第二十話 立志式。
前回更新から2ヶ月ですか・・・
同じことを何度も言うのは鬱陶しいだけかと思いますので簡潔に
更新が遅れまして申し訳ありませんでした
小説の更新意欲自体は落ちていませんのでこれからも更新は続きます
ただし、次第によっては月を跨ぐことになるだろうことは宣言しておきます
大変厚かましいお願いではありますが、気を長くしてお待ちいただければ幸いです
「これはどうしたもんか……」
屋台の上で胡坐をかいている俺の目の前にあるのは、小さめのバケツ程度の樽に入れられた味噌だ。それ自体は別にいいんだが、困ったことにこの味噌はちょっと他とは一線を画す代物となっている。
魔力を帯びているのだ。
まぁ食べ物であろうとなんだろうと、極微量の魔力が宿っているのはなにもおかしくない。ただ、その量が問題で、更にこれを食べるとどうも魔力が回復しているようなのだ。
現状、この世界に魔力を即時回復させるような物はない。時間経過と共に回復を待つ以外ないのだ。体力に関しても同じで、所謂ポーションに相当する代物は発明されていない。どうしてもその場で回復させる必要がある場合、魔法を使う必要があるのだ。外傷や体力はともかく、魔力の回復となるとかなり難しい魔法なので、習得している人間は限られてくる。
何故こんな奇天烈な味噌が出来上がっているのか。それは湖で見つけた亀爺さんとの会話まで遡る。
「魔法を使って味噌の熟成時間を短縮してみよう」
「さっきも言ったが、やろうと思えば出来んことはなかろう。どういうベクトルで魔法を使うのかは知らんがのぅ」
「さっきってなにか話してたの?」
「いや、こっちの話」
ヒノには念話が聞こえていなかったわけだから、さっきなどと言われても分かるはずもない。カイル達も訝しげな表情をしているが、余計なことは言わないようにする。
現時点で聞きたいことは念話の中で聞いてしまったので、今は当たり障りのない会話をしながら軽くおやつを食ってるところだ。爺さんにしてもしばらく暇をしていたとのことで、チョコレートなどを出すと嬉々として食っている。ただ、どうにも気になることを口走っていた。
「ほぅ。チョコレートか。久々に食うのぅ」
「え? 久々?」
「あぁいや、気にするでない」
という発言があったのだ。問い詰めてみたのだが、のらりくらりとかわされてしまった。この世界ではチョコレートを作ったのは俺が初だと思っていたのだが、この爺さんは食ったことがあるらしい。カカオが存在している以上誰かしら発明していてもおかしくはないのだが、普及していないのが気がかりである。
味や匂いが受け入れられなかったにしては、この世界の住人にも喜ばれていることからあり得ないだろう。あとは爺さん自身が作ったことがあって、自分が精霊であることで人間に対して技術の伝授が出来ない可能性。とはいえ、人間に関わってはいけないというわけではなく、それくらいのことはしても問題ないのではないか。作ったことがあるだけで、成功したわけではないかもしれない。若しくは、情報伝達の手段に乏しかった大昔に、局地的に伝えられていたのを見つけたとか。口伝は途切れても、書物なりで残っててもよさそうだがなぁ。
そんなことも考えていたわけだが、特に気にすることでもないと、徐々に記憶から抹消されていった。
爺さんを交えてお茶会をしながらの会話が、先ほどの熟成に関すること。念話で聞いたことを早速実践してみたくなったのだ。
今のところ、自分達で使う分に関しては余裕がある。今現在熟成させているのは、エディス達が来てから作り始めたものと、その前から俺が仕込んでいたもの。俺が準備したものに関しては、まだ商品化する気が無かったので一年周期で出来上がるようにしている。しかも俺個人で使う予定だったから売るほどの量が無い。最近仕込んだ分は当然まだまだだ。
別に急いで出荷する必要もないし、チョコレートの方は問題なくアリゼ達が作っているので、彼女達が飢えることはない。まぁ収入がなくても飢えることはないけども。それでも早いうちから世に広まって欲しいと思うのだ。
理由は単純、もっと生産量が増えて欲しいからだ。自分達で使う分には不自由はしない。ただ、どう考えてもアリゼ達が作る分では供給が間に合わないだろうし、もっと美味しいものを食べたいと思うのは人間の性だ。有り体に言えば、他の奴にもっと味のいい物を作って欲しいのである。
俺がやろうとすると時間が足りない。そもそも俺は冒険者で、食品加工業者ではないのだ。発酵食品がこの世界で受け入れられるかどうかは分からないが、今まで多少の好き嫌いはあっても、そこまで拒絶されたわけではない。人種的に受け入れられないのであれば、商品化しようとは考えないし。獣人となると話は別で、拒絶される可能性はあるけど。
そうなると、一定の需要はあるはずなのだ。塩や動植物の出汁にハーブと言ったスパイス類に加え、新たな調味料が出現すれば、当然ある程度人気は出る、と思う。今はクゼット村の専売特許となるが、どうせ真似しようとする輩が現れる。そういう奴らが切磋琢磨して、質のいい物を作ってくれればいい。村の商会としては売り上げが落ちるだろうが、商品は他にもあるのだから大丈夫だろう。エディス達がもっと美味しい物を作ってくれればそれに越したことはないけど。
そういえば、であるがこの世界、獣人が存在する。爺さんは何気なく言っていたが、俺もその言葉を聞くまで忘れていた。本でちらっと見た程度だし、なにしろこの国ではほとんど……いや、全く見かけないからだ。
その理由だが、これまた単純に、迫害されているからである。物語でよく聞く話だ。まぁ……獣の特徴を受けついだ人間となると、普通に考えて恐怖や侮蔑の感情を抱かれてもおかしくは無いとは思う。
現代日本において、アニメやゲームのキャラクターとしてポピュラーな存在ではあるが、現実的にそんな人間がいたとしたら、いくらアニメオタクな人間だったとしても多少思うところがあるはず。日本人でさえそうなのだから、そういった概念がないこの世界においては、受け入れがたいのも良く分かる。それが迫害してもいい理由になるかと言われたら、もちろんそんなことはないのだが。
そんな彼らがどこにいるのかというと、獣人の国があるのだ。場所はこの王都から遥か東、大陸の隅の方。
この大陸、存在する国家は南部の大部分を占めるリセリア王国、その仮想敵国である帝国が北部を領土としている。そして東部に存在する獣人の国、以上三カ国だ。
国家の規模としては他の二国家には及ばないが、領土の割合は迫害されているにしては大きかったりする。迫害はされていても彼らが人種的に弱いわけではなく、むしろ獣の特徴を受け継いでいる以上、基本的に人間より強い。そのため、王国にしても帝国にしても、そう簡単に領土を奪うなど出来はしないようだ。逆も然りで、いくら獣人が強かろうと、人数で上回る『人間』を相手に戦争などしない。どちらに攻めるにしても、獣人相手となると二国家が手を組む可能性もあるからだ。
彼らとしてもわざわざいらぬ争いをふっかけるより、同族同士で平和に暮らしていたほうが建設的であるらしい。中にはタカ派の獣人もいたりするが、こんなものは人間でも同じことである。逆に人間と手を取り合って云々とかいう奴もいるらしいが、そういう奴らは人間からも獣人からも嫌われている。そんな特殊な奴らの中で、スパイだの友好目的だので入国してきた獣人の末路は大体同じで……ここから先は発言を控える。大方の予想はつくだろう。
大陸中を放浪してみたいと思っている俺だが、獣人の国に関しては半ば諦めている。元日本人として、正直獣人には興味がある。耳とか! 尻尾とか! だがこんな現状では、尻尾を触ることはおろか入国すら絶望的だ。折り紙つきで殺される……のは言いすぎだとしても、捕縛されて身包み剥がされるくらいは覚悟しておくべきだろう。帝国以上に、よほどの事態でなければ入国しない予定だ。でも尻尾をもふもふするのは諦めてねぇから! 望み薄だけど……。
とまぁそんな人種もいるよというお話でした。
で、なんの話をしてたっけ? あぁ、味噌ね。
発酵促進の魔法を使って促成栽培よろしく仕上げた味噌だが、なにをどう間違ったのかもはや回復薬である。具体的な魔法の内容は、麹菌の活動が活発になるようなイメージで、その生命活動を大きく手助けしてやったようなものだ。それを一週間ほどかけ続けた。
魔力に充てられ続けた動物が魔物に変異するのと同じ現象なのであろうと予測されるが、これは発酵食品だけの性質なのか。それとも、食料に長い時間魔力を注ぎ続ければどんなものでも回復薬もどきになるのか。試してみる価値はあるのかもしれない。
とりあえずこの味噌の回復効果など微々たるものなので、これは普通に食ってしまうことにする。
「費用対効果が悪くないか?」
「比較対象がないからなんとも言えねぇが……魔力が回復する物は貴重だろ。シャルが丸一日使い物にならなくなるのは考え物だけどな」
「領域の中に入らないオフの日に少しずつ作ればいいんじゃないかしら?」
あれから更に二週間。回復薬の研究と称してあれこれ弄っていた俺は、今出来るであろう最高品質の回復薬を作り上げてはいた。
回復薬として使うにあたって重要なのは服用しやすいことが上げられると思う。仮に味噌を使ったとして、あんなものを戦闘中ないし戦闘後に食えるかと言われれば、答えは否である。そもそも味噌だけで食べるのはちょっと躊躇う。いろいろ考えた結果、飴玉がいいだろうという結論に至った。
チョコやドリンク系も候補にはあったが、チョコは手に持ったときに僅かでも溶けてしまい、それが原因で武器を取り落とす危険があった。ドリンク系だと、服用するには容器を呷る必要があり、大きな隙ができるだろう。手に持っても溶け辛く、すばやく口に含める飴玉が一番手軽ではないかと考えたわけだ。噛み砕くことを想定しているので、サイズはやや小さめだ。
こうして発酵食品以外でも回復薬として使えることが分かったわけだが、じゃあ誰にでも作れるような物なのかというと、それは違う。まず前提として、付与魔法と生産魔法が使えることが挙げられる。
付与魔法が苦手だったフランや生産魔法が使えないカイルは別として、ヒノやジゼルにも俺と同じことをしてもらった。味噌は発酵を促進させていただけだったが、飴に発酵だの熟成だのは必要ない。単純に、魔力を詰め込むイメージで飴玉を作ってもらう。結果出来上がったのは、見た目がかなり歪なヒノ作成の飴玉だとおぼしき物体と、見た目はちゃんとした飴玉だが、回復効果のほとんどないと言っても過言ではないジゼル作成の飴玉だった。
ヒノの場合、生産魔法に適性はあるものの、料理に関しては致命的なほどに知識がない。よって、飴玉として全く機能しない謎の物質が完成する。ほぼ砂糖しか使っていないはずなのだが、何故か酸味と苦味が絶妙なハーモニーを奏で始め、あるはずの甘味は飲み込んだ後の風味として僅かにその存在を主張するばかり。一応付与魔法はしっかりとかかっており、微量ながら回復はする。ただ、使うにはちょっとばかし心許ない。
ジゼルの飴玉は美味しい。それだけである。付与魔法はちゃんとかけてあるのだが、元々の魔力量の問題で、大して注ぎ込めなかったらしい。
二人の結果を基にいろいろやってみた。最終的な結論としては、生産魔法で食料としての体裁をしっかり保ちつつ、付与魔法で大量の魔力を注ぎ込んでやることで回復薬として使うことが出来るようになる。なお、その際に留意することとして、細胞一つ一つにまで魔力を行き渡らせるように心がけるというのが、一つのポイントだ。
つまり、飴玉を一つの物体として考えずに、小さな細胞の塊として認識する。そうすることで、より回復量が増えるみたいだ。魔力を抱え込む入れ物が一つなのか否か、というわけである。これがジゼルと俺との違い。
ヒノとの違いは、生産過程にある。料理がからっきしのヒノでは、作り方を把握していないので調理工程がめちゃくちゃだ。この辺のことに関しては、ヒノの思考回路がさっぱり分からないのでどうなっているのか検討もつかないが、とにかく料理として昇華出来ていない、とでも言っておこう。
回復量は注ぎ込んだ魔力の量に比例するわけだが、料理として完成したときに飛躍的に効力が上がる。動物が魔物に変異するのと同じことだろうと思う訳がこれのことだ。料理を動物とするなら、回復薬としての料理が魔物。ついでに、飴玉を作っている最中も常に魔力を注ぎ続けている俺とは違い、ヒノは完成してから一気に魔力を注いでいる。一度に注ぐより、時間をかけて染み渡らせるようにしてやった方が効力は高い。これは魔物の変異を参考にしてみた。
まぁ飴玉程度ならそこまで専門的な知識は必要ないと思われるが、料理の知識もあった方がより効率的に回復薬を作れるのだろう。これがヒノとの違い。
グダグダ言っているが、早い話が今のところ俺にしか作れないということだ。細胞、分子レベルにまで遡って魔法を作用させるなど、俺くらいにしか無理だろう。ついでと言っては何だが、他の魔法に関しても同じ現象が見て取れた。要するに付与魔法にしろ攻撃魔法にしろ、細部にまで意識して魔法を使えば、更に効率よく魔法を扱えるようだ。もちろん他にも出来る奴はいるかもしれないが、現時点で回復薬が普及していないことからして、一般的に認知されているわけではなさそうである。
ただし問題もあった。飴玉を作っているときはそれに付きっ切りになってしまうため、ただ飴玉を作るよりも時間がかかってしまう。さっきも言ったように、細胞一つ一つに染み渡るようにイメージしているため、かなり集中力が必要で相応に難易度も高い。
加えて、注ぎ込む魔力の量も尋常ではなく、回復薬を作った日は領域に踏み込めなくなってしまう。気絶寸前まで注ぎ込んで十個出来ればいい方だ。注いだ分の魔力がそのまま回復するわけではなく、大体十分の一程度まで落ち込んでしまうため、それくらいやらないと使えないのだ。
魔力を注いで作ったものが回復薬になるのであれば、もっと早い時期にその存在が知られていてもよさそうなもんだが、何故か今でもそんなものは普及していない。個人的な見解としては、いくら生産魔法で魔力を使うと言っても、料理をする時間なんてものは高が知れている。熟成させる間ずっと魔法をかけ続けるなんてこともなかった。酒なんかは熟成期間が必要だが、酵母や菌の概念が無い以上発酵促進させようにも魔法が効力を発揮しなかったはず。それ故に、長期間魔力を注ぐことがなく、魔力を回復させることが出来るほどの効果は現れなかったのではないか、というのが現時点での結論だ。
まぁそもそも料理に生産魔法を使うことはまずないんだけど。生産魔法と言っても、なにも一瞬で料理が完成するわけではない。作業工程を魔法で短縮できるというようなものだ。風の魔法を使って食材を切ったり、加熱にコンロが必要なかったりする程度のこと。料理にしろ鍛冶にしろ裁縫にしろ、魔法でイメージさえすればポンと出来上がるようなものではない。だから料理に関しては普通に調理してもあまり大差はなかったりする。もちろん錬度が上がれば、一瞬で完成したように見える料理もあるが、それは一連の作業をあっという間に終わらせているだけだ。
なんにしても回復出来る手段を確保できたのは有難い。今のところ領域内で魔力が尽きたなんてことは……子供の頃を別にすれば無いが、これから先でそんな事態に出くわさないとも限らないのだ。用意は周到に。備えあれば憂いなし。
そんな無茶をするつもりはないけどさ。
「王女様の立志式?」
「ええ。今日がその日よ。知らないの?」
「田舎出身の俺達には、王都での政はあまり情報がないからな。王都に来てからはあまり情報収集してなかったし」
「そういうものかしら?」
「月に一度しか新聞が届かない場所に住めば分かるよ」
「……遠慮しておくわ」
村にいた頃の情報収集の手段は、月に一度しか来なかった商隊が持ってくる新聞と、エイブラム様が持っていた本くらい。立志式は十五歳を祝う式典だから、今日がその日だということは当時の王女様は俺達と同じくらいの歳だったはず。そんな時に立志式なんて式典が存在するのを知るには、過去の新聞か王国の史書でも読まなきゃそうそう知りえない。なにかの拍子に知ることはあるかもしれないが。
というか、この世界での成人って十五歳だろ? ということはなにか? 要するにこの世界における成人式が立志式なの? ややこしいなおい……。
そういうわけで、今日は立志式があるようだ。道理でいつもよりやたら人が多いし活気に満ち溢れてる。同時に、王国の紋章が刻まれたマント羽織った騎士や魔法使いがうろついてて厳戒態勢しかれてるんだけどさ。まぁ王女様が人前に姿を現すんだ。どれだけ警戒しても足りないだろうよ。
思い返してみれば、昔読んだ新聞で王女様がどうのこうのって記事があったような無かったような……。
そのときはなんの記事だったかな? あまり関心が無かったことだけに記憶があやふやだ。まぁ……いいか。
今日は、この立志式とやらに参加する。と言っても特別なにかやるわけではない。王都の住民達も含めて立食パーティーのようなものが開催されるため、そこに顔を出すだけだ。せっかくのイベントであるし、王国民たるもの王女様の顔くらい拝んでおかないとな。
というのは建前だ。本音を言えばさっさと領域に行きたい。狩りをしたい。昨日はそのつもりだったし、狩りに備えて昨日は回復飴を作らず魔力を温存しておいた。
しかしいざ領域に向かおうかとジゼルに声をかけたらさっきの言葉だ。曰く、王女様の立志式があるのに領域に向かうなんて失礼であるので、大人しく王女様のお祝いをしておきなさい、だそうである。
実際に周りを見ても、武装しているのは警戒している王国軍の騎士や魔法使いくらいで、日ごろは冒険者として活動しているであろう奴らも、今日は幾分かラフな格好でうろついていた。領域に向かおうとする人間は見かけていない。
別に領域に出かけたからといってなにか罪に問われるということはないようだ。ただ、門を出るときなどは嫌でも門番とすれ違う。今日は立志式だというのは分かっているので、あまりいい顔はされない。王女様の式典がある日に出かけるとは何事かと、そう思われるわけだ。王家の体裁や面子の問題だろうと思う。非国民だ! とでも言うのか?
わざわざそれに楯突いて無理に出かけることもないので、ここは大人しく参加しておくことにしたわけだ。まぁ立志式に興味が無いかと言われれば、そういうわけでもないので、これはこれでいいとは思うが。
さっきも言ったように、立食パーティーがある。場所は王城の中庭。と言っても、ただの王国民が王女と直に話したりは当然できない。直接言葉を交わせるのは爵位を持つ貴族だけで、そうではない平民達は、王都中央広場から貴族街のメインストリート、王城前広場まで立ち入ることが許される。王都中央広場と王城前広場には各飲食店が出店を出し、貴族街のメインストリートにはそれぞれの貴族達が囲い込んだ料理人たちが店を出す。
飲食店にとっては稼ぎ時であり、特に王城の前にはそれなりに人気の店でないと出店できないので、特に人が集まる。祭事にはこの形式がよく採られるため、王城前に店を出すのは飲食店にとって名誉なことらしい。貴族街の店もかなり人気がある。いつもは貴族達に腕を揮っている料理人達が作るのだ。味は各貴族達のお墨付きである。その貴族達としても、その家の意地とプライドがかかっているようで、かなり力を入れて準備をするらしい。ある種、力の誇示もできるわけだ。もし、自分が雇っている料理人の店で閑古鳥が鳴こうものなら、他の貴族達から笑いものにされてしまう。
そうなると気になるのは我らがアライア様の出し物なのだが、当然担当するのはフランツさんだと思われる。アライア様も伯爵の位を持っているのだ。下手なものを出して嘲笑の的になるのは避けたいはず。この日のためにフランツさんも気合を入れているだろうし、顔を出しておくべきだな。少しでも売り上げに貢献せねば。
今から様子を見に行くか? 今の時刻は朝の九時。十一時から開始のはずだから今は準備で忙しいところだろうか。そうなるとジャマかな? ま、忙しそうだったら始まってからでも出直せばいいし、行くだけ行ってみよう。なにか手伝うことがあればやるべきだろうし。
ということでアライア様の屋敷前までやってきた。既に大きめの屋台が完成している。もちろんそれは他の貴族家の前も同様だ。用意してある調理器具に多少の差はあれど、見た目は大体どこも同じで普通の屋台である。一般的な屋台と違うことがあるとすれば、見た目が屋台には似つかわしくないほど豪華であることか。細かいところまで気を使ってある。これも貴族の矜持か。
「こんにちわ。フランツさん」
「ん? シャーロット君じゃないか! カイル君にヒノちゃんも久しぶりだね。それと……新しいパーティメンバーかな?」
「ええ。最近一緒に行動するようになりました」
貴族の専属料理人と普通に会話している俺達に、ジゼルとフランは少しばかり驚いてはいるようだ。一応事前に知らせてはいたんだけどな。それでも貴族の端くれ。挨拶はキチンと済ませてくれた。
「フランツさんは今回なにを出す予定なんですか? 焼き物を出すみたいですけど」
互いに挨拶も済ませたところで本題へ移る。見たところまだ品物は持ってきていない、若しくは収納したままのようだ。ただ、竈が設置してあるので大体の予想はついた。
「よくぞ聞いてくれた! 今回はせっかく君が面白い食材を提供してくれているからね。チョコレートを使ったお菓子を出すつもりだよ」
「となると……クッキー辺りですかね?」
「その通りだよ。まだチョコレートを見せてもらってからそう時間が経ってないからね。あまり凝ったものは思いつかなかったが、チョコレートだけでも充分珍しい代物だ。クッキーに混ぜ込むだけでもある程度の集客は見込めるはずさ」
チョコレートを生産しているのはアリゼ達だけだ。それも子供達だけで極少数。アライア様に一定数譲っている以外では、村の商会が販売しているだけで希少も希少。というかそもそもまだ王都の市場に出てない。アリゼ達が大量に作ってくれてはいるが、まだ王都まで物流が出来ていないのだ。王都にも商会の支部が出来ているが、未だに片栗粉と折り紙しか並んでいない。本格的に市場に出るのは数週間先になるのではないだろうか。まぁすぐにでも流通させたければ俺が運んでやればよかったんだけど、そのあとどうするんだって話になるので、手は出さなかった。
ちなみに、村の商会の名前がようやく決まった。王都にも店を構えるのだからいい加減まともな名前が必要になってきたわけだが、候補はだいぶ前からあったのだ。ただ、その候補がシャーロット商会とかいうとんでもない名前だったので、俺が全力で拒否していた。さすがに恥ずかしすぎる。妥協案でオルクス商会になった。まぁ無難なところだろうとは思うけど、それでもまだ恥ずかしい……。
そういうわけで、王都での初お目見えがこの立志式での出店なのだ。屋台にも、チョコレートを前面に押し出した宣伝文句が書いた立て看板が置いてある。既に少なからず興味を示している人がいた。とはいえまだ開店していないので立ち止まることはなく、そのまま通り過ぎている。まだ一般人はほとんどいないので、彼らもどこかしらの貴族家で雇われている料理人か、その手伝いをしている人間だろう。忙しそうにしながら興味は持たれているようなので、期待はできる。
「いやーシャーロット君がチョコレートを提供してくれて助かったよ。実は今回の出し物について悩んでいたところだったんだ。不甲斐ない結果になってしまうとアライア様に申し訳が立たないからね」
「お役に立ててなによりですよ」
「ところで君達はなにも出さないのかい?」
「……えっ?」
聞くところによると、王都の中央広場には誰でも出店できるそうなのだ。まぁもちろんなんの準備もない素人が店を出すことはできないが、自分達で調理器具や食材を準備できれば申請が通るらしい。冒険者が討伐した魔物の丸焼きをしていたことも、過去にはあるそうだ。フランツさんは、俺達が屋台で生計を立てている節があるからてっきり出すものだと思っていた、と話す。そんなこと言われても今日まで立志式のこと知らなかったんだし……。
「そうか……それならちょっとアライア様に頼んでみようか。直前に出店できなくなった店もあるかもしれないし、場所に余裕があれば飛び入りも可能だと思うよ?」
「そんなこと出来るんですか?」
「アライア様は伯爵だよ? それくらいのことは訳ないさ」
それは職権乱用じゃないの? と思ったけど、無理やり他の店から場所を奪うわけではないし問題ないのかな。それを何故フランツさんが公言するのかという疑問はさておき。この自由奔放さはアライア家特有のものだろう。他の貴族家だともっとガチガチで堅苦しそうなイメージがある。
「それはいいけど、出し物として相応しいもの、ある?」
「あっ」
フランから最も肝心な料理について突っ込まれた。そう、出すのはいい。いいんだけど、じゃあなにを出すのかっていう問題がある。今から食材集めなんて出来ないので、手持ちで出来るものを出すしかないのだが、果たしてそれに相応しいものはあるのかどうか。
「そう言われると……うーん」
「僕もそれについては考えてなかったね。無理にとは言わないから、なにか出せるものがあるのならアライア様に口ぞえしてみるよ?」
「シャルならさらっとなにか思いつきそうなのが怖いんだよな」
「候補ならいくつかあるけど」
「ほらな……」
前世での祭りのときに出ていた出店を参考にすればいいだけだからな。簡単だ。で、その中で今すぐに作れるものはないだろうか? たこ焼きとかクレープにカキ氷なんかはよく見る。たこ焼きは蛸を持ってないので却下。クレープは生クリームを備蓄していない。代用品はあるだろうが在庫が心もとないし、カキ氷はシロップが問題になってくる。となると……。
「チョコバナナ……」
「なんだ? バナナがどうしたって?」
「そう……だな。これでいこう。チョコレートの宣伝にもなるし一石二鳥」
「だからバナナがどうしたんだよ」
しきりに問いかけるカイルも含めて軽く説明をする。といっても、ね。バナナにチョコをかけるだけなんだけど。チョコレートスプレーがないから彩りは黒と黄色だけでちょっと地味かもしれないが、そこは仕方ない。なんらかの色素を見つけてカラーチョコを作るのも視野に入れとこう。
「それだけなのかい?」
「はい。それだけですね。チョコレートとバナナは相性いいんですよ」
「まぁチョコレートというだけで人は集まるかもしれないし、いいんじゃないかな。それでよければアライア様に確認してみよう」
その後店の準備を手伝いながら連絡を待った。しばらくしたあと、運営委員会らしき組織からやってきた役員に出店可能な旨を伝えられ、ちょっとした書類にサインをしたりしつつ自分達の店の準備をすることに。その間にカイル達には、アリゼ達のところへチョコレートとバナナを回収しに行ってもらい、俺は出店場所の確認などをしながら立志式の開始まで世話しなく動くことになる。予想外の事態だが、これから先チョコレートを販売する気なら、少しでもチョコレートに対する理解を深めてもらうことは大事だろう。いきなり正体不明の食べ物が出ても二の足を踏む人だっているかもしれないし。
そんなこんなで、のんびり食べ歩きでもするつもりだった俺達は予想外の方法で立志式に参加することになった。