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第十四話 王都観光。

遅くなりました

全てはとあるゲームのベータテストが悪いのです!


すみません反省してます

お待たせしてもうしわけありませんでした

とはいえ、これが私の更新頻度ですので、何卒ご理解のほどよろしくお願いします

なるべく早く更新できるよう努めます

「美味しい! ケーキってこんなにも甘くて美味しいものなんですね!」

「喜んでいただけたのであればそれはなによりで」


 アデル様は、ケーキを一口食べる毎に美味しいと連呼している。長年の望みが成就した反動なのかどうなのか、二十センチほどの長さのケーキをものの十数分で平らげるという状態であった。依頼の品なのでそれをどう食べるかは自由であるが、些か早すぎるのではないかと。食べ尽くした瞬間の、シュンとしたしおらしい表情に危うく貫かれそうになったがなんとか耐えた。ケーキを食べていた時の花のような笑顔からの落差だけに、その破壊力たるや饒舌に尽くしがたいものがある。


 そんな俺の内心はさておき、依頼達成の報酬としての金貨二枚はしっかり受け取った。今日作ったケーキのレシピは、羊皮紙にメモしてエルマンさんに渡す。米粉については大した工程もないので、口頭で伝えるに留まった。


 結局、二人の詳しい関係は良く分からないが、貴族の娘とその専属料理人、またはそれに近いものであろうと思われる。そら金貨を報酬に出せるわけだ。


「それではアデル様。そろそろ帰りませんと。あまりこちらの区画に出入りするのは世間体が悪いです」

「ですから、エルマンも貴族街の方に住めばいいのにと何度も申しておりますのに……」

「私は住み慣れたこの家が一番居心地がいいのです」


 まぁそういう思考の人間も一定数いるのだし、別段不思議でもないが。どこに住んでいようと大した違いなんてないとは思うのだが、貴族って奴はそんなどうでもいいと思えるようなことにもこだわる質らしい。他の人間に舐められないように見栄を張ると言えばいいのか、それが貴族としての矜持であるのだろう。


「改めてお礼を。今日は本当にありがとうございました。産まれて初めて、ケーキと言う物の美味しさを知ることが出来ましたわ。心から感謝を申し上げます」

「私の方からもお礼をしておくよ。料理人として私が不甲斐ないばかりに、アデル様には今まで悲しい思いをさせてきた。レシピも教えてもらったし、本当に感謝している。ありがとう」

「依頼とは別になにかお礼をしなければと思っているのですが……」

「お礼なら既にもらっていますよ。美味しそうに食べる姿が、料理人としてはなによりの謝礼です」


 くっさい台詞だと言うのなら否定はしないが、それもまた事実。その顔が見たくて、料理人は日々美味しい料理を作っている。もちろん、それは女の子に限った話ではないからな。その思いが、アレルギー対策の料理を産み出したとも言える。みんなが安心して美味しく食べるためならば、努力は惜しまない。


「そういうものなのですか?」

「料理人とは、そういうものです。そうでしょう? エルマンさん」

「はははっ! 君には敵わないな。確かに君の言う通りだね」

「そう仰るのなら良いのですが……」

「お気になさらないでください。それよりも、あまり長居をするのはよろしくないのでは?」


 あまりダラダラ話していると、更に報酬を渡されそうなので早めに切り上げておく。貰えるのは有り難いのだが、俺としては大したことをしていないので申し訳なくなるのだ。彼女らにとっては困難だったかもしれんがな。


「そうでしたわ。それでは私はこれでお暇いたします」

「はい。またご縁がありましたら」

「ふふっ。縁は繋げる物なのですよ? あ、カラアゲの件、忘れないでくださいね? ほら、これでまた次がありますわ」


 その微笑みはすごく目の保養になるんだが、言葉の内容がまたなんとも。そういえばさっきから揚げについてはまた今度とか言っちゃってたな……。教えるのも吝かではないけど、作り方が面倒だしねぇ。から揚げがではなく、醤油が。どうせすぐには生産体制整わないだろうし。


 実は醤油や味噌で一山当てられるんじゃないかと、画策はしていたのだ。別に金持ちになりたいわけではないが、あって困るもんじゃないし。ただまぁ……俺一人では量産できないから、その方法に苦慮している。クゼット村の商会で作らせるのもアリなんだけど、今は片栗粉で手が回らないのではないかと思って保留にしてたんだよな。米粉も作ってほしいし。けどそろそろ余裕が出来た頃合いだろうか。


 とはいえ、別に利益独占してどうのこうのってつもりでもないし、どこかの商会とかが醸造蔵作って生産してくれるなら手間が省ける。その時は、多少俺に便宜図ってくれるよね? そのあたりは信頼関係築いておく必要があるし、しばらく時間かかりそうだ。そう考えると自分でやった方がいいかな?


「から揚げですか。ひとまずは定期的にエルマンさんにお届けしましょう」

「あら、よろしいのですか? 冗談半分だったのですけど」


 冗談かよ。


「それはいいけど俺達一応冒険者だぞ? そう毎回届けている暇もないんじゃないかと思うけど」

「大丈夫。新しい魔法考えたから」


 カイルの疑問は尤もだが、そこは俺が新たに編み出した折り紙魔法の出番というわけだ。


 どんな魔法かというと、宅配便のような魔法だ。初めて折り紙魔法を思いついたときに、最初に浮かんだ使い方でもある。使い方は単純で、指定した場所まで勝手に飛んでくれる便利なデカい折鶴を飛ばすだけだ。


 普通に場所を指定してもいいが、それは転送の魔法の方が即効性があって便利だ。だがこの魔法の場合、対象となる人物の魔力さえ分かれば、どこにいようと勝手に飛んでくれる。飛翔と感知の魔法を組み合わせたものだ。感知は魔力を察知する魔法で、動くものだけを対象とする探知とはまた違う。


 魔力というのは、人や物によって微妙に感じ方が変わってくる。温かい魔力、刺々しい魔力、粘ついた魔力。それらを判別できれば、目を瞑っていても誰なのかが分かる。共感覚というものを知っているだろうか。俺は前世で共感覚ではなかったのではっきりとは言えないが、それに近いのだろうと思う。


 転送の魔法もあるが、それはそれで互いに一長一短あるのだ。


「楽しみにしておきますね。それではまたお会いしましょう」


 アデル様はそれだけ告げると、転移の魔法を使って帰って行った。微笑みながら光の粒子に包まれて消えていく様は、神秘的ですらあったと思うのは心の内側に留めておこう。


 アデル様もいなくなったところで俺達も辞去しようか。依頼の達成をしたことをギルドに報告にいかないといけないし、そもそも俺達は冒険者で、王都周辺の領域に向かうためにやってきたのだ。本来の仕事に戻ることにする。


「というわけで俺達も帰ります。から揚げについてはエルマンさんに直接送りますけど、いいですか?」

「本当にいいのかい? だったら私はそれで構わないんだが、羊皮紙で出来た鳥が飛んでくるんだね?」

「はい。その内側に入れておきますので。あぁ、着いたら勝手にばらけるので、残った羊皮紙はお手数ですけどそちらで処分してください。なにかに使ってもいいですし」

「折角だし残しておくよ。戦闘こそできないが、私も魔法使いの端くれだからね。収納しておこう」


 まぁそのうちどうにかして帰還するようにしよう。着いた瞬間転送なんてしてたら受け取りができないし、終わったら帰ってくるように魔法をかけられるか? パソコンのプログラムでもあるまいし、できそうにないが、どうだろう。


 軽く挨拶をしてエルマンさん宅を出る。その足でそのままギルドへ向かった。王都内であるし、特になにもなくギルドまでは到着する。


 来訪者用窓口に行き、担当者に声を掛けた。


「こんにちわ。依頼の達成報告に来たんですが」

「はい。依頼書と……あぁ、貴方達でしたか」


 俯いて書類になにかを書きとめていた職員が顔を上げる。どこかで見た顔だと思ったら、初めて来たときに俺達に応対していたシルビィさんだった。まぁこの前もこの窓口にいたのだし、今日の担当なのも当たり前だな。


「どうも。あの依頼が終わったんですけど」

「随分早かったようですが……依頼書を見せてください」


 半信半疑のシルビィさんに依頼書を渡す。そこにはエルマンさんのサインと捺印がある。それを確認したシルビィさんの眉が少しだけ動いた。


「確かに、確認しました。しかしまぁ……まさか本当に達成してしまわれるとは思っていませんでしたよ」

「たまたまですけどね」

「なんにしても、助かりました。あのまま未達成の状態で放置しておくのは好ましくなかったので」


 ついでとばかりに他の未達成の案件をいくつか紹介されたが、さすがに討伐系の依頼や捜索系の依頼くらいしか残っておらず、俺がクリアできるものではないと思えた。捜索はともかく、誰がドラゴンの討伐依頼なんぞ受けるかよ。依頼主はどっかの貴族だった。他の貴族に自慢するために、ドラゴンの頭部の剥製が欲しいんだと。んな貴族の見栄のために命賭けて堪るか。


 言うまでもないことかもしれないが、この世界におけるドラゴンというのは、魔物の中で最も上位に位置する魔物だ。生息域はどれも一筋縄ではいかない領域に住んでおり、個体そのものの戦闘力も並ではない。標高の高い山奥だったり、深海であったり、迷いの森の奥深くであったり。討伐はおろか、顔を拝むことすら難しいのであった。もちろん俺は見たことなんてないし、見たくもない。基本的に行動範囲は狭く、人里までやってくることはないらしいので、よほど危険地帯に向かわない限り出くわすことなど無いと言っていいようだ。


 そういえばアライア様の屋敷にはドラゴンの頭部らしき剥製があったけど、あれって誰が討伐したんだろうな。相当腕が経つ冒険者なのだろうが、まさかアライア様が? 可能性としてはあるな。この貴族のように依頼して手に入れたということはあるまい。そんな人ではなさそうだし。ま、討伐したのはいくつかある有名な冒険者パーティのどれかだろう。


 俺達のように複数人で冒険者をやっている人達も複数いる。というかそれが主流であるが、冒険者のなかでも有名人ってのはいるもんだ。なんらかの形でその武勇を知られることもあるわけで、いわゆる二つ名ってやつを付けられた冒険者も多い。


 魔物に囲まれたときの獅子奮迅ぶりがあまりにも恐ろしかったため『狂戦士』と呼ばれ始めた者。圧倒的な回復魔法によって数多の騎士を救った者には『聖女』の名が。まぁこんな名前なら割とすぐに思いつきそうな名ではある。個人だけでなく、パーティそのものに名がついている人達もいたな。何故か全員ハンマーを得物にしている変な集団がいて、『クラッシャーズ』とか呼ばれてるらしい。街でも壊してんのか?


 二つ名がついていると有名であるというわけでもない。最近では、彼らにあやかって有名になりたいとか強くなりたいとか思っている奴らが、自分達でパーティ名を決めていることもある。ギルドとしては管理が楽になるからってことで、冒険者登録の際にパーティ名の記入欄まで作ったほどだ。


 まぁ俺達は特にそんなものは決めていない。俺のネーミングセンスでは、小学生すらも一笑に付すだろう。もし付けられるようなことがあれば勝手にすればいいが。


 さて、依頼達成の事務処理を手早く終わらせ、ひとまずギルドのテーブル席で今後の予定を考える。ついでに飲み物も頼んでおいた。


「で、どこに行きたい?」

「といってもなぁ。良く考えたら明確な目標ってやつがないからな俺達。シャルはなにか考えてたんじゃないのか?」

「いや、まぁ領域の詳細を手に入れてから、めぼしい場所に行ってみるつもりだったんだが……」


 目の前に広げられた地図を見ながら考える。この王都周辺の領域は思っていたより少ない。北に広い森が一つと、東側に洞窟が一つだけだ。森の方は王都からでも見える距離にあって、出てくる魔物も大したことはない。同時に、得られる物もそれなりであることを示している。


 東の洞窟は、足場の不安定さと視界の悪さも相まってそこそこ難易度が高い。鉱石の類いが多く産出され、ここを狩場にしている冒険者も少なからずいる。魔物は質が悪いやつが多く、毒や麻痺を食らってそのまま餌食になる奴も多い。


 鉱石が手に入るという点で魅力的なのは洞窟なのだが、如何せん冒険者としての日が浅い俺達が挑むには少々勇気がいる。一応立ち入り制限がされていない場所なので、思うほど危険度が高いというわけではないだろう。だがこれはゲームではない。命が掛かっている以上、慎重に過ぎるということはないのだ。


 戦闘に関してもまだまだだと言える。魔力の量で言えば、俺達三人はそこらの魔法使いには負けていない。一番少ないカイルにしてみても、王都を歩いてカイル以上の魔力を持つ魔法使いとすれ違うことは少ないくらいだ。まぁ同程度の魔法使いであれば、それなりに見かけることもある。そういう奴らは総じて、ある程度場数を踏んだ手練れだと思えた。俺やヒノになると滅多に近しい存在は見かけない。


 とはいえ、だ。戦闘の回数で言えば彼らと比べて遥かに劣る。戦いは、なにも魔力の量だけで決まるものではない。立ち回りや戦術、連携に判断力など、俺達に足りないものはいくつもあるのだ。


 というわけで、ひとまずは北の森に行くことにする。鉱石は確かに興味があるが、ミスリルやオリハルコンのような希少鉱石が取れるわけではないらしいので、そのうち攻略するにしても今は後回しでいいだろう。金なら困ってないし。というかこの世界にもミスリルとかあるのね。アダマントとかヒヒイロカネとかも存在するらしいが、今はまだ手に入ることはないと思われるので気にしない。いずれは手に入れて、武器の強化が出来るといいな。


 その北の森なのだが、クゼット村近くの領域には程遠いがだいぶ大きい。北部を中心に、王都を囲うような形で三日月型に広がっている。北部には大きな池があるそうだが、その池には巨大な亀が住んでいて危険なのだそうだ。とはいえ近づかなければなにもしてこないので、特に問題にもされていない。まぁ、討伐して素材を手に入れようと挑戦して、返り討ちに遭う輩は後を絶たないそうだが。それ以外に脅威と言える存在は特にないので、新米冒険者などはまずここで経験を積むことから始めるのが一般的。


 特筆すべき点はない。得られる物も果物に薬草、木材といった何の変哲もない物だ。領域なので、通常の素材と比べれば質はいいが、この程度の素材はどの領域でも手に入る。あとはそうだな……いつぞや話したが、王都には魔法使いの養成学校があり、その学校の演習や卒業試験なんかで使われることもあるくらいか。


 なにせ比較的……というかこの大陸で最も手軽な領域である。次々に冒険者がやってきて、魔物が強く成長するまで生き延びないのが原因で、弱い個体しかいないのだ。今まで精霊の森に入り浸っていたのだから、今更初心者向けとでも言うような場所で遅れは取らないだろう。もちろん気を抜くと危険なのは重々承知なので、油断だけはしないように心掛けながら探索する。


「じゃあ北の森に行くことにしよう」

「今更あそこに行っても物足りないなぁと思うんだけど」

「その長く伸びた鼻っ面を引っ込めるためにもな」

「うっ……」


 まぁこういう慢心を正すためにも、いいと思うんだ。あまり長居はしないつもりだけど、精霊の森にいなかったタイプの魔物もいるはずだし、全く経験が積めないことはないのだ。


 しかし今日のところは大人しく休んでおくことにする。既に夕方になりつつあるので、わざわざ今から領域に入ることもないだろう。昼と夜では勝手が違うのだ。地の利があり、夜目が効く魔物とは対照的に、人間は夜の暗闇に適応している能力が少ないので、基本的には不利である。ライトの魔法を使えば視界は確保できるが、それでは自分の存在を強く主張していることに他ならない。襲ってくれと言っているようなもんだ。


 そういうわけで、王都に来る前から計画していた王都観光をしておこうと思う。王都に到着した日はアライア様の屋敷に用があったし、次の日から今日まで米粉パウンドケーキの準備をしていて満足に観光なんぞしていないのだ。辛うじて、この世界の菓子事情を把握するために店を数件回ったくらいか。後は米粉探しに奔走していたので、今日は少しだけ遊ぼうか。


 やがて日が落ちてくるだろうが、店仕舞いするには早い時間帯だし買い物をするにしても多少は時間もある。夜になったらなったで行く店もあるだろう。誤解される前に一言添えて置くが、所謂風俗的なアレにはいかない。


 この世界では、年齢的には全く問題はないのだが。十五歳で成人だからな。俺の懸念は衛生面にある。だって……避妊具なんてないだろ絶対。妙な病気もらいたかねぇよ。それなりに敷居の高い店に行けばいいんだろうが、そうまでしていく価値なんてないだろ。そんなくだらねぇことに費やす時間なんてありません。


 前世で童貞だったこととは無関係だ。絶対に。


 まぁ真面目な話、病気の件もあるしなにより連れにヒノがいるのだ。正面切ってそんな店に入れるわけがない。それにカイルはどうだか知らないが、俺はそっち方面にあまり興味がなかったりする。アレ? やっぱりこじらせてる?


 そんな汚い話はさておき、どこに行く?


「私は買い物がしたい! 新しい服が欲しいの!」

「俺はお前らに付いて行くわ。あと夜になったら行きたいところも……なぁシャル?」


 二人の意見だ。ヒノは女の子らしく買い物。精霊の特性で変身できる彼女だが、服まではどうしようもない。初めて人間に姿を変えた時は裸だったからな……。それ以来、姉さんのお下がりで我慢してきたのだから、そろそろ自分で服を選びたいと思う頃だろうとは思っていた。本来精霊なんだから別に必要なものでもないんだがなぁ。食事にしてもそうだが、ヒノはどこか人間じみている。若い精霊が皆こうなのか、ヒノが変わっているのかは知る術もないが、今までも普通の女の子として扱ってきたのだし、これからもそうやっていくのだろう。


 カイルは一発殴っといた。


「なんでだよ! お前も行きたいだろ?」

「いや全く」

「嘘つけ! 男は皆誰しも夜の狩人なんだ!!」

「明日一日飯抜きか、泡沫の夜か、選べ」

「なん……だと……」


 一瞬怯んだカイルだが、次の瞬間には諦めたような表情で溜息をつき、こう決断した。


「一日くらい飯食わなくてもいいか」

「あ……そう……」


 健全な十五歳なら当然とも言えるのだし、一人で行くのなら勝手にすればいい。飯抜き云々は冗談だ。カイルにしても自分で狩りをした取り分は持っているので、それをどう使うかはカイル次第である。


「妙な病気だけはもらってこないように気を付けることだな」

「心配いらん! こんなときのために魔法を覚えたのだ!」


 つまり、避妊や病気に対抗するような魔法もあるということだ。その存在は知っていたが、俺には必要のないものだと判断し、記憶の片隅に転がしていた魔法である。いつだったか魔法辞書みたいな本を斜め読みしていたときに見つけたものだ。


「どこでそんな魔法を……」

「お前の本棚にあった本から」

「アレか」


 そういえば滅多に本を読まないカイルが熱心に読書に耽っていたことがある。まさかこんなくだらない魔法習得に走っていたとは夢にも思わなかった。


「今日! 俺は! 大人の階段を上るのだ!」


 もう好きにしたらいい。


「カイルは下品」

「許してやれ。アレでも男だから」

「アレでもってところには一言物申したいが、つまりはそういうことだ! 男は皆野獣なんだ!」

「もう分かったから。とりあえずはヒノの買い物に付き合おうぜ」


 あまりダラダラしているとさすがに日が暮れる。飲みかけのお茶を一気に飲み干し、ギルドを出て歓楽街をぶらついてみることにした。


 大通りを歩きながら、店を物色する。菓子の市場調査や米粉探しでうろついたときは、食料品店だけを探していたので、他の店についてはあまり記憶に残っていなかった。こうして見ると色々な店があるもんだ。


 基本的には、王都の入口から続く冒険者御用達の店が並ぶ区画と同じだ。ただし、店の種類は圧倒的に多いし、明らかに高級品店の雰囲気を漂わせた店も少なくない。宝飾店や菓子屋などがそれだ。宝飾店にはジュエリーとしての加工を施した物を扱う店と、魔法使い用に誂えた装飾品としての品を扱う店とがあるようだ。俺も一つくらい欲しいもんだが、ジュエリーとして加工した物より安いとはいえ元は宝石。買えないことはないが、手を出すのを躊躇うには充分な金額だった。いずれ天然物が手に入るかもしれないし、ここは我慢だ。ヒノがジュエリーの方に気を引かれていたが、我慢だ。


 そして失念していたのだが、ヒノは精霊とはいえ仮にも女の子であるということであった。


「よーし! じゃあ次のお店にいこっか!」

「まだ行くのかよ!?」

「もちろん! まだまだ足りないくらいだよ? ほら、しっかり持っててねカイル」

「もう両手塞がってるよ……」

「さて……次はあれ食べようかな……」


 買い物が、長い。そして多い。既にカイルの両手には夥しい量の買い物袋が。手提げ状のものがいくつもぶら下がっているかと思えば、両手で箱を何個も重ねて抱えている。あと一つ積み上げると、カイルの視界が買った品物で遮られる程だ。


「シャル。お前だけ手ぶらなのは許されない」

「俺は料理人だから。王都の料理をこの舌で確かめる必要があるのだ」


 俺はと言えば、そんなカイルの二の舞になりたくはないので、そこらの店で買い食いをしてわざと両手を塞ぐと言う奇策に打って出た。日々の料理の研究のために、美味しい料理を作るために、とヒノに説明して難を逃れたのである。毎日の飯を作るのは俺であるので、ヒノもそこに文句は言わないのだ。


 とはいえ……そろそろ助けてやるか。


「あのさ。なんでお前は収納の魔法を使わないのかな?」

「あ……」


 なにも無理して持ち歩く必要はない。俺達は魔法使いなのだから。流れのままに持たされた結果、そのままなんとなーく持ち運んでいたようだが、一向に気付く気配もなかったのでここで助け舟。もう少し頭を使ってほしいものである。


「自由って素晴らしい!」

「そろそろ本気でお前の知能の改善を考えるべきなのかもしれない」


 ところで、時刻はもう既に午後六時を回る。かなり長い時間買い物をしているはずなのだが、当の本人はと言うと。


「あっ! あそこのお店に飾ってある服可愛い。ちょっと見に行こう!」


 ご覧のありさまである。どうしてこう女子ってやつは買い物に時間をかけるのだろうか。一軒一軒の滞在時間もさることながら、回る軒数が並じゃない。これで何軒目なのか、数えきれないぞ。やがて俺は、考えるのを止めた……。


「あー楽しかった! 新しい服もいっぱい買えたし、綺麗なアクセサリーも手に入ったし、最高!」

「ふふふ……やっと終わった……あはははは!」

「カイルがぶっ壊れた……」


 今現在俺達は近くにあった喫茶店にて休憩をしているところだ。太陽などはとっくの昔に眠りについており、人もまばらになった大通りを月が見つめている。ところどころに設置してあるランプが道行く人を照らし、静けさが漂い始めた街を明るく彩っていた。


 それとは対照的に、路地裏からはそれより明るい光と共に人の声が木霊している。娼婦街の喧噪だ。前世でいうところのキャッチの声と、酔っぱらった親父共の怒声が入り交じり、昼間とは真逆の顔を覗かせている。


 歩き通しで疲れ果てた男二人を尻目に、ヒノはお茶と焼き菓子を頬張っている。夕食は歩きながら済ませており、俺もお茶を注文して飲んでいるのだが、カイルはテーブルに突っ伏して不気味に笑っていた。俺は前世で何度か女友達に連れまわされて多少経験していたのでよかったのだが、カイルにしてみれば初めての経験であっただろう。彼女ではなく、女友達な辺りが俺らしい。女性には分からないであろうこの気持ち、どうにかご理解いただけないだろうか。


 そんなカイルもすぐに復活した。大事な用件を思い出したようだ。


「もういいよな!? これ以上どこもいかないよな!?」

「いかないけど、カイルがこれから行くところを考えるともう少しどこか連れまわした方がいいかな?」

「心配はいらない! 俺はこれより重大な任務に向かう。止めてくれるな、友よ」

「話が噛み合ってないし、どこから突っ込んで欲しいんだ?」

「むしろこれから突っ込む側なんだけどな!」

「最低……」


 ヒノが凍てつく視線をカイルにぶつけている。かくいう俺もだ。


「なんとでも言うがいい! 俺はもう止められないのだああぁぁ!」


 春先だと言うのに真冬かと思える雰囲気から逃げ出すように、カイルは店を出て行った。野郎……会計は俺任せか。まぁお茶を一杯くらい大した額ではないけどさ。一応俺達は個人で金の管理をしている。同じパーティとはいえ、あくまでも他人であるので当たり前ではあるが。


 残された俺達は、しばらくお茶を啜りつつゆっくりと休憩をした後、丘の上のアリオンのところへ戻る。未だにアリオンは丘に残したままだが、これまでに問題は特に起きていないので、しばらくはこのままでもいいかな。どうせ街が近くにないときはこうなるのだし。仮にも馬銜はみや鞍がついているのだ。人の手がかかっていることは分かるだろうし、安易に手を下す者もおるまい。


 さすがのヒノも歩き疲れたのか、自分の部屋に突撃すると静かになった。恐らく眠りについたのだと思うが、それを確認する術はない。鍵などはついちゃいないが、勝手に入って確認するほど俺もバカではなかった。ヒノは確かに女の子だが、それ以前に精霊である。妙な気など起きるはずもない。かと言って純粋な人間の女の子なら違うのかと言われれば、それは当然否であるが。


 さて、ヒノは寝てしまったようだが、実際寝るにはまだ少し早いといえば早い。しかし、やることと言えば魔法の鍛錬か読書くらいなので、今日のところは寝てしまうことにする。どうせカイルは朝まで帰ってはこないのだろう。入店拒否でも食らって夜中に帰ってきたりしたらお笑い草だが。


 翌朝。


 朝食の準備をしていると、妙に清々しい表情をしたアホ面の男がやってきて『これで俺も大人の仲間入りをしたぜ。シャルも早く大人になれよ』などと抜かしてなんだかイラッとしたので、縛り上げて目の前で朝食を食ってやった。

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