第四話 魔法の適正とかいう夢も希望もない話。
気が付いたのは既に夜すら開けた日中だった。脳が活動を開始し、現在の状況を把握しようと過労死しそうな勢いでフル回転する。どうやら自分の部屋に寝かされているようだ。
隣で介抱していた母さんと、ちょうど部屋に入ってきた父さんに聞いたところによると、あれから二日経っている。魔法で魔物を撃退することに成功したあと気絶した俺は、残ったワーウルフを片付けた父さんに担がれて家まで帰ってきた。外傷はと言えば全身の打撲程度で済んでおり、命に別状があるほどの大怪我というわけではない。骨折すらしていなかったのは、日頃やっている申し訳程度のトレーニングの賜物か。
担ぎ込まれた俺を見た母さんは相当動揺したらしく、父さんから詳しい事情も聞かずに神官を呼びに協会まで走り、駆け付けた神官に呆れられたらしい。ただの気絶に全身とはいえ打撲程度の怪我で大げさな、と言われ赤面していたと父さんは語る。
まぁ我が子が狩りに出かけ、帰ってきたかと思えば魔物に遭遇して怪我をした挙句気絶しているとくれば母親なら誰だって似たような反応をするだろう。対する父さんは、現地でこそ多少焦りはしたものの、呼吸も安定はしているし目立った外傷もないことをしっかり確認していたので、割と冷静ではあったようだ。
とはいえ気絶したとあれば多少は焦りそうなものだが、そこは俺が魔法使いであることが冷静でいられた要因であるようだ。
未熟な魔法使いが気絶することはままあることなのだそう。原因は魔力の枯渇。自分の魔力の総量を把握できておらず、無計画に魔法をぶっ放した挙句に気絶する。未熟が故に起こす失敗談として、魔法使いなら多くの人間が経験したことがある話だった。
俺の場合、一日歩き周って疲れていたことも相まっての、疲労と強烈な恐怖体験に魔力枯渇による気絶。そんなところだ。通常は魔力が枯渇しても一日もすれば全快するのだが、疲労と初めての魔力枯渇というダブルパンチによって二日も寝込むことになったらしい。
母さんからはかなり心配されたが、気絶の原因については当然知っていたので、狩りを禁止されるという事態には至らなかった。大体今回の一件は魔物に出くわすという不運に見舞われたせいであり、通常の狩りでここまでの騒ぎになることは非常に稀。精々狩人見習いが猪あたりに吹っ飛ばされて骨折しましたぐらいが関の山。猛獣からは即座に逃げるわけだしそう怪我もしない。
ただ問題が二つほどある。一つはあの場所に魔物が居た件について。とはいえこちらはそれほど問題でもない。過去にも魔物が出たことはあるし、対処も難しくない。
あの森は、中心部あたりを大き目の川で分断されている。川を越えた先は魔力が満ちる危険地帯になっているそうだ。そういう場所は動物が魔物に変異しやすく、一般人が立ち入ることは困難である。幸い川があるお陰で村側の森に魔物が出没することはほぼないし、食べ物も向こう側の方が美味らしく滅多に川も渡ってこない。これには魔力が関係しているらしいが今は置いておく。
ただし、魔力の満ちる範囲が村側の森のごく一部に重なっており、そこで魔物に変異する個体が出ることがある。今回の魔物も、そうした場所に立ち入った狼の群れが変異した個体だった可能性が高い。となるとそういう個体がまだ残っている可能性もあるが、基本的にワーウルフは群れを成して行動するので、魔物と化した個体はあれで全部だろうという話だ。
これからもそういった原因で魔物が出没する危険もあるが人の手でどうこうできる事ではないし、所詮はちょっと強くなった動物に過ぎないので特に問題はなかった。
そしてもう一つの問題を父さんから告げられる。こちらは俺に関することであり、これからこの世界で生きていく上で、大変に由々しき事態だった。
ひとまず二日間なにも栄養を与えられていなかったせいで泣き喚く腹に餌をくれてやり、ひと段落ついたところで父さんが話を始めた。
「まそういうわけでな。お前が気絶した原因については大体わかったと思う。状況が状況だっただけに今回は仕方ないが、次から魔力の配分には気をつけろよ」
「そうするよ。戦場で毎度倒れるわけにはいかないから」
「よし。で、だ。こっからちょっとお前にとって残念な話がある。魔法の適正って奴の話だ」
「適正?」
「そうだ。要するに得意な魔法、不得意な魔法のことだな」
前に説明したが、魔法にもいくつかの種類がある。
魔力で生み出した超常現象を以って、敵に直接ダメージを与える攻撃系統の魔法。
様々な生活用品や武具などを作って販売することを目的とした生産系統の魔法。
直接的な攻撃能力こそないが、戦闘を有利に進めるためのサポートを行う補助系統の魔法。
自身の肉体、或いは武具に魔力を作用させることで、物理的魔法的強化を施す付与系統の魔法。
怪我や状態異常を治す回復系統の魔法。
基本的にこの五つに大別される。適正とはこのどれが得意であるか、または苦手であるかというわけで、全て扱えるオールラウンダーな魔法使いは非常に少ない。というかほぼいない。
一応苦手であるというだけであり、扱うこと自体は出来る者も多い。が、魔力の消費が異常に激しかったり、不完全な形での発動であったりと、実用的とは言えない結果が待っている。
適正とはイコール燃費だと考えてもらうといいだろう。燃費がいい車は少量のガソリンで長距離を走ることが可能だが、悪い車ではその半分も走れない。
時々扱うことすらできない者もいるが、彼らの場合は才能がないと言われるだけだ。逆に言えば、五つの系統のうち一つでも才能があれば魔法使いと呼んで差支えない。ただし、その場合でも適正が低い残念な者もいたりする。所謂落ちこぼれというやつか。大抵魔法使いの道を諦めて一般市民に戻るのだが。
そんな感じで適正イコール才能ではない。才能ありきの適正である。
「あの時お前が使った魔法、ファイヤボールなぁ……。威力は申し分なかったからそこはいい。ただ、肉体的疲労が積み重なっていたとはいえ、たった一回の魔法の行使で気絶するということはだな……」
もの凄く申し訳なさそうなというか、微妙な表情で言葉を濁らせる父さんの態度でなんとなく理解してしまった。今まで話していた内容を鑑みれば、バカでもその結論にたどり着く。
「まさか……攻撃魔法の適正がないとか言わないよね?」
「……」
「マジかよ……」
無意識に否定の言葉を期待しての問いだったが、沈黙を返された。こういうときの沈黙は即ち肯定であると判断していいのだろう。俺の攻撃系統の適正は低かったというわけだ。発動はしている以上才能はあるはずなのだが、ファイヤボール程度の魔法を一度使ったくらいで気絶していては、とても実用に足るレベルではなかった。
ファイヤボールの魔法は、比較的に習得難度も低く使用魔力も多くない。初級魔法とでも言おうか。一般的に俺くらいの魔力量ならば、十発は問題なく発動できる程度ではある。それなのにも関わらず、俺はたった一回のファイヤボールの行使で気絶という醜態を晒していた。ちなみにこの世界に初級だの中級だのという括りは特に存在しないので、俺が分かりやすいように便宜上そう呼ぶことにする。
今までも何度か攻撃魔法の練習を行っていた。その時からあまりうまく発動してはいなかったが、当時は年齢的なこともあって修練不足だと思っていたのだ。実際には適正が低いせいで、練り込んだ平均的な魔力量では圧倒的に足りておらず、文字通り不完全燃焼していたというわけ。
せっかく魔法が存在する異世界に転生できたというのにこれではあんまりではないか! 異世界転生の醍醐味といったらさ、ド派手な魔法で敵の集団を蹴散らして、俺つええええええ! するのが定番だろ!
実は俺の魔力量は、同年代の魔法使い達と比べても結構多い方だったりする。そのお陰でこの歳で狩りに同伴したりしていたわけなんだが、まさかの攻撃魔法に低い適正を示したことには大いに落胆した。この魔力量があることで、かなり異世界無双に期待していたりする自分がいたのだ。まぁ生まれた時から自我が存在して、ひっそりとではあるが魔力増加のために訓練していたので当たり前っちゃあ当たり前なのだが。
「まぁそう気を落とすな。攻撃魔法が下手でも冒険者として活躍している奴らもいるし、なにもそれだけが魔法使いじゃないから……」
そう思うなら俺から目を逸らさないでほしい。徐々に小さくなっていく声も悲壮感を助長させるから。
幸いにも……もうなんだかどうでも良くなってきたが、補助系や付与系の魔法については問題なく適正があるようで、今までも普通に魔法を使えている。回復系についても適正が低かったが、この系統の魔法使いは非常に貴重であるため、俺が上手く使えなくてもあまり気にしてはいなかった。
残りの生産系統の魔法であるが、まだ試したことはない。一度醤油や味噌を作るときに魔法でパパッとできないかなぁなどと考えたことはあるが、どういった魔法にすればいいのか良く分からなかったので使っていなかった。出来れば天然物? の方がいいしね。そうだ、後で醤油その他もろもろの様子でも見に行こう。
「俺……攻撃魔法下手なんだね……」
「いや……まぁ身も蓋もない言い方をすればそうなんだが、補助や付与系の魔法を使えば剣の腕で十分冒険者はやっていけるしそう悲観することもないぞ。実際にそういったスタイルの高名な魔法使いも何人か存在しているしな」
魔法とは、創意工夫で如何様にも変化する。同じ火属性の魔法でも、使う者が変われば用途も変わる。ファイヤボールに変化させて攻撃する者。鍛冶屋の職人なら加熱の際に使うだろう。付与系が得意な魔法使いならば燃える剣を創造するはずだ。
そう言い聞かされるものの、派手な攻撃魔法に抱いていた憧れはそう簡単に捨てられるものではなく。とはいえ適正が低い以上は努力する価値がほとんどなかった。
「一応才能はあるから、修業次第では普通に扱えるようになる可能性もあるが……」
そんなことをしている暇があるなら、適正が高い方の魔法を伸ばした方がよっぽど現実的であるというわけで。昔そんな魔法使いがいたそうだが、あまり努力が報われることはなかったと聞かされ、現実はそんなに甘くないんやなって。
「まぁとにかく冒険者としてどうするのか、若しくは冒険者を諦めるのか。時間はたっぷりとある。大いに悩め。それも若いってことだ」
なんだか深いのか深くないのか良く分からないお言葉を頂戴したが、確かにその通りではある。まだ四歳なのだから、これからどうするかはゆっくり考えることにしよう。まだ四歳なのか、もう四歳なのか。要は心の持ちようである。さすがに攻撃魔法の特訓はしないでおくことにして、さてどうしたものか。
他の系統のどれを極めるにしても、自らの剣の腕というものはかならず磨かなければならない。どの系統にしても、直接攻撃できる剣が無ければ始まらないのだ。しばらくの間は、剣の腕を磨くことを優先して修業する必要があるだろう。
どの系統にするかだが、万遍なく使ってみて一番しっくりきたものにする。もちろん、同時に別の系統が扱えるようになれば言うことはない。修業ついでに、いろいろ生産系魔法で作ってみるのも面白いだろう。
一応今日のところは仕事の手伝いや狩りなどを控えて安静にしておくように言いつけ、父さんは自分の仕事に戻っていく。母さんも同様で、俺が目を覚ましたことでようやっと安心したらしく、家事をするために部屋を出て行った。
とりあえず俺は家の納屋に向かうことにした。調味料たちの様子を見に行くことにする。今仕込んであるのは、味噌と醤油と味醂にお酢のついでの酒。正直、上手くできているとは思えない。なんせ俺は業者じゃなかったのだ。
これらの調味料の製造には、菌が大きく関わっているのはよく知られているだろう。だが、作り方まで詳細に知っている人間はどれほどいるのか。麹菌の扱いは非常に難しい。温度、湿度、その他の菌の活性状態などだろうか? 俺だって知らんよそんなの。一介の料理人が、一々調味料の作り方まで細かく知っているわけではない。拘りの強い人に関しては別だがな。
そんな拘っている人でさえ、自分で作れと言われたら困るはずだ。種麹の製法は秘伝とされて、外部に漏れることはないらしいし。とはいえ、前世であったならばそれほど難しくはなかった。種麹が市販されていたからだ。
しかしここは異世界である。種麹が市販などされているわけもなく、自分でどうにか作るしかない。前に調味料についで触れたとき、麹らしきものを作ったと言っていた。ほんとに、それ『らしき』ものを作ったに過ぎないので。成功したのか判断することが出来ない以上、そうとしか言えない。
納屋に入って、それらをぶっこんである壺を見つめてみる。仕込んでから数か月。今までも何度か蓋を開けて混ぜたりはしているが、特に変わった様子は見られない。匂いに関しては……なんともいえない。腐っているのか発酵しているのか、判断に迷う。
そろそろ味見してみようか。そう思い醤油の壺を開けてみる。暗くて色の把握は出来ないが、液体が溜まっているのは見えた。まぁただの塩水かもしれんがな……。
指をつけて少し舐めてみる。
「おえええええええええ……」
痛んでいたようだ。醤油とは程遠い、形容できない味がした。即座に吐き出し、唯一扱える解毒の回復系魔法も掛けておく。
なお、他の調味料も同様だったのは言うまでもない。
やっぱり無理がある。まずは種麹をしっかり開発するところからスタートするべきだったかな。失敗した原因はいろいろあると思う。まずそもそも発酵するための麹菌が着床していなかった可能性。麹菌は居たが、温度や湿度の関係で発酵前に死滅した可能性。空気中の雑菌の繁殖によって発酵前に腐った可能性。
というか前提として麹菌がこの世界に存在しているのかっていう話があるが。米があるってことはそれに住み着く菌も生息してはいると思うけどね。異世界とはいえ、進化の過程で地球とそう違う道筋を辿ったわけではないと思うので、地球の常識もある程度は通用するはずである。全く違う進化をしてきたのであれば、そもそも人間すら存在していないだろうしというのが俺の持論。もちろん人間は同じ進化をしたけど、他の生物は違う進化の過程を辿っている可能性もあるが、そんなことを考えていたらなにもできない。
まぁ魔物とかいう明らかなイレギュラーもいるが、それは魔力のせいだと思考から弾きだす。
なんにせよ、このままでは味気ない異世界生活を続けることになるので、なんとしてでも成功させてやると気合を入れて解決策を考える。片手間で適当に作ろうと思ったのがそもそもの間違いだ。本腰入れて取り掛かることにしよう。
まずは種麹を作る。味噌だろうが醤油だろうがこいつがなければ話にならないので、これを確実に製造すること。一度作ってしまえば、それを元に増やしていけるので大丈夫。そのためには、温度と湿度が安定した麹室を作る必要があるだろう。
場所は近くの山脈にでも作ろうか。穴を掘って室代わりにするっていう手法は、発酵食品以外でも割と多く見られた方法だったと思う。距離は結構離れているが、魔法に転移というテンプレ的便利魔法があるので、移動は特に問題ない。一度踏破していないと転移できないので、そこまでたどり着くのに多少時間がかかるが、少しずつ転移を繰り返してゆっくり山脈を目指す。穴掘りも魔法の力で万事解決。攻撃魔法が苦手だったとしても、やっぱり魔法は便利である。
あとは温度や湿度。このために穴掘って発酵をさせる手段を選んだわけだが、こういう穴の中っていうのは割と気温も湿度も安定している……はず。最悪、魔法でどうにか調整できる。火と水の魔法を上手く使えばそういうことも可能だと思う。
そして麹菌以外の雑菌についてだが、これは温度と湿度をうまく管理できていれば繁殖を抑えることができるはずだ。そして例によって例の如く、最終的に魔法でなんとか……。麹菌以外の雑菌を魔法で死滅させることが出来れば、極端な話発酵できずとも腐らせることも無くなる。腐敗の原因である雑菌がいないのだから、腐ることが永遠に無くなると思う。まぁ前世でそんなことは不可能であったので、ほんとに腐らなくなるのかどうかは不明だが。
結局魔法に頼ることになりそうでちょっとゲンナリする。そんな都合のいい魔法がうまく使えるかどうかは分からない。特に雑菌の殲滅魔法。菌なんて目に見えない生物をどうやって選別して、どうやって死滅させるのかっていうアホみたいな魔法だ。
この世界において、魔法の開発というのは特に難しいことではない。思考を現実のものにするというのが魔法である以上、人間の底知れない想像力に任せて星の数ほど魔法は生み出されてきた。頭の中のイメージを鮮明に顕現させることが出来れば、大抵のことは魔法として発動する。仕組みなんか聞くなよ? 知るわけないんだから。
となれば俺でも魔法の開発は可能だ。あとは如何に正確にそれをイメージできるかどうかってことだが、まぁやりながら試行錯誤してくことにする。
なんか下らないことに魔法を使っていると思われそうだが、実に心外だ。美味しく食べることに心血を注ぐことが下らないわけはない。食事によって魔力の増加を期待できるというのであればなおさらだろう? もしかしたら食事による魔力増加術の第一人者として名を馳せるかもね。
冗談だよ。
それはさておき、新たに米の入手に取り掛からなければいけない。この世界の主食は米ではなく、パンが主流だった。それでもわずかに米も流通してはいる。ただあんまり出回ってはいなかった。前回は両親に頼んで村の商店経由で取り寄せたのだが、如何せん量が少なかった。それも失敗の原因だったのかもしれんな。
今回はそれなりな量を頼んでみることにする。当然、怪訝な表情をされると思う。前回ですらそうだったし、米を取り寄せて食うのかと思ったら大豆や小麦と一緒に混ぜたくって壺に放り込んでいる。まるで意味が分からないだろうから仕方ないんだが、変質者を見るような視線で俺の作業を見られていたときは悲しくなった。
後は塩も必要だった。手が出ないほど高価なものではないが、それなりな値段がする上に大量に消費してしまう。普段の食事で使う分も考慮すると、あまり調子に乗って使うわけにもいかなかった。王国から助成金が出ているから多少は目を瞑ってもらっているが、うちもそれほど裕福ではないので無駄使いは禁物だった。
となると海までいって塩を自作する必要がある。まぁ細かな工程を端折って言えば海水を蒸発させるだけなので、入手自体難しくはない。問題は海に行くことがなわけだが、言わずもがな転移でさっと済ませる。まだ行ったことはないが、村の西に海はあるそうだ。距離はかなり遠いが、山脈と同じように少しずつ転移場所を海まで近づけることで解決する。
ちなみに、山脈の西は海まで伸びていて、まるで巨大な刃物で切断されたかのような絶壁があるそうだ。その麓にはあの狩りをした森があって、海岸線ギリギリまで広がっているらしい。あの森が広いとは聞いていたが、海まで到達するほど広大だとは思わなかった。
実におあつらえ向きな立地だと思う。海のそばの山脈に穴を掘って麹室にしておけば、塩の調達も容易い。遠い別の場所に一々転移する手間がはぶけるのは有り難かった。森はまぁ無くてもよかったが、いろいろ食材など手に入れることができれば退屈しないだろ。……魔物の領域側の森じゃないよね?
できれば絶壁に穴を掘りたい。なんか秘密基地みたいでカッコいいじゃん。穴を出てすぐ真下に広がる紺碧の海。そそるわ。そのためには飛翔の魔法覚えなきゃな。
これからの予定をまとめると、まずは剣の修業。剣でなくてもいいが、とにかくメインとなる武器の扱いに慣れること。それから、各種魔法の精度や効力などを向上させる。最後に、山脈の絶壁に秘密基地を作って調味料の生産拠点を作る。そのためにはこっそりと外出する必要がある。さすがに一人で海まで行くと言ったら止められるに決まっているので、最初は夜中に抜け出して、村から離れた位置に転移の場所指定をしないといけない。
まぁ海までいくのはもう少し後の話だ。ついこの間初めて戦闘を経験したばかりのガキなので、そんな状態で村を離れて一人歩きなど無謀にもほどがある。さすがにそこまで自分の力を過信していない。そもそも転移の魔法がまだ使えないよ。
というか転移の魔法が覚えられなかったらどうすんだこれ? 聞いた話によると、かなり難しいらしい。そらそうだよな。転移の魔法が使えること前提のこの計画は、かなりアホらしいと言われればなにも反論できない。そうなったら家の納屋で細々とやるしかないよな……。
結局しばらくは調味料開発はやめておこうという結論に至る。塩はともかく米も大豆もただではないので仕方ない。自分で育ててみるという選択肢もあるにはあるが、土地がないしそんな知識もないので断念。適当に植えとけば、品質は別にして実るかもしれないがどうせ量が足りん。海まで行ったとき余裕があったらやってみるか……。うちは農家なんだし、両親に聞けば作り方くらい教えてくれるだろう。
剣と魔法の修業を始めないといけないわけだが、今日のところは安静にしろと言われているので自重する。その代りにちょっと出かけることにした。
行先は村の鍛冶屋。全くやっていなかった生産系統の魔法を使ってみようと思ったわけだが、どうせなら誰かにレクチャーしてもらいたいのだ。せっかく手本が近くにあるのだから活用しない手はない。教えてくれるかどうかはさておき。
目的の鍛冶屋は村の中心部あたりにある。広めの広場があり、魔物が襲撃してきた際には女子供をここに避難させたりするし、男爵様からお知らせがあったりすると集められたりと。集会場みたいなもんか。教会や商店などもここに集中して存在しているので、人通りも多い。店の外観は大体どこも同じで、木造の小さな店構えで、カウンター越しに物の売買を行う。商品はそのカウンターの下にあらかた並べてある。
「タイランさん、こんにちわ」
「おぅ! シャルじゃねーか。怪我の具合はどうだ? セシリアさんがそらぁ大慌てだったから俺も何気に心配したんだぞ?」
鍛冶屋の職人はタイランという、三十代のガタイのいいおじさんだった。実にイメージ通りである。角刈りの頭と無精ひげと、ザ・鍛冶屋だ。魔法で鍛冶をしている割には筋肉質で、普通に剣を打った方が様になりそうだった。
で、何気にじゃなくて普通に心配してくれてもいいんじゃなかろうか。というかやっぱり村の人達も知ってたんだな。後から母さんの当時の状況を詳しく聞いてみれば、陽も落ちて間もない時間に血相変えてドタバタやってきたと思ったら、教会に着くなり扉を激しく叩いて神官を呼び出し、戸惑う神官を有無を言わさず拉致っていったらしい。広場に店を構えている人達はその光景を唖然として見送り、翌日にその真相を聞いて腹を抱えて笑ったそうな。
「ただの魔力切れだからなんともないよ。母さんが大事にしすぎなんだから」
「確かにありゃ慌てすぎだったな。気持ちは分からんでもないが」
「それより今日は頼みごとがあってきたんだけど、今時間はある?」
「んー? まぁ特に急ぎの品も届いてないし暇ではあるが、なんの用だ?」
確かに暇そうではある。椅子に座って羊皮紙で出来た新聞を読んでいた。新聞といっても前世にあったようなものとは少し違って、毎日届いたりしない。こんな平和な村でそうそう事件など起こらないのだ。王都での様々な案件を記したものを、月に一度やってくる商隊が売っている程度だ。この商隊は、村の商店に品を卸しているついでに、王都でしか手に入らない珍しい品を持ってくることもあり、村人に人気だった。
「ちょっと生産系の魔法について教えて欲しいなって」
「あぁ、なるほどな。ブライトから適正について教えられたのか。シャルは攻撃魔法の適正が低かったらしいな?」
「まぁね……。それでいろんな魔法を試してみようかなって思ったんだよね」
「生産系魔法は冒険者としてあんまり重要でもないが……冒険者は諦めたのか?」
どうやら俺が冒険者になりたいと言っていることは知っているようだ。父さんとタイランさんは仲がいいので、当然と言えば当然か。
「そういうわけじゃないけど、魔法の訓練にはいいんじゃないかな」
「まぁ確かに魔力の扱いって意味じゃ生産系の魔法が一番難しいからな。他の魔法の精度とかに直結するかもしれん」
「そういうわけでさ。是非教えてほしいんだよね」
「そりゃ構わんが、ただでとは言えんなぁ?」
おっとそりゃそうだ。対価は必要だな、うん。でも俺なにも持ってないんだが。
「どうしたらいいの?」
「なに、別に金なんて要求せんわ。そうだな……とりあえず仕事の手伝いでもしてもらおうか。生産系の適正はあるんだろう?」
「いや……わかんない」
「なんだそこからか。まぁいいや。とりあえず鉄鉱石でも製錬してみぃ。センスがありゃ仕事を手伝ってもらうわ。出来なかったらどうせ俺が教えることはないからなぁ。とりあえず中に入れ」
椅子から立ち上がり、奥の作業場と思われる部屋へと消える。その間にカウンターを飛び越えて中に入り、適当に店内を眺めているとすぐにタイランさんが戻ってきた。
「これが鉄鉱石だ。こいつから鉄を取り出すことが出来れば生産系の適正はあるな」
そういって黒みがかった石を渡された。鉄鉱石だ、と言われても俺にはただの岩石にしか見えない。手のひらサイズのちっこい奴だったがこんなもんから鉄が取れるのか? というかその辺にあるだろう砂鉄じゃいかんのか?
「取り出すっていってもどうやってやるの?」
「魔法が使えるなら大体分かるだろ? 基本は同じだ。細かい魔力の扱いなんかは実際に物を作るときだけ必要だからな。製錬くらいならサクっといけるはず」
まぁ鉄を取り出すイメージってことなんだろうが、どんなイメージだよと突っ込みたくなる。んーとりあえずやってみるが……。取り出すイメージねぇ。
鉄鉱石を右手に持ち、左手に鉄だけを抽出するように目を瞑ってイメージしてみる。抽出のイメージっつっても良く分からないので、なんとなくでしかない。鉄鉱石に意識を集中させ、鉄の成分を岩石の端まで分子レベルで移動させて……。そっからこう、なんかふわっと鉄が切り離されて左手に収まって……みたいな。
左手になにかの感触があった。目を開けてみると、そこには黒い塊が手の中に収まっている。
「うん。成功だな。センスあるじゃないか」
「ふえええ……こんな感じなのか」
意外とあっさり成功したことには驚いたが、これはつまり生産系魔法の適正が高いってことかな? 地味だがうれしくはある。
「んじゃあ今日はひたすら製錬してもらうか。実は小さいやつの精錬はめんどうでな。今まで倉庫に放っておいたんだが、ちょうどいい」
要するに、小さな原石は当然抽出される金属も少ないわけで。そんなものに何度も魔法を使うのは面倒であるので、大きな原石だけ製錬していたそうだ。仕入れの段階でそんなもん弾いとけよと思ったが、彼は自分で原石の採取を行っているそうだ。で、持ってきた原石を扱っていると途中で割れてしまう物もあって、そういった原石を捨てるのも勿体ないということで倉庫番をする羽目になっていたのだと言っていた。
小さくても立派な原石である。少ないながら金属の抽出はできるわけなので気持ちはわかるが、その後処理をさせられているかと思うと何とも言えない気持ちになる。
教えられている身なので何も言わないし、まぁこれも授業料だと思えば安いもんだけどさ。
それからひたすらに小さな原石相手に製錬を繰り返し、陽も暮れてきたところでタイランさんに礼を言って家路についた。ついでにタイランさんに弟子入りもしておいたが、特に深い意味はない。本人は『俺にも弟子が出来たか! これはなかなか気持ちがいいな!』といって笑っていたが、そんな大層なものではないんだけどなぁと、若干冷めた目で見ながら製錬していた。
ひとまず生産系魔法の練習をする目処はついたので、これから先は自分のスペックを上げるとこに力を注ぐことになる。ある程度実力が着いたら海を目指すのも忘れずに。メニューとか開けて自分のステータス確認できれば楽なのになぁ、と馬鹿なことを考えつつ床に就くのだった。