第二十一話 チョコバナナ、販売開始。
また遅くなりましたね
すみません
第二十一話です
出店予定の屋台の準備……といっても、元々屋台で生活している俺達には、準備らしい準備というものは必要ない。せいぜい大樹に行って、バナナとチョコレートを補充してくるくらいだ。竹串は料理をしているとなにかと使う機会も多く、使い捨てにすることも相まって相当数を用意している。ものの数分で出店準備が整った。余った時間は大樹に戻り、減らしてしまったチョコレートを補うためにアリゼ達を手伝う。
どうせ今日は領域に出向かないのだからと、久しぶりに本気でフル稼働した生産魔法により、大量のチョコレートを備蓄することができた。そのせいでというか、お陰というか、子供達の収納キャパシティを超えかねない事態になったりしたが。収納空間の余剰スペースが無くなるのはいろいろと不便であるので、子供達が持ちきれない分は俺が持っていくことにした。とはいえ、すぐに商会を通じて売ってしまうので、今日一日くらい収納が使えなくてもさほど問題は無いと言えるだろう。
そうなってくると、子供達がチョコレートの用途について尋ねてくる。ここで、王都でお祭りがあるから、なんて言ってしまうと、好奇心旺盛な子供達のことだ、付いてきたがるに違いない。スラム出身者が立志式について知らないのは幸いだったな。本当ならば連れて行ってやりたいのは山々なんだが、総勢十三名の子供達の引率など俺達には不可能である。保育園や小学校の先生には頭が上がらないなと、しみじみ思う。試作品を大量に作る予定だからと、適当にお茶を濁した。エディスはまだ疑っていたが、それでも追求してくることはなかったのが幸いだ。まぁエディスなら、本当のことを言っても付いてくることはなかっただろうことはさておき。
手馴れたチョコレートの生産も、バナナの回収もすぐに終わってしまい、いよいよ手持ち無沙汰となったところで、久しぶりに子供達と戯れて時間を潰した。といっても子供が苦手な俺は積極的には関わらず、最近あまり出番の無かったアリオンとのんびりしながら新しい食べ物についての構想を練っていただけだが。
王都までの移動と、その近くの領域への移動で世話になっていたアリオンだが、ここ最近はほとんど大樹でお留守番であった。理由は単純に、王都から遠出する機会がなかったからである。別の場所に行くときには連れ出すことになるが、亀爺さんのいた領域には転移できるし、その他に王都から出歩く理由がない。そのため、毎日の世話は欠かしていなくても屋台を引いてもらう機会はめっきり減っていたのである。
そう考えると、アリオンも運動不足でストレスが溜まっているかもしれない。普通の馬より知能が高く従順なアリオンだが、時には本能に従って疾走したいのではないか。屋台の拡張もしなければいけないし、アリオンの成長を促すためにも、出掛けない日が長く続くようなら時折走らせてやることにしよう。
新しい食べ物っていうのは、立志式で出す屋台の候補にも出たたこ焼きやかき氷について。たこ焼きに関しては焼くだけであれば難しいことはない。問題は蛸が受け入れられるのかってことだが、最悪でも俺が食べられるようになるだけで充分。ソースの問題もあるが、あの複雑な味のソースを再現するのは骨なので、かなり先のことになるだろう。当分は塩と出汁で楽しめばいいかと。
カキ氷も割と楽に作れるはず。なにせ氷を削っただけなのだから。拘るなら良質な氷を確保するべきなんだろうが、そこまでする必要性を感じないので。シロップは果物の果汁でどうとでもなる。ブルーハワイは……望み薄かな。
屋台関係でいろんな食べ物の構想が浮かんで来たわけだが、ふと懐かしい飲み物を思い出してしまった。
炭酸飲料である。
元々あまり好まないのだが、唐突に飲みたくなるときがあるのだ。缶一本飲んだら満足してしまう程度なのだが、かれこれ十五年以上飲んでいない。さすがに恋しくなってきてしまった。
この世界に存在するかは知らないが、天然の炭酸水も湧いていたりするので、魔法を使えば再現は難しくないだろう。いつか作ろうと心のメモ帳に追加しておく。
そうこうしているうちに時間が来たため、ミカエルさんと少しだけ言葉を交わして足早に子供達の下を辞した。亀爺さんと会ったことを告げると、まず最初に女性陣の心配をされたのが、あの爺さんの性格を如実に現している。被害者がヒノであったことを伝えると、柔和な笑みを浮かべたまま頷いていたが、その瞳の奥に静かな怒りが灯っていたのは見逃していない。彼が安らかなることを祈るのみである。
好色爺の末路はさておき王都の様子であるが、戻ってきたときには活気が一段と増していたように思う。特別開始の合図などがあるわけでもないので、既に販売を始めていた人も少なからず存在していた。
しばらくして祭りの様相を呈し始めた頃には、中央広場を始めとして、貴族街から王城前まで人の波が出来上がっている。渋谷のスクランブル交差点なんかイメージするといい。さすがにあそこまでごった返しちゃいないが、ややもすれば目的の場所まで辿りつけないことも。
俺達も販売するだけではつまらないということで、散策組みと居残り組みで交代しながら、立志式に伴う祭りを楽しむことにした。俺とカイルの二人で散策も店番もむさ苦しい上に客受けも悪そうなので、俺はヒノとフランの二人と組む。いろいろ考えた結果、大人しいフランをジゼル以外と二人組にしても静まり返りそうな点と、彼女ら二人と改めて交流する機会を得る点を踏まえてこうなった。カイルもジゼルもお互いに不満があったようだが、そんなに時間もなかったし、先の事情も考慮してさっさと決めてしまったのでぶつくさ言いつつも納得はしたようだ。仲が悪いわけでもないので問題もないはず。むしろこの機会に親交を深めて、どうぞ。こうなるとあと一人、面子がいたほうが数の面で都合がよさそうな気もするが、適当に仲間を募るのも馬鹿馬鹿しいので、成り行き次第だ。
さて、俺達もそろそろチョコバナナの販売を開始しようと思う。金を稼ぐこと自体が目的というわけでもないので、のんびりとやっていこうか。売れれば売れるだけチョコレートの認知度が上がるので、売れるに越したことは無いのは確かだが。正直、米粉ケーキと亀討伐の報酬でしばらく遊んでいても問題ないくらいの資金は持っているのだ。
そういえばエルマンさんってどこの貴族家に仕えてるんだ? 後で少し探してみるか。十万ド……金貨をポンとくれるくらいなのだから、間違いなくデカイ貴族家なんだろう。とりあえず俺達が先に店番なので、カイルとジゼルが戻ってくるまではしっかり商売をしようじゃないか。
「ほんとにこの組み合わせなのか?」
「なんだ、まだ言ってるのかよ」
「ジゼルと一緒なぁ……。文句があるわけじゃないんだけど、どうにも接しづらいというかなんというか」
「つべこべ言わないの。私だってヒノとフランが一緒の方がよかったわよ」
「俺も男女で分けたほうが良いとは思ったさ。でも考えてみろよ。甘いものをせっせと売ってるむさ苦しい野郎二人の姿をさ」
「……確かに、女がいたほうがいいかしらね」
本当なら女だけで売ってた方が絵になるというか……。客層が基本的に女性メインになるだろう品だけに、販売員が男というだけで尻込みする客もいるわけで、そういう意味でもスタッフは女性がいいんだよねぇ。一概には言えないし、男であるせいで極端に売り上げが落ちたりすることもそうはないはずだけど。
「人も多いし、ジゼルの護衛だと思って行って来い」
「ジゼルに護衛が必要か?」
「誰だって女は守られたいもんなんだよ。たぶん」
「お前が女を語るのか……」
「やかましい。また飯抜くぞ」
「へいへい」
意味ありげな台詞を吐くカイルとジゼルをさっさと送り出し、開店準備を始める。
チョコバナナに必要な機材なんてものは特にないので、それほど時間がかかることもない。森に生るバナナは、大きさが通常のものより一回りも二回りもデカイので、食べやすい大きさにカットするための包丁にまな板。そして竹串。最後にチョコを浸すためのちょっと深めの容器は、適当に作った鉄のコップを使う。
開店する前にいくつか先に作っておいた。店を開いて商品がなかったら意味がないので当たり前ではある。陳列する方法を一切考えてなかったので、急遽竹串の太さに合わせて穴を開けた木の板を用意した。それに突き刺して店先に並べるのである。日本にいたころはどうやってたんだっけ? さすがにそこまで記憶してないわ。
というわけで準備は完了。広告のために作ったウェルカムボードを設置しところで商売の始まりだ。ちなみにこのウェルカムボード、フランが主に製作を担当していた。大樹に戻った際にフランツさんが用意していた立て看板……所謂ウェルカムボードなわけだが、それを参考に作ってみることにしたわけだ。板を前に試行錯誤していた俺のところにフランがひょっこりと現れ、面白そうだからと手伝ってくれた。どうやら美術的なセンスに恵まれていたらしく、文字やイラストの配置や色使いが上手い。かなり女性的な面を見せてくれたので、思いっきり丸投げした。
華やかに彩られたウェルカムボードは、人でごった返す広場でも目立つようで、設置してすぐに人の目を引く。主に女性が多かったりするのは、内容以前にボードの見た目だろうか。森の花々をあしらってあるからね。そして設置してすぐに見られているということは、設置した俺がまだすぐそこにいるというわけで。
「これは砂糖を使ってあるのかしら?」
興味を持ったご婦人方々の質問攻めに合うのである。
「ええっと……とりあえず店舗の中に戻ってもいいですか? そこで説明させていただきます。その方が分かり易いかと思いますので」
「そうね。実物も見てみたいし、お願いするわ」
掴みは良さそうだ。少なくとも、興味を持たれた時点である程度は成功である。問題はここから商品に満足してもらえるかどうかということだが、そこは大丈夫だと自信を持って言っておこう。俺は日本で一流のパティシエだったわけではないが、それなりにはできるつもりだ。この世界にチョコレート菓子がない以上、今のところは俺がトップだという解釈で優越感に浸らせてくれ。まぁチョコをバナナにつけるだけだし。
もちろん腕を磨くことを疎かにはしないし、フランツさんがチョコレートの扱いに慣れてくると、俺より質のいい菓子を作るだろう。こうしてふんぞり返っていられるのも今のうちである。
うむ。自分でやり始めておいてなんだが、俺の職業ってなんだっけ。
ともあれ、今は間違いなく料理人……どっちかというと商売人か? まぁ冒険者と料理人の二束のわらじもアリだと思わないか? 旅先でしっかりした料理が食べられるなら、それは喜ばしいことなはずだ。俺が元々料理人だったからこうなってはいるが、冒険者の中でもそれなりに料理する人間は一定数はいるのだし。
「ヒノ、フラン。準備出来てる?」
「うん! 大丈夫だよ!」
「ヒノ、少しつまみ食いした」
「おい」
客の目の前でそれはやめて欲しいなぁ。当の本人は顔を背けて素知らぬふりをしているが。連れてきた女性も思わず苦笑いだ。
「一般参加者の店ではよくあることですわ。元々お祭り気分で参加している人達ですから、そのあたりの認識に欠けているのですね。貴方達も一般参加枠ということみたいですけれど、それにしては扱っているものが少々珍しいですわね」
そう笑って受け流してくれたこの女性だが、言葉使いや身なりから察するに、それなりに育ちがいい家庭に生まれていそうだ。身に着けているものはいい素材を使っていそうだし、肌も髪も艶がある。いい素材と言ったって、俺に物の良し悪しはよく分からないんだけど。雰囲気ってやつだな。
「確かに一般参加なんですけど、旅先で商売もしながら冒険者をやってるので、時々珍しい物に巡り合えるんです。今回はたまたま面白い食材を見つけたので、いい機会だし売ってみようかと」
「あら。冒険者をやってるのね。道理で商人にしては引き締まった体をしてると思ったわ」
どんな観察眼だよ。薄着とはいえ全身長袖だぞ俺は。そういや、時々値踏みするような視線を感じる気がするようなしないような。まぁいいやとりあえず販売しよう。
「それでこの菓子についてなんですが」
「そうね。バナナはまぁ……大きさが気にはなるけどそういう品種だとして、その黒いチョコレート? に関して詳しく聞きたいかしら」
というわけで、チョコレートに関して軽く説明した。言うほど細かい説明なんて特にはないのだが、初めて見る食べ物というのは、存外手を出しにくいもの。例えば、納豆。初めて食べた人間は尊敬する。なんせ見た目には腐った豆だ。当時の人間に発酵しているかの判別はつかなかっただろうしね。聖徳太子だとか加藤清正だとか言われてるけど詳しいことは不明だそう。
そんな感じで、チョコレートに関しても説明がいるだろうと思うのだ。納豆ほど得体の知れない見た目はしてないと思うけどね。
一応自分で食べて安全は保障しておいた。甘い菓子、ということで最初に集まってきた客のほとんどが女性である。割と安価で提供していることもあって、説明を終えると早速購入していく人もいた。ただし、先ほどの女性だけはちょっと違ったようだ。
「なるほどね。ところで、これはどこで手に入れたのかしら? なにかの果実や天然水というわけではないでしょう? どう見ても加工品よね?」
「さっきも言いましたけど、旅先で見つけたものを加工したんです。カカオって知ってます?」
「カカオ? 滋養強壮に効くだなんて言われてはいるけれど、苦くてとてもじゃないけど口に出来ないわ。一部の健康マニアに人気ではあるわね」
「あぁ、それですね。それを使ってます」
「本当なの? 今も言ったけど苦くて口に出来ないのよ? それを甘くしようだなんて……どれほど砂糖を使わないといけないのか、考えるだけで目が回りそうだわ」
どうやらチョコレートが普及していない理由はこのあたりにありそうだ。確かにカカオの存在は知られていて、チョコレートの前段階までは進んでいるらしい。ただ、それを甘くして飲む、或いは食べるという発想に至らないと。理由はもちろん、砂糖が高価であるからだ。中には甘くして飲食し易くしている者もいるだろう。だがそれは、富裕層に限られる。それに、下拵えをきちんと出来ているかも疑問だ。
「砂糖はそれなりには使いますけど、俺はサトウキビの栽培もしてますので。他より安価に提供できます」
「サトウキビの栽培と言ったって、成長するまでに時間がかかるでしょう?」
「領域の中で栽培してます。一晩寝ればもう収穫できるんです」
「そんな場所があるのね。カカオもそこで……。それにしても少し……いえ、かなり危険じゃないかしら?」
随分興味津々と言った感じだなぁ。なにがそんなに気になるんだ? 新しい菓子が売ってある。安全性は俺が実際に食べて保障済み。安価である。買うには十分だと思うんだけど。まだなにか不安要素があるのか?
「ご心配なく。栽培担当者は別にいますが魔法使いですし、魔物も寄り付かない場所ですから」
「他に担当者がいるの? 貴方達は冒険者よね?」
「あの……なにかご不満な点でも? 別に怪しい物ではないですよ?」
「あぁ、ごめんなさい。誤解させちゃったかしら。そうね……自己紹介しておきましょう」
さすがにちょっと質問攻めに合いすぎる。思い切って聞いてみたが、どうやらチョコレートを警戒していたわけではないらしい。バツの悪そうな表情で苦笑いしたあと、咳払いを一つした彼女はこう続けた。
「私はキアラ。アネルカ商会で商会長をやっているわ」
今回、いただいた感想を参考にいつもの半分の文章量となっております
大体6500文字ほどですか
私自身が一話の量が長い方が読み応えがあって好みだったのですが、こうも更新が滞るようであればそんな些細なことにこだわっている場合ではないと気付かされました
しかし、今残ってくださっている読者の方も同じような方がいるかもしれません
なので少し意見を聞かせていただきたいと思います
今までの量で、また長期間更新が無い場合
今回のように半分の量で、更新を早める場合
私のせいで読者の皆様のお手を煩わせるのは大変心苦しいのですが、よろしければ僅かばかりお時間をいただき、意見をお聞かせ願いたいのです
感想欄でも良いのですが、私自身ポイント乞食のように感じてしまうので、これもまたお手数ですが、私のユーザーページに掲示板だか伝言板だかを置いてありますのでそちらにお願いできればと思います
大した小説でもない上に厚かましいのですが、気が向いたらでもいいのでよろしくお願いします
次話更新は一ヶ月ほどして投稿しようかと考えています