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第十五話 森の主。

「なにもホントに飯抜きにする必要はないと思うんだ」

「俺も冗談のつもりだったけど、心の奥底に真っ黒な感情が顔を出したから」

「カイルが余計なことを言わなければ、シャルもご飯用意してくれてたのに」


 朝飯をヒノと二人だけで済ませ、王都を外から眺めながら屋台に揺られて北の森を目指す。


 朝っぱらからにやけ面を晒していたカイルに苛立ちを覚えた俺は、冗談のつもりだった飯抜きの刑を執行した。ほんと、余計なことを言わなければちゃんと飯も作ってあったのにな。男であるのだし、それ自体にはなにも文句なんてないが、それを俺に自慢されても。


 まぁそれほど怒っているわけでもないので、簡単ではあるが握り飯を少し作ってやった。これから領域に入っていくので、空腹のせいで集中力が乱れても困るのだ。昨日の出来事についてカイルが詳しく話したがっていたが、ヒノもいることだし、さして興味もなかったので物理的に説得した。ヒノも露骨に嫌な顔していたし。


 今日は軽く肩慣らしと言ったところだろうか。確かに領域の魔物は脅威だが、危険度で言えば王国の中でも最低ランクの場所なので、ある程度は気楽に狩りができるだろう。二日ほど慣らしたところで洞窟の方にも挑戦してみようかと思っていたりする。


 ギルドでもらった資料によると、洞窟の中で現れる魔物の多くがなにかしらの状態異常を引き起こす攻撃をしてくる。蝙蝠による麻痺や蛇による毒などであるが、戦闘力だけで言えば大した強さというわけでもない。噛み付かれて必ず状態異常を起こすわけでもないし、回復魔法に特化したヒノも連れているので、少し鍛錬しておけばなんとかなりそうではある。慎重を期するために北の森攻略を優先してはいるが。


 北の森に生息する大亀であるが、実は挑戦してみようかななんて考えていたりする。慎重にとか言っておきながら矛盾しているのだが、領域っていうのは精霊の住む土地なのだと、ミカエルさんに聞いた。


 彼女曰く、精霊が気に入った土地に定住することで、大地に魔力が浸透して領域が誕生するとか、そんなことを言っていた気がする。やはり詳しくは教えてくれなかったのだが、実力が伴ってきたのならば、彼らに会いに行くのもいいだろうと言っていた。どこにいるかまで詳細はさすがに知らないらしいが、ミカエルさんもそうだったように、魔力が一番多い場所にいるらしい。


 となればその亀がいる場所が怪しい。一番魔力が濃い場所なので、それ相応に強い魔物が根城にしていることが多いらしく、会うだけにしても楽じゃないとは聞いている。精霊はあくまでも不干渉らしいので、いくら精霊の加護を受けている俺とてそう容易く助けてくれることはないそうだ。


 なにはともあれ、まずは領域に入ってみることだ。精霊の森で出会った魔物の大半が植物の魔物である。虫系の魔物や狼なんかも居たが数は少な目であったし、そういった動物の魔物に対する鍛錬になるはずだ。資料にもそんな魔物が多いと記されている。素材はそれほどレアでもないが、売れば金にはなるし肉なら俺が食材として処理するまでだ。薬草の類いも少し自生しているそうだし、そういった植物の採取もしながらの探索行になるだろう。


 領域までの距離はそう遠くないので、読書なんぞしていればあっという間についてしまう。まぁ王都から森が見える程度の距離しかないのだし。


「ここが王都から一番近い領域なんだが」

「なんというか……平凡?」

「普通の森と大して変わらないね」


 屋台から出てその様子を確認しているところなんだが、まー普通の森である。クゼット村近くの領域では植物が異常な大きさに成長していたもんだが、ここには特に目立った変化はない。それだけミカエルさんの魔力がデカかったということなのだろうか? とはいえ、領域に変化させてしまうほどの精霊であれば、例にもれず強大な魔力を誇っているはずなのだが、それほどまでに程度の差があるというのか。ミカエルさんぱねぇっす。


「なんにしてもここが領域であることには違いない。気を引き締めていくぞ。特にカイル」

「そんなに気にしなくても俺達なら問題ないって」

「それが不安なんだっての……」

「まぁまぁ。怪我したら私が治してあげるからさ」


 実際カイルの言う通りで、普通にしてれば怪我もしない程度の場所のようなのだが、だからこそ用心するに越したことはないわけで。例えばゲームなら、レベル一のモンスターの噛み付き攻撃を食らったところで、体力の減りも気にするほどのものではない。だがこれは現実で、如何に弱い魔物だったとしても腕を噛み千切られることだってある。下手をすれば魔物ですらない動物に命を脅かされることだってあるのだから、慢心は文字通り命取りになりかねない。そのあたり、もう少しカイルにも自覚して欲しいものだ。


 とりあえずカイルがこの調子なので、俺がより一層警戒をしておくことにする。昔と違って探知の魔法以外に感知の魔法も覚えているので、接近してくる外敵には問題なく気付くことができるのだ。その効果範囲も広がっていることだし、高速で接近する魔物がいたとしても多少の猶予はある。


 なんて言っている時点で俺も油断しているような気もするが、このあたりの気の持ち方は難しいところだ。とにかく、この森の探索を初めてみようか。少々不安は残るが、アリオンはこの辺りで待っていてもらうことにする。


















「味気ない」

「まさかのシャルが油断発言」


 カイルに言われてしまうとは言葉も出ないが、仕方ないとも言える。あれだけ警戒して領域に入ってきたわけだが、その実態はあまりにも呆気ないものだった。出てくる魔物と言えば、俺達も良く知るワーウルフも当然のようにいたが、こいつはもはや敵とは言えない。動物系の魔物が主な敵だったが、特別な攻撃をしてくる魔物は皆無であった。


 唯一厄介だったと言えるのが、鷹の魔物だ。広げた翼は優に二メートルを超えるだろう。その翼を羽ばたかせて突風を引き起こすのだが、これがまた結構な風速なのだ。肌を叩く風は中々に痛い。更にはするどい嘴と鉤爪で、あろうことか目を狙ってくる。狡猾で厄介な魔物だと言えよう。


とは言っても所詮はただの鷹なのだ。風の魔法に似た突風を巻き起こしこそすれ、ダメージ自体はそれほどでもない。目を狙われると冷や汗ものだが、瞬間移動するわけでもないので、動きに注意していればなにも問題はなかった。集団で襲われることもなかったので、一度戦ってしまえば対処は容易である。


 倒した鷹からは羽や鉤爪の他、肉も剥ぎ取って調理してみた。解毒の魔法もあることだし大丈夫だろうとの判断だったわけだが、これが思いの外美味い。なんとなく筋張っていて食べるのには適さないのではないかと思ってはいたのだが、思っていたほどの固さもなく笹身のような触感だった。これも魔力のおかげか。


 となれば試してみたくなるのが人の性。他の魔物も食ってみようじゃないかと。猪やウサギあたりは問題なく食えたのは当然として、熊や狼なんかも割と美味いという結果に。熊にしても、地域によっては食材として食べられてはいたし、狼も犬が食用だった時代があることを考えるとなんとなく合点がいく。


 とはいえ、さすがに狼を食うのは抵抗があり過ぎて、一度味見をした後は食材として狩ることはしなかった。不味くはないのは確かだが、他の肉の下位互換に過ぎないので成仏するよう祈りつつ埋葬する。なにがいけないって、犬の親戚みたいな見た目をしてるのがいけない。狼が飼い慣らされた姿が犬だろ? そんなん、元日本人の俺には食うのを躊躇う理由がある。カイル達は珍しそうにしながらも、それほどの抵抗はなさそうだったが。


 さすがに虫の魔物は食わなかったさ……。


 事前情報通りの魔物の弱さだったわけだが、油断はしないように心掛けつつ探索を続ける。時折見かける果実や薬草を回収しつつ、森の奥へと進んでいく。方角は北。大亀が生息しているという湖である。


 挑んでみるかどうかは別として、様子だけでも見ておこうというわけだ。転移も出来るようにしておけば、森の奥地までえっちらおっちら歩いてこなくて済む。森の中を歩くのは結構面倒くさいのだ。なにより……。


「いやああああああああ! こっち来ないでええええええ!」

「ヒノがうるせえ! シャル! どうにかしろ!」

「だったら目の前の蛾を早いとこ始末することだな……」


 俺達は今デカい蛾に襲われているところなのだが、戦力が二人に減っている。それでも、この程度の魔物はなんてことはないのでそれ自体に問題はないんだけど、こう言ってはなんだがヒノがうるさいし、邪魔。

女の子らしく虫が大嫌いなようで、虫の魔物が出るたびに悲鳴を上げて蹲る。魔法の一つでもぶっ放してくれりゃこっちも楽だし、魔物もすぐに倒せるのに。


 気持ちは分かる。虫なんてただでさえ気持ち悪い要素が満載なのに、それに加えてデカさが桁違いなのだ。やつらが与えてくる生理的嫌悪感は半端ではない。幸いこの領域に生息する虫共は少ないようで、こいつで四匹目になる。クゼット村にいたときはもっと多かったので、ヒノはあまり狩りに同行したがらなかった。余談ではあるが、同じ女である姉さんはこいつ等を苦にしておらず、容赦なく羽を切り裂いていたのを記憶している。


 せめてその場から離れてくれればいいのに、そのまま蹲ってしまうから質が悪かった。バッドステータス虚弱とでも言おうか。庇いながら戦わなきゃいけなくなるので非常にやり辛い。解決策は……。


「ファイヤボール!」


 とこのように、カイルに火の攻撃魔法をぶっぱなしてもらうことである。俺の折り紙魔法で爆発させたり切り裂いてもいいのだが、それだと死骸が残ってしまい、それを見たヒノがまたぎゃーぎゃーうるさいのだ。よって、火の魔法で灰まで燃やし尽くすのが最良だと、今までの狩りで学んでいた。


 問題は、カイルの魔法の発動速度が遅めであることか。それまで俺が牽制しつつ、時間稼ぎをしなきゃならないことになる。それはつまり、あの気持ち悪い虫の近くまで接近する必要があることを意味し、俺の心に重篤なダメージを残すことに他ならない。離れた場所から折り紙を飛ばすだけでは充分に注意を引けないことがあったからだが、俺だって虫は嫌いだ!


「もう嫌! 早く帰ろう!」

「それじゃ何のために来たのか分からないじゃないか」

「嫌なものは嫌なの! 虫なんて大っ嫌い! ばーか!」

「俺だってあんな気持ち悪い魔物と戦いたくねぇよ。それにヒノがビビって丸まってるから、俺が必要以上に近付く羽目になってるんだぞ!」

「私女の子だもん! 女の子を守るのが男の務めでしょ!」

「お前精霊だろうが!」

「精霊だけど女なんですぅ!」


 つまらない言い争いをしながら森を進む。カイルは俺達の言い合いには無関心であるかのように、欠伸をしながら歩いている。もちっと気を引き締めて、周囲の警戒でもしてもらえませんかね? そりゃあまりに魔物が弱くて気が抜けたのは俺も同じだが。


 帰りたがるヒノを引き摺る様に連れ回し、ようやく目的の湖までやってきた。この領域内に湖はいくつかあるが、どれも規模は小さいので、この大きさなら目的の湖で合っている。というか……。


「あれが例の大亀だよな?」

「そうなんじゃね? めちゃくちゃデカいな」

「それより、戦ってる人がいることの方が、私としては気になって仕方ないんだけど」


 そこが問題だ。ヒノが言うように、あの大亀と戦っている連中がいる。話に聞いていた、討伐素材狙いの無謀な輩なのだろう。普段は湖の中に潜っていて、中立的で攻撃はしてこない魔物なので、十中八九それが目的だ。


 やれやれどんなアホなのだと、その連中を観察してみる。見れば見るほど、相当にトチ狂った連中だと感じた。


 なにせ二人しかいないのだ。普通に冒険者として行動するのならそれでも構わないだろうが、相手は熟練の冒険者でも返り討ちにしてきたような魔物。それも人数を揃えた万全の編成で挑んでいるというのに、たった二人で一体なにができるというのか。まぁ俺も三人で挑戦してみようかと考えている時点で同類かもしれないが、あくまで選択肢の一つとして考えているに過ぎず、無理そうだと思えば戦うつもりもないわけで。


 その連中は二人共女性であるようだ。遠目に見てるので背格好などあまり詳しく分からないが、青い髪のポニーテールと茶髪のショートカットであるのは分かった。得物は青い方が槍、後方で茶色が弓を使って支援している。


「どうする?」

「いやそんなこと言われてもな……」


 カイルの疑問に曖昧な答えを返す。基本的に、冒険者の暗黙の了解として、互いの戦闘には不干渉というルールがある。それは討伐した後の素材の分配や、連携の乱れによる無用な怪我等、余計な諍いの原因になるのを防ぐ目的があるが、今回はどうだろうか。


 どう見てもあの二人に勝ち目などない。亀がある程度近付いているとはいえ、槍で水中にいる亀に攻撃する機会はそう多くはないし、弓矢で硬い甲羅にダメージが通るわけもなかった。魔法が使えるとしても、それだって無限ではないし、弓矢で柔らかいであろう手足や頭部を狙ったとして、それだけで倒せるとは思えない。にも関わらず逃げるような素振りがないのだ。


 暗黙の了解といってもケースバイケースであるし、このまま放っておいて、あの二人が亀に叩きのめされるのを見るのも気分がよくない。ただ逃げるだけなら素材の分配や連携の心配も少ないはずだ。


 そう、逃げる。だってどう見ても勝てないでしょうよ。俺もあの亀に挑むなんて息巻いてここまで来ているが、なにも正面からバカ正直に体当たりで挑むわけない。様子を見て、傾向と対策を練ったあとでイケると確信が持てるようなら、という但し書きの上でだ。今見た感じ、亀の攻撃は水の魔法による遠距離攻撃が主のように見えるので、それを元に作戦を練りたいが……。


「あっ!」


 少し脱線したまま思考に耽っていたところを、ヒノの声で現実に引き戻される。何事かと顔を上げれば、後衛に位置していた茶色がなんらかの水魔法で吹き飛ばされたところだった。そのまま後方の木に叩きつけられて昏倒したようだ。


「こりゃ本格的にヤバいんじゃねーか?」

「助けに行った方がいいと思うな」


 ヒノだけでなく、カイルも同じ意見を述べる。この亀は肉食ではないらしく、わざわざ捕食するために近付いて来たりしないが、自分に危害を加えてくる者には容赦なく魔法を放つ。近付くものは薙ぎ払われるし、その反動で命を落とす者も多いのだから、食われる心配こそなくても危険なことには違いない。


「仕方ねぇ。俺が亀の攻撃を防ぐから、あの吹っ飛んだ茶色い方をなんとかして」

「はいよ」


 そう告げて木の陰から飛び出し、未だ槍で亀の顔目がけて突きを繰り返す槍使いに向かって走り出す。カイルとヒノも俺のあとに続いているようだ。


「おい! 無茶なことしてないでさっさと逃げろ!」

「はぁ!? 誰よあんた!」


 一度亀から距離をとった青いやつが、苛立ち交じりで俺に言葉をぶつけてくる。言葉使いもそうだが、顔もだいぶキツイ印象を受けた。猫を思わせる淡黄色の光を蓄えた瞳が、より一層鋭い視線を投げかける。それに構わず、亀との間に立って防御魔法を展開させた。


「魔障壁!」

「なっ! 余計なことしないで!」


 魔障壁は言葉通り、魔力で作られた壁で、物理的魔法的な攻撃を防いでくれる補助魔法になる。アリオンに与えてある物の原型がこれだ。それよりも、後ろで喚き散らす青がうるせぇ。


「聞いてるの!? 邪魔だって言ってるのよ!」

「うるせぇよ青いの! どう見たってお前らじゃ勝てないだろうが! 目の前で死なれるのも気分悪いから早くそこから離れろよ!」

「あ……青いのって! 人を髪の色で呼ばないで!」

「あーもうめんどくせぇ! カイル! このじゃじゃ馬を引き摺ってでも離れさせてくれ!」


 ヒノと一緒に茶色の様子を見ていたカイルを呼び、青いのをどけるように声をかける。


「ほらいくぞ。いつまでもそこにいたらシャルが動けないだろ」

「ちょ! どこ触ってるのよ変態! 離しなさい!」

「不可抗力だ! それに絶壁じゃねーか! 触ったことすら気付けなかったわ!」

「なんですって!」

「くだらないこと言ってないで下がれよもう!」


 三人の怒声が交錯する中、亀は容赦なく魔法を放ってくる。その度に鈍い、地に響くような震動が起き、思わずバランスを崩しそうになった。


 魔障壁だって万能じゃない。攻撃を食らえばそれだけ耐久力が落ちるし、その都度魔力を継ぎ足して強度を回復させている。俺だって大量の魔力を有しているとはいえ、無限ではない。この状況が長引くのは御免だった。


 さすがに男女の力の差は大きいようで、青いのはカイルに連れられて少しずつ森の方へと下がっていく。その間ずっと、亀に両手を向けたまま魔障壁を維持し続ける。ようやくヒノと茶色いやつの近くまで到達し、俺も魔障壁を解いて離脱しようとした時、異変が起きた。


 カイル達がいる位置から少し離れた場所、森の奥から姿を現したのは、狼の魔物であるワーウルフ。普段なら蹴散らして進むのだが、問題はその数だ。運悪く大型の群れと遭遇してしまったらしく、今まで見たことがない数が群れていた。彼らが俺達の存在に気付かないはずもなく、獲物を見つけた狼たちは臨戦態勢に入る。


 どうやら亀とワーウルフ達は敵対しないようだ。狼が亀を食らうなんて聞いたことも無いし、そもそもこの体格差じゃあ無理だろう。亀は草食だから、危害を加えられなければ手も出さないはずだし、当然ではあった。


 そうなると、俺達としては都合が悪い。逃げようにも気を失った茶色い奴がいるので、この狼の群れを振り切るのは困難だ。戦うにしても、既に亀のターゲットは俺達なので、同時にあいつも相手にしないといけなくなる。


 しかし逃げられない以上は狼だけでも全滅させるほかない。出来ることは、なるべく早く狼共を殲滅することだ。その間、俺は亀の攻撃に耐え続けないといけなくなる。


「カイル。あいつらをさっさと片付けてくれ。ヒノもそいつの回復が終わったら一緒に」

「この青いのどうする?」

「ほっとけ。こうなったら仕方ねぇ。なるようになる!」

「だから! 変な呼び方しないで!」


 カイルは剣を抜き、ヒノも茶色の治療が終わったらしく、魔法の準備をする。そしてカイルの手から解放された青いやつは再び俺の横に立つ。


「早くその壁を解いて。それじゃああいつを倒せないじゃない」


 少し落ち着いたらしく口調は多少穏やかになったが、それでもまだあの亀を打ち取る気でいるようだ。なにがこいつを駆り立てるのかは知らないが、出来ないと分かりきっていることをさせるつもりはない。


「お前本気で言ってんのか?」

「当たり前でしょ。あれくらい別にどうってことないわ」

「嘘つけ。どこをどう見たらお前が勝てる要素があるって言うんだ? 今だって、後ろのやつが気絶する程度には劣勢だっただろ」

「そ……そんなことないわ! あれはフランがちょっと油断しただけよ」


 あの茶色いのがフランと言うのか。まぁそれはいいとして、こいつはなにがしたいんだ? 見たところ俺達とあまり年は変わらないだろうし、今焦って金や名声を得るメリットはあんまりないはずなんだが。


「なんでそこまで亀の討伐に固執する必要があるんだ?」

「貴方には関係ないでしょ。もう、いいわ。私は私で勝手にやるから」

「おい! ちょっと待て!」


 くそ! これだからガキは嫌いなんだ! 意固地になって無茶をして、その結果周りに迷惑をかけて。これが日常の些細な失敗なら笑って許せるが、今回は次元が違う。下手すりゃ命に関わるってのに、この世界の住人ときたらもう……!


 展開されている魔障壁の範囲外まで回り込み、懲りもせず亀に突撃する彼女を見て悪態をつく。亀も俺に攻撃するのは無駄だと悟ったらしく、標的を青いのに変えた。腕の立つ魔法使いであれば、指定した対象に魔障壁を付与することもできるらしいが、残念ながら俺は自分の周囲に展開するのが精いっぱいだ。あいつに直接魔障壁を張ってやることはできない。


 どうせ標的はあいつに変わっているのだから、魔障壁は一時解除する。なんとかあいつを捕まえて撤退したいが、今は動き回っていて捕まえるのは難しい。強引に捕まえようとして亀の攻撃を食らっては目も当てられないし、強制排除するのは諦める。


 となればどうするか。


 やるしかねぇだろう。なるようになれ!


 カイル達の方を見ても、狼の数が多過ぎてうまく数を減らせていないようだ。まだまだ時間がかかりそうだし、腹を括って討伐に乗り出すことにする。


 飛翔の魔法を使い、一気に亀の首元まで接近する。そのまま居合切りの要領で刀を抜き、即座に離脱。


 その瞬間に鳴り響くは、亀の悲鳴でも血飛沫の音でもなく、耳を劈くような金属音。あまりのうるささに顔を顰める。どうやらあいつの皮膚は異常な硬さを誇るようだ。それこそ、金属のように。


 自分の刀が心配になり、刃こぼれの有無を確かめるが、一応目に見える範囲では無事のようだ。ただし、細かい部分ではどうか分からないが。


 しかし、困った。皮膚が切り裂けないとなると、どこを攻撃したらいいやら。俺も居合の達人というわけではないが、皮膚くらい切れるだろうと思っていただけにこれは予想外だ。そういえば、あの青いのも首は狙っていない。ずっと顔ばかり狙っているので、おそらく目を攻撃したいのだろう。ということは、皮膚が硬いのは知ってたな?


 さすがに俺が攻撃に参加したのを感じ取ったらしく、こちらこそ見ないものの、散発的ではあるが魔法が俺を襲うようになった。狙いを絞っているわけではないようで、動かなくても当たらない魔法も多いが、どこから飛んでくるのか予想も出来ない状態で近付くのは容易ではない。


「皮膚が硬いってのは先に言えよ!」

「あんたが攻撃するとは思わなかったのよ! それにギルドから資料を貰ったなら書いてあったでしょ!?」


 ……言われてみりゃそんなことが書いてあったような気もする。まだ本格的に戦うつもりじゃなかったから、さっと流し読みしていたのを今更ながらに後悔した。


 となると、あいつがやっているように目を攻撃するしかないわけだが、目が弱点なのは亀も承知なわけで、顔周辺は特に抵抗が激しい。現にあの青いのも防戦一方で、突きのひとつも繰り出せていないようだ。こうして見ると、あれだけの弾幕の中被弾せずに立ち回っているあいつはなかなか凄いと思う。口だけではなかったようだが、それでも結果が伴わなければ意味はない。


 無差別に放たれる魔法のせいで迂闊に近づけないが、俺にはまだ攻撃手段はある。まずは燕からだ。


 時折直撃コースで迫ってくる魔法を躱しながら、燕の折り紙を飛ばす。もしかすると攻撃が通るのではと、首元で爆発させてみたが反応は無し。やはり半端な硬さではないようだ。では本命の目を狙っていく。


 今までは細かな狙いをつけて攻撃したことがないので、正確に目を攻撃できるかは疑問だ。しかしやるしかない。仮に多少外れたとしても、目の近くで爆発させりゃ目くらまし程度には使えるだろう。……その隙になにをするかと言われたら、なにも思いつかないが。


 集中するために一つだけ投げて様子を見る。亀の放つ魔法を避けながら目を狙う。が、そう甘くはない。始めての挑戦ということもあってか、直撃とはいかなかった。ならば、数で攻める。


 両手に持てるだけも折り紙を取り出して、ひたすらに投げる。青いやつがさっきから怪奇の視線を送ってくるが、それを無視する。本人もそんな余裕はなく、すぐに意識を亀に戻したようだ。


 数の暴力によって、盛大に爆発した燕型折り紙だが、その成果は芳しくない。熱波によって多少はダメージがあったようだが、目に見えて有効な攻撃というわけではなかった。


 だめだ。効きゃしねぇ。刀で切れなかったのだし、手裏剣型でも同じことだろうな。


 あとは……どうする? カイル達の方はそろそろ終わりそうだし、その時は俺が注意を引いている間に、青い奴はカイルに回収してもらえばいい。ただ、折角一戦交えたのだし、弱点の一つでも確認しておきたい。次に本格的な討伐に来る際の作戦が立てられる。


 腹なんかはかなり柔らかいと思えるのだが、水の中に浸かってしまっている以上、迂闊に潜るのは危険すぎる。甲羅は論外だ。それを破壊できるほどの攻撃力があればいいが、少なくとも今は無い。その身を守る鎧なのだから脆かったら話になら……ない……?


 そうだな。何のための甲羅か? 弱い部分を守るために、その強靭な防御力を手に入れたわけだ。ならば、その弱い部分を攻撃できれば問題ないわけだな?


 甲羅の下を攻撃することはできないが、内部を破壊するという方法であれば、まだ他に手段があるだろう? だったら特大の魔法をプレゼントしてやる。


 新しく取り出したのは久寿玉を模した折り紙。四十枚の折り紙で構成されたものだが、これを作るのはかなり面倒くさい。それだけに、攻撃力という面ではかなりの威力がある。


 なにせ四十枚の折り紙それぞれに魔法を付与できるからだ。持ちやすいようにつけられた紐には、魔法発動のトリガーとしての魔法を付与してある。複数の魔法を組み込むこともできるし、同一属性の魔法を重ね掛けすることも可能だ。今回は前者で行こうと思う。火や風など、属性はいくつかあるが、どれが一番有効か良く分からないからだ。雷なんかよく効きそうだが、ここは先入観を捨てて挑むことにする。


 火、水、風、雷、土。五種類をそれぞれ八枚に付与して、それを両手に一つずつ。計八十発の魔法が同時に襲うことになる。準備は出来た。あとは心構えだ。


 深呼吸をして、心を落ち着ける。二度三度と息を吸い、意を決して飛翔の魔法を展開。タイミングを見計らい、一息に飛ぶ。


 瞬時に移動した先は亀の頭部。突然移動してきた俺になにより驚いていたのは亀ではなく……。


「なにしてんのよ!」


 この青いのだった。そりゃあ、ね。亀がその気になれば丸呑みにできる距離。だがそれは俺が狙っていることだ。


 この亀。度々咆哮を上げるため、口が開くのだ。非情に耳障りなのだが、今回はそのお陰で口の中に久寿玉を放り込むことができた。思いっきりぶん投げた久寿玉は喉の奥へと消えていく。それを確認し、急いでその場を離れた。留まっていたら、魔法で吹き飛ばされる。


「離れるぞ!」

「やっ……! あんたまで勝手に触らないで! というかもう少し丁寧に扱いなさいよ!」


 一々事情を説明している暇なんてないので、青いのを肩に担いで飛翔する。抗議の視線と声が突き刺さるが、そんなことに構っていられない。距離を取ったことを確認し、トリガーとなる魔法を発動させた。

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