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第九話 魔力が満ちている、その理由。

 夜が明けました。時間的には大体朝の六時ごろになるだろうか。既に動き始めている村人の姿もちらほら。農民の朝は早い。


 さて、森の探索を再開する前にやることがある。昨日倒した食虫植物の件を思い出したからね。なにかに利用できないかと持ち帰ってきてはいたが、父さんに見てもらうことを忘れてしまっていたのだ。


 しかし、あの場所に行ったことは話していない。いつぞや海まで無断で出かけて、しこたま怒られた件もある。またビンタの一つでも食らうのではないかと少し腰が引ける。


 とはいえ。冒険者なら別におかしなことでもないのだし、父さん達にしても俺と同じくらいの年で冒険者デビューしたと聞いている。そう激しく怒られることもないだろう。


 大丈夫だ。そのはずだ。


 朝食を作っている母さんと共に食堂にいた父さんを見つけ、事情を話してみた。


「お前はまたそんな勝手なことをしたのか!」

「えっと……ごめんなさい」


 現実は非情である。ビンタこそ貰わなかったものの、怒鳴られる結果となった。


「はぁ……どうしてお前はそう無茶ばかりするんだ……」

「今の俺なら大丈夫かなって……」

「そういう無茶なところは貴方に似たんじゃないかしら? ねぇ? いつだったか私が魔物の群れに囲まれた時なんか……ふふっ」

「やめてくれセシリア……シャルに顔向けできない」

「やっぱり親子だってことかしらね?」


 どうやら父さんも似たようなことをしていた時期があるらしい。だからと言っても、自分の子供が同じような危険なことをしていればそりゃ怒りもするわな。命に対する価値観がだいぶ軽いこの世界においても、当然子供の心配はするのである。それでも冒険者や騎士なんかになりたいと言い出す子供達を、割と容易く送り出す考えは俺にはよく分からないが。


「まぁとにかく、お前も十二歳になった。あの森の奥に行くこと自体は禁止したりしないが、せめて俺達に一言欲しかったという話だ。お前はまだ俺達の庇護下にあるのだからな。黙って出かけて帰れなくなったらどうする? 一言残しておいてくれたら助けにもいける。わかったか?」


 あの森で俺を見つけ出すのは至難だと思うけど。まぁ今言っているのはそういう話ではないことは分かってる。


「うん。次からそうする。ごめんなさい」

「危ない場所であることは重々承知の上だと思うが、絶対に無理はするなよ? ヤバいと思ったならすぐに逃げろ。強欲は身を滅ぼすぞ。そうやって散って行った冒険者を何人も知っている」


 冒険者という職業柄、多かれ少なかれ欲はあるのだと思うが、何事も限度があるってことだ。金や名声欲しさに命を失っては元も子もない。まぁある程度のリスクは負う必要があるだろうが。


「で、これか。ネペンテスだな」

「知ってるの?」

「昔倒したことがある。個体差はあるが、基本的なことは皆同じだ。待ち伏せして捕食するか、それに失敗すると蔓を伸ばして攻撃してくる。待ち伏せにさえ気を付けておけば、火の魔法でどうとでも対処できるようなやつだ。比較的弱い方の魔物ではあるな」


 要するに、雑魚。それで、使い道について聞いてみたが、父さんもよく知らないそうだ。倒した魔物などはまとめて売り払っていたそうで、その用途についてまでは詳しく知らないとのこと。


 というか今日改めてその巨体を確認してみたのだが、爆発させて倒したせいで壺なんか穴だらけだし、蔓は何度か切ったせいでだいぶ短くなっているしで、もはや素材としての価値がなかった。擂り潰して薬になったりするのかもしれないが、方法が分からないので意味が無い。あとで父さんが焼却処分しておくそうだ。


 サトウキビも見せておいたが、さすがに砂糖について知らないことはなかったようで喜んでいた。俺のいた時代ほどの加工技術はなく白砂糖とまではいかないが、しぼり汁を煮詰めて乾燥させるだけでも十分白い砂糖が出来る。


 砂糖と片栗粉とミルク。これだけでミルク葛餅が作れるようになった。個人的なことだが、大好きだ。手軽に作れてなおかつ美味しい。なんとなく甘い物が食べたいがコンビニに走るのは面倒、なんてときにオススメ。


 まぁもちろん本物の葛粉から作ったものと比べたら劣るのだが、庶民には十分な代物だろう。他にも果物さえ手に入ればジャムなどは簡単に作れるのだし、やっぱ砂糖って神だわ。ネペンテスは雑魚とのことだから、それなりに腕の立つ冒険者であれば手に入れるのはそう難しいことじゃないだろ。


 ただ、村への客寄せにはもうひと押し欲しいところ。入手難度は低いとしても、遠いというのはやはり相当ネックだ。他の獲物もなにか見つけるに越したことはない。あれ? いつの間にか村の発展が目的になってね?


 どちらにしてもまた今から行くけどね。カイルが来る前に。

 

 今回はちゃんと父さんに森へ行くことを告げてある。父さん曰く、ネペンテスが出る程度の場所なら、他の魔物もそう強くはないとのことだ。もちろん油断するつもりは毛頭ないが。


 部屋に戻って森へ向かう準備をする。カイルがやってくる前にさっさと飛ぼう。


 と、その前に。昨日は森のド真ん中に転移の目印を置いてきてしまっているので、飛んだ先に魔物がいたら事だ。戦闘態勢は整えておくことにする。


 右手は腰の剣に添え、左手には手裏剣の折り紙を。予備の手裏剣や燕も、腰のポーチや異空間に大量にストックしてある。付与魔法で脚力の底上げもしておこう。


 そして、いざ転移しようかというとき、食堂の方から声が聞こえた。


「おはようございますブライトさん! シャルは起きてますか?」

「あぁカイルか、おはよう。あいつなら出かける準備をしていたが、もう出かけちまったかな?」


 やべぇ。急ごう。


 すぐに転移を使い、森へ飛ぶ。視界が途切れる直前にカイルの『俺も連れて行けよおおおお!』という声が聞こえた気がしたが、聞かなかったことにする。


 そんなことに構ってる余裕はないからだ。なんせ飛んだ先には魔物がいるかもしれないのだから。


 白く染まった視界が緑の世界に変わる。油断なく周囲を警戒してみるも、魔物の姿はなかった。一応探知の魔法を展開したところで目印の板を回収し、改めて周りを見渡してみる。


 そこには驚きの光景が待っていた。飛んできた場所は確かに昨日サトウキビを収穫した地点だ。それは切り倒されたサトウキビの茎を見れば分かる。ただ、そのすぐ横から新たなサトウキビの芽が、既にサトウキビの姿になった新芽が伸びていた。


 大きさは俺の身長より少し小さいくらいだから、大体百四十センチ前後といったところ。昨日収穫した分が樹木ほどの大きさだったことを考えるとまだ小さいが、成長の速度が異常といえる。これも魔力の成せる業か。これは安定した収穫が望めるぞ。


 とりあえず今日のところは放置だ。回収した目印の板も再度設置しておく。これだけ成長が早ければ定期的に収穫に来たい。新たに自生している場所を見つける手間も省ける。安全に転移できる拠点は欲しいが。


 今日の目標は新しい採集物を見つけることだ。植物でもいいし、あるかどうかは分からないが鉱物でもいい。なにかの素材になりそうな魔物もいるはずだ。


 早速森の更に奥へと歩みを進める。景色は相変わらずカオスな空間だ。ここは果たして熱帯なのか寒帯なのか。いや、暖かいのでどう考えても熱帯寄りなのだけど、寒帯で見かけるような植物も平気で生えているのがややこしい。


 しばらくこの混沌とした森を探索してみた。植物の生態に関してはこの際置いておくとして、ネペンテスにも数回遭遇した。他には昔襲われたワーウルフも見かけたし、今俺の目の前にいるのは花の姿をした魔物だ。


 先に見つけることができたので今すぐに襲われることはない。木の陰からその様子を観察している最中だ。見た目は大きなバラだが、やっぱりデカい。そして根本には、仕留めたのであろうワーウルフが血だらけで転がっていた。植物の魔物の特徴として、普通の植物に擬態して獲物を待つ、蔓を触手のように伸ばしてくる、根が張っているのでその場から動けないことなどがある。


 こいつも例にもれず同じ特徴をしているようだが、他と違うのは蔓に棘があることだ。さすがはバラの魔物と言える。巻きつかれたら大怪我だろう。


 とはいえ、植物なので動けないのだ。先に見つけてしまえばこっちのもの。ここから一方的に嬲れるだろう。自ら戦闘するのはできるだけ避けたいが、安全に勝利できるのであれば積極的に狙っていくべきだ。それだけ魔物の素材は金になる。


 ワーウルフに関してはあまり食指が動かないが。あいつらは基本的にどんな領域でも現れるので、素材としては割安らしいのだ。ただの狼の毛皮なんかに比べれば高価なのは違いないけど。


 手裏剣を両手に握り、投げる。植物の魔物の弱点は茎だ。地面から栄養を吸い上げているので、切り離してしまえばいずれ息絶える。種類によっては異常なほどの生命力で茎を伸ばし、再び地面に根を下ろすらしいが、そんな魔物はごく少数だ。


 案の定、茎を切断してやったらすぐに動かなくなった。バラの魔物であればいくらか用途が思いつく。香水や料理の香り付けにも使えるし、薬としても需要があったと聞いたことがある。なんにせよ、自分の手で加工する技術はないので売り払っておしまいだが。


 その後もいろんな魔物に遭遇したが、ここが森であるせいか植物の魔物が多い。中にはワーウルフのように動物型もいたのだが、熊の魔物と猪の魔物の三種類しか確認できなかった。それに比べて植物系は多いこと多いこと。木がそのまま魔物化したトレントみたいな魔物も当然のようにいたし、ラフレシアみたいなやつもいた。全部摘み取ってやったのだが、トレントだけはもう会いたくない。


 だってあいつ木だぞ? 茎なんて生易しいもんじゃない。幹だ、幹。しかも魔力の影響でやたらでっかくなった大樹だ。太さがどんだけあるのか測ることすら億劫だった。一応こいつも動けないので、離れた位置からいつもよりかなり多めの魔力を注ぎ込んだ手裏剣で伐採したんだが、それでも五枚も投げたわ。


 まぁ……虫もいたけど、あえて触れないでおく。聞かないでくれ、気持ちが悪くなってくるから。


 しかし、そんな陰鬱な話題だけじゃない。新たな収穫もあった。カカオだ。なんか一つが両手で抱えるほどもあるが、間違いなくカカオだ。用途なんか考えるまでもない。チョコレート作るぞ! とりあえず売るのは後だ! まずは俺が食う!


 真面目に用途を考えると、まずは食用。あと薬にもなると聞いたことがあるが、料理人としてはそんなもんに使うのは勿体ないと思ってる。どうせ代替品あるだろうし。


 カカオの加工方法はどんなんだったかな……。乾燥させて粉砕すればよかったような気もするが、ダメならダメで試行錯誤していこう。旅のお供にチョコレート。カカオを見つけた以上、これは譲れない。


 こうなると欲が出てくる。バニラとかアーモンドとか欲しくなってくるのだ。ボンボンショコラ作りたいね。リキュールとか売ってるのかな? たぶんあるだろう。要は酒に別の素材の風味を移しただけの代物だし。


 果物とか実ってないかな? あるはずなんだが見当たらない。まぁこの森は広いし、どこかにはあるだろう。俺が歩いてきた範囲なんて全体から見ればちっぽけなもんだ。麹室付近の森の探索もいずれやっておきたい。


 カカオを収穫した地点にも転移の目印を置いておく。サトウキビの状態を考えると、明日にも新たな果実が実っていると思われる。ここは実にすばらしい森だ。それぞれが近い場所に生えていれば文句はないんだが……。

 

 ここまで考えて、ふと思いついたことがある。魔力さえ満ちていればこれだけ巨大になるというのであれば、場所は問わないのではないか? 別にこの場所だけで育つと言うこともないはずなんだ。なにせこの森の生態系に規則性が見られない。


 つまり、根っこから丸ごと引っこ抜いて別の場所に植えてもいいのではないかと。それならサトウキビもカカオも同じ場所で育てられる。移動する手間が省けて非常に楽だ。


 問題は、安全な場所の確保が出来るかどうかである。魔力が満ちる場所でないといけないので、どうしても魔物と遭遇することは避けられない。結界など貼れるのなら問題はないのだが、結構高度な魔法なので習得できていなかった。


 最悪穴でも掘ってそこに転移すればいいかな? 魔物が荒らすことはないようなので、転移さえ安全にできるならそれでいいかもしれない。どうやって穴に蓋をするかは考えないといけないが。魔物が踏み抜いては敵わん。鉄製の板とか? うん、穴の中に転移はあまり現実的な案ではなかったか……。


 まぁ今はいい。一応一本だけ丸ごと貰っておこう。サトウキビもあとから回収だな。


 カカオも目に付くだけの物を収穫し、その場を後にした。通常のカカオなら一気に全て収穫することなどないのだろうが、ここの植物の成長速度は異常なので問題ないはずだ。


 時間は……そろそろ昼ごろになるだろうか。腹の虫も鳴いてきたのでここらで昼食とする。さすがに魔物が跋扈する森のど真ん中で悠々と飯を食う度胸などないので、周囲で一番デカい木に登って昼食を摂ることにした。


 といっても食うのはおにぎりだ。歩きながらでも食えるようにと持ってきたはいいものの、魔物を警戒しながら飯を食うのは危険だと判断した。食事中というのは無防備になりやすい瞬間だ。狩りをするときだって、餌を食らっている獲物は比較的簡単に狩れる。


 木の枝に胡坐をかき、異空間からおにぎりを取り出す。枝といっても太さが半端ないので、座るどころか寝転がっても問題ないくらいだ。


 そしてこのおにぎり。中身はツナマヨだ。いや、訂正。正確には良く分からない魚マヨだ。


 お酢が完成したことによってマヨネーズも自作していた。作り方なんてお酢と卵と油を撹拌してやるだけだ。あとは塩こしょうや砂糖で自分好みに味を整えてやればいいし。あるのであれば辛子やカレー粉なんか加えてやると面白い。ここにはないがな……。


 で、麹室の近くで暇つぶしに釣り上げた、なんとなくシーチキンに似た味がする魚を焼いて、その身をほぐしたものと和えた。マグロとかカツオとかいるのかな……。いたとしても沖合にいるのだろうし、当分は諦めよう。


 あと贅沢いうのであれば海苔が欲しい。やっぱあのぱりっとした触感と共に食らうのがおにぎりなんだよ。そういや海藻に関してはまだ何も調べてなかったな。いつか調査しないと。海苔もそうだが昆布とか若芽とか。もし可能なら寒天作りたいからテングサとかあれば最高。


 ツナマヨもどきのおにぎりを食べながらそんなことを考えていた。もちろん周囲の警戒は、探知の魔法はもとより視覚も聴覚も存分に使って行っている。あぁ、ツナマヨうめぇ。


 割と大き目に作っていたので二つで十分に腹を満たせた。もう一つ残ってはいるが、それは小腹が空いたら食べるとしよう。早く探索を再開したいしね。


 では行こう。ちょっと目標ができた。


 木に登っておにぎりを食っているとき、気になる光景を見つけたのだ。さっき登っていた木も相当にでかかったわけだが、そこから見える景色の中でひときわ目を引く存在があった。


 ここからどれだけの距離があるのか分からないが、遥か遠くに巨大な木があったのだ。それは山脈にだいぶ近付いた場所にある。今まで歩いてきた道のりも結構な距離があったと思うのだが、また更に先にあるとは。この森の広大さを改めて感じる。そしてあの木のでかさも。


 これほど遠い場所からでもはっきりとその存在を確認することができたくらいだ。果たしてどれほどデカいのか気になって仕方ない。それになんだろう……なんとなく、行くべきであるというか、こう……。


 とにかく行ってみたいのだ! 何かは分からないが、そこには確かに俺の気を引く何かがあるのを感じる。


 











 かなりあの大樹に近づいてきた。木々の隙間からでもその姿が確認できる。やはり、大きい。ビルにして何階建て相当だ? 間違いなくこの森での最大級の大きさだろう。何か主でも住んでいそうだ。


 ここまでの道のりで特に変わったことはない。目新しい物もなかったし、魔物も今までと同じ種類が襲ってきた。


 だた、魔力は濃くなってきている。最初はなんとも思っていなかったが、今は確信がある。あの大樹の近くは相当に魔力が濃いだろう。大樹から魔力が発生しているのかどうかは分からないが、魔力が満ちている理由があそこにあるような気もする。


 警戒を続けながら大樹に近付いていると、不思議な物体を見つけた。いや、それを物体と呼んでいいのか疑問だが、とにかく変な物がある。不意に木陰から飛び出してきたのだ。


 大きさは、そうだな……サッカーボールくらいの球体。淡く赤い光を放ちながらふわふわ浮いている。ただそれだけだ。実体と呼べるものが見受けられない。赤い光が浮いている、言うなれば人魂? それにしては綺麗な丸だ。まぁ人魂なんて見たことないし、一般的なイメージなんて人が生み出した空想上の産物なんだけど。


 幽霊の類いかと一瞬体が硬直したが、真昼間から幽霊なんて出るわけないと心を静めた。しかしここはなにが出るか分からない、それこそお化け屋敷みたいな場所だ。本物の幽霊かどうかはともかくとして、魔物である可能性もある。相手からの攻撃には気を配っておいた方がいい。


 そんな俺の内心を知ってか知らずか、人魂は上下に揺れながらその場に浮遊しているだけ。襲い掛かってくるような様子は特にない。だからといって警戒を解くわけにはいかないが。


 しばらく距離を保ったままそいつを観察していた。


 どれくらいの時間が流れただろうか。まだ十分と経っていないだろうと思う。人魂は俺とのにらめっこに飽きたのか、ゆっくりと森の奥へ移動をし始めた。そうしてしばらく進むと、また止まる。俺は一歩も動かずそれを見つめているに過ぎない。


 そして今度は近づいてくる。それでも俺が動かないでいると、また少し進んで止まる。


 どうにも、ついて来いと言われているような気がする。試しに少しだけ近づいてやると、近付いた分だけまた進む。やはりついて来いと言うのか。


 今のところ敵意も感じられないし、特に危険な様子もない。こいつがなんなのか興味もあるし、どうもあの大樹を目指して移動しているようだ。ついていってみるか。


 それになんとなく大丈夫な気がする。根拠なんてなんにもないが、こいつは敵じゃない。かといって味方かどうかは別の話だけど。


 人魂に連れられて大樹の方へと歩く。しばらく歩いたところでようやく根本までたどり着くことが出来た。もう数十分すると日が沈み始めるだろう。いくら鍛えていようと、魔力で強化していようと、まだ十二歳の体ではさすがにキツイ。ここを調べ終えたら帰ろう。


 改めて、大樹の姿に驚かされる。周囲は大樹に茂る枝葉で、広く影が出来ていた。見上げ続けていると首が痛くなりそうだ。当然幹の太さも尋常じゃない。特に果実が実っているわけではなさそうだ。そしてこの周辺はかなり魔力が濃い。そしてやはり大樹には相当の魔力が宿っているように思える。


 追いかけてきた人魂はと言えば、大樹の前に浮かんでいるだけだ。いや、その後ろは……祠?


 大樹の根本にぽっかり空いた穴。暗くて奥までは良く見えないが、この大きさの木だ。人一人……いや数十人は中に入れそうだ。


 ぼんやりと大樹やその周辺の景色を眺めていると、唐突に目の前が明るくなった。眩しいが、優しく感じる光。発光しているのは先ほどの人魂ではなく、その右側の何もない空間。徐々に光が集束していき、驚くことに人の姿を象っていく。


 やがて光が弱まっていき、その姿をはっきりと視認できるようになった。


 一言で言い表すなら、天使。純白のドレス姿で、艶やかな緑の黒髪。長い睫に少し垂れ気味の包み込むような瞳。聖母を思わせる笑みは、どんな怒りも憎しみも収まってしまいそうだと感じる。天使の輪っかや白い羽こそないが、天使と呼ぶにふさわしい美しさだと思う。


 いや、待て。見惚れている場合ではないぞ。彼女は一体なんなんだ? 一応敵意は感じられないけど、得体はしれない。


 でも、またこの感じだ。根拠もないのに大丈夫だと感じる不思議な感覚。頭では警戒をしろと命令していても、心のどこかで警戒を解いてしまっているような。


「そう身構えないでください。貴方に危害を加えるつもりはありません」

「うわっ! 喋った!」

「この姿で言葉を話せない方がおかしいと思いますよ?」


 彼女はクスリと笑い、目を細める。やはり笑った顔はとても綺麗だ。可愛いではなく、綺麗だ。いや、それはいい。話が出来るなら会話をしてみるべきだろう。


「えっと……あなたは?」

「当然気になりますよね。でも……そうですねぇ、どこまで話しましょうか……」


 頬に右手人差し指を当て、思案顔。くっそ。思わず見とれてしまうじゃないか。


「突然いろいろと話してしまっても困惑するでしょうからね。まず、私は精霊です。ようこそ、シャーロット君……いや、福島庄太郎さん」

「は!?」


 ちょっと……待て。今の言葉だけで充分困惑に値するぞ。もうこの際精霊だってことは置いておこう。俺のこの世界での名前を知っているのも、精霊だからなんぞ不思議な力が使えるってことにしてもいい。だが何故俺の日本人としての名前を知っているんだ!?


「言いたいことは分かります。一番聞きたいのは貴方の本名……いえ、どちらも本名には違いないですね。前世での名前、と言いましょうか。何故それを知っているのか、ですね?」

「うん。いや……そうだ。まずはそのことについて詳しく聞かせてもらいたい。もしかして俺がこの世界に転生してきたことに関係しているのか?」


 動揺する心を無理やり押し殺して問いかける。というより、唐突過ぎてあまり大袈裟に驚けなかったということもあるし、なにより驚きよりも好奇心の方が先に立つ。

 

 正体……というほど大仰なものではないが、俺のことを知っているのなら子供じみた言葉使いは止めだ。久しぶりだな、この感覚。久しぶりだからなのか、俺のことを知っているこの精霊の登場に驚いているからなのか、若干声が震えていたのは仕方のないことだと思う。


「結論から言えば、その通りです。私が貴方を異世界から呼びました。誤解のないように言っておきますが、貴方が事故死したのは必然です。私が直接手を下したわけではありません」

「なんで俺だったんだ?」

「言ってしまえば、たまたまです。ただ、日本人ということだけは決まっていました。貴方の命の終わりの瞬間に転生の魔法が発動したと、それだけのことなのです」


 つまり誰でもよかったと。ちょっと特別な存在なのかと期待しちゃってた自分が恥ずかしくなった。確かに料理以外に大した取り柄もなかったけどさ。実は異世界では希少な体質の持ち主で! とかそういうことではないらしい。


「じゃあ俺が呼ばれた理由については?」

「それは今は止めておきましょう。貴方には自由に生きて欲しいのです。理由を話してしまうと、貴方の今後の人生を縛ることに繋がりかねません」


 いや……えええ? そこを渋る意味が分からん。人生を縛るって、なんだ? ちょっと怖いんだけど。


「うーん……それでは、貴方はこの世界についてどう思いますか?」

「どうって言われても……そうだな……魔法っていう俺にとっての未知があって、魔物がいて、貴族がいて。アニメやゲーム……って分かるのか? まぁそんな世界に入り込んだみたいで実に楽しい世界だ。命の危険は遥かに高いけど、どうせ一度死んだ身だしな」

「概ね予想通りの答えですね。しかし、それはこの世界の一部に過ぎないのです。だから、貴方には世界を知ってほしい。その上で、私が話すことに貴方がどんな答えを出すのか。その時に改めて伝えたいと思うのです」


 そりゃあ田舎の村に住んでいる以上はあまり世界情勢には明るくない。王都がどんなところかなんて知らないし、帝国との戦いについては全くと言っていいほど情報がないのだ。他の国に至っては名前すら分からない。商隊が持ってくる新聞ではどう考えても少なすぎる。


「貴方は冒険者になるのでしょう? しばらく旅をして、世界を見てください」

「それだけでいいのか?」

「ええ。貴方の中にきっと一つのある想いが芽生えるはずです。それこそが、異世界の住人を転生させた理由なのです」


 異世界人が感じる想い、ね。それがなんなのかは分からないけど、今のところ俺になにかをやらせようという気はないらしい。それはそれで呼んどいて放置プレイかよ! とも思ったが。


「要するに出直して来いってことね」

「そこまでは言いませんが……とにかく今はシャーロット・オルクスとして、人生を謳歌してくだされば良いのです。ただ、勝手に転生させてしまったことについては謝らなければならないと思っています。すみません」

「いや、別に謝らなくても。どうせ俺はあの時点で死んでいたわけだし、むしろ人より特別な人生を送れているんだから感謝したいくらいだ。あなたの言う通り、人生を謳歌しているし、これからもそのつもりだよ」

「そういってくださるとありがたいのです」


 ま早い話が世界を巡り、見識を深めた上で改めて……ということか。そう急ぐ話でもないようだし問題ないのか? どちらにしても俺は冒険者になって世界を旅してみたいわけだけども。


 とりあえず俺のことはまぁいいだろう。あとは彼女らのことが気になるわけだが、さて。


「じゃあ俺のことはいいや。あなた方のことについて教えてくれるか?」

「我々というと、精霊についてですか? そうですね……貴方の世界で言うところの、付喪神(つくもがみ)と言えば分かりやすいでしょうか」

「付喪神? 長い年月を経て神が宿る様になったっていう、あれか?」

「そう考えてもらって構いません。長く生きたモノにはそれ相応の魔力が宿ります。ある程度年月が経過すると、そこに精霊が住み着きます」

「じゃあ火の精霊とかいないわけ? ずっと燃え続ける火なんてあるわけもなし」

「いいえ。ちゃんと居ますよ」


 精霊とは、対象となるものの化身のようなもので、森羅万象全てに宿りうる存在。火や水に、そこいらに落ちている石ころ。果ては人間の作った物にも宿ることがある。自然現象、または自然そのものを司るような精霊もいて、総じて高い魔力を誇るのだとか。


 火の精霊を例に出そう。初めは当然小さな精霊だ。例えば、火山地帯の熱を帯びた石に宿る。更に長い年月をかけ魔力が増えた精霊は、そのうち火山そのものを司るようになり、やがて火を司る精霊へと成長すると、そういうわけらしい。


 まぁややこしいので、とにかくいろんなところに精霊がいるんだと解釈しておこう。細かいところは昔の知識と合わせて脳内補完しておく。


「つまりこの大樹の精霊はあなたってことだな?」

「ええ。ただ、私は樹の精霊ではありませんが」

「え?」

「詳しくはよいでしょう。いずれ分かることですから」


 またそれか。別になにがなんでも知りたいってわけじゃないけど。学者なら目の色変えて質問攻めにしそうだが。


 それからいろいろと質問してみたが、まぁ答えてくれたのは半分くらいってことか。陽も落ちてきてあたりも随分暗くなってきたので帰ることにした。


「じゃあ今日はもう帰るから」

「そうですね。暗くなってきましたし、貴方はまだ子供ということになっていますから」

「じゃ、そゆことで」

「ちょっと待ってください」


 片手を上げて帰る意思表示をしていたのに呼び止められた。上げた手が哀愁漂う。


「最後に、貴方に祝福を」

「祝福?」

「精霊の力の一部を貴方に分け与えます」


 つまり魔法を少し強化してくれるということでいいかな? そりゃ有り難い。


 彼女が俺に両手を翳す。それだけで体の奥が熱くなる感覚を覚えた。体が淡く発光し、熱を帯びる。それは暑苦しいのもではなく、暖かく感じるものだった。

 

 それが終わると、確かに魔力の量が増えているような気がする。もしかして攻撃魔法の出番来る?


「これで少し魔法の扱いが上達したはずです。ただし、適正もありますから、全てが上手くなったわけではありません」


 望み、潰える。


「それと、この子を連れて行ってください。きっと貴方の役に立ってくれます」


 そう言って現れた……というか前に出てきたのは俺をここまで誘導してきた赤い人魂。


「これは……?」

「精霊の子供と言えば分かりやすいでしょう。まだ精霊足りえない存在ではありますが、成長すれば立派な精霊として貴方の助けになるはずです」


 子供、ねぇ? まぁ居ても邪魔になることもないだろうし、別にいいのか?


「餌とかいるのか?」

「ペットじゃありませんよ? 今は特に何か食べさせる必要はないですが、成長すれば人間と同じように食事もできますので、たまには何か食べさせてあげると喜びます」


 苦笑いしながら否定しているが、説明を聞く限りはペットじゃないか。いいんだけどさ。


「言い忘れていましたが、この大樹付近には魔物が寄ってきませんので、もっとこの森を探索したければここを拠点にするといいでしょう」

「成長してからまた来いって言わなかった?」

「来てはダメとも言っていませんよ?」


 さいですか。それなら遠慮なく使わせてもらおう。カカオ畑作れるかな?


「そうだ。名前、聞いてないんだけど」

「精霊に名前は存在しません。私にも固体名などは特にありませんので」

「ふーん。面倒だな。じゃあ次来るときまでに名前考えてくるわ」

「私の……ですか? それは面白いですね。楽しみにしています」


 少し驚いた表情をしたが、すぐに微笑みに変わった。人間だったら野郎どもがほっとかねぇよなぁこれ。


「じゃ、帰るから」

「はい。またいつでもいらしてください」


 今度こそ転移の魔法を使い、自分の部屋に帰る。視界が白くなり、体が浮遊する感じ。


 あ……子供の精霊連れて帰るの忘れてた……。


 と思ったらちゃんと付いてきていた。部屋に着いた瞬間俺の胸元から飛び出してきたのは、間違いなく赤い人魂だ。いつもぐり込んだのか。


「うおっ! なんだその赤いのは!」

「げっ! カイル!」


 まさか、朝からずっと俺の部屋にいたのだろうか。ベッドに寝転んで、俺が商隊に頼んで少しずつ集めていた本を読んでいたカイルが驚愕の声を上げる。


「いやそんなことよりも! シャル! なんで俺を連れて行かなかったんだよ! つーかどこいってたんだ! その赤いのはなんだ!」


 怒涛の質問攻めをしてくるカイルを往なしながら、さてどういう言い訳をしようかと思考を巡らせるのだった。


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