はその何十倍も君のことが好きだよ」
「うっ……」
俺は彼女の頬に手を添える。シルヴィアは戸惑ったような目で、自分の頬に添えられた左手と俺の顔とを交互に見ていた。俺のどこが憎いのか、そう王国に教えられてきたのだろうか、でも今はいい。すぐに好かれようなんて思ってない。時間をかけてゆっくり、君を愛していくから。
右手を腰に回し、身体を密着させながら口づけを落とす。シルヴィアは抵抗しようとしたが、彼女の言う仲間のために踏みとどまっていた。
「綺麗だよ」
俺は彼女を抱きしめたまま、ベッドに倒れこんだ。
主人公の口調がコロコロと変わっていくのはわざとです。シルヴィアのことを“君”と呼ぶ時が正常で、“お前”と呼ぶ時がかっこつけです。