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第十七話 金の卵。

 視線を移すと、俯いて小さくなっている少女がいた。ヒノから直接食べ物を受け取っていた女の子で、クロードと言う男の子はアリゼと呼んでいたかな。


「なにを謝ってるんだ?」

「だって私が……私のせいでみんなを危ない目に遭わせたんだから……」


 あぁ……俺の言うことを真に受けてしまったのか。確かにそんな感じのことを言ってたけど、この子達に罪はないわけで……。でもいつまでもこんな生活をしているわけにもいかないのは事実だと思うし。日本ではほぼ存在しなかった問題だけに、俺にはイマイチ判断しかねるところはある。厳密には日本にも仕事の問題はあったけど、少し違うからなぁ。


「アリゼは悪くないよ! 俺達の為に勇気を出して貰いに行ってくれたんだ。それにこの人は関係ないだろ」

「なんだこの疎外感」

「アリゼを無視しようとしたくせに!」


 おおぅ……。凄く嫌われてます。別に無視しようとしたわけではないけどな。確かに俺は子供嫌いだけど。だからってそこまで冷徹でもないつもりなんだけど……いや微妙だな。


「無視したっつーか、対応に困っただけなんだけどな」

「同じだろ。いいじゃんか少しくらい分けてくれたって」

「結果的にヒノから貰っただろ」


 あの後俺が渡したかどうかはさておき、結果としてはヒノから食糧を受け取っているし、それについて俺が大きく咎めたわけでもない。んでこうして助けにも来たわけだが、まぁ最初の印象ってのは大事だなほんと。


「ケチ」

「はいはい」

「うわむかつく」


 同じセリフをそのまま投げ返してやりてぇよ。


「ク、クロード……助けてくれたのに失礼だよ」

「だってこいつがさぁ」


 言動を見かねてか、後ろで年少組を守るように控えていた少女がクロードを諌める。垂れ目が印象的で、雰囲気としては大人しめの犬系少女と言った感じか。つーか仕舞にはこいつ呼ばわりかおい。


「エディスも腹減ったからとか言ってただろ」

「それは……そうだけど……」


 少女の介入で少しだけ大人しくなったクロード君だが、それでも俺への態度はよろしくない。憤慨した様子で俺のことをジト目で睨んでくる。


「まぁ今回は別にいいけど」

「なんでこいつこんなに偉そうなの?」

「シャルって子供に懐かれないタイプなのかな?」

「とりあえず、子供が嫌いなのはひしひしと感じるわ」


 好き放題言ってくれる女性陣はさておき、ひとまず地面に転がっている異物は排除しておこう。巨大な折り鶴を取り出して、土まみれの奴を乗せる。後は折り紙に指示を出せば、離れた場所に適当に捨ててくるだろう。移動用の試作品として作っていたものだが、今まで使い道がなかったので在庫処分である。


 こんな暴漢は衛兵にでも突き出して牢屋に叩き込んでおきたいものだが、証拠も無しに兵の屯所に連れて行っても無駄な気がした。それにスラムの問題を持ち込むのは嫌われるらしい。そんなこと言ってるからいつまでもこんな空間が存在してんだと言いたくはなるが、問題が起こるたびに連行していたら牢が足りない。それに、一々処理してたらたぶん衛兵達が過労死する。やはり一筋縄ではいかない問題なようだ。


「うわ! なんだこれ!」

「これが魔法……なの?」


 子供達は興味深そうに、けれどもどこか恐々とした様子で、折り鶴が飛び立つのを眺めていた。つかさっきも魔法使ったけどな。まぁスラムにいたらあまり馴染みがないだろうし、この様子も当たり前かもしれん。もしスラムの中に魔法使いが居たとしたら、それは余程酔狂な奴だろう。スラムの住民に情でも湧いたか、スラムの生活改善をしようという正義感溢れる熱血漢くらいだろうか。そうでもなければ、他に身の振り方というものがあるのだ。


 とまぁそれは大人に限った話であり、子供の場合少し違うようだ。何故って目の前の子ども達が数人、魔力が多いから。


 そうは言っても、同じ年頃の魔法使いと比べれば幾分劣る。だが、魔法使いでない人間からすれば圧倒的に多い。それはどういうことか。孤児、捨て子と言った理由で、王国による補助の対象外となってしまっていた子だ。だから、魔法使いとして成長できる機会に恵まれなかったのだろう。つまり素質はある。


「クロード……だったっけ? 魔法使ったことあるか?」

「え? あるわけないじゃんそんなの」

「なんで? 魔力が多いから素質あるのに」

「いやだって俺魔法の使い方分からないし……」

「ちょっと待って!」


 なんだよ。俺とクロードの会話をぶった切ったのは、子供達の精神ケアをしていたジゼルだ。


「貴方は相手の魔力の量が分かるの?」

「あぁ。体の周りにふわーってオーラみたいなのが見えるだろ? それの……なんていうか、雰囲気? 色だったり形だったりを見て魔力の量とか性格とか判断してるけど?」

「何でそんなことが出来るの?」

「え? むしろ出来ないの?」

「当たり前じゃない」


 うっそだろ。昔からずっと見えてたし、今までカイル達ともそんな会話してたような気もするんだが? カイルに聞いてみると……。


「俺見えないよ? シャルはそんなものが見えてるんだなーって思ってたけど」


 おい。何故それを言わないんだ。皆普通に見えてるもんだと思ってたわ。


「あ! 私も見えるよー!」

「貴方は精霊なんでしょう? だったら見えても不思議じゃないけど……」


 ヒノが放った一言に、ジゼルがより一層俺への猜疑心を募らせたようだ。なにかを探るような視線が突き刺さる。前に話した事がある冒険者ギルドのラザールさんも、俺達の魔力量が分かってたみたいだし、そう不思議なことでもないと思ってたんだが……。


「貴方……何者なの? そういう魔法が使えるの?」

「別に魔法とか使ってないけど……」


 原因として思い当たるのは、やはり俺が異世界から転生しているということだが、確か俺は特別選ばれた人間ではなかったはずだ。たまたまタイミングよく死んだからという理由だっただけで、産まれた時から自我が存在していたというアドバンテージがあったこと以外は、大した能力も持ってない。魔力が多いのだってそのアドバンテージを生かして早い内から鍛錬を重ねてきた賜物だし、折り紙も前世の記憶こそ使ってあるが、誰だってマネできるものだ。この世界の人間でも俺と同じことはできる。


 じゃあ何故? それは分からない。ミカエルさんに聞いてみてもいいんだが、どうせはぐらかされそうな気がする。だったら他の精霊に会ってみようか。ジゼルの口ぶりからして、精霊はオーラが見えても問題ないようだし、なにか関係があるかもしれない。湖では結局精霊を見つける前に戻ってきてしまったのだから、あとで行くべきだろうな。


「とにかく、貴方はなにかおかしいわ」

「シャルがおかしいのは昔からだぞ」

「そんなに褒めても『何も』出せないぞカイルくん」

「すまん忘れてくれ」

「貴方たち……まぁいいわ。少し貴方に興味が湧いた。しばらく付いて行くから、そのつもりでね」


 え。なんかパーティーが増えたんだが。いや、まぁ増えるのは別に構わないんだけど、いきなりすぎるんじゃないかと。それにもう一人フランがいるだろ。了承取らなくていいのかよ。


「私はジゼルについていくから」


 あ、そう。


「屋台……拡張しなきゃ……」


 ヒノ専用の狭い小部屋がある以外、全員の共有スペースだ。ヒノは精霊だから、あんな狭い部屋でも変身してりゃ苦でもなかっただろうが、この二人は人間だ。しかも女の子だし、さすがに別空間が必要だろう。



 アリオンの負担を考えると、あまりデカい部屋は作れないかもなぁ。とりあえず木材もろもろ加工して部屋を作って、さすがにベッドは買わないといかんな。後は彼女達が好きなようにしてくれりゃいいか。


 なんて考えに耽っていると、クロードに小突かれた。


「それで魔法がどうしたんだよ! 途中でほったらかしにするなよな!」

「あぁ、忘れてた」

「おい!」


 ほんと生意気なガキだよ全く。今回は放置してた俺も悪いけど。


「だからなぁ。お前らにも魔法を使う才能があるかもしれないって言ってんだよ」

「え!? マジで!!」


 今までの反抗的な態度はどこへやら。目を爛々と輝かせ、俺に詰め寄ってくる。それはクロードに限らず、後ろに居た子供達全員が多かれ少なかれ期待を込めた眼差しで俺を見ていた。そのことに関してはまぁいいんだけど、君ら全員が素質があるわけじゃないし、期待している数人の落胆する表情が今からでも想像できて少し憂鬱。


「おい……ちょっと離れろ。そんなにくっつくな」

「いいから教えろよ魔法使いになる方法!」

「それが物を頼む態度かよ……」


 子供に対してそんなことを言っても仕方ないとは思うが、思わず溜息をついてしまう。しぶしぶ離れたクロードだが、目の輝きはより一層増した気もする。現金なもんだな。


「その前に一つ聞いておきたいんだが、魔法を覚えてどうするつもりだ?」

「いやどうって言われても……」

「初めに言っとくが、ここにいる全員が魔法を使えるわけではないからな。魔法を覚えて外の世界に飛び出していくのは勝手だが、そうなったときに残された奴らのことはどうする? そのまま放っておくか?」

「そんなことできるわけないじゃないか!」


 だろうな。そりゃそうだろうとは思ってた。となると、魔法を覚えても宝の持ち腐れとなりかねないんじゃね? スラムの中にいて魔法が有効に活用できるだろうか。自衛の手段としては上等だが、稼げなければ意味はない。領域に赴いて素材を売ってもいいだろうが、そもそもそんなことが出来るようになったらスラムで生活する必要がなくなる。


 結局、ここを出て行かざる負えない。というか出て行った方がまともに生活できる。狩り以外でも魔法を使った仕事はあるのだし、ここで燻ってるのは勿体ない。


 あれ? ちょっと待てよ……。うっかり口をついて出てしまったが、魔法の才能云々を伝えてしまった以上俺が面倒を見ることになるんだよな? いや仕方ねぇ……ついさっき最後まで面倒見るって決めたばっかりだしな。腹括ろう。


 ここまで考えて閃いた。もう、雇っちゃおうか。俺個人でというのは些か無理があるので、クゼット村の商会で働かせよう。事業拡大のついでにね。と言っても事務的な作業は学が無いはずなので無理であろう。現状、片栗粉や観賞用折り紙の販売で成り立っているあの商会だが、ライバル企業が徐々に台頭してきた。片栗粉も折り紙も、ちょっと考えればマネ出来てしまう可能性は大いにあったのだ。


 そこで、今回はついに発酵食品を商品化させようと思う。生産の方なら学が無くても大丈夫だよね。前から考えてはいたことで、一時期はどっかの大手に依頼して大量生産してもらおうかとも考えた。でもやっぱ自分とこで作った方が安心安全だよね。それにどこの馬の骨とも分からん奴がそんなことを持ちかけてきたところで、はい分かりましたと引き受けてくれる奴なんていない。俺としても、懇意にしているわけでもない奴と契約なんて交わしたくないし。


 とりあえずこの子達の生活する場所を準備してやらなきゃな。いきなり村に連れて行っても家がない。となると……麹室に生活空間を作るか? 


 いやいや。あんな薄暗いとこで生活させらんねぇ。仕事場としてはともかく、ずっとあんなところにいたら気が狂っちまう。


 もうあそこでいいか。ミカエルさんのとこ。あの大樹周辺って魔物が寄り付かないらしいし。大樹にデカい洞穴あったし、あそこを少しいじってツリーハウスみたいにしてやるか。うっかり離れてしまうと危険だが、そこはミカエルさんと話してどうにかしよう。カカオとかの栽培もさせていいかもな。


 移動に関しては問題ない。大樹と麹室とクゼット村。それぞれに転移できるように魔法陣を設置しておこう。魔法陣と言っても、その実態は転移の魔法を付与した紙切れなんだけど。いつも使ってる転移板の汎用性を高めた物だ。


 放っておくと魔力が切れて転移できなくなってしまうが、使うたびに魔力を継ぎ足せば、再び同じ効力を発揮する。魔力の継ぎ足しは、魔法使いになれた子に任せればいいだろう。

 

「お前ら、ここに住み続けるのは嫌なんだな?」

「そりゃそうだろ。でもここ以外で俺達が暮らしていける場所なんてないんだよ」

「そんなことは分かってる。だから、魔法を覚えて俺の手伝いでもしてみないか?」

「は?」


 素っ頓狂な声を出すクロードだが、それは他の子供たちも同じ。かと思えば俺のパーティーメンバーも同様だった。


「こいつらも冒険者として連れて行くつもりなのか?」

「さすがにちょっと難しいと思うな」

「んなわけあるかよ。将来的に冒険者になりたけりゃ好きにすればいいけど、今の段階でそれは有り得ない。戦力になるわけないだろ」

「むっ。俺だって少しくらい剣の扱いは出来るぞ!」


 少し、ねぇ? ここはスラムであるのだし、自衛のために多少護身術的な意味合いで扱えるかもしれないが、そんなんじゃ剣術とは呼べないだろう。見栄を張りたいのかなんなのか知らないが、あてにはできない。


「まぁそれはどうだっていい。俺が言いたいのは、カカオの生産とか醤油の生産でもさせようかなってことだよ」

「醤油……? あぁ、あれか。俺も何回かあの穴倉に行ったことあるけど、俺は絶対にやりたくないな。ってかあそこの入口断崖絶壁なんだけど?」

「転移の魔法使うから」

「こいつらが?」

「俺が」

「毎回送り届けるつもりなのか?」

「いやそうじゃなくて……。あーもう面倒くせぇ! 黙ってお前ら全員ついて来い!」

「ちょっと待――」


 言うが早いか、他の誰の返事も待たずに転移の魔法を使って、大樹まで飛んだ。結構な頻度でクゼット村まで帰っているので、転移の人数指定も範囲指定もお手の物である。


「てよ。俺らにも分かるように……ってもう飛んでやがる……」


 転移したせいで、ぶつ切りになったカイルのセリフは辛うじて聞き取れた。まぁ見せてやった方が早いわ。


 子供達は未だになにが起こったのか理解できていないようだ。転移なんて初めての経験だろうし、仕方ないのかもしれない。森の中に、ましてや領域の中に入るなんてことすら無かったかもな。初めは混乱していた彼らだが、好奇心が沸々と湧いてきたようで、そこいらに生えている草なんぞ手に取って眺めている。安全なエリアはかなり広いが、迷子にでもなるとそれこそ生死に関わるので、話が済むまで動くなと言いつけておく。


「えっと……ここはどこなのかしら?」

「魔力が濃いことからして、領域の中みたい」


 恐らくはここに来るのは初めてなのであろうジゼルとフランも多少戸惑ってはいるようだ。とはいえ、子供達ほどではなく、すぐに我に返った。


「領域!? こんな危険なところに転移してくるなんて何考えてるの!? 子供達が危ないわ!」

「あぁ、確かにここは領域の中だけど、このあたりには魔物が寄り付かないから」

「なにを根拠にそんなことを……」

「精霊の住家だからなぁ。直接そう聞いたし今までも魔物が侵入してきたことはない」

「精霊の住家ですって!?」

「今の本題そこじゃねぇから少し静かにしててくれるか……」


 一々騒ぎ立てるジゼルはヒノとカイルに押し付けて、俺は子供達の対応をすることにする。驚く気持ちも分かるが、今は置いといて欲しいものだ。物静かなフランを見習ってほしい。と思ったら……。


「領域のかなり奥みたいだけど、ここはどこの領域なの?」


 さすがにフランでも黙ってはいられなかったようだ。仕方ないので子供たちのことも含め、まとめて説明してしまうことにする。よく考えてみればいきなり過ぎたと反省もしているが、口下手な俺としては現地を直接見せてしまう方が話しやすい。回りくどい言い方をしていたり、話が脱線したまま長距離移動していることもしばしばなので、こうでもしないと話が進まないのだ。


 とりあえず、ここは現時点での王国最南端の領域であると説明しておく。近くには俺達の生まれ育ったクゼット村があること、そこにはある意味俺が作ったとも言える商会があって、そこに彼らを入れてしまおうと考えていること。この大樹と精霊のことと、山をくり抜いて作った麹室と発酵食品のことを説明し、後は気になったことを挙げてもらって順次処理した。


 ていうか今も質問攻めにあっているので非常に面倒臭い。いっぺんに話して疲れてきたので、チョコレートを餌に黙らせることにした。休憩も兼ねてちょっとしたお茶会である。ここに植えてあるカカオの説明にもちょうどいいし、一石二鳥ってやつかな。


「向こうにサトウキビが生えてるからもしかしてと思ってはいたけど、甘味がこんなに簡単に食べられるなんて……」

「俺達は旅の間日常的に食べてるけどな」

「私なんて王都の安物のクッキーを数回しか食べたことがないっていうのに。そもそもこんなお菓子は知らないわ」

「シャルが作ってくれないと他では手に入らないからねー。たぶん世界中でシャルにしか作れないし、私達は運がいいよね」


 アライア様のところの料理人であるフランツさんでさえ、チョコレート菓子を作れこそすれ、チョコレートそのものは作れない。作り方を教えてしまおうかとも思ったのだが、さすがに時間がないらしく、今のところは俺が提供する分で賄っていくことにしたらしい。


 そうだな……。子供達の誰かをショコラティエ、もしくはショコラティエールとして育ててもいいかもしれない。幸いにして子供達の数は多い。パッと見た感じ女の子が多いし、誰か一人くらい興味を持つ子がいるだろう。尚、文面からして誤解されそうなので捕捉しておくと、ショコラティエとはチョコレート菓子を作る職人のことであり、チョコレートを作る職人ではないと言っておく。


「兄貴! ちょこれーとをもっとくれ!」

「誰が兄貴だ」


 最初はつっけんどんな態度だったクロードも、今やこのザマだ。ていうか兄貴ってお前なぁ……。確かに年齢的にも兄弟に見えてもおかしくはないが、いきなりすぎて戸惑うわ。


 アリゼもエディスも、そして他の子供達も実に楽しそうにチョコレートを食べている。一口目はリスかよと言いたくなるくらいに、恐る恐ると言った感じだったが、さすがに女の子だとしみじみ思う。きゃーきゃー言いながら食べている姿は実に微笑ましい。いずれ自分達で作ってね。それまではちゃんと面倒見るから。


 さてここでやっと本題に入れるわけだが、まずは魔法の適性を見極める必要がある。一応一通りの説明はしてみたが、多分まだ理解出来てないな。意外にも子供達の多くが魔法使いとして素質があり、今の段階でどれだけの使い手に成長してくれるかは定かではないが、それでも将来有望な子達だ。俺としては、今回の一件を踏み台にしてくれれば、後で商会から脱退しようがなにしようが束縛するつもりはない。クロード辺りは冒険者になるとでも言いだすかもしれないし、その時はこの森がいい鍛錬の場所になるだろう。


「まぁそういうわけで、まずお前たちにやってもらうことは魔法の練習だな。魔法が使えないと移動が出来ないし、そもそもやれる仕事に限りがある」

「あの……今の説明ではイマイチよく分からないんですけど……。チョコレートの作り方とか醤油の作り方とか」


 おずおずと言った様子でエディスが疑問をぶつけてくる。さっきから見ていて分かっていたことだが、このエディスという女の子はかなり引っ込み思案な性格をしているようだ。子供達の中では年長者であるのだが、人見知りなのか俺達が怖いのか、常に小さくなっている印象を受け、下手をすると他の子達の影に隠れて存在を見失いそうである。


 それが保護欲を掻き立てるという意味では、男受けしそうではあるのだが。年齢を聞くと、十二歳だと言った。おっさん化がマッハの俺の精神では守備範囲外ではあるが、成長すれば美人に成長するのだろうと思える。クロードも十二歳で、やはりこの子達の中では一番年上らしい。


 アリゼは九歳。他の子達も軒並み同じくらいの年だった。クロードが若干生意気なことを除けば、全員愛嬌があって可愛いものだ。だが、子供は嫌いなのは変わらん。あぁ、うん。どっちかというと苦手……かな。


 しかし健康状態はよろしくない。スラムにいたのだから当然とも言えるのだが、年相応の体つきをしていないのも気になる。皆それぞれ背も小さく痩せこけて、軽く蹴っただけで折れてしまいそうなほど体の線が細い。前世の女性達なら羨ましがるかもしれないが、痩せ過ぎは見ていて気持ちがいいものではないのだ。ただ、エディスは出るとこは出ていた。正直、年齢からすると異常なほどである。体質なんだろう。


「それはやりたいやつにやらせるし、誰もいなけりゃ俺が適当に割り振るからそのとき覚えてくれたらいい。魔法を覚えないと出来ないこともあるから、今は差し当たり魔法の習得を最優先してくれたらいいよ」

「そう! それだ! 魔法を早く教えてくれよ!」

「急かすなよ全く……。いいか? 才能があるやつを今から教えるけど、魔法使いになれなかったからといってがっかりするなよ? それはそれでこの畑の管理を任せるし、ちゃんと飯は食わせてやるから安心しろ」


 俺の言葉を聞いて、子供達の表情が変わる。ごくりと、唾を飲む音が聞こえてきそうだ。ちなみに、カイルを始めとするパーティーの面々には、畑の作物の採集を頼んでおいた。カカオやサトウキビを筆頭に各種果物がメインである。横目で見ていたら、カイルがバナナをつまみ食いしているのを見つけた。まぁ、別にいいんだけど。


「まずクロード。お前だけど――」

「あるよな! 才能あるよな!?」


 かなり食い気味に言葉を被せてきた。多分この中で一番魔法に憧れがあるのはクロードだ。魔法で魔物をバッタバッタと薙ぎ倒すのを夢見ていそうである。


「話は最後まで聞け。心配しなくても才能あるから」

「おっしゃー!!」


 森中に響けと言わんばかりに大絶叫するクロード。間近でそれを聞く羽目になった俺が、あまりの声量に顔を顰めたのは仕方がないと思う。カイル達にも聞こえたようで、一瞬驚いた様子でこちらを見ていたが、すぐになにが起きたか把握したらしく、クスリと笑って作物の採集に戻っていった。


「お前ちょっとうるさい」

「だって魔法使いだぜ!? そりゃ嬉しいじゃん!」

「あーはいはい。そのままそこで喜んでていいから。後はエディスとアリゼと――」


 順番に名前を聞きつつ、各自の才能の有無を確かめていく。最終的に、クロード達を含む八人が魔法使いとしての素質があることが分かった。残ったのは五人。相当落胆したようだったが、強く生きて欲しい。半数以上が魔法使いとして期待できると言う結果は、かなり予想外だった。


 その五人を慰めつつ、これからのことを軽く説明した。ひとまず誰か一人でも魔法を扱えるようにならなければ転移の魔法陣が使えないので、しばらく俺達が付きっきりで指導することになる。カイル達も巻き込むことになるが、きっと了承してくれるだろう。ヒノ辺りは率先して志願してくれる。どうせ彼らの住居を作らないといけないし、父さん達にも報告にいく必要があるのだから、冒険者稼業は一旦休業だ。これも人助けだと思えば冒険者の仕事と言えなくもない。


 どれだけ時間がかかるかは分からないが、魔法陣に魔力を注ぐだけなら大して難しいことでもないので問題ないだろう。八人もいるのだ。誰か一人くらいはそれなりに高い適性を持った奴がいるはず。


 俺達がやることと言えば、とりあえず彼らの指導。これはほぼカイル達に丸投げしようと思う。何故なら俺は他にやらなければいけないことが大量にあるからだ。


 まずはツリーハウスの建築。ヒノも生産系統の魔法には適性があるが、あまり好きではないようなので俺が家を建てる。ジゼルとフランは知らんが、子供達の指導があるし、もう俺がやってしまうことにした。


 大樹の根本に空いている樹洞の中は相当に広く、仕切りを立てるだけでも部屋としては充分に機能するだろう。細かい施設は作ってやる必要はあるが。後は光を取り入れないといけないだろうし、ところどころ大樹に穴を開けて窓を作るか。


 そういえばこの大樹に穴なんて開けてもいいのだろうか? ミカエルさんの家なのでは?


「その心配はいりません」

「ひえっ!」


 一人でそんなことを呟いていると、いきなり背後から声を掛けられる。かなり上ずった声が出て恥ずかしかった。振り返ると、まぁ予想通りミカエルさんが立っている。


「気配を消して近寄るのは止めてくれるか?」

「あら、これでもずっと傍にいたのだけど」


 知ってる。伊達に何度も足を運んでいない。どうやら精霊は姿を消して行動できるらしく、こうして唐突に姿を現すことも珍しくなかった。ヒノはまだ出来ないようだが。


「えっと……そのお姉さんは誰ですか?」


 アリゼの疑問も当然である。今まで姿を消していたのだから、彼女らがミカエルさんの姿を見るのは初めてだ。


「お姉さんって呼ばれるのも新鮮でいいものですね」


 当の本人はお姉さんと呼ばれたことに満更でもないようだ。精霊でも若く見られるのは嬉しいものらしい。


「この人が……人? まぁここに住んでる精霊だよ」

「わぁ! 精霊さんなんですね!」


 途端にアリゼの目が輝きを増す。魔法について知った時のクロードに匹敵する光度である。


「勝手に連れてきちゃったわけだけど、なにか不味かったかな?」

「いいえ。なにも問題ありませんよ。確かに私はずっとここに住んではいますが、別にあの大樹に住み着いているわけではありませんし、なにより毎日暇で仕方が無かったところです。賑やかになるのは良いことですよ」


 事後承諾ではあるが、ミカエルさんの許可も出たので安心して家を建てられる。ぶっちゃけ今までミカエルさんのことを忘れていたのは、口が裂けても言えない。


「それにしてもシャーロット君。さっきの声、可愛かったですね」

「忘れてください……忘れろ」


 ちょっかいを掛けてくるミカエルさんは放っておいて……。まぁ子供達の相手をさせておこう。


 さて、あとは商会に行っていろいろ手続きをしないといけないし、魔法使いではない子達にはこの果樹園の管理を教えることになる。魔法を覚えた後は、チョコレートや発酵食品の作り方を教えるのは俺の役目だし、思った以上に大変だこれ。カイルもヒノも、こういったことに関しては一切興味を示さないので、否が応にも俺がやることになっていた。そのせいで今回は俺が四苦八苦することになりそうだが、その後は随分楽が出来るので収支で言えばプラスだろうか。


 グダグダしてても仕方ないので、すぐにでも魔法の習得と、果樹園の管理の仕方を教え始めることにする。まぁ魔法の方はともかく、果樹園の管理と言っても毎日収穫していれば特に難しいことをする必要もないので、実質教えることはあまりないのだが。


 そう思ってカイル達を呼び、俺の隣にいるミカエルさんについてジゼルがまたヒステリックになっていたのはもはや通過儀礼である。

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