表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/24

第十三話 深窓の令嬢。

「いやはや……まいった」


 魔法を使って擂鉢をテーブルの上に固定し、手にはすりこぎを持って溜息を一つ。そして再びすりこぎを動かして中の物体を擂り潰していく。ただひたすらに、ごりごりと。


 さてどれくらいに細かくなっただろうかと、手に取って確認してみる。さらさらとした手触りのそれは、初めの頃に比べれば格段に細かな粒子になっていることだろう。だが粉と言うには今一つである。更に細かく摩砕してやる必要がありそうだ。


 まぁ要するに、米粉を自作しているわけだな。


 昨日流されるままに受けてきた依頼の内容は、小麦を使わないケーキの作成。小麦を使わないとなると、代用出来る物としてすぐに思いつくのは米粉である。ならば、元料理人の俺としてはこの上なく簡単な依頼となるわけであるが……。


 再三に渡って言うが、ここは異世界である。しかも米があまり流通していない。そうなると米粉なんぞ市販されているわけもなくって。


 王都の食料品店を駆けずり回って探しても、米粉など置いていない。昨日野菜を購入した食料品店のおっさんに聞いて『米で作った粉なんて聞いたことねぇぞ兄ちゃん』と言われてはたと気付いた。


 仕方ないのでおっさんから米を買い、下準備をした後で今に至るというわけだ。


 米粉を作るにあたって必要な材料は、米だけだ。それを細かく擂り潰してやればいい。


 と、口で言うのは簡単だが、実際これがまためんどくさい。ミキサーやミルがないのでどうしても手作業になる。擂鉢とすりこぎで延々と細かくしていくのだ。これがもうね。


 魔法で仕上げてもいいのだが、初めのうちは感覚を掴むために必ず一度は手作業でやることにしている。そうでないとうまくイメージできないのだ。特にチョコレートの作成はそりゃもうしんどかったさ。


「カイル! 交代だ!」

「えー! やだよ。見てるだけでつまんなそうだし」

「苦労して作ったもんは格別に美味いぞ。試作したもんは皆で食うんだから手伝えって。どうせ今回の依頼でお前のやることないんだからさ」

「それを言うならヒノも手伝わせようぜ」

「後でな。まずはカイルから」

「私もやるの!?」

「働かざる者食うべからずってな」


 こうしてカイル達も巻き添えにしながら細かくしていく。といっても作業工程はこれだけなのであるが。米粉の作り方は、米を水に二時間から三時間ほど浸したあと、カラッカラに乾燥させて砕く。お手軽っちゃあお手軽だ。大体の感覚は分かったし、次からは魔法でさっさと作ることにしよう。ま、実際にやってみた感想、砕くだけなのだし感覚もなにもあったもんじゃなかったけど。


 今は夕刻。昼間は米粉探しという無駄な時間を過ごした他に、依頼主にも会ってきた。本当はさっさと作って終わらせるつもりだったのだが、米粉がご覧のありさまなので顔合わせ程度だ。


 シルヴィさんから教えられた場所はやはり普通の住宅街で、依頼主も報酬金として金貨を提示できるような金持ちには見えなかった。見た目はどこにでもいそうな普通のおっさんだ。といっても随分若い印象はある。おじ様と言った方が適切かもしれない。


 今は材料がないので軽く挨拶程度に来たことを告げると、今更納期などはないから準備できたら知らせてくれと言われた。軽く雑談をして明日またやってくる旨を伝えて帰ってきたのだが、お茶請けとして出されていた焼き菓子が妙に美味かったことが脳裏に焼き付いている。


 店で買ったにしては、砂糖をふんだんに使ってあったように思うのだ。もちろん、金さえ出せば砂糖を惜しみなく使った菓子も買うことはできる。ただ、どう見てもそこいらの平民でしかないおっさんが、そうも容易く高級な菓子を購入できるだろうかという、金銭的な違和感が更に大きくなる。


 手作りだとしても同じで、そんなに大量に砂糖は買えないだろう。ますます依頼主の正体が謎だ。まぁそこまで気にする必要などないのだけど。裏で変な組織と繋がって真っ黒な商売してねぇだろうなと、邪推してしまうのも仕方ないのではなかろうか。万一そうだったとしたら早々にトンズラぶっこくけど。


 カイルとヒノも強制労働させた結果、なんとか米粉としての形にはなっただろう。手触りも粉として充分満足のいくものになった。じゃあ早速試作をしてみることにしようか。


 今回はあまり手が込まないようにパウンドケーキで行こうと思う。混ぜて焼くだけの簡単レシピだ。友達にそう言ったら、お前の説明では料理ができないと言われたが。解せぬ。


 作り方と言っても本当に混ぜるだけであるし、説明のしようもない。ただ、ベーキングパウダーが無いのでうまく膨らませる自信がなかった。所詮見習いの腕では、素人に毛が生えた程度でしかないのだ。苦し紛れにバターは念入りに泡立てておくことにする。


 パウンドケーキであればナッツ類やバナナなんかを入れたりもするが、今回は何もいれずに作ってみよう。これはこれで、純粋にバターの風味を楽しむことが出来るはずだ。


 屋台の後方、販売する際に外から見えないよう隔離された調理場に、オーブンを設置してある。パフォーマンス目的で目の前で揚げて提供するから揚げ等とは違い、こっちは売り物は作らない個人的な調理場だ。全体的に断熱性の高い石で覆ってあるので火事の心配は少ないはず。


 フライヤーを含めて、屋台の半分近くを占有する調理空間だが、それに加えてヒノの部屋があることで、俺達の生活空間は狭くなってしまっている。移動中などは屋台の屋根で昼寝していることも多々あるので不便に感じてはいないが、いずれは二階建てにして一階を全て調理スペースにしたい。今でも出来るとは思うが、アリオンが成長してもっと余裕が出来てからにしてあげたいと思う。


 肝心のオーブンだが、もちろん赤外線がどうとかスチームがどうとかいう機能は無い。デカい石の塊に穴を開けた、いわゆる石釜というやつだ。中に薪を入れて、その熱で焼くと言う古典的なもの。この世界の場合だと、魔法を使うと言う手もあるが。


 初めに薪だけを燃やして予熱しておく。残った灰や炭を取り出し、全ての材料を混ぜ合わせた生地を入れる。パウンド型も自作したものだ。タイランさんのところで鍛冶仕事を勉強した甲斐があったと言う物。調理器具を自分で用意できるのは有り難い。いつぞやクリスマスケーキを作った頃に比べて専用調理器具もだいぶ揃ってきた。


 あとは焼けるまで待つのだが、焼く間も気が抜けない。焼き時間を設定して、ぼけーっと涎を垂らしながら待っていればよかった前世とは違う。放っておけば当然丸焦げだ。温度もしっかり調節しておかないと、外は焦げているのに中は火が通っていないなんてことにもなる。


 まぁ魔法で調節するから問題ないんですけどね。当然初めて使ったときは勝手が分からず失敗しまくっていたわけだが、石釜を使い始めてかなりの月日が経過している。温度や時間の加減も大体覚えた。今では、薪による予熱も魔法で済ませてしまう。


 パウンドケーキであれば四十分ほどでいいだろう。竹串も結構な量を加工して確保してあるので、それを突き刺して火が通っているかを確認する。竹串って、無くても困らないけどあると便利だよね。


 うん。火は通っているみたいだけど、やっぱり膨らみが少し弱いな。ま、そう気になるほどではないし問題ない。匂いに釣られてやってきた子犬達が、おやつはまだかとお座りしてる。まだ熱いと思うんだけど、もう食うの? つか食後にデザートで食った方がよくない?


「出来立てを食べるのが料理に対する礼儀であり、作法である。そしてそれが俺の正義だ!」


 とか訳わからんこといってるし……。俺の教育方針が間違っていたのか……。確かにそんなようなことを教えたんだけど、ことデザートに関しては例外もあってだな。いや、まぁいいか。ここは料亭でもなんでもないのだし。


 急かしてくる二人の圧力に負けたので、型からケーキを取り出してみる。見た目はなんら変わったところもない普通のパウンドケーキだ。というか米粉である他に特筆すべき点はないけど。バターが少し多目に入っているくらいか。


 適当な大きさに切り分けて、中を確認する。ふわりと、バターの香りが漂ってきた。


「いい匂いだね。でもこれって小麦使ってないんでしょ? お米で粉を作るのも初めて見たし、料理って面白いね!」

「面白いと思うなら、たまにはヒノが飯を作ってくれてもいいと思う」

「さ、食べようか!」


 逃げたな。そんな会話を余所に、カイルは既に一切れ目を平らげている。もう少し味わって感想をだな。


「美味い」


 そう……うん。嬉しいんだけど、あの……もう少し具体的な言葉で表現して欲しかったと思うのは贅沢なの?


「うん。美味しいよね」

「分かった。それでいいや、うん」

「美味ければそれでいいんだろ? 大体、依頼の内容は小麦を使わないケーキってだけで、美味いケーキを持って来いとは書いてない!」

「だからといって不味いケーキを持っていく理由にはならないと思うんだが」


 自分で食ってみた感じ、不味いわけではないからそれで充分であるといえばそれまでであるが。まぁ、普通のパウンドケーキだ。通常のケーキよりちょっと食べごたえはある感じか。


 残ったパウンドケーキを二人に渡しておき、俺は夕食の準備に取り掛かることにする。ケーキも食ったことだし、軽めのメニューにしておこうかね。
















「早かったね。正直もっと時間がかかると思っていたんだが」

「たまたま手持ちがありましたので、それで作ることが出来まして」

「長年達成されていない依頼を手持ち分で作るとはね。実物を見るまで信じられんが、早速調理してくれるか?」

「ええ、構いません」

「念のため私にも調理の工程を見せてもらうよ。疑っているようで悪いが、昔偽物を持ち込んだ輩がいてね」

「話は聞いていますので」


 翌日の昼過ぎ、再び依頼主の家を訪れた俺達は、立ち話もそこそこに厨房に案内された。依頼主のおっさん……名前はエルマンというそうだが、彼は今日も家に居た。仕事をしている風にも見えないが、金貨なんて大金どこから捻出したのだろうか。


 ここであまり深く考えていても仕方がないので、さっさと調理に取り掛かることにする。カイルとヒノもこの場にいるのだが、やることがないので厨房のあちこちをうろうろしていた。必要な材料をテーブルに並べ、エルマンさんに軽く説明をする。


「基本的な材料はこれだけです。パウンドケーキを作りますから」

「ふむ……それで、粉がないようだが、どうするんだい?」

「今から作ります」


 木のボウルに入れてある米を、魔法を使って粉末状に砕いていく。米はあっという間に粉となった。


「これで焼くのか……?」

「はい。ちゃんと焼けますよ」


 エルマンさんは少しだけ米粉を手に取り、感触を確かめている。口にしたりして、改めて小麦ではないことは確認したようだが、米粉の存在に困惑しているようだ。


「まぁ小麦ではないようだし、後は出来次第だね。本当にケーキが焼けるのか、少し興味が出てきたよ」

「ご心配なく。試作もしてきていますから」


 あまりおしゃべりをしていても時間の無駄なので手早く作り上げてしまおう。作り方は至って単純。各種材料を混ぜ合わせるだけだ。


 注意点をいくつか挙げるとするならば、バターと砂糖は白くなるまでよく混ぜ合わせること。空気を抱き込ませることで、焼きあがりの膨らみがよくなる。同時に、ふんわりとした軽い口当たりに仕上げることができるわけだ。もう一つは、卵を入れる際に量を加減すること。一度に大量に入れてしまうと、混ざりきらずに分離する可能性がある。少しずつ入れ、もし分離してしまった時は、粉を少し混ぜてやるとリカバリーできるだろう。


 焼成温度に関しては、注意もなにも当然のことなので皆まで言うまい。この家にも石釜オーブンが備え付けてあったので、魔法で予熱をして生地を入れた。無いなら無いで、屋台から取り外して持ってくる予定だったが。一般家庭にはあまり置いていない代物のはずなんだがな。ますますエルマンさんの素性が気になる。


「後は待つだけですね」

「そうだね。ここまで特に問題はなさそうだったし、焼き上がりが楽しみだよ」


 付与魔法で四十分の時間設定をしておき、客間へと案内された。焼きあがるまで厨房で待っているわけにもいかないので当然ではあるが、その間どういう話をしたらいいのか悩ましい。


 手際よく運ばれてきたお茶と、昨日とは違った種類のクッキーを眺めながら思案する。彼の素性が気になるわけだが、先に口を開いたのはエルマンさんだった。


「さて、一応依頼の内容について確認をしておこうか。まぁ大したことではないがね。私からの依頼は小麦を使わないケーキ。これは今見てきたから問題ないね。そして報酬。金貨で二枚。これで問題ないかな?」

「ええ、問題ありません、ただ……差し出がましいようですが、金貨二枚を報酬に出しても大丈夫なのですか?」

「その話ねぇ。ギルドからも何度か確認された。私の心配はいらないよ。こう見えても、懐には多少余裕があってね。あぁ、心配しなくてもちゃんと報酬は支払うから安心してくれ」


 少し困ったような表情で受け答えをしている。この様子だとギルドの方からもだいぶ疑われたようだな。


「はぁ、それならいいんですが」

「それよりも私は君のことが気になるね。長年未達成だった依頼をふらりと現れた君がなんなくこなしている。冒険者だと聞いているが、その割には凝った料理もできるようだし、他の二人はともかく君は本当に冒険者なのかい?」

「冒険者で間違いないですよ。料理が出来る冒険者なんて他にもいるとは思いますが」

「旅で菓子を作る冒険者などそうはいないさ。基本的に腹が満たせればいいという考えの人が多いからね」


 相変わらず、こういった会話には参加してこないカイルとヒノは、お茶と菓子を黙々と頬張っている。俺も手をつけているが、やはり美味い。どうも手作りだと思うんだよなぁ。


「この菓子ですが、もしかして手作りですか?」

「あぁ、そうだよ。やっぱり気付くもんだね」

「普段から作っているんですか?」

「定期的にね。今日は君達が来ることが分かっていたから、昨日のうちに準備をしておいたよ」

「わざわざすみません。すごく美味しいです」

「そう言われると私としても嬉しいね」


 菓子の出来も良いし、俺がケーキを調理している時の目は、小麦を使っていないかの確認よりも、その工程自体に興味があるような節があった。定期的に作っているとは言っているが、それは菓子に限った話であり、普段から料理はしているのではないかと思われる。調理場も使い込まれている印象を受けた。


「今日は仕事はお休みですか?」

「いや、さっき終わったところさ。私の場合ちょっと特殊でね」

「てっきり料理人なのかと思っていましたが」

「ふむ……まぁ、いいだろう。君の言う通り私は料理人だよ。ただ、今言ったように少し変わっていてね」

「金貨を報酬で出せるほどに変わっているみたいですね」

「ははっ! まぁそういうことさ。あまり詮索はしないでくれよ? なに、そう不振がらなくても、怪しい商売ではないよ」


 深く聞くなと釘を刺された。まぁ失礼ではあるしな。話の流れで聞きだせるかなーとか思っていたが、そう甘くは無かった。聞いてどうするってわけじゃないけど。報酬の支払いで無理してるわけでもなさそうなので、それが分かっただけでも一安心だ。


 そこからは他愛のない話をするに留まった。エルマンさんについての話は出来ないので、主に俺達の冒険者としての活動が大半を占めていたが。といってもクゼット村からここに来るまでの話しかないので、あまり面白いエピソードなんかない。片栗粉についての話にはだいぶ興味を持ったみたいで、から揚げを食べてみたいと言われ、そのあとはから揚げ試食会になっていたが。


「これはなかなか美味しいね。粉を纏わせて高温の油に入れる調理法か。そういえば最近そんな調理が王都にも伝わってきたと聞いているけど」


 まぁその前にタレと一緒に漬け込むんだけどな。纏わせることには違いないが。もっと言うなら、俺がやってるのは片栗粉だから、どっちかというと竜田揚げなんだけど。まぁその二つの線引きはめんどくさいし、この世界では纏めてから揚げでいいだろ。竜田揚げもから揚げの一種なんだし。


 そんなこんなで、四十分が経過した。やたらと料理関係で、特にから揚げの味付けに使っている醤油のことで質問攻めにあっていたので少し時間が過ぎていたが、付与魔法でおかげで四十分きっかりに温度の維持が止まるので、まぁ焦げてはいない範疇だろう。話を切り上げて厨房に戻り、石釜から取り出したパウンドケーキはちゃんと焼きあがっていた。


「問題なく出来たみたいです」

「そのようだね。米でもちゃんと焼けるのか……興味深い」


 テーブルの上に置いたパウンドケーキに竹串を刺して、中の具合を確認する。隣に立っているエルマンさんも頷いていた。


「ところで、これはエルマンさんが食べるんですか? さっきは普通に焼き菓子を食べていたようですけど」

「いやぁ、これは私の分ではなくてね。私の……まぁお客様だね。その人が小麦を食べると、どうにも具合が悪くなるようなんだ。ひどい時には命の危険もあった。だが、菓子には小麦を使うものが大半だろう?」


 飴やジャムならともかく、焼き菓子となると小麦粉は欠かせない材料の一つだ。技術革新が進んでいないこの世界では、小麦粉無しで焼き菓子を作るのは至難だろう。だからこそこうして長期に渡って依頼が達成されていなかったのだ。まぁ、小麦粉を使わない菓子もあるが、ケーキとなると難しいだろうな。


「だから今まで誕生日に甘いケーキを食べることが叶わなかった。本人は仕方ないと諦めていたようだが、本心では食べたいと思っているはずなんだ。一縷の望みに賭けて依頼を出していたわけだな。未知の素材を見つけることが、冒険者の仕事でもあるからね」


 誕生日にケーキってのはこの世界でも一般的ではあるんだが、ある意味で金持ちの特権だ。理由は言わずもがな、砂糖を使った食品は高い傾向にあるからだ。まぁ多少無理すれば、一般市民でも手が届きはするがね。


 それにしても、誕生日にケーキを買おうとしたり、エルマンさんが金貨を報酬に出せるほど稼いでいたりすることからして、そのお客様ってのは相当な上客であるらしいな。エルマンさんも自身の仕事について特殊だと語っていたし、貴族でも相手にしているのか? もしかすると専属の料理人かもしれない。一日三食を作ってしまえば他の時間は暇なのであろうし、そうだとすれば今エルマンさんがここにいる理由も納得できる。


 ま、それを直接聞くことはしないが。さっきも詮索はするなと言われたばかりだしな。


「あぁ、そうだ。一つお願いがあるんだが、このケーキの詳しいレシピを教えてくれないか? さっき作り方は見ていたが、正確な分量と米の粉の作り方について知りたい。料理人にとって、レシピはそう容易く教えるものではないことは分かっているんだけど……」

「いいですよ。薄々そういう依頼だってことは感じていましたし。俺がここで拒んだら、依頼の意味がないですからね」


 何年もかけてようやく到達した究極のレシピ、というわけではないからな。米粉は俺が作って販売するからそれを買え、と言えばだいぶ稼げそうと思ったのは秘密だ。でもまぁ……村の商会にこれの作り方を教えて量産させとこう。自分でその都度作るのはめんどくさいし、新たな商品が出来て村も助かるだろ。


「一つ言い忘れてたんですけど、このケーキを作るときは、かならずこのケーキ専用の器具を用意して作ってください。ほんの少しでも小麦が混じると大変ですから」

「大丈夫だよ。ケーキ以外でもそういった症状が出ることがあったから、それから常に気を配ってる」


 そりゃそうか。今更言うことではなかったな。


「それじゃあ報酬金を支払おう。私はこれをそのお客様まで届けないと――」

「その必要はありませんよ」

「え?」


 唐突に、背後から女性の声が聞こえた。驚いて振り向けば、厨房への入口にやたらと煌びやかな衣装に身を包んだ女性……というか女の子が立っていた。年の頃は俺達と同じくらいだろうか。少し垂れ気味の深い緑色の瞳は、なんだか憂いを帯びているというか、なんというか。腰ほどにまである流れるようなブロンドの髪は、よく手入れを施してあるようだ。


 少し痩せ気味で弱々しい印象を差し引いてもかなり魅力的な女の子であるが、男共の目を引くのはもっと別の事柄であろう。まぁその……控えめな印象を与える顔立ちと、細身の体であるのとは対照的に、彼女が持つ双丘は実に自己主張が強かった。大分ゆったりした服を着ているのだが、女性が女性たる所以とも言えるそれは、他の追随を許さないほどに……めんどくせぇ!


 すごく……大きいです。


 などど思わず低俗な思考に支配されてしまい、邪な感情を投げ捨てる作業をしていると、エルマンさんがなにやら焦ったような様子で彼女に話しかけた。


「ひ……アデル様! ここに来てはいけないと何度も申し上げているではありませんか!」

「いいではないですか。王都の中ですし、さして危険な場所でもないでしょう? 私は転移が使えるのですし」

「いや、そういうことではなくてですね……。ご自身の身分というものをもう少し自覚してくださらないと……」


 まぁ……なんだ。煩悩を振り払った俺の耳に入ってきた会話からすると、彼女は貴族かなんからしいな。エルマンさんのところに何度か来たこともありそうだ。エルマンさんが言いたいことはつまり、貴族ともあろう者が下々の暮らす地域をうろつくなと、そんなところか。俺には良く分からないが、貴族にはそういった決まりというか、貴族は貴族らしくという考えがあるようなのだ。どういったことをすれば貴族らしいのかはさっぱり分からんが。


「シャル。あの子すっげー可愛いよな。それに……なぁ?」

「言いたいことは分かる。分かるけど、今はおいとけ」

「ま……負けた……」


 ヒノがなにと戦っているのかは敢えて聞かないことにする。つーかお前その気になれば、自分を思いのままの姿にできるよな? まぁそんなことより、まずはこの状況どうしたもんなのか。魔法使いであるらしいこの貴族の娘さんは、一体なにをしに来たんだ。


「ねぇ、エルマン。こちらの方々が依頼を受けてくださったという冒険者さん達ですか?」

「え? あぁ、そうです。つい先ほどケーキも出来上がりまして、今からお届けしようとしていたのです。なのに貴方様はまた勝手に抜け出して……」

「もうそのことはよいではありませんか。私はもうここに来てしまっているのですから。それに、料理は出来立てを食べるのが一番美味しいと言っていたのは貴方でしょう? だからこうしてやってきたのです」

「はぁ……依頼の件を話してしまったのが運の尽きでした……」



 どこかで聞いたことがある台詞だな。ま、料理をしている者ならそういう考えに至るだろうし。しかし随分フットワークの軽い子だな。貴族でありながらこんな平民の住む区画をうろつくとは。いや、さっきの口ぶりから察するに、転移の魔法で飛んできたな? 


「えっと……シャーロットと言います。こっちがカイルとヒノ。もしかして、小麦が食べられないエルマンさんのお客様というのは貴方のことですか?」

「はい、その通りです。私はアデルと申します。以後お見知りおきを。早速なんですけど……」


 彼女の言わんとすることはすぐに分かった。テーブルに置かれたケーキに、熱視線を送ってるもんだからね。そこでエルマンさんがため息交じりに一言。


「ここでですか?」

「どこで食べるのも同じことです」

「私としては、もう少し気位の高い生活をしていただきたいのですがねぇ」

「いやです! いつもいつも、息が詰まりそうで退屈なのです。たまにはこうして外にも出たいじゃありませんか!」


 口をへの字に曲げてエルマンさんに詰め寄っている。見た目とは裏腹に割と活動的なようだ。そして、どうも箱入り娘らしい。本人は結構アウトドア派のようだが、周囲が大事に育てているのだろうな。エルマンさんもあまり外出することに精力的ではないようだし。


「あの……とりあえず食べますか? アデルさん……アデル様ももうここにいらしているのですし、ね?」


 一応俺達より位は上であろうと思われるので言葉使いには気を付けておくことにする。


「仕方ありませんね。でもアデル様。食べたらすぐにお帰りくださいね。また騒ぎになると大変なんですから」

「分かっています」


 何年も食べられなかった甘味が食べられるとなって、逸る気持ちは分かるけどね。貴族であるならもう少し自分の行動を見つめなおした方がいいんじゃ……。貴族の慣習とかイマイチ良く分からんけど、変な噂流されたり、それこそ誘拐でもされた日にゃ笑いごとじゃ済まないし。俺が心配することじゃないけどさ。


 心なしか……ていうか完全に浮かれてるよね。そんな彼女を連れて、客間へと戻る。全員が座ったところで、テーブルの上にある物が彼女の好奇心を刺激した。


「これは?」

「あぁ、シャーロット君が作った、カラアゲという料理だそうです。最近王都に、揚げるという調理法が伝わっているそうですが、その調理法を用いているとか」

「カラアゲ……私にも食べられるでしょうか?」

「問題ないですよ。食べますか?」


 これは片栗粉で出来た竜田揚げだから問題はないはず。もしこの竜田揚げを揚げた同じ油で、小麦粉を使ったから揚げや天ぷらなんかを揚げていたら提供できなかったかも知れない。そこまで影響するのかまでは勉強不足故に知らないが、アレルギーにはこれくらい気を使わないとな。


「是非!」

「じゃあカイル。残ってる分はお前が食っといてくれ。新しいの出すから」

「俺は残飯処理かよ……」


 放置していて冷めてしまったから揚げはカイルの皿に集め、揚げたてのまま保存していたから揚げを新たに取り出す。皿に乗せられたから揚げからは、未だに熱気を感じられ、香ばしい匂いと共に存在感をアピールしていた。


「では早速頂きますね」


 ナイフで半分に切り分けたから揚げを、流麗な所作で口へ運ぶ。さすがに育ちがいい。ただ食べるという行為でも美しささえ感じられる。さすがに俺達はさっき食べたばかりなので、エルマンさんが出してくれていた菓子と共にお茶を啜っていた。


「美味しい! これ美味しいです! エルマン、今度からメニューに加えてください!」

「残念ながら私には作れないんですよ」

「えっ!? どうして?」

「使っている調味料が特殊らしくて私には入手できません」

「そんな……」


 嬉々とした表情から一転、絶望に打ちひしがれたような様子を見せたりと、控えめな落ち着いた雰囲気はどこへやら。初めの幸薄そ……もとい、憂いを帯びた神秘的な女の子だったという印象は既に吹き飛んだ。


 出会って僅かだが、なんとなくこの子のことが分かってきたような気がしないでもない。普段は貴族としての高貴な振る舞いを心がけているようだが、そこはまだ年頃の女の子。年齢的に女子高生くらいであろうから、それ相応にいろんなことに興味があるし、些細なことで一喜一憂するなど感情がはみ出すこともしばしばで、甘い物が大好き。


 そう、まだケーキ食べないの? このままだと醤油について問い詰められかねないので、ケーキで釣ることにする。発酵食品を定期的に卸してくれなんて言われたらめんどくさいのだ。今持っている分で俺達の一年間の食事を作らなきゃならんし、商売もする。一年置きで仕込んでいるが、あくまでも俺達個人の分だ。少しくらいならおすそ分けしてもいいけど……。商品化できるように誰か雇ったりした方がいいのかな? まだそこまで考えてないからなぁ。


「その事はまたいずれお話するとして、今日のところはケーキを。依頼が達成されたことを確認してギルドに向かわないといけないので」

「え? あ、あぁそうですよね。本題はこちらでした」


 依頼はケーキを作るだけで食べさせるところまで面倒見なくていいし、俺達はここで退散してもいいんだけど。いや待て報酬貰ってねぇ。

付与魔法による時間設定について、書いておきながら自分でも気になったので少し補足を


火系統の生産魔法によって必要な温度まで温める

付与した魔力は時間と共に雲散してしまうので、焼成時間で消えてしまう量の魔力で、それを維持させる付与魔法をかけてタイマー代わりとする


こんなところでどうでしょう

見て分かるように、私自身もだいぶ適当な感覚で魔法について描写してますので、いろいろ疑問に思うことも多いかと思いますが、そういうものだと割り切っていただければ

どうしても気になる点があれば感想欄か、私のユーザーページに掲示板もどきがありますのでご一報ください

正直どこかに矛盾等生じている気がするんですが、そのときはなんとかこじつけます

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ