第七話 紙の工芸品と魔法の粉。
あれからというもの、カイルはことあるごとに俺の元を訪れるようになった。やれ剣の稽古だのやれ狩りに付き合えだの。まぁ友達が出来たと思えばこんなに嬉しいことはないわけだが。
そしてカイルの剣と魔法の実力はといえば、さすがに剣には覚えがあると自負するだけはあって俺より強かった。そもそも俺に剣の才能があまりないことを差し引いても、十分強いと言える。俺はまぁ……中の上といったところだろうか。いや、これくらいあれば才能としてはそれなりなレベルか。
魔法に関しては俺の方がいくらか上手である。ただカイルの場合、攻撃魔法にもそれなりな適正を持っていたので、遠距離戦となるとカイルに軍配が上がるだろう。カイルの適正は攻撃系統と付与系統のみだった。典型的な突撃馬鹿のステータスとも言えるな。
戦闘スタイルは、剣に何かしらの魔法を付与して敵に切り込んでいくのが一番効率がいいと思われる。攻撃系統の魔法が使えるとは言ってもあまり器用な方ではないらしく、少々魔力の燃費が悪い。これは適正が低いわけではなく、単に魔力の扱いが下手であることが原因のようだ。
実際、時間をかけてゆっくり魔法を発動させれば充分効率的に扱えているのだが、戦闘になったときにそんな余裕があるかと聞かれれば、否である。そんなことをするより、剣で直にねじ伏せる方が手っ取り早いし、確実なのだった。この先修練次第で発動が早くなる可能性もあるのだし、おまけ程度に考えておけばいいだろう。
そう、馬の名前なんだが、そりゃあもういろいろ考えた。ユニコとか安直な名前も候補にあがったこともあるが、角がないしなにより恥ずかしいので却下。同じような理由でペガサスも却下。三国志に準えて赤兎という名前や、戦国時代の名馬から松風なども考えたが、この世界に漢字表記がない以上雰囲気が出ないので却下。
最終的にアリオンという名前に落ち着いた。由来はギリシャ神話から。響きが雌っぽいような気がするが、アリオンは雄でございます。ていうかアリオンが女名なのか男名なのかは知らん。
肝心の麹室用に掘っている穴倉なのだが、作業が頓挫している。理由は言わずもがな、カイルだ。ほんと、毎日のように朝っぱら来られると転移で作業に向かうことが出来ないわけで。連れて行ってもいいんだが、醤油や味噌なんぞ知らないカイルにしてみれば意味が分からないだろう。
まぁ……ただの秘密基地程度の認識で留めておけば別に問題でもないかな? いずれはバレることだろうし、今度連れて行くか。
そのカイルは、今日もまた朝も早くからうちに来ていて、俺は剣の相手をさせられているわけで。
「しっかりしろよシャル。そんなんじゃ狼に勝てないぞ!」
「いやお前が強すぎるだけだから。狼くらい勝てるから」
狼くらい実際何度も返り討ちにしている。初めのうちは、動物とはいえ命を奪うことに躊躇いもあったわけだが、何年も狩りをしているうちに慣れてきていた。もちろん、狩りをしたあとは命に感謝することは忘れていない。狼や熊といった猛獣からもしっかりと素材となるものは剥ぎ取り、無駄な殺生は無くす。
というより、猛獣から剥ぎ取った素材……牙や毛皮などが主であるが、それらの方が需要が高い。危険な猛獣である以上、あまり素材が手に入らないことが理由だ。最近では、鹿などより狼たちを追うことが増えたくらい実入りがいい。
用途は様々。牙は武器にもなるし、毛皮で衣服も作られる。村の職人たちの腕の見せ所といえよう。
そんな職人達が奮起する時期というものがある。年に一度の村祭りだ。
村に恵みを齎した自然に感謝をして、お供え物を用意して大いに飲み食いするという、まぁどこにでもあるようなお祭りである。その実、村を発展させるにはどうしたらいいかを考えるという意味もあったりする。
お供え物がその対象となるんだが、これに村の職人達がそれぞれ趣向を凝らした品を用意する。要は特産品となりえる物の試作会も兼ねているというわけだ。
村の現状としては、月に一度だけ訪れる商隊に我が家の馬を数か月に一度に数頭卸している他は、森で得た獲物と畑で採れたジャガイモや大豆といった僅かな作物が中心で、稼ぎはそれほど良くはない。ほぼ自給自足といってもいいだろう。まぁ土地柄的に雨も程よく降るし近くに森もあるので、村人が飢えることは滅多にない。
ただ、それだけとも言える。土地はあるが、畑作で得られる物などそう高く売れるわけでもない。俺の前世のように品種改良によって味がいい作物が出来たのなら話は別かもしれないが、残念ながらそんなことは行われていないし、俺にそんな知識もないので再現不可能。
森に、それも魔物が出る方の森にまで足を運べば、珍しい植物や魔物の素材が手に入る可能性は高い。だがリスクが高すぎて、この村の住人でコンスタントに出入りできる人物もいない。うちの両親なら或いは、と思うが彼らも馬の飼育で忙しいので、不可能ではないにしても無理である。いずれは俺が入ってみるつもりなのは両親には秘密だ。
結果、あるものでなんとかするしかない。そんな経緯で始まったのがこのお供え物という制度だった。昔は恵みに感謝して飲み食いするだけの祭りだったらしい。
そんな祭りが二日後に迫っている。お陰でタイランさんも俺に構っている暇などないらしく、ここ最近午後からはとんと暇になっていた。まぁカイルが押し掛けてくるお陰で退屈しないといえば、それは有り難いことであるんだが……。
毎日剣で俺をボコボコにするのはほんとやめろ!
「そろそろ休憩しよう。お腹空いてきたし」
「んーまぁそうだな。確かに腹減った」
「どうせ今日もうちで食っていくんだろ?」
「頂きます」
これも最近では当たり前になった。カイルは昼飯を必ずと言っていいほどうちで食べる。気になっているのはカイルの家の方だ。農家の長男として家の手伝いを強制されているのではないかと思っていたのだが、割とそうでもないらしい。
昔俺が初めて気絶をしたあの定期的に行っている狩りにも、カイルはよく参加している。剣の修業は密かにやっているんじゃなかったのか? とにかく、そのときの獲物でかなり家計が助かっている事実があり、その件である程度の自由が許されているとか。一応農業の手伝いもちょくちょくやっているみたいだが、カイル自身はやはり乗り気ではないようだ。両親はそのことに薄々気付いてはいるらしく悩みの種になっていると、母さんから聞いた。
うちの両親とカイルの両親も仲がいいらしい。まぁこの小さな村でご近所付き合いを疎かにするアホなど滅多にいないので、基本的にどこの家とも良好な関係を築いているわけだが。
カイルとの模擬戦で汗だくになっていたので、木桶に汲んだ水に布を浸して軽く汗を拭う。カイルもそれに倣い、ある程度すっきりしたあと家に入る。台所に行ってみると、母さんはまだ昼食の準備中だったようだ。
「あら、早かったわね。まだご飯出来てないから、もう少し待ちなさい」
母さんは俺達が来たことを軽く確認したあと、すぐに作業に戻る。見た感じ、そう時間もかからず出来上がりそうだったので、そのまま待つことにした。
「そうだ。今度の村祭り、シャルもなにか出してみたらどう?」
「え? 俺が?」
唐突に、母さんがそう提案してきた。お供え物の件だろう。職人達が競うように作っているお供え物だが、別に彼らだけが出すものではない。所謂、一般参加といったところか。村の奥様方が自信作である衣服や料理を出すことも珍しいことではなかったし、男連中が力の誇示のために討伐した魔物や猛獣の素材を供えることもある。
そして、たまに子供たちが作った妙なオブジェのようなものも置かれていたりする。そっちは純粋なお供え物としても意味が強い。一応、恵みの精霊に感謝をするわけなので、子供たちがそれに品を提供することで、精霊の加護を得るという面もあったりする。
そう、この世界で崇拝されているのは神ではなく、精霊。一応神と言う概念も存在はしているらしいが、崇めているのは基本的には精霊だ。まぁこのあたりの説明は必要になったときにでも。
「面白そうだな。シャル! なんか出そうぜ!」
「うーん……それは構わないんだけど、なにを出せばいいやら」
「そりゃあやっぱり熊の毛皮だろ! 村でも滅多に見かけない大物のさ!」
カイルらしいと言えばカイルらしい提案だが、それでは面白みがないんだよな。今までも熊の毛皮が供えてあったのは何度か見たことがある。去年も村の狩人が出していたはずだ。それに、俺達みたいな子供がそんなもんだしたら大人の面目丸つぶれではないか。まぁ村では俺達が狩りに出ていることは周知の事実ではあるんだが……。
「どうせならもう少し変わった何かを作りたい」
「とは言ってもさぁ。村の大人たちが頑張っていろいろ作ってるのに、俺達がそんなことしたってなにも勝てるはずないじゃん」
「いや別に勝ち負けとかないんだけど……」
確かにせっかくなら目を引くような代物を作りたいのは間違いない。醤油とか、発酵食品の類いが完成していたなら間違いなくそれを出していたんだけど、生憎とまだ未完成。残り二日で完成するわけもなし、別の手段を考えざるを得ない。
とりあえず、台所をぐるりと見回してみる。
竈や水瓶がある作業スペース。食器などが置いてある棚。小物が詰め込まれている作業台。俺達が座っている椅子とテーブル。小麦や塩が置かれている物置。
一通り眺めてみるも特になにか思いつくわけでもなかった。
目の前のテーブルの上に置いてある小物ではどうか。そこらの野花が活けられている花瓶。恐らく父さんが読んでいたであろう新聞。フォークとスプーン。羽ペン。
やはりなにも出てこず、溜息を一つ溢して新聞をなんとなく手に取り流し読み。内容は、王都で王女様のお披露目会がありましたよとかいう、実にどうでもいい内容だった。
考えるのも億劫になってきたところで手持無沙汰になり、持っていた新聞を紙飛行機にしてゴミ箱へラストフライトさせた。
「シャル、なんだそれ?」
「なにって、ただの紙飛行機だけど」
「カミヒコウキ?」
「え? 紙飛行機くらい……あっ!」
これなら、行ける? 紙飛行機……というか折り紙って日本の伝統だったな。海外でもローマ字のorigamiで表記されるくらいには。この世界に折り紙という文化は無いのかもしれないぞ?
「母さん。折り紙って知ってる?」
「え? いきなりなにを言ってるの? そんな言葉聞いたこともないわよ?」
よし。冒険者として王都にも行ったことがあるであろう母さんが知らないということは、たぶんこの世界に折り紙は存在しない。なら、折り鶴とか供えたら面白いよね?
ゴミ箱に着港した紙飛行機を拾い上げ、新たに折っていく。正方形ではなかったので、少し切り落として形を整えた。折り方を忘れているのではと心配だったが、なんとか覚えていたようでほっとする。羊皮紙で出来ているので少し折り辛かったが、一応形にはなった。
「よし、出来た。カイル。これ、何に見える?」
「んー? 良く分からないけど、とりあえず鳥だな」
うん。まぁいいだろう。とにかくインパクトが大事なんだ。正確に種類まで分からなくても構わん!
「母さん! これならお供え物としていいんじゃないかな?」
「これは……羊皮紙で作ったの? 確かに面白いかもしれないわねぇ」
母さんの反応も上々。ならばもっと別の折り方で作ってみるべきだな。
「他にも紙はないかな?」
「お父さんが少し羊皮紙を持ってると思うけど、どうかしらね」
「ちょっと聞いてくる。厩にいるのかな?」
「たぶんそうね」
折鶴を物珍しそうに眺めていたカイルはひとまず食堂に置いておき、厩にいるであろう父さんの元へ向かうことにした。父さんは厩にはいなかったが、外の放牧場で馬の毛並を整えていた。
「父さん! 羊皮紙とか持ってない?」
「ん? シャルか。いきなりどうしたんだ? 確かに羊皮紙は持ってるが、一体何に使うつもりだ?」
「今度の村祭りのお供え物!」
「あぁ、あれに出すのか。で、紙なんか使ってなにを作るんだ?」
「んーそれはまぁ、見てもらった方が早いかな?」
要領を得ない俺の回答に訝しげな表情をしていた父さんを連れて、食堂に戻ってきた。相変わらずカイルが折鶴をいろんな角度から眺めてはいたが、それを父さんに見せてみる。
「こんな感じの作品なんだけど」
「これは羊皮紙で出来てるのか? なるほど……なかなか面白いアイデアだな」
「他にもいろいろ作りたいからさ。もっと紙が欲しいんだ」
「よし、ちょっと羊皮紙を取ってくるから少し待ちなさい。ところで、これはもしかして新聞を使ったのか?」
「うん? そうだよ?」
「俺はまだ読み終えていなかったんだが……」
「あ……」
少し悲しげな顔をした父さんに謝っておいた。特に怒られることはなく、むしろ折り紙のアイデアを褒めてもらったが、ちょっと申し訳ないことをしたなと、反省。あとでタイランさんに新聞を譲ってもらうことにしよう。たぶん持ってる……よね?
その後、父さんから羊皮紙を何枚か貰って、紙飛行機と折鶴を追加で数個と、兜やバラといった少し複雑な折り方の折り紙もいくつか作る。その度にカイルは面白そうに眺めていた。一応カイルにも折り方を教えてやらせてみたのだが、半端なく不器用でとても飛べそうにない鶴が生まれてしまったので止めさせることに。
「おい……なんか上手くできないぞ!」
「お前不器用すぎるだろ……」
「意外と面白いわねこれ。シャル、もっと他の折り方はないの?」
いつの間にか加わっていた母さんは物覚えがよく実に器用で、鶴の折り方も一度で覚えた上に綺麗に出来上がっていた。と言うか俺より上手いのが悔しい。
カイルはそれでもなにか作りたがっていたので、紙飛行機の折り方を教えておいた。さすがにこれくらいなら問題なく折れるようで、いろいろ試行錯誤を開始して、より遠くへ飛ばす研究を始めていた。
そういえば俺も小さい頃は遠くへ飛ばそうといろいろやったなぁ……。羽を曲げてみたり重りを乗せてみたり。あぁ、懐かしき日々よ。
そういえば母さん。飯は?
そう思った矢先に、それは起きた。視界の端にちらりと映った白い煙。そして熱せられた金属に水を垂らした時に聞こえる、あの音。
「母さん! 吹き零れてる!」
「えっ! うそ! あー!」
折りかけの鶴をテーブルに放り出し、慌てて鍋を火から外す母さん。実に、面白いです。
「あらぁ……。ボロボロになっちゃったわね」
中を覗き込んでみると、煮崩れした哀れなジャガイモがそこにいた。恐らくは、粉吹き芋を作っていたのだと思う。こうなった以上マッシュポテトにするしかないな。そのまま食べるのもなんだし。あるいはコロッケとか。まぁどんな料理にするにしても材料がないので話にならん。
そして一番の問題は味付けが塩しかないことだ! 一応バターも牛乳もある。でもね。俺としてはマヨネーズも加えてポテトサラダにしたいわけですよ。お酢の開発、急がなきゃ……。
「仕方ないわね。このまま食べちゃって」
「えぇー」
「だってどうしようもないじゃない」
まぁ腹に入っちまえば同じことか。それともなにかに利用できるか? 料理にするにしてもこの村ではあまり材料が揃わないからな……。いや、待てよ……?
「母さんちょっと台所貸して」
「え? 別に構わないけど、怪我はしないでよ? 一応すぐ治してあげるけど」
「大丈夫。ちょっと折り紙作ってて。すぐ終わるから」
相変わらず紙飛行機で遊んでいるカイルは置いておくとして、母さんに折り紙作成を進めてもらう間、俺はもう一つお供え物を作ろうではないか。
折り紙も立派に特産品……というかどちらかというと村の伝統工芸品みたいな位置づけの方がしっくりくるが、そういう意味では発展の足掛かりに出来るものではあると思う。近年……まぁ前世での話だが、折り紙に芸術的価値を見出されたという話もあったし、もっと高度な折り方を研究すれば名物としては上等だろうと言える。
だが、金銭的な利益を齎すには、ちょっと弱い。折り方を村の中だけで秘匿しておいて、芸術品として商売する、なんてことも出来なくはないが、購買層の予想もつかないし何とも言えない。珍しい物好きな貴族達なら面白がって買うかもしれんが。
そこでだ。こっちは純粋に販売することを目的とした、れっきとした商品の作成に入りましょう。
使うのはジャガイモ。それだけ。
まずはサラシを用意します。まぁうちにはそんなもんないので適当な薄手の布で代用しましょう。ジャガイモをサラシに入れて水を追加。そしてよーく揉みます。ある程度揉んだらサラシを絞りましょう。はい、終了。絞った残りかすはマッシュポテトにして食べます。マヨネーズが欲しいです、切実に。
「さて、とりあえずご飯食べよう」
「え? もう終わったの?」
「一応ね。ご飯食べたあとまた手を加えるから。で、カイルはいつまでやってんの?」
「シャル! これ面白いな! あとで広場に行って飛ばしてみようぜ!」
「出来れば祭りまで秘密にしときたいんだけどね……」
それぞれの作業を一時中断し、昼食を摂る。粉吹き芋が絞りかすの塩味マッシュポテトになっていたせいでもの足りない気がしたが、大豆のスープと硬い黒パンで腹を満たした。いずれこの質素な食卓に華を添えてみせるから待ってろよ。
大した量でもないので昼食などすぐに終わる。内心では満足していないが、肉体的にはまだ子供なので十分な量の食事ではあったと思う。心に体が追いついていない。
さて、母さんが洗い物を始める前に続きをやっておくか。鍋に入った水を確認してみる。
「あれ?」
どうも思ったような結果ではなかった。予想では鍋の底に白い物体が溜まっているはずなんだが……はて?
しばらく唸ったあと、原因に気付く。加熱しているからだめなのだ。
じゃあ結局再利用もくそもないじゃん……。
まぁせっかく思いついたことなので最後までやっておくことにする。新たに生のジャガイモを5個ほど用意して摩り下ろす。あとはさっきと手順は同じだ。時間にしてだいたい十分ほど待った後絞った水を入れたボウルの中を確認してみる。
成功だな。茶色い上澄みと白い物体が出来てる。成功もなにも、失敗するほど難しいことじゃないけど。
このあとは上澄みを捨てて水を継ぎ足し、更に数分放置を二回繰り返す。そして最終的に残った沈殿物を集めると……。
「シャル。このドロドロの変な物体はなんだ?」
「魔法の粉」
「はぁ?」
白いドロッとした謎の液体だか固体だかになるのだ。カイルのアホ面を尻目に最後の工程へ移る。といっても日当たりのいい場所に放置して乾燥させるだけのことなわけだが。
天気もいいのですぐに乾燥は終わると思うのだが、いくらなんでもじっと見つめているのもバカらしいので折り紙作成に戻ることにした。母さんはすっかり折り紙にはまってしまったらしく、羊皮紙を使い尽くさんばかりの勢いで折鶴を量産していた。もはや千羽鶴である。
どうせならいろんな形の折り紙があった方が見ていて楽しいと思うので、母さんには俺の知る限り全ての折り方を教える。どこでこんなことを知ったのかと聞かれたので、暇つぶしに遊んでいた時に思いついたと適当にごまかしておいた。相変わらずカイルは紙飛行機ばかり作っているが、それは試作何号機だ?
「そうだ! 付与魔法で風に乗せてやればいいんだ!」
「なんだよいきなり」
「紙飛行機の飛距離を伸ばす方法だよ。これなら地の果てまで飛べる!」
そんなに遠くまで飛ばしてどうするのかというセリフを一旦飲み込み、嬉々として外に飛び出したカイルの後を追う。外に出てカイルの姿を確認したときには、既に紙飛行機はテイクオフしていた。
「おぉーやっぱり思った通りだな!」
「じゃあ回収、頑張ってね」
「え? あぁ!! うわああああああ戻ってきてえええええええ!!」
慌てて紙飛行機の後を追うカイルの姿は、さながら乗り遅れた乗客。大空を舞う紙飛行機とそれを追う少年というなかなかにシュールな光景を眺めながら物思いに耽る。
折り紙に付与魔法。これ、結構面白いと思うのだ。カイルはただ遠くまで飛ばすことを目的としていたわけだが、これが目的地まで勝手に飛んでくれるとしたらどうだ? 宅配便よろしく使うことができるのではないか。
もっと言えば、だ。風の魔法ではなく、例えば火の魔法を付与したら? 燃える紙飛行機や、或いは触れた瞬間に爆発する紙飛行機ができないだろうか? 水の魔法は? 雷ならどうか? 土ではどうなる? 要するに、攻撃魔法として昇華できないだろうか? ということである。
今の俺の遠距離における攻撃の手段は、弓矢だ。幼い頃から使っていただけはあって、それなりの腕前ではある。が、戦闘中に弓と剣とを自在に使い分けるのは困難だ。弓を番えているときの近距離からの奇襲に、咄嗟に腰の剣を抜くのは難しい。逆に、剣戟の合間に距離を取られた場合、背中に背負っている弓を番えている隙に体制を立て直されるようでは意味がない。
対して折り紙で攻撃できるとするなら、どうだろう。折り紙の形は、なにも紙飛行機だけではない。弓を使うことがなければ、奇襲されても剣で迎撃することも幾分楽になる。距離を取られたとして、腰に巻いてあるポーチに手裏剣の形にでもして入れておけばすぐに使えるはずだ。
もっと極めて、魔法の力だけでその場で必要な形に折ることが出来るようになれば汎用性はさらに増す。収納の魔法のおかげで持ち運びには困らないし、羊皮紙なら比較的安価に手に入るという点も有り難い。人間を相手にした場合、こんな正体不明の物体で攻撃されるとも思わないだろうこともメリットの一つと言える。
まぁそこまで出来るかどうかは、謎。
でも発想はしてはアリかなと。どっちにしても遠距離への攻撃手段に乏しい俺にとっては一つの可能性ではある。もちろん遠距離攻撃以外にも使えるはず。
まぁ物は試しというわけで、まずはやってみよう。
紙飛行機を一つ作り、手に持ってイメージ。とりあえず燃える紙飛行機。参考にするのは、鳳凰。燃え盛る炎の翼で敵を焼き切る姿。それなら鶴の方が良かったか? そういえば燕の折り方があったな。まぁ今はいい。
なんとなくイメージが固まったところで、発動。
……うん。微妙。紙飛行機の両翼が燃えてはいるんだが、形が紙飛行機なだけになんか締まらない。
ここはやっぱり燕の形がしっくりくるな。適宜目的に応じた形で使ってみることにしよう。
ところでカイルはどこまで走っていったの?
二日後。
お祭りの日がやってきました。時間的には夕方くらいで、日もだいぶ傾いてきたところ。朝のうちから祭りの準備は終えてある。会場は村の大きな広場で、中心に無数のテーブルが置いてあり、村人達が持ち寄ったさまざまな作品が並んでいた。既に多くの村人達が集まってきていて、片田舎の村とは思えないほど活気に溢れている。
各種猛獣の毛皮などは木で組まれたコートハンガーのようなものに掛けてある。テーブルの上にはまだ出来立てなのか、湯気が立ち上る料理がいくつもあるし、村の裁縫師が縫ったであろう服飾品の数々も大量に置いてあった。
その傍らには巨大な鍋なんだか壺なんだか良く分からない調理器具が鎮座していて、グツグツ煮えたぎっている。今日の祭りで食べる猪鍋だった。それが四方にそれぞれ一つずつ。四百人を賄うわけなのでこのデカさも当然とは言えるが、今日以外では明らかに出番が無さそうである。市販されているわけではなく、生産系の職人がわざわざ作ったのだそうだが、当人は既に天に召されているとのこと。
そして当然俺もその一角にスペースを用意して、折り紙を大量に並べている。鶴を初めとして紙飛行機や兜に象、くす玉とか桜なんかも作ってみた。思っていた以上にいろんな折り方を覚えていたようで、結構バリエーション豊富だ。
さっそく何人かの村人が興味をそそられたようで、手に取ってあらゆる角度から眺めている。だが待って欲しい。本命はこっちだ。
目の前に簡易型の竈を設置して、鍋にはただの水が入れてある。そして小さなテーブルの上に置いてあるのは例の粉だ。それと森で見つけた蜂蜜に食器をいくつか。実演販売をするような形になっている。まぁ、あの粉だけ置いていてもその真価は分からないしねぇ。
だがしかし誰も立ち止まらない。そりゃお湯を沸かしているだけにしか見えないし、俺も俺で椅子に座って周囲を眺めているだけで実演するような素振りすら無いのも問題である。とは言っても販売の経験がないのでどうアピールしたらいいのか皆目見当もつかず、こうして祭りの様子を見ているくらいしかできないわけだ。
ちなみに父さん達は祭りの実行委員のような役目を任されているのでここにはいない。カイルも両親とあちこち見て回っているころだ。
と、そこへ救世主が現れる。
「よぅシャル! こんなところで湯なんか沸かしてなにをするつもりだ?」
「あ、タイランさん」
久しぶりに見た気がする、鍛冶職人のタイランさんである。当然彼もお供え物を展示していて、これまでの約一週間ほどその品物作成に勤しんでいた。彼の作品はさっき見ている。巨人の得物ですか? と言いたくなるほどバカでっかい剣だ。斬るというより叩き潰すという表現にせざる負えない代物で、作った本人曰く『ロマンだ』とのことである。村の発展どこいった。
「俺もお供えしてるんですよ。せっかくなんで、少し食べていきません?」
「食べる? 水と蜂蜜しかないようなんだが……」
思惑通りの反応で実によろしい。驚いてくれるかな?
沸騰しているお湯を木のボウルに移し、粉を溶いた水を少しずつ加えていく。スプーンで混ぜ続けると徐々に粘りが出てきて固まってくる。そこに蜂蜜をたっぷりと掛けてやれば……。
「はい、葛湯です」
「クズユ? いや、しかしこれは見ていて不思議だな」
「まぁとりあえず食べてください」
俺が作ったのは葛湯。あの白い粉は、もう言うまでもないが片栗粉だ。これなら商品として申し分ないはず。揚げ物に使うのはもちろんのこと、老齢によって摂食が困難になった人にトロミをつけて食べやすくしたり、用途は十分にある。
「これは……なかなかうまいな! 個人的にはもっと甘さが欲しいが、この触感がいい!」
「これなら村の特産品として商売しても問題ないかな?」
「いける! こいつはいいぞ! この……クズユといったか? どうやって作ってるんだ?」
「お湯にこの粉を入れただけだね」
タイランさんに片栗粉について一通り説明をしておいた。ジャガイモから粉が出来ることに信じられないといった様子を見せていたが、実際目の前で片栗粉を見ている以上なにも言えず唸っていた。
と、そこへ意外な人物が現れる。
「おや、タイランさん。ここでなにをしているのです?」
なんと珍しい。やってきたのはエイブラム男爵様だった。この村を実質統治している貴族様で、元は大領主アライア様に仕えていた有能な騎士。貴族としての知識は乏しいが、それだけに平民の考えがよく分かる人物で村でも評判はいい。
「おぉエイブラム様。ちょうどいいところに来られましたな。まずはこれを食べてみませんか? この子が作ったものなんですが、これがなかなかに面白いものでしてね」
「君は確か……タイランさんのお弟子さんでオルクス夫妻の息子さんでしたね?」
「はい。シャーロットと言います」
「なにやら面白いものを作っているというが、私も一つもらおうか」
「すぐに作りますから、お待ちください」
同じものを作り、男爵様に提供する。一口食べたあとタイランさんと同じような表情をし、片栗粉についていろいろと尋ねられた。
「なるほど。ジャガイモから作った、火を通すことで粘性の高くなる粉ですか。病気の人にオススメであると。これはいい商品になるでしょうね。それはいいのですが、アゲモノとは一体なんのことですか?」
「え?」
意外なところで躓いた。どうやらこの世界に油で揚げるという調理方法がないようなのだ。確かに今までの食卓に揚げ物が上がってくることはなかった。いや、しかしまさかである。
この世界で主流の調理法は、焼く・茹でる・煮る。蒸すという概念もないようだ。まぁ別に無理して揚げなくても表面にまぶして多目の油で焼けばいいのだし、無駄ではあるまい。
「揚げる……ですか。考えたことがなかったですね」
「触感がだいぶ変わりますし、料理の幅も広がるはずです」
「シャル。お前どこでそんなことを……」
「夢の中で神様がお告げを」
「はぁ?」
この手の質問ははぐらかすに限る。そのあと片栗粉についてタイランさんとエイブラム様はいろいろ話ながら別の展示物を見に行った。折り紙についても話したら、それは既に見てきたそうで、あれもなかなかいいアイデアだと言っていたので、とりあえず目的は達成できたかなと。
いつの間にか村人達が集まってきていたので、次々に葛湯を作る。元々大した量は作っていなった片栗粉はあっという間に無くなってしまった。まぁ村のトップであるエイブラム様に食べてもらえたので問題はない。これからどうするかはエイブラム様次第だ。
片栗粉が無くなったし、実演販売も出来なくなったので俺も祭りを楽しもうか。
こうしてお祭りの夜は更けていくのだった。