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第五話 海は広いな大きいな。

リアル事情によって更新が滞っています

数少ない読者の皆様には申し訳ありませんが、こちらが落ち着くまでお待ちください

すみません


※後半2000文字程度加筆しています

 特に変わり映えのしない日々を過ごして早三年。年数経過が早すぎると思うかもしれないが、片田舎の小さな村で面白く語るような出来事は中々起きないわけでして。


 どこかの若いカップルが結婚したとか、家の三男坊が王都に出稼ぎにいって大手柄を上げたとか。日照りが続いて作物が不作だっただの隣の爺さんが無理をしてぎっくり腰になった挙句危うく臨終しかけただの。そんな話、聞きたい?


 他の家の話はとにかくとして俺はというと、毎日剣と魔法の修業に明け暮れていたので、こっちの方も大層なエピソードなどなかった。


 朝起きて身支度を済ませたら、まず剣の素振りから始める。一頻りやった後は朝飯を食ってまた素振りなど基本的な反復練習。疲れるまで振り回してちょっと休憩。その後は、父さんから聞いた魔力増加の方法である瞑想をする。至極単純ではあるが、魔力の存在を意識しながら全身に魔力をグルグル循環させるというもので、これが結構しんどい。これでも魔法を使っていることになるので、それなりに疲労が溜まっていくのだ。


 そして昼飯を食ってからは、タイランさんのところでお手伝いという名目の修業。最近では村でもだいぶ有名になり、小さな鍛冶屋さんとして可愛がられることになった。精度もよくなってきて、農具や特に凝った装飾もない剣とか槍程度なら楽に修理できるようになっている。最近はやっと一から農具や武器を作る作業をしているが、なかなか難しくて一度も作成できていない。


 夕暮れまで手伝いをした後は、たまにタイランさんに夕食をごちそうになったりして。家に戻ってからは軽く筋トレをして死んだように眠る。


 こんな毎日を繰り返していたわけだ。たまに家の手伝いとして農家の仕事もやってはいたが、両親からは修業を優先してもいいんだぞと言われている。俺としては作物の育成に多少興味もあったし、馬についても知っておきたかった。大豆や米などを自分で栽培できたらいいなぁと思っているのだが、どうやら無理そうでちょっと残念ではある。農業などとても俺一人ではできそうもなかった。


 冒険者として剣と魔法の修業で手一杯な上に、調味料の開発で頭がパンクしそうなのだ。農業の知識を詰め込めるほどの容量が残っていなかった。馬についても同様で、精々ある程度まで成長した馬の世話をするのが限界である。


 将来的に冒険者として旅立つ際に、一頭の馬を両親が譲ってくれるそうだ。前に屋台でもやろうかと思っているといっていたが、正直どうやって屋台を引くか考えていなかったのでこれは有り難い。最悪、身体強化させて自分で引くことも考えたが、どこの奴隷なんだよ! と自分に突っ込みを入れるほど馬鹿馬鹿しい考えであった。収納の魔法という手もあったが、せっかくの屋台なのに風情がないので問答無用で却下だ。


 屋台を諦めようと思っていた矢先の朗報。実に素晴らしい両親を持ったなぁと感慨深くなる。


 馬の寿命は大体二十五年程だと聞く。野生の馬などはもっと短くて十年くらいだそうなのだが、人の手で健康管理がなされていると、それくらいは生きるのだそうだ。まぁ二十年以上も生きた馬などはもう既にご老体であろうと思うので、そこまで酷使するつもりはない。


 冒険者として出立するのは成人として認められる十五歳前後にすると決めた。その二年から三年前に生まれた馬を俺専用の馬として調教するらしいので、馬に合わせて大体それくらいの歳で旅立とうと思う。馬に左右される人生ってのもなんだかおかしな気もするが、あまり気にしても仕方ない。その時には俺も一緒に育てる必要がある。いざ乗るときに振り落されたりしたら目も当てられないからね。


 そこからまぁ十年は現役で屋台くらい引けるだろう。実際にそんな長い間屋台で生活をするかどうかも疑問だし、それだけ働いてくれればなにも問題はない。


 ところで、我が家の男手である俺が村から離れた後は、一体誰が実家の仕事を継ぐのか。姉さんは女であるのでまずないとして。両親としては、その姉さんがそこらの男と結婚し、旦那さんに継がせるというものでも構わないらしい。『なんならもう一人息子を産むから』とけろりと言ってのけたときは唖然としたものだ。随分お盛んなことで、と思ったがまだ二十代であったし別に不思議でもないのだった。下手すりゃ今でも身ごもっている可能性もあるのが恐ろしい。


 さて、今日わざわさこうして報告をしているということは、ひとつ進展があったからに他ならない。昨日、遂に海に到達したのだ。


 六歳になった頃に飛翔と転移の魔法を覚えることに成功した。どちらも非常に高度な魔法であり、習得しているだけで王都から声がかかるほど重宝される。特に転移を習得できた魔法使いなどは王都でもそれなりな待遇で雇われることも多い。王家直々に雇われた場合を例にすると、帝国への諜報活動から戦場への戦力補充と言った軍事行動はもちろんのこと、地方の貴族達とのいろいろな手続きの伝達役や、彼らの間のいざこざの解決のため王都の役員の輸送などが仕事になる。なまじ覚えるのが難しいだけに使用者が少なく、雑用まがいのことも任されるようだが。


 そんな魔法なのだが、覚えるときはすんなり覚えられてしまった。両親など呆気にとられていたものだ。この魔法は高い記憶能力と空間認識力が要求される。転移する場所の詳細な記憶と、自分を正しい位置に転移させる力である。


 これが出来ないと、景色の似た全く違う見知らぬ土地に飛ばされたり、転移場所の遥か上空に転移してしまってそのまま紐なしバンジーを楽しむ羽目になったりと、実に危険なのである。


 前者の場合、そのまま転移で帰ればいいじゃん、と言われそうだが現実そう甘くはなくって。転移を行うには、転移する場所だけでなくそこまでの道程もしっかり覚えておく必要がある。その道程自体は転移場所ほど正確でなくていいのだが、知らない土地に飛ばされたのであれば、当然転移元の位置からそこに至るまでの道が分からないので帰ることができない。運よく見知った場所に飛ばされたのなら話は別かもしれないが。


 後者の場合、転移が使える者は大体飛翔も使えるのでなにも問題はないのだが、共に転移させた人物がいた場合、その人物が飛翔の魔法を使えなければそのまま自然落下である。高さによっては命にかかわるので非常に危ない。一応地面に埋まる形で転移することはないらしいが、どっちにしても上空に転移してしまっては結果は同じ。


 そんな危険な魔法を覚えた方法っていうのが実に単純で、今まで活用されなかったのが不思議なくらい簡単なことだった。目印を置くことである。ただ、それだけ。


 これまでの転移でも、目印となりやすい物の近くに転移するというのは一般的に行われていることだった。なにも目印のない平原のど真ん中に転移したいときっていうのが、さっきのような事故が起きやすい。


 ならば自分で目印を設置すればいいだけなのだ。記憶力も空間認識力も、目印の上に立つように転移すればいいだけなのだからそんな能力必要ない。ゲームなどで見かける、設置型の転移魔方陣をイメージしている。この世界に魔法陣など無いそうなので、実際に置いているのは番号を振ったただの板だ。


 なぜこんな簡単なことが今まで行われなかったのかはさっぱり分からなかったが、試しに父さんがやったところ、見事に失敗した。転移が発動しなかったのだ。実は父さんも短い距離なら転移が使える。にもかかわらずこの方法で転移できないのはどういうわけなのか。


 父さんが言うには、板切れの上に転移するイメージがイマイチ分からないとのことである。そう言われてもどうアドバイスしたらいいのか返答に困る。俺がイメージしているのはゲームの転移魔方陣なのだから。この世界の住人達にはそのイメージ力が欠如しているのではないか、というのが俺の中での結論だった。たぶんただの板の上に転移するイメージと、魔法陣に転移するイメージとでは精度? が違うのではないかと。まぁ詳しくは不明だ。


 この転移方法で海に向かうにあたって問題もあった。村でやったときはそれでよかったが、村の外となるとなにかの拍子に板がずれる可能性もある。なので、村の外の板は四隅を杭で打ちつけておいた。多少ずれた程度なら問題はないが、念のため。どうせ最終的には麹室の中に直接転移するから、短期間だけでも正常に使えれば問題ないので道中の目印はこれでいい。麹室の中には、洒落で魔法陣っぽいものを描いてみようと画策中。


 飛翔の魔法に関しては正攻法で覚えた。コイツの方が曲者で、簡略する方法も見つからず手こずることになる。鳥のようなイメージは翼が無いのでうまく行かず、ヘリや飛行機も同様。アニメなどで見たことはあっても自分で経験するとなると話は別で、生身で空を飛ぶのはなかなかに怖いものがあった。


 結局、少しずつ体に覚えさせるという古典的な方法で習得することになり、転移よりかなり時間がかかる羽目になる。転移より飛翔に苦労したのはお前くらいだと父さんに言われる始末だ。飛翔の魔法に必要なのは高い空間認識力で、転移はそれに加えて記憶力も必要なのだからそう言われても仕方ないのかなと。


 そんなわけで、無事に二つの魔法を身に着けた俺は早速出かけることにした。一応狩人たちが保険程度に使うので、大陸の地図は村の商店にも売ってあったし、もっと縮尺が狭いこの村近辺の地図もあるにはある。ただ、周りになにもないので、村の位置と陸地の形くらいしか分からないという、地図と呼んでもいいのか疑問に思うレベルだった。ないよりマシなので買っておいたが、あとから考えれば森伝いに西に向かっていけばいずれは海に出るので、無駄な出費だったかもしれない。


 六歳になって剣術も野生動物には遅れを取らなくなったし、まぁ道中で盗賊のような輩に出会ってしまうと危険だが、特に心配いらないだろうとの判断であった。なんせ辺鄙な片田舎だ。盗賊が隠れるにはいいかもしれないが、同時に彼らの収入源たる人間がまずいない。我がクゼット村は王国最南端最西端に位置し、万一にもそんな連中はいないのだ。


 仮に出くわしてしまったとして、転移で逃げてしまえばいいだけ。伊達にこの三年間生産系魔法の練習をしていたわけではない。魔力の扱いにはだいぶ慣れてきているので、瞬時に転移できる。それでも生産系魔法については扱いは難しく、先に述べたように未だに自力で剣を打てた試しがなかった。ちなみに転移も飛翔も補助系統に分類される。


 夜中にこっそりと抜け出して、村から見えない位置まで来たところで第一の目印を立てておいた。そこからは狩りに行くとでも言って外出し、昼間からでも海を目指してひた歩く。転移や飛翔を使えることが大きいのだろうが、一人での狩りも許可されていた。一応探知も習得している。


 道中を飛翔で飛んで行かないのは、きっちり道筋を覚えるためだ。転移の魔法に慣れてしまえば、空を飛びながらでも道程を覚えることもできるが、まだ一抹の不安があるのでしっかりと歩いていくことにした。


 そして数日が経ったある日。地面近くを飛翔で飛べばいいじゃん! と思いつき、景色を覚えれる程度の速さに調整しつつ飛翔での移動に切り替える。


 そこからはあっという間だった。徒歩の何倍もの速さで飛んでいるのだから当然ではあったが、予定より遥かに早く海に到着する。前世で見た海との違いは特に見られず、水平線まで広がる大海原に興奮しつつ、周囲を眺めてみた。


 白い砂浜に押し寄せる波の音が心地よい。一部磯のようになっているところにはなんらかの海藻がくっついていて、その場所にある潮だまりは天然の水族館と化していた。


 少し離れたところに見える山脈は話に聞いていた通り唐突に途切れ、まるで神様が剣で一刀両断したかのような絶壁だった。どうやってこんな摩訶不思議な景色が作り出されたのかは定かになっていない。一説には、本当に神が大陸を切断したのだという説もある。現実的なことを言えば、地殻変動の影響じゃねーの? と思うが、ここは神のせいにした方がロマンがあるので、そういうことにしておく。まぁ地殻変動にしても山が真っ二つになることは考えにくいか……。


 とりあえず軽く周囲の散策をして目印を立てただけですぐに帰ってきていた。陽も落ちかけていたし、せっかくなら丸一日かけて海で過ごしておきたいのだ。夜はなかなか寝付けなかった。


 それが昨日の話だ。いつもの時間に起きて、いつものように剣の素振りなどをして時間を潰す。朝食を食べた後すぐに海へと向かうことにした。両親には狩りだと言ってある。いつも狩りに行くときは大体この時間なので、特に不振がられることもなかった。たまには獲物を持ち帰らないとさすがに怪しいので、本当に狩りをしているときもあるが。


 狩りに行ってきますと言いながら海へ転移する。どうせ転移先がどこかなんて知る術はないのだから気にする必要はない。視界が一瞬真っ白に染まり、戻ったときには一面の青が目の前に広がる。


 この潮の香りを待ち望んでいたのだよ。そして思っていた以上に海岸線が綺麗だったのは嬉しい。前世にあった、下手な海水浴場より圧倒的に澄んだ海水。沖縄やハワイなんかにいったことはないんだが、テレビで見ていたものと遜色ないくらいに美しい海だ。やはり人が来ないのだろうな。そして産業廃棄物もない。そりゃ綺麗なわけだ。


 恐らく、この透明度が高い海というのもこの世界では珍しくもないのだろう。コバルトブルーって言えばいいのかな? いかに前世で環境汚染が進んでいたのか身に染みて分かる。人類が繁栄する以前の地球もこんな景色で溢れていたのだろうか……。


 まぁもう死んでしまった世界のことなどどうでもよい! 俺は今この世界に生きているのだよ! もやしっ子だった俺にとってパソコンやゲームがないのは辛かったがな……。今となっては、この殺伐としながらも雄大な自然に囲まれて、夢と希望に満ちた魔法の世界も気に入っているので、そんな電子機器に未練などないのだけど。


 さすがにパソコンやゲームの再現なんて不可能であるし。俺に出来るのは料理くらいですわ。あとは無駄に詰め込んだ無駄知識を無駄に活用して再現できるものは再現してみるとするか。


 そこでまず再現致しますのは、これ。釣竿だ。海と言ったら釣りでしょう? 別に潜って魔法で乱獲してもいいのだがそれはそれ、これはこれ。糸を垂らして無心で魚との真剣勝負をする。これがいいのだよ。


 本当なら気が置けない仲間が隣にいて、時には仕事の愚痴や理想の彼女像についてなど下らない話に興じながらコーヒーでも一服するのが最高なのだが。


 あいつ等、元気にしてるかな……。彼女出来たか? いい車買えたか? パチンコで浪費してないか? 怪我や病気してないか? 願わくば息災であることを、遠い異国の地より願っている。


 おっといかんいかん。こんなところで言っても仕方ないな。つい感傷的になってしまった。この世界に来てから唯一の未練が親しい人たちのことだな。家族や友人、職場のみんな。俺は元気でやってるから心配しないでくれよな。いや……向こうじゃ死んでるのか。


 まぁいい。早速釣りを開始しようじゃないか。


 さっきは釣竿を再現したと言ったが、別に大したものじゃない。この世界にはカーボンやグラスファイバーといった素材が存在していなかった。仕方ないのでロッドには竹を使ってある。


 例の森……まぁ今も後方に見えているわけだが、前世の常識から言えば生態系がめちゃくちゃであり、竹の密集地の隣に針葉樹があったかと思えば、枯れ果てた何か良く分からない木々が哀愁を放っていたりするのだ。悉く前世での常識が通用しにくいのだなと感じる。


 そこから程よい太さの竹を切り出して竿にしたわけだ。ラインに関しても、前世で使われていた素材はないので困っていたところ、実に都合のよい素材を発見した。


 森の中で植物をいろいろ調べていたときに、やたらと繊維の硬い植物があった。縦に裂いてみると細く糸のようにほぐれ、それでいて強度もなかなかある。見た目は巨大なサトイモの葉っぱであり、俺の身長を優に超えていた。もしやと思って地面をほじくり返してみたが、ただの根っこが出てきただけだったのは非常に悔やまれる。


 その繊維を編み込んで強度を増した物をラインの代わりにしていた。リールは前世と同じ構造にするのはほぼ不可能と判断し、裁縫の際に使われるボビンのようなものを竹に突き刺している。ロッドもラインもかなり強度が高く、試しに俺がぶら下がってブランコのように揺れてみても切れないほど。一応付与魔法で強化はしてあるが、よほどの大物でなければ問題ないだろう。


 ウキの代わりは、やはり森に自生していた良く分からない風船状の果実を持つ植物。胡桃のような硬さを持ち、且つ軽い。中には種が入っていたので、真っ二つに切断してそれらを取り出し、組み木の要領で繋いだものをラインにくっつけた。


 餌は村の畑から適当に捕まえてきたミミズらしき生物。とりあえず十匹ほど確保してある。できればルアーの方が手が汚れなくて有り難いんだが、贅沢いっても仕方ない。前世での虫は臭かったんだよなぁ……。


 山脈に近い場所は磯になっていて、ちょうどよく出っ張った岩があったのでそこに胡坐で座り込む。針にミミズをつけて海に投げ込み、せっかくの機会なのでいろいろと考え事をしようと思考の海にもダイブする。針は言わなくても分かるかもしれないが、生産魔法でさくっと作ったものだ。これくらいならば、適正があれば誰でもできる。


 待つこと数分。これからの予定や、実は細々と続けていた麹菌の開発研究の成果を頭の中でまとめていると、腕に伝わる確かな手ごたえを感じた。


 考え事に集中し過ぎていて少しタイミングが遅れたが、なんとかアワセに成功する。前世であれば魚との駆け引きでラインを切られないようにするのだが、このラインはかなり丈夫であるので力任せにドンドン巻く。ものの数秒で釣り上げた魚は、前世で言うところのカサゴのようなやつだった。


 しばらくソイツを観察してみる。やっぱりどう見てもカサゴで、実に刺々しい奴だ。触れたら毒に犯されるのだろうか? 残念ではあるが、このカサゴもどきはリリースすることにした。身に毒はないはずなのだが、見覚えがある姿とはいえ未知であるので、毒の危険は一応避けておくことにする。


 それを言ったらどんな食材もそうなのだが、想定しうる危険は避けるに越したことはない。鯵や鯖のような見た目の魚が釣れたら食ってみることにしよう。


 それから再び糸を垂らすのだが、磯という場所のせいかカサゴばかり釣れる。3匹ほどカサゴを釣った辺りで、もういっそカサゴ食っちまうか? と思っていた時、やっと別の魚と出会うことが出来た。


 見た目は鯛のようではある。ただ、赤でも黒でもなくて、青かった。まぁ餌にも限りがあることだし、こいつを捌いてみることにしよう。鯛と同じ捌き方でいいよね……?


 元料理人の癖に魚を捌くのは苦手である。あまり捌く機会はなかったのだ。料亭などであれば結構な頻度で捌いているのかもしれないが、洋食料理屋くらいだと最初から捌かれた切り身を仕入れていたりするので、まぁこんなもんかと。捌けないわけではないので大丈夫だとは思うが。


 最初だしとりあえず塩焼きにしてみる。三枚に下ろすのが面倒だったわけではない、決して。塩は海水を蒸発させてさっさと作っておいたが、実は一度失敗している。


 なにも考えずに水分を全部飛ばせばいいんやろ? と能天気に考えていたのだが、にがりの存在を忘れてた。こいつが混ざったまま加熱を続けると鍋にこびりついてしまう。そしてこれがまた取れない! 今なら魔法で強制的に剥がせるが、前世だと苦労するだろう。


 薄れかけていた記憶の海で投網漁をした結果、なんとか塩の作り方を思い出す。加熱の際、最初に結晶化していたのは塩ではない不純物なので、ある程度結晶化したところでろ過する必要がある。ろ紙など無いので、適当な布で時間をかけて絞った。そのあと再び過熱し、ドロドロになるくらいまで煮詰めた辺りで更にろ過する。残った固体と液体が、塩とにがりなのだ。


 まだ若干水分の残った塩を鯛もどきに振りかけて、そこいらに落ちていた石と枯れ枝で作った簡単な竈を用意する。網などは持っていないので、タイランさんのところで作ってきた鉄板の上で焼くことにした。残った塩も再度加熱し、サラサラの状態にした後に壺に入れて収納の魔法で別空間に保存する。にがりも同様だ。今度豆腐を作ってみるか。


 香ばしい香りが鼻をくすぐり始める。懐かしの焼き魚の匂いだ。実家では魚なんぞ出てこない。魔法使いが収納の魔法を使えるとはいえ、片田舎の村まで流通できるほど魔法使いも暇ではないのだ。そんなことをするくらいならもっと稼ぎのいい仕事はいくらでもある。王都ほどにもなれば、専属で運び屋稼業をやっている魔法使いもいたりするそうだが。


 特に変わった様子もなく、普通に鯛のように見える。引っくり返して裏もしっかり火を通したあと、いざ実食である。


 狩りの合間に適当な木を削って作った箸を持ち、身をほぐしてみた。


 うん、ふつーの白身だ。香りも鯛とほぼ同じかな。まじまじと眺めていたら腹がさっさとよこせと急かしてきたので、とにかく食べてみる。


 口に入れた瞬間に広がる魚の香り。身を噛み締めると、見た目通りの鯛の味がした。ほどよい塩加減が食欲をそそる。是非とも白米と共に頂きたかった。


 とはいえ。さっき朝食を食べたばかりなので一匹食べたところでもう満腹である。ついさっきまでうるさかった腹も実におとなしい。我ながら現金なものだと。


 とりあえず餌がある限りは釣りに費やす。結果、四匹の鯛を確保できた。ちょうど家族分はあるので、お土産として持って帰れば喜ばれるだろう。


 その日の夜。海の魚を持ち帰ったことによって、一人で海まで遠出していた事実をばらすことになり、しこたま怒られるという失態を犯すことになるのはまだ知らないのだが。


 釣りも終え、家族分の魚を確保できたところでようやく当初の予定通りに行動を開始する。それはもちろん麹室を作るための穴掘りだ。転移のためのマーカーとなる板もしっかり回収し、例の断崖絶壁へと飛翔の魔法で飛んでみる。


 近寄ってみてもやはり不思議だ。さすがに豆腐のようにすっぱりと切れているわけではないが、それでも崖として見るなら異常なほどに綺麗に切り裂かれたような断面をしている。いや、断面っていうと本当に切られたように聞こえるが、そこは定かになっていないしここで論じても無駄ではあるが。


 標高はどれくらいあるのだろうか。頂上付近に雲がかかっていることから見てもかなりの高さなのは間違いない。いやはや、本当に不思議な場所だ。


 あまり高い位置に出入り口を作っても海水を確保するのに面倒だしほどほどにしておこう。頂上付近も絶景ではあろうが、あんな高度から降りたり登ったりするのは手間だ。それでは本末転倒である。まぁそれでも十分近いと言えるんだが。


 いや、別に出入り口が一つである必要はないよね? 麹室だけ作るってのも勿体ないし、ここに生活空間を作ってもいいじゃないか。でも……やっぱり無駄か。そんな広さにしても俺一人でどう使うのかと。

 

 展望台のような場所を作るくらいならいいか。ひとまず麹室を優先して作ってしまおう。話はそれからだ。


 で、場所なんだが。中腹辺りから少し下の方、やや左寄りの少しだけでっぱった場所から穴をあけることにした。


 使う魔法は掘削の魔法。内容? その名の通りだな。削り出された岩のかけらは風の魔法で外に弾きだしておく。当然俺に当たらないように。


 ものすごい勢いで岩が削れていく。同時に俺の魔力もガリガリと減っていく。あの時、狼の魔物と出会ったときと比べて比較にならないほど魔力が増えている。それでもこれほど猛烈な勢いで魔力が削れていくという経験は初めてで、自分でやっておきながら思わず苦笑い。あっという間に魔力が枯渇しそうだ。


 穴の広さは高さも幅も大体五メートル程度。人一人通れれば問題ないのだが、狭すぎても窮屈に感じるのでそれなりの広さは確保しておいた。それをひたすらに伸ばしていく。中に進むにつれて光も届かなくなっていくので、松明を使って視界を確保する。


 本来なら光の魔法で昼のような明るさにできるのだが、今は掘削の魔法とその過程で出てくる欠片を除去する風の魔法を展開しているので無理だ。魔法の同時展開は二種類まで可能になったが、三種類となるとまた難易度が跳ね上がる。ままならないものだ。


 既に二十メートルくらいは掘ったであろうか。あまりやり過ぎて魔力が空っぽにまで使ってしまうと帰るための転移が仕えなくなるので今日はこの辺りでやめておくべきだろう。


 そう考えて掘削を中断したとき、今まで掘削していた壁面に変わったものを見つける。明かりがあるとはいえ薄暗く、色ははっきりと分からないがどうもただの岩ではなさそうだ。なんらかの鉱石か宝石の類いだと思われる。傷つけないように周りの岩を取り除き、手に取ってみた。


 大きさは掌にちょうど収まるくらい。色は……良く分からないな。外に出てみよう。


 僅かな時間しか穴に入っていなかったはずだが、外に出た瞬間の日光は気持ちがよかった。空気も新鮮な気がする。風の魔法で換気もしていたとはいえ、薄暗い穴の中は思った以上に鬱屈した気持ちになるようだ。


 それはさておき、あの岩石だが。研磨していないせいか、やはり色は良く分からない。たぶん……青系統の色だろうか? といったところ。思い当たるものはサファイアやアクアマリン、ラピスラズリか。


 宝石は裕福な連中が自分のステータスとして大量に身についていたりする贅沢品としての印象が強いが、この世界においては魔力に関係する装備品としても相当に価値がある。宝石の種類によって効果はさまざまであるが、だいたいは色で判別されるらしい。随分分かりやすくて助かる。青だと水の魔法の威力を上げてくれるそうな。細かく言えば他にもいろいろ効果がある宝石もあるそうだが、基本はこれらしい。


 父さんか、タイランさんでもいいだろう。相談してみることにする。


 それにしても宝石か。鉱脈でもあるのかな? 億万長者も夢ではないが。王都に宝飾店でも開ければ一生安泰ではあろうが、わざわざ異世界に来てまでそんな商売で暮らしてもねぇ。


 冒険者の方が遥かにそそられる。命の危険は当然あるが、こちとら既に一度死んどるんじゃ。リスクは承知。男なら夢を追って死ぬのも一興であろう?


 ……なんか死んでから価値感が狂ってる気がする。普通こんな簡単に命を賭けるような人生の選択しないよなぁ。戦争とか物騒なことが割と身近に存在しているのも生死が軽く見えるのに拍車をかけているような。いや、別に死を軽く考えてるわけではないんだが。


 まぁ、いい。今日はとにかく一度帰ろう。一日分の魔力で二十メートルちょっとくらいか。結構時間かかりそうだな。そんなに急いでるわけでもないし、ゆっくりでも構わないけどさ。もう少し魔力を増やすべきだよなぁ……。

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