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第十八話 調理は大変だが恩恵はでかい。

「はあっ!」


 クロードの裂帛の声と共に振り下ろされた斬撃により、ネペンテスの胴が両断される。それが止めとなり、最後の悪あがきとばかりにのた打ち回っていた触手も、糸が切れたように動かなくなった。


 乱れた呼吸を整え、剣を鞘に納めたクロードが小走りに駆け寄ってくる。見ていた限りでは目立ったダメージも無かったようなので、ひとまずは及第点であろうか。剣術に関してはあまり詳しくないので評価を下し辛いが、特に危なげなく倒しているので問題ないのだとは思う。


「どうだった!? だいぶ強くなったよな!」

「剣の扱いに関しては俺よりカイルに聞け」

「あぁ、まぁいい感じじゃねぇの?」

「よっしゃ!」


 握りこぶしを天高く掲げて喜びを表現しているクロードだが、これで調子に乗ってもらうのも困りものではある。子供故の過信や軽率と言った行動が、一番気を付けなければならないことであり、俺達が最も言い聞かせなければならないことだ。それは一部カイルにも言えることではあるのだが……本人はどこ吹く風だ。


 今は森の中でクロードの特訓中である。スラムの子供達を纏めて連れてきたあの日から、クロードには戦闘を中心として教えていた。主な教官はカイルだ。


 魔法使いとして適性が充分だったクロードの詳しい才能の振り分けは、攻撃魔法と補助魔法に付与魔法。生産系統が扱えないので、自動的に発酵食品やチョコレートの生産業務からは外されることになる。もっとも、魔法が使えなくてもやれることはあるのだが、それよりも折角の魔法の才能を伸ばしてやる方が有意義だ。


 あの後俺達がやったことと言えば、まずは彼らが生活できるように家を作ってやった。と言っても、既に大樹の中は空洞になっているので、いくつかの仕切りを立てて地面を板張りにした程度ではある。家として最低限の機能は準備して、その他インテリアの類いは自分達で自作するように言っておいた。これも生産系魔法の鍛錬の一つになる。


 その後クゼット村の両親のところに行って、発酵食品について説明をしてきた。それと新しい従業員のことも。スラムの住民を雇用するなんて大丈夫なのかと頭の中身を軽く心配されたが、別に金の管理を任せるわけでもないのだし、気にするほどでもないと思う。


 そもそも彼らはまだ子供なのだ。これから教育していけばちゃんと真面目に育ってくれるのではなかろうか。子育ての経験がないので何とも言えないが、悪に染まりきったわけでもないようだしきっと問題ない。つまみ食いくらいしそうではあるが、醤油なんかをそのままつまみ食いしても美味くないだろうし、果物の類いは勝手に食っていいと言ってある上、一晩寝ればまた実っているので余計な心配は無用だ。


 どちらにしても、通常の従業員とはまた違った雇用形態になるわけだし。子供達は醤油や味噌を専門とした職人のような立ち位置になる。向こうで生産をして、出来た分を商会に卸す。全く別の業者というわけではないが、片栗粉や折り紙の方には一切関わらない。というか関わる必要がない。人は足りているし、子供達としてもあれこれ仕事を覚えるのはキツイだろうと思う。普段は大樹周辺でのんびり過ごしていればそれでいいわけだ。


 そのついでに新しいチョコレートでも開発してくれたら言うことはない。ショコラティエにはアリゼが興味を示した。まぁアリゼは女の子なのでショコラティエールだが、細かいことはどうでもいい。とにかく、自分から志願してくれたので、俺が教えることも熱心に聴いている。そして覚えがいい。


 基本的なチョコレートの作り方は数日でマスターしてしまった。そもそも魔法を使わないと難しい調理なのだが、それはつまり魔法の才能もかなり高いことを意味している。今のところチョコレートの生産に必要な魔法に特化しているわけだが、やろうと思えばもっと幅広い魔法を使えるようになることだろう。もっとも、それをやるかどうかは本人次第なのだが。


 才能という意味ではこのクロードもそうだし、エディスもかなりいい線を行っている。もともとスラムの子供たちの中で一番の年長者であり、よきお姉さん的な存在だったのだが、その慈愛の精神に影響されたのか、回復魔法の扱いにかなり優れている。ヒノに匹敵するレベルだ。お陰で子供達の怪我の心配が一切なくなった。


 魔法とは関係ないが、かなり頭がいいようだ。計算もあっさり覚えてしまったし、文字の読み書きも同様だ。一般教養レベルのことはすぐに覚えてしまったので、商会との取引はエディスが担当することになった。取引といっても、給料の支払いに完成品と素材の受け渡し程度のことではあるのだが。


 給料に関してだが、それほど多くは渡していない。何故なら使うことがないから。食事は商会の方で必要な分は出しているし、買い物など滅多にしない。したくても王都まで行くことが出来ないのだが。いずれ王都までの魔法陣を設置してやるが、今は行きたいときに俺に連絡するように言っている。今すぐにでも設置はできるが、王都側の転移先をどこにするかという問題があるので今は保留。


 そしてクロード。アリゼやエディスと違って完全な戦闘タイプだったので、無理に生産の方を担当させるよりも、戦闘術を教えておくことにした。別に将来的にパーティーメンバーに入れるというわけではない。一応大樹周辺は魔物が寄り付かない安全圏内ではあるのだが、もし万が一ということもある。そこはミカエルさんにも随時監視してもらっているが、本人達の防衛能力も無いに越したことはない。


 まぁクロード自身が魔法を使って魔物を倒すことを夢見ていた節があるのだが。領域の中に入って狩りができるようになれば、その素材を商会を通して売却することもできるし、自前で肉が手に入る。食事は商会の方で保障しているが、さすがに肉はあまり多くない。今は一人で領域をうろつくことは禁止しているが、野生動物程度なら問題ないので、クゼット村から領域手前の森にまで行けばいい。


 他の子供達は人並み程度といったところか。それぞれ醤油やチョコレートの生産に、その他の雑務をこなすように教え込む。まぁ基本的な仕事の量というのはそんなに多くはないので、空き時間は結構ある。その間は好きなようにしてもらえばいいかなと。


 森の中では、安全なエリア内でもいろんな種類の植物が生えている。それらを好きに採集するやつもいるし、麹室から外に出て釣りをするやつもいた。クゼット村をうろついて、村の子供達と遊んだりもしているようだし、スラムの出身者は随分と逞しいなと感心したものだ。村人達もそれほど隔意があるわけではなさそうで一安心である。タイランさんに至っては『俺の弟子が増えた!』などと喜んでいた。どうやら鍛冶仕事に興味を示した子がいたようだな。


 魔法使いになれなかった子達はというと、思いのほか立ち直りが早かった。もともと今までそうして暮らしてきたのだから、なれればラッキー、なれなくても当たり前程度に考えることにしたらしい。子供にしては随分達観している。


 そんな子供達は、大樹周辺に無造作に植えていた果物の管理を任せた。毎日収穫するだけだが。自分達で食べたいときは勝手に食べてもいいし、当然食べきれないはずなので、余った分は商会経由で売り払ってしまう。あとは好きに過ごしてくれればいい。やんちゃ盛りの男の子達はクロードと一緒に剣の練習なんぞしていたりするし、女の子達はアリゼやエディスと共にチョコレートやその他料理の研究をしていたりする。


 そんなこんなで、クゼット村の商会にも商品が増えた。今までの片栗粉と折り紙に加え、今回の件で醤油と味噌、味醂にお酢が仲間入り。と言っても、発酵するまで時間がかかるので、すぐにというわけにはいかない。そしてチョコレート製品。今のところスタンダードなチョコレートしか作っていないが、時間を見つけて別の加工を施したチョコレートの作り方も教えておこうと思う。ホワイトチョコレートやココアなんかだな。それと、今まですっかり忘れていたのは米粉だ。これも商会で生産してもらうことにした。作り方は簡単なので、現状でも充分生産可能なようだ。


 子供達の教官役に関してだが、カイルを始め、パーティメンバー達は快く引き受けてくれた。ジゼル辺りはなにか文句でも言うかとも思っていたが、別にそんなことはなく、曰く『どうせ一度付いて行くと決めたのだからとことん付き合うわ』と。フランは相変わらずジゼルに従うばかりで、あまり自身の考えは言わない。ただ、本気で嫌なことに関してはしっかり拒絶の意思表示をするようだ。食事でトマトが出た際、嫌いだからと言ってジゼルの皿に移していた。


 そんなフランを含めた女性陣は、今現在王都にいる。別に買い物や散策といったわけではなく……いや密かにしていそうだが、本当の目的はギルドにあった。


 ジゼルとフランはしっかり冒険者ギルドに加入していたらしく、新たに俺達と組むことでいろいろと手続きがあるのだとか。と言ってもなにか書類が必要だったりするわけではなく、これからこのメンバーで行動することになりましたのでーと言った、報告程度のことらしい。なにかあったときの連絡先のような認識でいいみたいだ。後は討伐した亀の素材買取だったり、その依頼達成の報告。


 それとジゼルとフランが、あの大亀に異常なほど執着していた理由が判明した。


 どうも彼女達は貴族の娘らしいのだ。そんな身の上でなにが悲しくて冒険者なんぞやっているのかと聞くと、ため息をつきながら話してくれた。


 二人共に年齢は俺達と同じ。つまり成人しているわけだが、この歳になると貴族の人間達の多くが結婚し始める。遅くとも二十歳までには大体の人間が結婚しているようだ。ジゼルにも、例に漏れずお見合いの話がやってきた。基本的に恋愛結婚なんてことは少ないようで、お見合い結婚が主流みたいだが、これには貴族同士での結束だとか血縁がどうだとか、ここでも貴族のしがらみが絡んでくる。普通の人間は恋愛結婚も十分にあり得るので、俺には関係のない話。


 とまぁここまではよかったのだが、その相手がまた曲者であったようだ。相手はジゼルの家よりも格が上の貴族で、その家の四男であるバンジャマンとかいう同じ歳の青年。ただこいつ――なんて言っているのがばれたら首が飛ぶが――相当な怠け者なのだ。貴族という家柄の上に胡坐をかいて、本当になにもしない。始終家に篭ってだらけているか、外出したかと思えば賭け事に興じたり娼婦を侍らしていたりと、絵に描いたようなダメ人間である。


 言うまでもなく、性格も中々に素晴らしい。末っ子故に甘やかされて育ったらしく、陰湿且つ傲慢でナルシスト。その割りに、お世辞にもイケメンとは言えない。彼を言い表す言葉はいくつもあるが、なによりこの一言に集約される。


 人間の屑である、と。


 今更ながらに両親も育て方を間違えたと認識はしているらしいが、かと言って厳しく躾けるでもない。処遇に困った彼らが取った行動が、嫁を娶らせて管理させるという完全な他力本願な方法だった。そこで白羽の矢がたったのが、格下貴族家の長女であるジゼルだという話である。


 時折ヒステリックに喚くこともあるジゼルだが、基本的にしっかり者で面倒見もよく、尚且つ美人でもある。バンジャマンは好色な人物で、今までも星の数ほどの女性がその毒牙にかかっているらしい。ただ、絶望的に誘い方が下手らしく、セクハラまがいの行動をしては逃げられるという情けない話が、聞けば聞くだけ出てくる。娼館に頻繁に出入りしているお陰で経験はあるそうだが、プライベートではからっきしという残念な人物である。ジゼルなら、そんな彼の目にも留まるだろうとの人選らしい。


 事実、バンジャマンはジゼルを一目で気に入った。早速お見合いを……というか婚約をなどと言い寄ってきたところで、ジゼルが完全に拒絶。まぁ当然である。ただ、この我侭な色魔も黙って手を引くわけがない。自分の家の格が上であることを利用して強引に婚約を迫ってきた。ジゼルの両親としても無碍に扱うわけにもいかず、頭を悩ませていたとき、ジゼルが家を捨てて冒険者になることを選択。絶縁した者は娘でも親でもない。だから両親がお見合いを薦める事は出来ても強制は出来ない、ということか。両親に大きな不満があったわけでもないジゼルとしては、苦肉の策であったそうだ。家を継ぐのは妹がいるのでなんとかなるだろうと、半ば投げやり気味である。


 そのまま家を飛び出して冒険者として生きていくことを選択したわけだが、向こうもそれで諦めたわけではない。幸いにして槍術の才能があったジゼルだが、一人で生計を立てていけるほど、冒険者も楽ではなく、実際ジゼルも依頼の失敗を繰り返して苦労した。そこでバンジャマンは、自分が養っていくから嫁に来いとしつこく接触してくる。拒否し続けたジゼルはある日、魔物を引き連れて逃げ回る男に遭遇。そのまま魔物を擦り付けられ、やっとの思いで逃げたあと、街でさっきの男とバンジャマンが話していたところを目撃した。あとでその男を問い詰めると、ジゼルの邪魔をするようにバンジャマンに雇われたのだと話したという。


 当然ジゼルも憤るわけだが、相手は仮にも格上の貴族。怒鳴り込んで処罰されては元も子もない。だったら彼など必要ないほど稼いでいるという実績を得ればいいだけのこと。そこで亀討伐と相成ったわけである。


 ちなみにフランについてだが、彼女も貴族家の出身ではあるものの、ジゼルと違って四女だったので、既に貴族の子としての役割を失っている。どこかに嫁ぐにしても大手貴族家など相手にもされないとかで、貴族と言えども自分で食い扶持を見つける必要があるみたいだ。これはフランに限ったことではなく、貴族家での三人目以降は基本的にどこも似たようなもんらしい。


 そういうわけで、幼いころから仲がよかったジゼルが冒険者となった話を聞いて、押しかけ女房よろしく行動を共にするようになったのだと言っていた。


 結局討伐したのは俺自身なんだが、これから仲間として一緒に行動するのであれば食うのには困らないのだし、亀の討伐した証拠はしっかり所持しているので、それを元にバンジャマンを振り払えるだろうと言っていた。そんなんでほんとに大丈夫なのか心配ではあるが、貴族と言えども四男の言うことなどあまり法的拘束力はないのだとか俺にはよくわからない政治の話をし始めたので、大丈夫ならそれでいいと早々に辞めさせた。ほんとに貴族ってのは面倒くさい。


 それにしても、何故亀の討伐のときには邪魔が入らなかったのか。亀が強すぎて刺客を差し向けようにも受ける人間がいなかったのかもしれないが、そこは貴族の権力を振りかざしてどうにかしそうなもんではある。


 まぁわからないことを延々考えていても仕方がないので、今は悩むのは止めておこう。これはジゼルの問題でもある。彼女自身も自分で解決するからと言っていたわけだし。


「シャル。なにをぼーっとしてるんだ?」

「あぁ、いやちょっと考え事」


 領域の中で考え事なんて随分舐めきった態度だと自分でも思うが、隣にはカイルもいるのだしそう心配するほどでもないか。さて、このあとどうすっかねぇ。


 ヒノ達を王都に送り届けたのが朝八時頃。今は昼過ぎなのでそろそろギルドでの用事も終わってるはずだし迎えにいくか。


「止めとけシャル。どうせ買い物してて時間がかかるぜ。それに巻き込まれたくはない」

「それもそうだな……」


 正直、あの長く果てしない買い物には二度と付き合いたくないのだ。結局、夕方になるまでクロードの鍛錬に付き合うことにした。











「なんだこの報酬の額は……」

「長年誰も討伐できなかった大亀だもの。これくらいの金額にはなるわよ。これも知らなかったの?」

「依頼の存在は知ってたけど、まだ本気で討伐する気はなかったから……」

「意外とズボラなのね」


 結局、夕方に迎えに行ったにも拘らず、昨日は遅くまで買い物に付き合わされたので、既に日付は変わった早朝である。俺は今、王都から帰ったヒノ達から見せられた報酬を前に冷や汗を掻いているところだ。場所は大樹の傍にあるなにも植えていない広場。大樹の周り全てを果樹園にするのは不便だと思ったから、いくらか開けた場所も確保しているのだ。


 ジゼル達は当然この依頼を受けた上で亀の討伐に赴いており、達成した報酬は受け取ってきたわけだが、その金額がまた凄い。


 金貨二枚である。俺も持っているには持っているが、大金なのは言うまでもない。こんなことなら俺も依頼を受けておくべきだったかなと本気で考えた。まぁ今となっては手遅れなのだが……。


 俺達は一応個人で金の管理をしているので、報酬は山分けが基本だ。ただ、今回に限ってはジゼルとフランで分けてもらうことにした。倒したのは俺なのだから均等に山分けでいいと二人は言っていたのだが、依頼を受けたのはあくまでも二人なのだ。


 ただし、それ以外での報酬はきっちり山分けしておいた。依頼で収めたのは亀の甲羅だけ。どっかの貴族がコレクションとして欲しがっていたのだそうだ。こういう奴はよくいるらしくて、領域に必ず存在する強力な魔物の甲羅だとか角だとかを飾って自慢するのは、貴族のステータスの一つだというのは前にも話したことがあるな。


 残ったのは皮とか爪といった素材に、亀の肉。肉以外は武器や装飾品に加工してもらうために全て売却した。珍しい素材だけにかなり高値で売れたみたいだ。


 で、肉なんだが……。あれだけ巨大な亀から取れる肉の量はそりゃあ尋常ではなく……。


「これ何人前になるんだろうな」

「私達だけなら一年くらい持ちそうだよね」


 目の前に鎮座している肉の山。あの大きさであったのだから、山という表現もあながち間違ってはいない。ヒノが収納してきたものを取り出してくれたのだが、いかんせん量が多くて困る。少しくらい売却してしまうつもりだったのだが、どうやら食用として亀は認知されていないらしい。信じられないくらい安い金額にしかならなかったので、ヒノが持ち帰ってきた。曰く、『シャルならなんとかするんじゃない?』


 元々食うつもりだったからいいんだけどさ……。とりあえず俺に任せとけばいいやみたいな考え方はやめていただきたいものである。


 とまぁ調理するつもりではあるんだが、その前にやることがある。


「今から捌いていくから、見たくないなら別のことしてていいぞ」

「本当にこれを食べるつもりなの?」

「むしろどうするつもりなんだ?」

「そう言われても……捨てるしかないんじゃないかしら?」

「勿体ねぇ」


 ジゼルは若干顔が引きつっている。俺のいた日本でもスッポンならいざ知らず、亀はゲテモノ扱いされているくらいだし、年頃の女の子ならばこの反応も予想できた。ただ……。


「シャルが作る亀料理楽しみだね!」

「私も食べたことがないし、興味深い」


 ヒノはともかくフランまで食べる気満々でいるのには苦笑いが漏れる。ジゼルにしてみても、フランの反応は予想外であったようで、驚愕の表情を浮かべていた。


「フラン? 貴方ってそういう性格だったかしら?」

「こういうの、結構好き」

「そう……」


 ジゼルは乾いた笑いと共に大樹の中へと消えていく。おそらく、子供達になんらかの指導でもしようと思ったのだろう。


 子供達にも、解体の現場は見せないようにした。さすがにちょっと刺激が強すぎると思ったわけだが、好奇心旺盛な年頃でもあるようで、大樹に開けてある窓からチラチラ様子を伺っているのが確認できる。見たいのであれば止めはしないけど、それで気分が悪くなっても知らないぞと釘は刺しておいた。


「カイル兄! あれってシャル兄が仕留めたのか?」

「あぁ。首から吹き飛ばしてたな」

「すげぇ! 俺もいつか出来るようになりたい!」

「あいつの戦い方は変わってるから、同じことは出来ないと思うけどな」


 直接見に来ているクロードみたいな変わり者もいるが、まぁ本人の自由だ。早速解体してしまいたいが、この大きさは楽じゃないよな。ぶっちゃけ、捌いたことねぇし。


 どう考えても血まみれで見るも無残な姿になるのは分かりきっているので、上半身だけ裸になっておく。惜しむらくは、首を吹き飛ばした時点で大量の血が流れ出てしまっていることと、皮が金属のように硬いので素材として売却されていることだ。


 ギルドに持ち込ませる前に改めて血抜きはしている。それでもこの巨体からすると少ない量しか取れなかった。血もワインなどで割って飲んだりするので、少し勿体ないと思ったりする。まぁそんなに大量にあっても飲みきれないという事実はあるのだが。


 皮に関しては、硬い外皮の下にゼラチン質の部位も存在していたので全く手に入らなかったというわけではない。それでも皮の部分が勿体無いなぁなって思ってしまうのだが、やはりこちらにしても食べきれないほどあるので量的には問題でもないとは思う。


 と、食べる気でいるのは間違いないのだが、問題は味なのである。スッポンの要領で話を進めているし、そのつもりで調理するわけだが、不味かったりしたら目も当てられない。まずは塩焼きにして食べてみることにした。


 肉塊と化した亀から少し剥ぎ取って味見をするため塩焼きにする。匂いは……まぁ普通に旨そうではあるが、実際どうなのか。カイルとクロードも食べると言い出したので三人分焼いてみた。


「ちょっと筋張ってるような感じはするけど、まぁいける」

「亀って意外と美味いんだな」


 触感は豚肉に近いような、そんな印象。意外と臭みがなくてあっさりしている。筋があるようで少し独特ではあるが、煮込んでしまえばそれなりに食べやすくなるだろう。しかしクロードが何も言わないんだけど、どうした?


「美味い! こんなの初めて食べた!」


 黙っていて心配になったところで、突然叫び出した。よく考えてみれば、今までスラム育ちで碌なもの食べていなかったのだから、なにを食べても美味く感じるのだろうと思う。から揚げやツナおにぎりを食べたときも似たような反応をしていたのだし、しばらくはこんな調子なのかもしれない。


 次を催促してくるので適当にブロック肉にして渡しておき、解体作業に戻る。まずは小さい頭の方から捌くことにした。既に見るのも憚られるような有様の頭部を、更に切り刻んでしまうわけだが、果たして俺の精神は耐えられるかな? ははっ。


 牙の部分は素材として剥ぎ取られていて、歯を失ってしまった我が祖父を思い出してしまったりしたが、そんなことはどうでもいい。


 頭部だけならやること自体は簡単だ。顎から真っ二つにして、小さな肉塊にするだけ。脳に関しては後で出汁でもとればいいのだろうか……。


 包丁はこのためだけに新しく新調した。と言うか作った。久々に鍛冶仕事をして感覚を忘れていないか心配だったが、特に失敗することなく鍛え上げることが出来て安心である。良質な鉄を買ったお陰で少し懐が痛んだような気もするが、忘れることにした。この先、巨大な魔物の解体なんかもするかもしれないし、ケーキの依頼と今回の報酬でだいぶ潤ったので無駄にはならない。


 まるで刀のような包丁だ。いやむしろ刀だ。戦闘用に持ってはいるんだが、ちゃんと調理用の包丁も持っていた方が気分がいいというか、そんな感じだ。料理人であれば用途に応じた包丁を持っているのは常識であるし、今でも複数の包丁は持っている。こういうのは気持ちの問題だ。


 早速新しい包丁の切れ味を試す意味も込めて、一気に解体していく。骨だけは出汁を取るために別にしておき、次々に切り分けて収納する。血抜きはしてあるが、内部に残っていた分は少なからずあるので、予想通りあっという間に血まみれだ。後ろでクロードが『うへぇ……』とか言っている。そんなこと言うと俺まで気が滅入るから大樹に戻ってろよ……。


 気になるのは脳の使い方なんだが、取り分けられる気がしなかったので、脳があるであろう場所には手を出さず巨大な肉塊のままにして、当初の予定通り出汁を取るのに使うことにした。煮込みながらぶった切って出汁に溶け込ませる。たぶん、それで中身を見ずに済むだろ……。


 かなり時間はかかったが、三つの部位に分けることができた。骨や皮膜といった出汁を取るための部位に、頭部の肉と脳入りの肉塊。これだけでも何日分の食料なのか。


 精神的にはまだ余裕があったので、さっさと胴体の解体も終わらせてしまうことにする。カイルとクロードは飽き性であるらしく、もはやこの場にはいない。剣の鍛錬でもしているだろう。


 では胴体に刃を入れよう。こっちはかなりデカイので、頭部以上に時間がかかるだろう。内臓の処理もあるしな。


 基本的に内臓も全て食べられる。ただし、排尿器官と胆嚢だけは匂いがきつくて食べられない。食べられたとしてもお断りだろう。これらは傷つけると尋常ではない匂いを撒き散らすらしいので、カイル達や子供達のためにも慎重に除去しておく。取り除いた後は一度海まで飛んで、深い穴を掘ってから焼却処分しておいた。もっとも、火をつけたあとはすぐに飛んで逃げたので、時間が経ったら埋めに行く必要がある。


 手早く、無心で解体していく中、思わぬ物を見つけた。


 卵である。それくらい容易に予想が出来たのだが、思考の中から消え去っていた物体だ。どうやらこいつは雌だったようだな。これも結構美味いらしいので、個別に取り分けておいた。


 頭部と同じ要領で作業を進める。内臓がある分、少し手間がかかりはしたが、なんとか全てを終わらせた。そのころにはもう夕方である。精神的にも限界が近い。夕食には体力の回復が間に合いそうもないので、今日のところは出来合いの飯で頼みたいところだ。


 血まみれの体を魔法で作った擬似シャワーで洗い、ジゼル達のために増設した屋台のベッドに潜り込んだところで意識が途絶えた。










「腕が上がらない……」

「昨日の解体作業が堪えたようね。現在進行形で酷使しているけれど……」


 人が何人入れるだろうかというほどの大きさの寸胴鍋に足場を設け、物干し竿ですか? と言いたくなるような長さのレードルでかき混ぜながらため息を漏らす。下から呆れた声が聞こえたような声がしたが、それに答える気力もない。レードルである必要性がなかったことに気付いたのは、混ぜ始めてからのことである。


 朝早く起きてから早々に仕込みに取り掛かったのだが、それより先に寸胴を作るのが面倒だった。何故、こんな巨大な鍋が必要だったのか。それは脳入り肉のせいである。


 切断して『なにか』が流れ出すのを見たくはなかったので、それが入りきるだけの大きさが欲しかったのだ。まぁ一度に出汁を取れるというメリットもあるし、大人数を賄うときに役に立つだろう。そんな機会が何度もあるのかは疑問だけど。


 その出汁はというと、まるで豚骨スープのような色をしている。香りも濃厚で、食欲に直撃してくる攻撃的な誘惑が素晴らしい。味も文句なし。豚骨のようにしつこくなくあっさりしているが、それでいて深い味わいとコクを併せ持っている。肉の方は昨日塩焼きで味見してはいるが、しっかり調理を施せばもっと味のランクを上げることが出来るだろうと思う。


 かれこれ三時間は煮込み続けているだろうか。俺の足元では、魔法使いの子達がせっせと火を焼べている

。魔法の練習も兼ねているわけだ。そのために、教官役としてジゼルとフランが見守っている。


 何度か休憩は挟んだものの、昨日の疲れもあってか、腕が非常に重い。常に混ぜている必要がないのは幸いだが、それでも重労働なのは間違いなかった。単純に腕の力だけで混ぜられる量ではないのも、それに拍車をかける。


 とはいえ、美味い物を食うためには努力を惜しまないことだ。苦労したぶんだけ、食べたときの感動は格別なものになる。特に今回は亀料理。きっと滋養強壮に効くはず。そのはず。


 今回作る料理は、定番のスッポン鍋。この場合は亀鍋だが。この煮込んだ出汁を使って、野菜や亀肉を入れる予定。あとはから揚げ。鳥のから揚げの要領でいけるだろ。煮物もありかもしれないが、鍋があるので候補から外れた。焼き物枠として、串焼き。塩と醤油をお好みで。一応、血のワイン割りも出しておくが、飲みたがるやつは少ないはず。


 特筆すべき作り方をするわけではないので、多くは語らなくてもいいだろう。鍋は煮込むだけ。から揚げは揚げるだけ、串焼きは焼くだけである。出汁や、肉そのものに強い旨味があるので、調味料の使用は最小限に。素材の味を引き出す味付けで行こうと思う。


 それはそうと、誰かこのかき混ぜる役を変わってくれませんかね?












「うめぇー! 亀うめぇー!」

「クロード……もう少し静かに食べようよ……」

「だって美味いんだもんよ! これが静かにしていられるかっての!」


 夜の帳が下り、森は静けさを蓄える……こともなく、十数人もの子供達と共に飯なんか食おうものなら、それはそれは賑やかなパーティーの様相を呈する。 昼行性の動物達にとって、実に迷惑極まりないことであろう。もっとも、領域の最奥では普通の動物などほとんど捕食されるか、魔物に進化するかのどちらかであるが。


 昼間使った寸胴に焼べられた火を光源にして、これまた大きな鍋を中心に円陣を組むように食卓を囲む。亀を主役とした料理のほかに、子供達のために栄養バランスもある程度考慮した、サラダや和え物の類もいくつか用意しておいた。毎日の食事のお陰で、痩せ細って弱弱しい印象が強かった子供達も、少しずつ健康的な顔色を取り戻しつつあるように見える。それでもまだまだ歳の割りに成長が遅いのだが、それはもう仕方がないことなのだろう。


 その反動であるのか、子供達はよく食べる。男女関係なく、だ。始めは俺達と同じ量の食事を出したわけだが、どうにもそれでは足りなかったらしい。俺達も育ち盛りな年頃でそれなりに食べるのだが。そのため、あんなデカイ鍋を準備したのである。


 肝心の料理の方だが、子供達には好評だ。食い物ならなんでもいい、とまでは言わないが、とにかく好き嫌いなく食べるので、嫌いな物を探すほうが一苦労する。いいことだ。それとは対照的に、躊躇っているやつが一人いる。


「本当にこれを食べるの……?」

「嫌なら他の料理もあるだろ? ほぼ野菜中心だけど」

「野菜も別に嫌いではないけど、物足りないというか……」

「食わず嫌いしてないで食ってみれば? 不味いならそれはそれでいいから。普通のから揚げでも出してやるよ」


 ジゼルは相変わらずこの亀を食べることに抵抗があるらしく、サラダをちょこちょこつまんでいるだけだ。生理的に受け付けない人もいるであろう亀料理であるが、ジゼル以外の女性陣はというと……。


「意外と、おいしい」

「やっぱりシャルのご飯は美味しいね! 亀って始めて食べたけど、私これ好きかも!」

「私も、好き。それになんだか魔力が増えているような気がする」


 ヒノとフランがこんな調子だし、子供達も男女関係なくがっついているので、少し感覚が麻痺しそう。ぶっちゃけ俺にしても多少の抵抗はあったわけだが、スッポンだって食べられているくらいなのだし、狼さえ食ったのだ。今更ゲテモノがどうこうなんて気にしない。だが、昆虫料理。てめーはだめだ。


 それより、この亀を食べたことによる魔力の増加は思わぬ副産物だ。元々、食事によって魔力の増加が起こるのは知っている。食べ物に含まれる魔力を摂取することによって、その一部を体に定着させているというわけなのだが、領域内部で採れた食べ物ではそれが顕著ではある。魔物と同じで、食べ物にも多量の魔力が含まれているからなのだが、この亀の場合、それが桁違いに多いのだ。


 そんなことは調理する前から気付いてはいたことだ。ただ、今まで摂取してきた食べ物の魔力がそう多いものではなかったことで、微量の魔力しか得られないのだろうと高をくくっていたことは否めない。嬉しい誤算であったし、実にいいことではあるが。


 なにより子供達にとっては恩恵が大きい。目に見えて魔力が増えたのだ。それに気付いているのはたぶん俺だけなんだろうが、あろうことか魔法使いになれる子が増えたのが驚きだった。いや増えたどころか、全員が魔法使いになれるだけの魔力を保持するに至ったのには言葉が出ない。晩成型の人間も存在はしているらしいが、後天的に魔法使いになれる人間などそうはいないのだ。まぁ後から聞かせてやろう。


「これは……なんというか……美味しいわね……」


 ようやく亀の串焼きを口にしたジゼルから発せられた言葉がこれだ。非常に恐る恐るといった様子だったが、味自体は問題なく受け入れたらしい。


「意外といけるだろ?」

「まぁ、そうね。知らずに出されていたら普通に食べているわ。中身を知っているだけ、ちょっと躊躇うけれど……」


 そうは言うものの、食べることを止めたりはしない。諦めたのか割り切ったのか、それからは躊躇うことなく食事を始めた。


「鍋も美味しいわね。それよりもこれって……魔力が……」

「そういう説もあっただろ? 食事によって魔力が増えるって」

「確かに聞いたことはあったけど、微々たる増加量で実用に値しないとか言われていたじゃない」

「塵も積もれば山となる。飯なんて毎日食うんだぞ? だったら活用しない手はないな。どうやら食材が魔力を貯めていればいるだけ、還元される量も多いみたいだし」

「魔物ならそれだけ増える量も多いのかしら……」

「魔物じゃなくてもいいんだろうけど、手っ取り早いのは領域のボスみたいな魔物だってことは確かなんだろうな」


 こうなってくるとだ。各領域のボスは片っ端から食ってみたくなる。その全てが食べられるような魔物であるかは別問題だが、可能であるなら食べてみるのも悪くない。そういえばここのボスとかいるのか?


 基本的には一番魔力が多い場所にいるというのが定説ではある。ここは魔物が寄り付かない場所らしいので、どこか別のところにいるのだろう。そういえばなんでこのあたりには魔物がいないのか知らないな。ミカエルさんに聞いてみてもいいが、今は忙しそうだ。アリゼを始め、子供達に囲まれて楽しそうに談笑している。まぁいつでもいいし、そのうち気が向いたときに聞いとくとして、今は飯を食おう。


 自分で作っておいてなんだが、亀鍋はいい出来だと思う。濃厚だがしつこくない比較的あっさりした出汁に、独特の触感を持つ亀の肉。意外と多い脂身は、ぷるぷるしていてコラーゲンがたっぷり。ゼリー状の卵は口の中で弾け、舌を楽しませてくれる。もちろんから揚げも串焼きも充分に美味しい。すっぽんのように滋養強壮に効くのかどうかは知らないが、なにかが滾ってくるということはなかった。


 一部処理が不十分で泥臭いような部位はあったが、基本的には美味かったといえる。あぁ、亀の生き血割りはさすがにあまり飲むやつはいなかった。俺は飲んでみたんだが、特に美味いもんでもないかなというところ。後味が若干鉄臭い。血は余っているので、今後炒め物でもするときに混ぜて消費していく。ただ、血を飲んだ方が魔力は増えやすいような気がする。もしかしたら、火を通すことで魔力の変換効率が悪くなるのかもしれない。もしくは、加熱によって魔力が損なわれるのか。肉と血では単純に比較できないし、今は保留にしておこう。


 そうして騒がしい夕食のひと時は過ぎ去っていく。片付けをしながら子供達に魔法使いになれることを告げると、飛び跳ねて喜んでいた。指導する対象が増えてこっちは大変だが、今更多少増えたところで問題はない。生産効率がぐんとよくなるのだろうし、子供達の将来も安泰だ。


 翌日、海岸で燃やしていた胆嚢の処理に赴き、未だ強烈な匂いを放っていたことに驚きと共にげんなりしたのは、記憶の片隅で蓋をしておくことにした。

前半やたらと説明臭くなってしまったのでちょっと増量

あぁ、いつものことって? ほんと下手なもので

どうすればスムーズに物語を進められるんですかねぇ

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