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第十九話 精霊だからと言って厳かな存在だとは限らない。

前回更新から一ヶ月以上経ちました

いくら新人の指導で残業なりが増えて忙しいとはいえ、間隔が空きすぎたのは否めません

ぶっちゃけ更新する時間はありましたが気力が沸きませんでした

あとお知らせしておくべきでしたね迂闊でした

多少落ち着いては来たんですが、慢性的な人不足によりまだまだ忙しいです

今回ほどはないと思われますが、今まで以上に更新が遅くなる可能性がございます

お待たせしてすみませんでした

 結局二週間ほどを大樹で過ごすことになった俺達は、今日から冒険者稼業を再開することになる。急ぐ旅でもないので、それは一向に構わない。


 スラムの子供達全員が魔法使いとなったことで、指導役の俺達の負担は大いに増えた。ただし、苦労した甲斐はあったといえる。


 全員に一通りの指導を施し、一定の水準には達した。歳相応か、それ以上にはなれただろう。この成長の早さには、彼らの才能はもちろん多少なりとも食事が関係していると思われる。


 あまり意識はしていなかったことだが、あの場所が領域の中であることも無関係ではないと思うようになった。まぁこれに関しては推論でしかないが、常に魔力が満ちる場所で生活しておいて、それが全く関係してこない方がおかしいのではないだろうか。動物が魔物に変異するのと同じように、人間でも魔力が蓄積して増える可能性もある。さすがに、人間が魔物のように変異してしまうことはないとミカエルさんは言っていたので、そっちの心配はいらない。


 各種生産物の作り方も覚え、転移の魔法陣も問題なく扱えるようになったので、ほとんど俺達の手がかからなくなった。というより、魔法陣の方が変化したといった方が正しい。


 亀を食べたことで子供達の魔力は飛躍的に増えたわけだが、それは俺達も同じことである。上昇率という点では子供達の方が目覚しい効果があったが、俺達には別の恩恵があったらしい。


 カイルは魔法発動までに少し時間が掛かっていたわけだが、俺達と比べても遜色ないほどに発動までが早くなった。消費魔力も減ったようだが、それでも元が魔力の扱いが下手であるので、こちらの方は劇的な改善というほどではない。


 逆に、ヒノに関してはほぼ無尽蔵に回復魔法を放てるようになる始末だ。本当に魔力を消費しているのか疑わしい。現状、大量に魔力を消費するような怪我をした試しがないので比較しにくいが、本人がそう言っているのでだいぶ燃費が良くなったのだろう。とんでもないチート能力者に仕上がったものだ。とはいえ、複数人に同時に回復魔法をかけたり、広範囲への作用をさせようとすると時間が掛かったりもするので、完全に無敵というわけではない。


 ジゼルとフランに関しては、まだ詳しいことが分かっていない時期での一件なので比べることはできないが、本人達曰く似たような変化があったようだ。


 そして肝心の俺なのだが、もちろんカイル達のような変化もある。だがそれ以上に付与魔法に大きく変化があったようだ。


 魔法陣を例に出すと、一々魔力を込める必要性が無くなった。半永久的に機能する魔道具が作れるようになったと言えば分かりやすいだろうか。


 今までの魔法陣だと、一定期間を過ぎるとただの紙切れになってしまっていた。込める魔力の量にもよるが、大体三日程度だ。ところが今の魔法陣は、どれだけ時間が経っても効力を失わない。


 まぁ正確に言うならば、発動する際に周囲から魔力を吸収しているようなのだ。例え内包する魔力が無くなってしまっても、使用する人間から勝手に魔力を得て効果を発揮する。魔法使いではない人間でも多少の魔力を有するのだし、それでも足りなければ自然エネルギーを使っているようだ。自然物が持っている魔力など微量なので、魔力の少ない人間が一度に何人も転移はできないようだが。


 お陰で折り紙魔法の使い勝手がよくなったのもありがたい。今までであれば、羊皮紙を折っておくことはできても魔法自体は直前に付与していたわけだが、事前に魔法を付与しておくことができるようになった。亀の討伐のときにこれが出来ていれば、亀の魔法を避けながらくす玉に魔法を込めるなんてリスキーなことをしなくて済んだのに。ともあれ、これでアリオンに渡している折り紙も何度も付与し直さなくて済む。


 言ってなかったかもしれないが、スラムの子供達を大樹まで連れてきた後、ちゃんとアリオンも呼んでいるので、そこは安心していただきたい。


 なんにせよ、魔力も増えてやれることの幅も広がったのは嬉しいことだ。ただ、やっぱりね……。どうしても攻撃魔法が扱えないのは運命なのだろうか? これから先で俺が期待していることといえば、攻撃魔法を扱えるようになること。領域のボスを食ってなんらかの恩恵が与えられるというのであれば、将来的に適性が上がるということも有り得る。適性が上がったことで付与魔法がより強力になったとも考えられるし、そうであると信じたい。カイルやヒノを見てると羨ましくなるのだよ……。俺だって爆炎や暴風を巻き起こしてみたいじゃない。


 そこはこれからの魔物に期待だ。王都の近くに領域となっている洞窟があるので、そこのボスを倒してみたいところであるのだが……。資料によると蝙蝠がボスらしい。普通の蝙蝠より大きいがそれほど巨大なわけでもないとのことだが、数が多いのでそれなりに面倒な相手だ。囲まれて血の一滴まで絞り取られるという、哀れな結末を迎える冒険者の話もよく聞かれる。それはともかく……食えるのか?


 これでも見習いとはいえ元料理人。ある程度ゲテモノ系料理についても調べたこともある。もちろん調理するつもりというわけではなかったことは言っておくが。その中で、蝙蝠を食べる文化があったことは薄っすら記憶はしているが、さすがに調理法まで完璧に覚えちゃいない。あぁ、一応食べるよ毒が無ければ。ゲテモノ料理だろうとなんだろうとドンと来い。いやごめん、虫だけはやめてくれ……。


 さて、今日はなにをするかというわけなんだが、湖にいるのであろう精霊に会いに行く。亀を吹っ飛ばした後は子供達の件でしばらくほったらかしにしていたので、そろそろ探しに行こうというわけだ。会ってなにするってわけでもないんだが、まぁなにかしら収穫があるだろ。ミカエルさんが教えてくれなかったことを教えて……くれそうもないな。とりあえず行ってみた方が早い。


「そろそろ行くけど、準備はいいか?」

「といっても特に必要なものとかないんだろ?」

「亀は倒しちまったし、周囲の魔物にしても準備が必要なほどでもないからなぁ。試練とかあったりしたら知らんけど」

「試練?」

「あぁいやこっちの話」


 いやほら……精霊に力を得るときとかさ、神の封印を解くときとか試練やら番人やらいたりするじゃない? そんなノリでつい口走ってしまった。俺は世界を救うために召喚されたとかいうわけじゃないから、たぶんそんなものはないと思うが。好戦的な性格の精霊が興味本位で戦いたがったりしたらその限りではないかもしれない。精霊も個々に性格が違うみたいだし、有り得るな……。


「というわけで後のことよろしく」

「えぇ。ちゃんと面倒は見ておきましょう。と言っても、私の手がかからないくらいしっかりした子達ばかりですけどね」

「クロード辺りは心配なんだがな……」


 残された子供達はミカエルさんに丸投げだ。一応ミカエルさんの言うように、一通りの作業も覚えた子供達はほとんど自分のことはやれる。普通に生活する分には支障ないが、迂闊に狩りに出て怪我をするなんてことが起きるのが一番心配なのだ。特にクロードね。


「大丈夫だって! このあたりの魔物なんか敵じゃないよ!」

「カイルをお前の指導役にしたのは失敗だったかもしれない」


 どうも教官の影響が大いにあるようだ。いや……元々の性格も相まってといったところか。さすがに命に直結する怪我はしないと思うし、エディスの回復魔法もあるのだから大げさに心配するほどではないのだが。俺が親になったら過保護になるのだろうか? 子供は苦手なはずなんだけど……。


「仕事はサボらないようにな」


 いつまでも心配していても仕方が無いのでここらで思考を止めておく。一言釘を刺して転移の魔法を発動させた。ま、エディス辺りがちゃんと仕切って仕事をしてくれるだろう。


 そうして飛んできたのは、亀と戦った湖畔である。さすがに湖の色は元通りになっていて少しばかり安心した。もし近づいた瞬間真っ赤に染まったらどうする? 亀の祟りじゃ。


「さて、精霊を探さなきゃいけないわけだが」

「ずっと疑問だったのだけれど、どうして精霊に会いに行く必要があるの?」

「あぁ……」


 俺達はともかくとして、ジゼルとフランは純粋な冒険者だ。俺達も冒険者ではあるが、ギルドには登録していないし、仕事らしい仕事を受けているわけでもない。行き先で獲物を狩り、その素材を売って大陸を放浪するつもりだ。あとは屋台の儲けが少々。ギルドから依頼を受けて、その報酬を収入としている冒険者とは少し違う。


 ジゼルとしては、稼ぎがよかったり安定した収入が見込めたりと、自分達の条件に合う領域を探すつもりだったのだろうと思う。一度攻略してしまった上に初心者御用達のこの領域に、いくら精霊がいるといってもわざわざ会いに行く必要性を感じてはいないらしい。金を稼ぐでもなく、領域の精査をするでもなく、なにがしたいのかと言っているわけか。


「せっかくだし会ってみてもいいだろ? もしかしたら一緒に付いてきてくれるかもしれないぞ?」

「本当に付いてきてくれるとしたら心強いけれど、そう簡単にいくものかしら?」


 極稀に、精霊と共に生活する者もいる。俺もヒノと一緒にいるわけだが、ジゼルも言うように簡単なことじゃあない。


 基本的に、精霊が人間に不干渉なのはいつだか言ったと思う。それは別に人間を嫌っているとかいうわけではなくて、人間の社会に精霊がやたらと干渉するべきではないという考えに基づくものだ。


 精霊は、それこそミカエルさんほどにもなれば、そこらの魔法使いなど比較にならないほどの力を有している。そんな精霊達が人間と手を組めば、争いなんてそこかしこで起きる。文化・宗教・人種。あらゆる要素が絡み合い、国同士での戦争に発展したとしても何もおかしくない。今でさえ、魔法という力を手にした人間達は争いを繰り返しているわけだから、人間以上の魔力を持つ精霊と友好関係を結んでしまうと、そこから先はどうなることか。なにも必ずしも争いが起こると言っているわけではないが、その可能性は大いにあるだろう。精霊でも、その性格は人間同様多種多様なのだ。


 というよりも、これは過去の教訓なのだとか。人間の社会には文献すら残っていないらしいが、大昔に精霊と人間同士で大規模な戦いがあったらしい。ミカエルさん曰く、だが。それ故に、あまり関わらないようになっていた、とのことだ。


 なら俺やその他の精霊と生きている人達はどうなのか。要約すると、未熟だから問題ない。それだけ。未熟というのは人間の話ではなく、精霊の方だ。


 ミカエルさん程の魔力を有するには、それはそれは長い年月が必要になる。精霊の成長が早いとはいえ、人間の一生の内に馬鹿げた魔力量に至ることはほぼない。共に暮らす者がこの世を去った時、精霊は元の自然に帰るだけだ。その後に再び興味を引かれる人間でも現れれば、また付いていくという選択をするかもしれないが。


まぁとにかくだ。ミカエルさんが俺になにを頼みたいのかは知らないが、世界を知ってからでないと結論が出せないと聞いたし、ついでに各地に散らばる精霊に会ってみるのもいいんじゃないかと言われたのだ。だったら行ってみればいいじゃない。


「精霊に会うなんて機会もそう多くないだろうし、いいんじゃない?」

「フランもこう言ってるし、あんまり深くは考えなくても、な」

「別に行きたくないとは言ってないわ。なにをしに行きたいのか聞いただけよ」


 あ、そうなの……。まぁ考えてみりゃ特になにをしに行くというわけでもないからなぁ。んー……魔力の件に関していろいろ聞いてみるか。俺が視覚的に人間の魔力を認識していることとかな。ジゼルの話で初めてそれを知ったわけだし、今までの出来事と照らし合わせてみるといくつか不可解な点もある。


 とりあえずその精霊がどこにいるのかって話なんだが、候補が一つ。池の中心付近にある島だ。やしの木っぽい樹木が一本だけポツンと生えている以外なにもない。特別怪しい場所ってわけではないが、なんとなく居そうだと思っても不思議じゃないと思う。


「あの島とかどうだ?」

「そうだね。この辺が一番魔力が多いのは間違いないんだし、他にそれっぽい場所も思いつかないから行ってみようよ」

「なにも無さそうに見えるけど、あの森の中でのことを考えると、どこに隠れてても不思議じゃないのよねぇ……」


 ミカエルさんが姿を消せることを知っているジゼルの、どこか達観したような呟き。ついこの間、精霊が空から降ってこようが地面から生えてこようが驚きはしない、なんて言っていたのを思い出した。


 実際、精霊は普段隠れていることが多いのだから、ぱっと見ただけで見つけられるわけはない。むしろ隠れもせずに棒立ちされていても、それはそれで反応に困る。


 しかし、まぁ……なにもないな。飛翔の魔法を使って飛びながら島を見ているが、見た目通りやしの木が生えているだけだ。飛翔が使えない奴らには、俺が付与魔法を介して使えるようにしておいた。もちろん一時的に過ぎない。


 とりあえず上陸してみるかと、地面に足を付けたところで事件は起きた。


「ひゃっ!」


 唐突に、後ろからそんな黄色い声が聞こえた。声の主はヒノなんだが、今までにないくらい上擦った声だったことに少々驚きながら振り返る。そこには……。


「ヒノちゃんや、久しぶりじゃのぅ。あの頃はまだまだちっこかったのに」

「ちょ……誰!? 見た記憶ないんだけど! ていうか触らないで!」


 ……あまりにアレな光景に二の句が継げない。それは当事者以外の共通認識である。フランが言葉を発しないのは何時も通りといえばそうなのだが、ジゼルなどは絶句したまま硬直していた。そりゃあ、いきなり現れた腰蓑一丁の禿げた爺さんがヒノを後ろから抱き寄せて強制猥褻していたら、誰だってそうなる。


「順調に成長しとるようで儂はうれしいぞい」

「成長したってそれなんのこと言ってんの!? ねぇ!?」


 なにってそりゃあ……いや、馬鹿言ってる場合じゃない。精霊とは言っても、ヒノは一応人間としての感覚も持ち合わせている。放っておくのはヒノが可哀想だ。


 あれ? フランは一体なにを……あっ! ちょ待てそれは――。


「せいっ」

「ふぎょおっ!?」


 ちょっと……行動が遅かったね。俺より少し早く立ち直ったフランが、ぬるりと爺さんの後ろに回りこむ。そのまま勢いよく足を振り上げ、力一杯『蹴り上げた』のだ。どこをとは言わないが。


 当然、爺さんは苦悶の表情で地面をのた打ち回る。それを見つつ、俺は直視したくない現実と戦っていた。この爺さん……精霊だよなぁ。いや、そうとは限らんぞ? だって魔力を一切感じないし。そうだ、そうに違いないな。こんなのが精霊なわけない。きっとどこからか迷い込んできた哀れな爺さんだ。ヒノに痴漢した件については後で追求するとして、早く安全なとこに連れてかなきゃな。


「おおぉ……精霊たる儂に……なんという……仕打ちを……」


 やめろ。現実突きつけるのはやめろ。


「へぇー。精霊にも人体の急所は有効なのか。痛いんだよなぁ……」

「変態のは、潰すべき」

「洒落になってねぇから……」


 若干青ざめた顔のカイルの横で、フランが更に恐ろしいことを言ってのける。それを聞いたカイルが身震いをしているのが薄ら寒い。たぶんあの爺さんのはもう使い物にならんだろうな……。使う機会があるかは別としても。


「ヒノ、大丈夫?」

「うん、まぁね。ちょっとびっくりしたけど……」

「ちょっとで済むのね……」

 

 ジゼルがヒノを心配して寄り添っている。俺も声をかけとこうかと思ったんだが、内容が内容だけに男が声をかけるのは逆効果だろうと思って静観することにした。ヒノもジゼルも、ひきつけを起こしかけている変態をジト目で観察している。まぁ、彼女達だけじゃなくて、俺やカイルでさえもそうなんだが。


 男として完全に死んだであろうことについては同情の余地はないが、このままでは話が進まないので、俺の下手くそな回復魔法をかけてみた。回復魔法ならヒノの方が優秀だが、あまりいい気分ではないだろ、たぶん。


「ひどい目にあったわい……」

「自業自得だろ」

「つれないこと言うでないぞ。お主も男ならもっと積極的にならんかい」

「極論すぎんだよ……」


 どうやら一応回復魔法は効いたようだ。腰を擦りながらのろのろと立ち上がって、そんなことをのたまう。


「で、ここに住み着いてる精霊を探しにきたわけだけど……」

「そうじゃろうの。見ての通り、儂がそうじゃよ」

「そうか。じゃ、元気でな」

「待たんかい! なぜ帰ろうとするんじゃ! 待て待てお主らも揃いも揃って帰ろうとするのは何故じゃ!? 引き止めい!」


 いやだってあんな醜態を見せられちゃあねぇ。カイル達も一緒に踵を返したことからも、その落胆ぶりが分かろうというもの。特に女性陣の距離感はなかなかのもんである。


「だっていきなり胸触ってくるような人に関わりたくないし……」

「女の、敵」

「ちょっと生理的に受け付けないわ」


 この通りである。


「俺も結構そういう話をして引かれることもあるけど、この爺さんも大概だな」

「カイルより酷い時点で庇いきれねぇわ」

「分かった! 悪かったわい! 久しぶりの来客で羽目を外しすぎたんじゃ。この通り」


 手をついて土下座の構え。さすがにここまでされると、そのまま放っておくのも気が引ける。もともとこっちが用があって来たわけだからほんとうに帰る気は……多少あったけど。ヒノも一応警戒しつつも同意してくれたので、とりあえず顔を上げさせた。


「ヒノも許してくれるらしいから、もうそれくらいにしといてくれ」

「ふむ。すまんのぅ。少しばかり調子に乗りすぎたようじゃ」


 少し……ねぇ? まぁいいや。さて、なにから聞いてみようか。


『まぁそう慌てなさんな。シャーロット・オルクスよ。それとも、福島庄太郎の方が良いか?』

「は?」


 頭に響くような声。その主は間違いなく、この爺さんだ。ただ、無駄に伸びた顎鬚と口髭を撫でているだけで、口を開いたようには見えない。思わず素っ頓狂な声をあげてしまったのは、それが原因だ。しかも心の声を聞きやがる。


『落ち着け。お主に分かりやすく言うなら、念話とでも言えば良いかの。この会話はお主にしか聞こえとらん。まずは二人で話しでもせんか? あぁ、返事をするときは頭の中で言葉を思い浮かべるだけでええぞ』


 しかも、ヒノ達に自己紹介と下らない世間話をしながら、こっちでの会話も成立させているという、無駄に器用なことをやってのけている。しばらくそのまま呆けていたのは仕方が無いことだと思って欲しい。


『ほれ、いつまで面食らっておる。はよ返事でもせんか』

『あ、あぁ。やっぱり俺のことは知ってるんだな』

『精霊の情報網を舐めてもらっては困るのぅ』


 まぁ、精霊がなにをやらかそうとも今更大して驚きもしないけど。しかしやっぱあるんだなぁ念話って。俺もやろうと思えばできるかな?


『大抵のことは魔法でなんとでもなるぞい。要は想像力が大事じゃからのぅ。見に覚えがあるじゃろ? お主が最初のころに使っとった転移魔法陣のことじゃ』

『転移魔法陣?』


 この爺さんが言うには、魔法でなにかを成すときにもっとも大事なのが想像力らしい。これに関しては俺もなんとなく理解しているし、魔法の入門書なんかにもそんなことが書いてある。具体的にはどんな感じなのか。転移魔法陣とは名ばかりの板切れを例にしてみる。


 俺のように、アニメやゲームに多少なりとも手を出した人間なら、一度はそういう魔法陣なんかをなにかしらの作品で見かけたことがあるだろう。床に描かれた円形の光る幾何学模様。これに乗ることで、指定された場所まで飛べるという、アレだ。俺の中には、これはこういうものだという固定観念が染み付いている。


 だから、模様自体は適当であったとしても、そもそもただの板切れに番号を振っただけの物であっても、俺がそういうものだと認識して設置したものには、ちゃんと転移の効果がついている。父さんが板切れでの転移に失敗していたのは、そういう固定観念や先入観が無かったからだ。当時の俺の推測は遠からず当たっていたことになる。


『だからこの世界に望む効果の魔法が無かったとしても、自分で作ってしまえばよかろう。それこそ昔やろうとはしておったじゃろ。細菌だけを死滅させる殺菌魔法みたいな物をの』

『やろうと思えばできるか?』

『可能じゃろ。この世界の人間には、目に見えない細菌というのもが分からんからの。今までは無理だったが、お主なら見えずともその存在を認識できとるんじゃし、やろうと思えばできる。見えない分、それなりに難しかろうがな』


 ほぅ。なら発酵促進効果のある魔法もできそうだな。酵母を活性化させてやりゃあいい。栄養源には魔力を与えとけばいけるんじゃないか?


『ちょっと話が逸れたかの。さて、なにか聞きたいことがあったのだと思うが、なにを聞きたい? 答えられる範囲で答えてやるぞい』

『ミカエルさんのときも思ったけど、なにをそんなに渋るんだよ……』

『まぁそんなに大げさな理由もないんじゃけどの。儂らが話して余計な先入観も持たせるのは良くないかと思っとるだけじゃ。結果、儂らの思っていない道を選んだとしても、それを責めはせんから好きに生きればよい』


 あぁ。ミカエルさんも似たようなこと言ってたわ……。まぁいいよ。この件に関してはもう聞くことは無いだろう。差し当たり、俺が魔力を目で見て捉えてることに関して聞いてみるか。


『それは単にお主が人間離れしているというだけのこと』


 えぇ……?


『これ以上は言わん。その方が面白そうじゃからなぁ』

『待てこら』


 面白そうだからってなんだよ。言えよ。


 声色が心なしか弾んでいるのがまたむかつく。


 で、爺さん曰く、やっぱり俺も少し変わった人間らしい。生前は確かになんの特徴も無い一般人だったが、こっちに来た時点で文字通り生まれ変わっている。よく考えれば、今の俺の立場についてミカエルさんに聞いたことはなかったわ。なにが変わっているのかは、後々面白そうだから秘密らしい。解せぬ。


 それで魔力の見え方についてだが、ある程度理性的な生物は無意識に魔力を体内に留める性質があるらしく、そのせいで人間の魔力は感知し辛い。魔物の類はあまり知能が高くないため、魔力を体内に留めることが出来ず、一部垂れ流しの状態であるそうだ。そのため、一般人は人間の魔力を感知できないが、魔物や領域に漂う魔力は感知できるという現象が起こる。中には俺のように感性が強い人間もいて、そういう奴らは人間相手でも魔力を見分けることが出来るそうだ。冒険者ギルドのラザールさんもそうなのだろう。


 こう考えると、魔物ってやたら燃費が悪いね。魔力駄々漏れとか、もったいな。仮に魔物がそれらの魔力を漏らさないようになると、二割から三割増しで強くなるとのこと。


 なお、この爺さんほど熟達した魔法の使い手だと、意図的に魔力を隠蔽することも出来る。俺が魔力を一切感知できなかったのもこれが理由みたいだ。この爺さんも精霊の例に漏れず、膨大な魔力を誇るらしい。その割りに領域がしょぼいのは、今言ったように日ごろは魔力を抑えているからである。


『そういやヒノを知ってる風だったけど、どういう関係?』

『孫みたいなもんかの。とは言っても血縁関係などではないが』


 お前……孫にセクハラとか恥ずかしくないんか……。


『ヒノは覚えてなかったみたいだな』

『まだ自我が芽生える前の話じゃから、それは仕方が無いのぅ。魔力も随分増えて、順調に成長しとるようじゃ』

『ヒノもいつか恐ろしいくらいの魔力を手に入れるのか……』

『さぁてどうじゃろうのぅ。それはヒノちゃん次第というところか』

『精霊は時と共に魔力が増えるんだろう?』

『それがそうでもないんじゃよ』


 聞くところによると、成長にもいくつかの段階があるらしい。まずは自我が芽生えることが大前提。そこで一つ壁を乗り越えて、ある程度大きな魔力を得る。そのあとは精霊毎に個体差があるため一定ではないが、なにかきっかけがある度にどんどん魔力が増えていくそうだ。逆に言えば、なにも刺激が無い状態で過ごしていても、大精霊とでも呼べるようには成長しないのだと。ヒノの場合、亀を食ったことがいい刺激になったらしい。


『これは人間にも言えることじゃよ。寿命の問題で、精霊程大量の魔力は得られんことが多いがな』

『確かに俺達も亀を食っていろいろ変わった』

『あやつも長年この場所に君臨しておったからのぅ。さぞかし魔力を溜め込んでおったことじゃろうて』


 そりゃもう。凄い魔力量だったよ。戦ってるときはあまり気にかける余裕は無かったが、正直魔力の量だけで言えば俺の何倍もあったのだ。


『かといって、何度も同じことが出来るわけではないぞ。他の魔物を食ったからと言ってすぐに壁を越えられるわけでもない。食った分の魔力自体は吸収されるがのぅ』

『そう甘い話は無かったか……』

『食ったことでなにか感じ取れればいいんじゃよ。それこそ、虫系のボスを食ってみたらどうじゃ?』

『断固拒否する』


 生理的に無理だ。なによりヒノが嫌がる。虫を見ただけで恐慌状態に陥る奴に、食えなんて拷問でしかない。


『聞きたいことはそれだけかの?』

『まぁ今のところはいいかな。またなんかあったら近くの精霊にでも会いにいくだけだ』

『ふむ。それがよかろうな。ここよりレベルの高い場所も多かろうし、自分の鍛錬にもなる。そうすればおのずとやれることの選択肢も増えていくだろう。精進せいよ』


 それだけ言い残して念話が途切れた。感覚的にそれが分かったという、なんとも不思議な感じだ。終えてみて気付いたことだが、爺さんと俺の魔力が一時的に融合していたような状態だったらしい。それを伝って会話をしていたのだろう。


「まぁそんな感じでのぅ。今までずっとここに居ったわけでな。暇だったんじゃ」


 今度は念話ではない、素の声だ。俺は念話に集中していたからなにを話していたかはよく分からないが、どうやら自分の過去話でもしていたようだ。


「性格はふざけてるけど、一応は精霊の端くれなんだな爺さんも」

「もう少し威厳というものが欲しいわね」

「儂の評価はどこまで落ちとるんかのぅ……」

「初対面であんなことした方が、悪い」


 話を聞いた上で、尚変わらない爺さんへの評価。これでも領域を作ってしまうほどに魔力が多い高位の精霊なんだが、言動がアレなだけにイマイチ尊敬だとかの念が浮かんでこない。あまりに残念すぎる精霊だと思う。


「私が言うのもなんだけど、精霊っぽくないよね」

「ヒノも中々に人間臭くて説得力が無いけどな」

「私はだって……ね? まだ若いから!」


 確かに若いのだろうけども。ヒノに関しては実は正確な年齢がわからない。俺が始めてあったのは人魂状態のとき。その時点で何歳だったのかは不明だ。人間として生活を始めてからというのであれば、大体三年だが。


「ヒノっていくつなんだ?」

「ヒノちゃんか……はて、いくつだったかのぅ? 確かお主と会った三年前の時点で――」

「ダメ! 知ってても教えちゃダメなの!」


 そういえば人間と同じ思考回路をしてたよね……。ヒノにとっても年齢の話はタブーらしい。見た目十五歳前後であっても実年齢はそれなりなようだ。ジゼルやフランはまだそこまで過剰に反応する歳でもないため、うっかりしていた。


「ヒノは自分の歳覚えてるのか?」

「なんとなくは覚えてるよ。だからそれ以上聞かないこと!」

「お、おぅ……」


 非常に鬼気迫る表情で詰め寄ってこられては、頷く以外他にない。若干涙目なところから、ヒノの本気度合いが伺える。ちょっと可愛いとか思ったのは内緒で。まぁ普通に美少女だからねヒノも。


「精霊もいろいろなんだなぁ」

「どうも人間というのは精霊を神格化しておるきらいがあるようじゃが、儂らとて特別な存在ではないのじゃぞ?」

「どういう意味だ?」


 カイルの呟きは俺も感じるところではあるが、爺さんの言うことは少し気になる。精霊の一部は、教会によって信仰の対象とされていたりもするくらいなんだが。長い年月を過ごし、大きな魔力を持ち、領域に君臨して人間には干渉しない。充分特殊だと思う。


「そもそも精霊をなんだと思っておるんじゃ?」

「そう言われてもなぁ……」

「えっと、神の使い……かしら?」

「大自然の、化身」

「そんなことだろうと思ったわい……」


 俺でも、ジゼルやフランの言うことと、大して認識の違いはない。そもそもミカエルさんが対象となるものの化身のような存在って言ってたし。


「まぁその考え方も間違いではないがのぅ。儂らも、お主らと同じ、生き物じゃからな? 人間や獣人と言った、種族名だと思ってもらえればいい」

「言われてみれば……生き物なんだろうけど、なんとなくどこか俺達とは違う次元の存在なんだと思ってたわ」

「精霊って寿命が果てしなく長いからなぁ」

「それにちょっとした怪我じゃ死なないものね」


 精霊とはいえ、あくまでも人間と同じ生き物だそうだ。そりゃそうなんだろうけど、精霊ってもっとこう……神に近いイメージというか、そんな印象だった。種族として特徴を挙げるとするならば、長寿で魔法に対する適性が著しく高い知的生命体、と言ったところ。姿形を自由に変えられる以上、身体的な特徴はないに等しい。なにをもって生物と定義するのかはよく知らないが、命があって意思の疎通が可能な時点で生物なのは当然だった。


 精霊が死なないとか思われているのは、魔力が非常に多い上に魔法の適性が高いために回復魔法も平気で扱えることにある。大概の傷なら一瞬で治癒してしまうのだ。ミカエルさんもそういう意味で滅多に死なないと言ったのだろう。となると、ヒノのように未熟な精霊は案外あっけなく死んでしまう可能性もあるということだ。幸い、ヒノの場合は回復魔法が特に適性が高いので、他の精霊と比べれば幾分マシだと爺さんは言っている。


「ヒノは普通に食事をしているけれど、他の精霊はどうしているのかしら?」

「精霊の主なエネルギー源は魔力じゃからな。空気中に漂う微量の魔力だけで生きていけるのじゃよ。これも高い適性の成せる業じゃの」

「排泄の方は……」

「フラン……やめなさいお願いだから……」


 まぁ……たぶん魔力を食ってるようなもんだというならしないんじゃないかな……。ヒノに関しては……顔を真っ赤にしてるからやめとこう。


「とにかく、精霊とて生きておる。そしていろいろな性格の精霊がおる」

「へぇ。割と衝撃の事実だったな」

「生きておる以上当然のことじゃな。動物ですら個体差で性格が変わってくるのじゃ。人間となんら変わりないのじゃよ。じゃからもう一回だけ触らせて――」

「次潰されても俺は助けない」

「すまんかった」

モデルはいうまでもなくあの人

似せすぎるとあれなので甲羅は背負ってないし手のひらからエネルギー波も撃ちませんけどね


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