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第八話 冒険者としての初探検?

 ふふふ……。


 遂に……。


 遂にこの日がやってきた……。


 思えば長い道のりだった。二歳で構想してから約十年。最初は腐った塩水になってしまった。それから本格的に取り組み始め、遠い道のりをマッピングし、わざわざ何日も土木工事を繰り返し穴を掘り、大量の食材を無駄にしながらここまできた。


 解毒の魔法をかけ忘れて味見をし、たまに腹を下すこともあった。せっかく仕込んだものを床にぶちまけて泣いた夜もある。あまりの失敗の多さに挫折しかけ、塩の副産物として産出したにがりで豆腐を作り、やる気を回復させたりもした。そして豆腐を食べる際に醤油やポン酢が無いことに気付き、自らの傷を抉ることになる。


 だがしかし! そんなことは過去の出来事だ! 


 醤油が! 味噌が!! 完成したのだ! ふはははははは!









 失礼。取り乱した。


 薄暗い穴倉の中で含み笑いしてるとか、なんか危ない薬でも作ってるみたいだったわ。カイルがいなくてよかったぜ……。


 そういうことでしてね。発酵食品が遂に完成したわけです。お酢は割と早い段階で完成していた。まぁお酢ってのはお酒の失敗作から生まれたという話もあるくらいで、凄く雑に説明すると酒の製造の時に管理を適当にやってるとお酢になるというものでありましてね。


 麹に関しては長い年月を経てやっとの思いで着床させ、大量に増やして保管している。


 そして麹さえ手に入ればこっちのものだ。とは言ってもいろいろ手間はあったわけだが、それを説明しても面白くないと思われるので割愛。


 醤油と味噌と味醂と。それぞれでっかい樽を作って熟成させ、味見をしてみたところ、あの懐かしい味を楽しむことができたと言うわけである。それから調子に乗って大量に仕込んだものが今日完成したわけだ。。


 いやしかし……かなり疲れた。特に麹菌の扱いは神経を擦り減らす。温度や湿度管理が大変なのだよ。詳細な数値を知っているわけもなく、何度も腐らせては温度を上げてみたり下げてみたり。湿度も然り。まぁ温度計なんぞないのでその正確な数値を確かめるのもできないし、体感で計るしかない。時折かき混ぜたりしないといけないし。


 まぁ、いい。過ぎたことだ。完成した麹菌は収納の魔法により、別空間に保存されている。収納の魔法には時間経過がないので、食べ物を腐らせずに持ち運ぶのには重宝するのだ。運び屋専門の魔法使いがいるのも納得。


 それにしてもこの大量の醤油達はどうしてくれようか……。調子に乗って作り過ぎたわけだが、一体何キロあるのだ……。


 目の前には、床に埋められた直径五メートルほどの巨大な樽。深さも同じくらい。狩りで得た収入を使い、少しずつ中身を増やしていった結果だ。製造蔵の真似事をしてみたわけだが、どう考えても一人で消費するにはデカすぎた。まぁ収納しておけば腐りはしないのだが。


 このまま放置していると、如何に温度を保っていようと腐ってしまうと思われるので、木桶に取った分とこのデカい樽のままとに分けて収納しておく。木桶の分を使い切ったらあとで取り分ければよかろう。それぞれ他の調味料も同じように収納する。


 後に残ったのは巨大な穴。あとで落とし穴にしてカイルを嵌めてやろう。


 さて、醤油にやたらとテンションが上がってしまっていたのだが、俺は今年十二歳になる。


 あの村祭りのあと、エイブラム様が直々に俺の元を訪れ、片栗粉について作り方から用途などについて改めて確認された。全ての説明を聞いた後、父さんと後からやってきたタイランさんと商談のようなことをしていたが、内容については特に聞いていない。小売りの経験が無く、細かいことは分からないので大人たちに丸投げした。というかタイランさんって村では結構重役というか、そういうポジションの人であったようだ。


 五年という歳月をかっとばしてきたわけだが、当然村には大きな変化がある。


 片栗粉の販売によって村の収益はだいぶ向上した。正直ここまで売れるとは思ってなかったが。作り方は完全に秘匿し、原料がジャガイモであることも一応は秘密ではある。さすがに原料がジャガイモだけであることが知られると、割と簡単に製造方法がバレるだろうと予想されるからだが、村の畑のジャガイモの割合がとんでもなく増えたので時間の問題なのでは……。万が一のために他の商品も考えといてやろう……。


 揚げるという調理法も村で普及した。多目の油で焼く方法というものは昔からあったようで、宮廷料理なんかで豚の丸焼きなどをすると必然的にこうなる。ただ、揚げるのとは根本的に違うので、新しい調理の方法であることは違いない。揚げ物発祥の地となったわけだが、まだ王都までは浸透していないと聞く。


 エイブラム様の屋敷も少しグレードアップしたようだ。元々貴族で裕福ではあったのだが、辺境の村に豪邸を建てる余裕もなかったのでようやくそれらしくなった、といったところ。


 村には学校ができた。というか寺子屋? この村で読み書きや計算が一定水準まで達しているのは、タイランさんを始めとした商売に携わっていた人たちと、冒険者をして各地を渡り歩いた俺の両親にエイブラム様くらいだ。片栗粉の製造販売するにあたって、学がないものを従事させるわけにもいかないので、子供から大人まで幅広い層を受け入れた。教師役はタイランさんと俺の両親、そしてなんとエイブラム様直々に教鞭をとっている。五年も経った今では、当時十歳ほどだった子供たちと覚えがよかった農民を中心として、一つの商会のようなものができていた。取り扱うのは当然片栗粉、そして思いがけず売れている折り紙だ。


 ついでとばかりに売り始めた折り紙の方も意外と悪くない。工芸品としてある程度の価値が認められ、珍しい物が好きな貴族がこぞって買い始めた。その他、インテリアとして飲食店や服飾関係の店に飾られていたり、所謂セレクトショップのような店からも注文があったと聞く。


 そして驚くべきは村の職人達。俺が教えたのは鶴や兜と言った小さな紙で作る折り紙だったのだが、いつの間にか巨大な折り紙を考案していた。羊皮紙を繋ぎ合わせ、折り方を試行錯誤し、実物大のドラゴンを模した折り紙を作り上げたのだ。確かに前世でも精巧な折り紙やでかい折り紙もあったが、こんなに早く再現されるとは思っていなかった。


 これはかなり高値で売れたそうだ。買い手は言わずもがな、どこぞの貴族。なんでも買いますね貴方たちは。


 それらの商品によって村の生活水準は大きく向上、村にやってくる商隊の頻度も増えた。他の貧しい村から出稼ぎに来る人も現れ始め、彼らのための宿屋や居住区が新しく建設され、人口も増加。単身赴任よろしくやってきた男連中などの食事の世話をするために、揚げ物を目玉とした小料理屋もできた。


 そして年に二回ほど、王都から視察団が来るようになった。これは商売の件とはまた別の話で、南方面の開拓についての視察らしい。村が大きくなり、宿や飯屋などの各種設備が整ってきたことによって、視察団が駐留できるほどの余裕ができたことが要因だという。


 今更の視察にはまだ理由がある。帝国の存在。現在冷戦状態とはいえ、争い始めてからずっと隙あらば攻め入ろうとする姿勢を崩さない帝国に、王国も対抗して警戒を続けていなければならず、自国領土の開発など手が回らない状態なのだ。今でもあまり余裕はないそうなのだが、一応防衛ラインとしての砂漠の縦断はそう容易いことではないので、村の発展を期に少しでも開発を進めようと言う算段らしい。


 今まで気にもしていなかったのだが、いつも狩りに行っている森の南側にはまだまだ陸地が続いているのだという。俺が麹室にしている山脈から先は、未だ人の手が入っていない未開の地なのだ。開発が進んでいない理由は先に述べた村の状態と帝国の存在、それともう一つ。


 魔物の存在だ。森もそうなのだが、山脈にも魔物が住み着いている。これが厄介で、森に住む動物の強化版よりも強いらしい。熟練の魔法使いなら相手にもならない程度ではあるが、帝国への警戒も怠るわけにはいかず、おいそれと魔法使いを派遣することはできないのだ。ならば数で攻めるのはどうか。魔法使いではない者では危険すぎるし、初心者マーク引っさげた魔法使いでも同じことだ。


 では結局なんのための視察なのか。冒険者のギルド支部を置けないだろうかということらしい。森や山脈の魔物の素材を餌に、冒険者を嗾けようというわけだ。ただ、この村はいかんせん遠い。伊達に王国最南端に加え、最西端であるわけではなかった。冒険者にとって、ここ以外にも美味しい狩場はいくらでもあるということだ。


 まぁこの周辺でしか得られない物があれば話は別であるが。未だ誰も森の最深部まで立ち入っておらず、そういった採集物は確認されていない。前例がない上に遠すぎる場所では、さすがの冒険者も興味をそそられないのだろう。


 とはいえ、そういう場所にこそ興味をそそられるという人間も少ないながら一定数はいるわけで。俺もそんな人間の一人であった。


 別に彼らの手伝いをしようと言うわけではない。情報を渡すのは吝かではないが、あくまでも俺個人のためだ。なんでも、ああいった魔力に溢れた場所で得られる食べ物は、通常の物と比べて格段に美味いのだとか。魔物から剥げる素材も需要は高い。また、珍しい果実や植物なども生息していることが多く、それらは高値で売れる。冒険者はこういった獲物を求めて大陸を渡り歩くのだ。そして気に入った狩場を見つけ、拠点とする。


 俺としても、なにか興味をそそられるような代物があれば狩りの拠点にしてもいいと思っていた。年齢的にそろそろ村を出るころではあるが、転移があるのでいつでも飛んでこれる。調味料に関しても、今ある分で一生を賄えるわけもないので定期的に作っていくことになるし、手間にもならない。


 期待するのは南国系のフルーツだ。ここは南の地。それくらいあっても不思議じゃない。不思議じゃないんだが……。


 前にも少し触れていたと思うのだが、この森の生態系は俺の常識の斜め上をいく。寒冷地に多いはずの針葉樹が何食わぬ顔で生えているのはまだ許せるとしても、サボテンのような植物まで見かけたこともあるのだから、なにがあるのか想像もつかない。


 ただ、これだけバラエティに富んだ種類の植物が生えているのだ。南国フルーツであるかどうかはともかく、森である以上はなにかしら果物があるはず。それが手に入りさえすればなにも文句はない。別に果物に執着しているわけじゃないんだが、甘味は欲しいんだ。砂糖……高過ぎ。


 今回はカイルを連れてきていない。精神年齢が三十を超えてきている俺とは違い、カイルは純粋な子供だ。過信・軽率・油断。まだ、早いと思うのだ。この世界では十二歳であろうとも冒険者稼業をやっている奴も少なくはないらしいが、ここには中身が三十路を超えたおっさんである俺がいるのだ。俺でも危険なのは違いないし、油断もあるかもしれないが、カイルよりはマシだと。


 そういうわけで、俺は森を分断している川のほとりまで来ている。ここから先、川を渡った先が前人未到の魔界とも言える場所だ。どんな生物がいるのか分からない。気を引き締めていくことにする。


 雰囲気としては山に流れているような清流とは違い、どちらかと言うと南米なんかの特集とかでよく見る熱帯の濁った大きな川である。川幅も結構あるので、如何に魔物といえど容易く渡ってはこないのも頷ける。まぁ、向こう側の食糧の方が魅力的であるらしいので、わざわざこちら側にやってくる魔物など居はしないのだけど。


 飛翔の魔法を使い、川を渡る。こんなに濁っていては泳ぐのも馬鹿馬鹿しいし、魚系の魔物なんかいたりしたらひとたまりもない。


 渡りはじめてすぐに、魔力が濃くなっていくのを感じた。川岸にいたときでも多少感じてはいたわけだが、なるほど確かに魔力が満ちている。余り空中戦などやりたくはないので急いで渡りきることにした。鳥系の魔物がいるのかは知らないが、念のためだ。


 存在しないのか、近くにいないだけなのか、そういった魔物の襲撃はなく、渡りきることが出来た。ただ、水面になにやらでっかい黒い影が見えたような気もしたが、触らぬ神に祟りなし。自ら危険を増やすこともあるまいて。


 地面に足をつけて改めて感じる、魔力。なにが原因かは不明らしいが、各地にこんな場所が点在しているのか。一説には、大きな戦争の影響。一説には、神、或いは精霊の住む土地。なにはともあれ、ここからは今までよりもはるかに危険であることに変わりはない。


 探知の魔法はすぐに展開した。正確な距離は測れないが、大体七十から八十メートルくらいは探知の範囲内だ。今のところ、生物らしき影は確認できない。それでも超スピードを持った魔物や、下手をすると探知の魔法にひっかからない魔物なんかもいるかもしれないので、警戒は最大限に。


 少しずつ、ゆっくりと森の奥へと進んでいく。今のところは川の向こう側と植物の種類に大差はない。ただ、大きさは桁違いにデカかった。川越しでははっきりと分からなかったが、近付いてみて分かるその大きさ。木に至っては、一つ一つが樹齢いくつなのか想像もつかないようなレベル。本当に長い年月を経てそうなったのか、魔力の影響かは分からないが、おそらく後者だろう。


 徐々に奥へ進んでいくと、少し変化が見られた。見たことが無い植物が増えてきたのだ。ほんとうに植物なのか疑問に思うような青い葉っぱをした植物や、おそらく食虫植物であろうウツボカズラのようなもの。いずれもサイズがデカいので、なかなかにカオスな空間といえよう。


 ――などと暢気なことを言っているから奇襲されるのである。


 いろんな植物があるなぁなんて思っていた矢先、突然自分の頭上に影が差した。それがなんなのか、確認する前に全力でダッシュしてその場を離れた。第六感というのか、背中がゾクッとする感覚。魔力を得てからそういった感覚が鋭くなったのかもしれない。


 直後に衝撃音が鳴り響く。背後を振り返り、影の正体を確認する。寸前まで自分が居た場所には緑色のなにかがいた。それがなにか。すぐに思い出し、正体に気付いた瞬間ゾッとする


 そこにいたのは、さっきまで眺めていた食虫植物であるウツボカズラだ。壺を覆いかぶせるようにして、俺を捕えようとしたらしい。逃げていなければ、あの中に閉じ込められて消化されていただろうことは想像に難くない。


 探知の魔法にかからず油断していたことは言うまでもなかった。探知の魔法は、動物のように一定以上動きがある物しか判別することが出来ないので、こうした待ち伏せタイプの魔物には効果が薄い、と父さんに聞いていたのを思い出した。


 植物が魔物になっている。前世のアニメやゲームに当てはめて考えていれば容易に予想できたことではあるのだが、やはり現実味が薄くて頭の片隅に追いやってしまっていた。しかし実際に目の当たりにしたのだ。もう油断はしない。


 野生において、次なんて無い。今回は運がよかったが、次も助かるとは限らないのだ。まだまだ覚悟が足りないのだなと、改めて思い知った。


 とにかく、こいつをなんとかしないといけない。捕食に失敗したことが分かると、その口とも言える捕虫器を俺に向け、威嚇しているような様を見せた。そしてすぐに蔓を伸ばして捕まえようとしてくる。


 その数は二本。一本は後方に跳躍して躱し、残りは腰の剣を引き抜いて切断する。一瞬ひるんだ様子も見せるが、蔓を切った程度では大したダメージがあるわけでもなさそうで、すぐにまた蔓で攻撃してくる。


 その様子はまるで鞭を使っているように見える。二本の蔓による波状攻撃で近付くことさえままならない。あのウツボカズラに体力があるのかは疑問だし、このままでは俺の体力が尽きて奴の餌食だ。


 ここは一発、折り紙魔法の実験台になってもらいましょう。何度も試行錯誤し、それなりに形になった魔法だが、魔物に有効かどうかは試す機会はなかった。狼達にはちゃんと効いていたので、魔物にも問題なく通用すると思われるが、不安ではある。


 なんにせよ、これが効かなきゃヤバいのだからとにかくぶつけてみるべし。


 腰のポーチから折り紙を一つ取り出し、投げる。その姿は、燕。


 しなる蔓の合間を潜り抜け、捕虫器の中へ飛び込んだ刹那、破裂音と共に煙が上がる。壺の中から煙が立ち上る様子はさながら煙突のようで、戦闘中であるにも関わらず笑ってしまいそうになった。


 これにはさすがにダメージがあったようで、絶え間なく続いていた蔓の連撃も止まり、蹲るように二本の触手を引っ込める。


 このチャンスを逃す手はない。追加で燕を投げまくった。炎を纏った燕はウツボカズラの体の至る所に着弾し、爆発炎上する。焦げるような匂いと、おそらく獲物を誘うための消化液であろう甘い匂いとが入り交じり、周囲に充満していく。


 十個程投げつけた辺りだろうか。ウツボカズラはやっと力尽きたらしく、長い触手と壺のような胴体を地に横たえた。とはいえ相手は擬態して餌を捕える騙し討ちのプロだ。植物である以上そこまでの知能を持ち合わせているとは思えないが、近付いた瞬間起き上がられては堪らない。


 燕とは別の折り紙を取り出して、投げてみる。鶴の形をした折り紙は偵察用とでも言おうか。ふわふわと、横たわった敵の近くを浮遊させてみる。数分そうしてみたが、特に動き出す様子もなかったので今度こそ近付いてその姿を確認してみた。


 見た目はもうそのまんまだ。ただやっぱりデカい。デカすぎる。前世の食虫植物の世界最大のサイズが大体三十センチほどだったか。鼠を消化したという話も聞いたことがあるが、こいつはそんなもんじゃない。


 捕虫器のサイズが四メートルはある。さっき俺を捕えようとしていたわけだが、大の大人を二人は食えそうだ。蔓を含めると何メートルあるのやら。おそらくコイツが普段捕えているのは虫だけではない。というか虫じゃあ足りなさそうだ。いや……この森の虫もデカいのか……? 考えたくねぇ……。


 しかし……コイツの素材と言ったって何を剥ぎ取ればいいんだ? 植物の魔物から得られる物と言えば……。薬の材料になったり食糧になったりってところだろうが、そういうのはゲームだからこそだよなぁ。


 まぁ蔓も俺の腕より太いし、この捕虫器である壺もなにかしら使えそうではあるので……つまり?


 めんどくせぇ! 一体丸ごと持って帰ってしまえ!


 全て、収納しました。


 さて、一区切り出来たな。改めて折り紙魔法の使い勝手も確認できたし、使えるかどうかは分からないが戦果も上がったわけだから、滑り出しは上々と言える。ちょっと危なかったが。


 今回使ったのは燕と鶴。燕には炎を纏わせ、触れると爆発する効果を、鶴は今のところ大した効果もつけていないが、野生動物や魔物相手であれば威力偵察くらいはできるだろう。爆燕(ばくえん)とか言ってかっこつけて呼んでいた時期もあるが、だんだん恥ずかしくなってきたのと、他の折り紙でも語呂がいい呼び方を考えるのが面倒になったので特に技名などつけていない。厨二心は抑え込むんだ……!


 一息ついたところで探索を続けよう。同じ轍を踏まないように、探知の魔法だけでなく、視覚でもしっかり警戒をしないと。植物の魔物がいることも分かったわけだから、特に妙な植物があったら魔物だという前提で。思い当たるようなものだと、トレントやドリアード、マンドラゴラとかか?


 それから十分ほど歩いた。今のところ探知にも反応はないし、奇襲もない。それよりも、俺の目の前には待ち侘びた食材が現れた。ただ……まぁ……。


「確かに甘味が欲しいとは思った。思ったけどさぁ……なんでサトウキビなんだよ!」


 思わず叫んでしまう。魔力の影響で有り得ないほど成長し、天高く聳え立つサトウキビの林がそこにはあった。デカすぎて一瞬竹林かと思ったわ! いやまぁ嬉しいんだよ? 嬉しいんだけど、なんか釈然としないというかなんというか。


 とまぁ一時は唖然としていたわけだが、よく考えてみれば砂糖を得られた方がいろいろと応用が効くのだし、売っても高価なのだから普通に喜ばしいことだ。それにこの森の恵みがサトウキビだけってこともあるまい。探索を続けているうちに他の収穫も望めるはずだ。ひとまず、このサトウキビを収穫しましょう。


 風の魔法で大きな風の刃を作る。本来攻撃魔法に分類されるので苦手ではあるのだが、実際に攻撃に使用するわけではないので、時間をかけて生成した。それでも人より魔力は食ってしまうのだが致し方ない。


 そのまま林に向けて一閃した。いや、してしまった。


 根本付近から断ち切られた数十本のサトウキビ達が一斉に倒れる。それも俺に向けて。


「ちょ! 待て待て待て! ヤバいって! 死ぬ! 死ぬからそれ!」


 悲鳴を上げてみても誰かに助けてもらえるわけもなく。サトウキビを切断した刃はその役目を終えると同時に雲散してしまっていて、新たに魔法を展開するには時間がかかる。となると。


 腰のポーチに手を突っ込み、目的の物を掴んで分投げる。それはもちろん折り紙で、手裏剣の形を模したもの。それを同時に四つ。


 風の魔法を付与した手裏剣は触れた瞬間に風の渦を展開し、俺に目がけて倒れ来るサトウキビを容易く切り裂いていく。再度四つの手裏剣を投げ、自分の周囲にサトウキビが倒れ込まないように切断させる。


 地響きと共に伐採された林の中で、俺は自分の生存を確認する。五体満足でいられたことを認識すると同時に力が抜け、その場にへたり込んでしまった。周囲には積み重なったサトウキビ。その中心、俺がいる場所だけぽっかり穴が開いたように開けた空間になっていた。なんとか自分に当たらないように散らせたようだ。


 しかしなにをしているんだ俺は! バカか? バカなのか?


 うん。バカだね。弁論の余地もない。


 乱れた呼吸を整え、冷や汗を拭う。まさか魔物じゃなく普通の植物に、しかも自分のせいで死にかけるとは……。冷静に、慎重にとはなんだったのか。なんだかんだ言っても、サトウキビを見つけた事実に浮かれていたのかもしれない。


 ようやく落ち着いてきたのだが、ちょっと気が抜けてしまった。まぁ自分のせいなのだが、このまま探索を続けるのは危険かもしれない。なんとまぁ情けない引き際なわけだが、ここで強情を張って探索を強行してもデメリットしか見えない。どうせ誰に見られているわけでもないのだし、とっとと帰るに限る。


 だが探索を諦めたわけじゃない。今日のところはこれで終いだ。また明日にでも来てやる。まだ見ぬ魅力的な獲物が俺を待っているのだ。あのウツボカズラくらいの魔物ばかりならカイルを連れてきてもよさそうだが、もっと強い魔物が居る可能性もあるし、もう少し様子を見るか。


 サトウキビを回収し、転移の目印となる板を近くの木に張り付けておく。昔は地面と平行に置いておかないといけなかったが、訓練の結果、板さえ設置してあれば向きに関係なく転移できるようになったことをご報告しておこう。


 ただ、次転移してくるときにタイミング悪く魔物がここにいたりすると危ないんだよな……。早めに拠点に出来そうな安全地帯を見つけることが大事だ。まぁ転移してくる直前に魔法の準備をして、到着と同時に戦闘準備を整えておけば早々攻撃を受けたりもすまいよ。魔物も驚いているところであろうし。


 結局今日は転移の目印の板を野ざらしにしたまま、転移を使って村に帰った。また明日から探索を再開することになる。願わくばフルーツを見つけられることを祈りつつ、今日のところは眠りにつくことにしよう。

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