表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/9

一話

これは江戸の城下町、徳川清光とくがわきよみつの世のこと。

ある日の昼下がり……鼻歌を歌いながら、機嫌よく歩いている男がいた。

城からこっそり抜け出し、いつものように城下町へ向かうこの男……実は六台将軍清光本人である。

公務は部下の内藤ないとうに任せ、『遊び人の甚六じんろく』と名乗っては遊び回っていた。

家老の爺は彼がいなくなる度、胃痛に悩まされるほど心配しているが、彼なりに民を守っているのである。


「…む、喧嘩か?」


辺りは人気の無い林の道。

旅人しか通らぬ道だが、どこかでしきりに剣の交わる音がしていた。

耳を頼りに歩いていくと川に出る。

川原で数人に囲まれている男がいた。

互いに太刀を交えている。

ざっと六人…これほどの人数を一人で相手しているとなると、相当の腕前だろう。

甚六はしばらくその様子を見ていたが、さすがに太刀をさばくその男も疲れているようだった。

うずうずしてきた…。


「大人数相手とは卑怯千番!助太刀、参る!」


我慢できず甚六は声を張り上げて、川原に走っていく。

砂利を踏みしめ、男二人をまとめて蹴り倒した。


「何奴!」


頭らしい男が倒れた部下を見て、たじろぐ。

甚六は自信に満ちた顔のまま、剣を向ける。


「はん、大したことないな。

どうした。やるのか、やらぬのか」


気圧されたのか、頭は退け、と短く叫び、残りの男たちを率いて去っていった。


「助太刀など呼んでいない」


肩で息をしながら、男は甚六に剣を向ける。

乱れた着流し、長く結った髪。

……どこぞの道場の者かと思うたが、浪人か。

甚六は人懐っこく笑って、剣をおさめる。


「そういきり立つなって。

俺の名は甚六。その辺の遊び人だよ。

いやぁとっさに割って入っちまったけど、斬り合いは怖ぇえな」


足が震えてらぁと豪快に笑ってみせると、男もつられたのか、仏頂面が少し綻ぶ。


「可笑しな男だ。

俺は辰三たつぞう

江戸へは久しぶりでな…飯屋を探していたんだが、途中で出くわしちまった」


「丁度良い。こっちも腹が減っててね。

良い店連れてってやる」


その様子を頭上の木から見ていた城のくのいち、志乃しのはため息を吐く。


「また上様は余計なことを…」


しかし止めることはできない。

志乃は静かに二人の後を付けていく。

と言っても、飯屋の場所の検討はついている。

甚六としてよく通っている、馴染みの店だ。

二人はやはりその店に入っていった。


「刀なんざ持ってっからだよ。

旦那、浪人辞めてよぅ、この辺で女もらって住み着いちまえばいい」


店の老亭主が腕を組みつつ、笑って言う。

女が甚六の所に料理を運びながら、そうだよと頷く。


「この辺の女は器量も良いし、刀は持たないけど男より強いから安心だよっ。

この甚さんなんか、凧みたいにふわふわしてっから誰も寄り付きゃしなくてねぇ」


「うるせぇなぁ。

お梅は喋らなきゃ嫁にもらってやってもいいぞ」


甚六がにやにやしながら女に言うと、老亭主は甚六をこづく。


「お前ぇな女たらしに、大事なお梅を盗られてたまるかい」


どっと笑う三人。

黙って聞いていた辰三も少し楽しそうに目を細める。

辰三は生来寡黙で仏頂面、そしてよく食う男だった。


「アンタ、まだ食うかい?

握り飯、もう一つこさえようか」


見かねた梅が飯をかきこむ辰三に言う。

一寸黙って、辰三は頷いた。


「にしても辰、お前金はあんのか?」


「…ああ」


懐に手を入れて財布を探そうとした時、店の引き戸が開いた。


「いらっしゃあい。

…あら、お千代ちよちゃんでないの」


梅が陽気な声を上げた。

入ってきたのは手に巾着袋を下げた少女だった。

先に座っていた甚六たちに気付くと、はにかむように頭を下げて微笑む。


「可愛いねぇ、お千代ちゃんていうんかい。

おいらはねぇ…」


花の下を伸ばした甚六が身を乗り出すと同時に、辰三は席を立った。


「…お梅さん。悪いが、握り飯はまた次に頼む」


そう言い残すと、さっと店を出て行った。


「あらあら。どうしたのかねぇ、辰さんは」


梅も千代も首を傾げる。


「流れもんの考えてることなんざ分かりっこねぇよ。

…甚六、てめぇ代わりに金払ってけ」


「え、俺が?

……くそ、辰の野郎」


老亭主の凄味に圧され、甚六は仕方なく財布から金を出した。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ