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第十二話 依頼の種類にもいろいろありまして。

 ギルドとは、冒険者を取りまとめる組織の総称である。各地に支部が設けられ、その土地に住む人達が自力で解決できない案件を依頼として一手に引き受け、その内容に見合った実力の冒険者に振り分ける。達成された依頼の報酬を冒険者から受け取り、その一部を仲介料として徴収することで運営している。


 冒険者の補佐的な活動も行っており、契約をしている商会から割安で購入した商品を冒険者に売っていたり、各地に点在する領域の詳細な情報を提供していたりする。所属している有象無象の冒険者達の情報をまとめ、一つの戦力として管理していて、有事の際には強力な魔法使いの一団として戦場に赴く。


 ざっくりとした説明であるが、ギルドってだいたいこんなもんだと思う。元々は自由気ままに各地を飛び回る冒険者の管理に苦慮した王国が、優秀な魔法使いを中心に苦肉の策として設立した団体であったはず。それがいつの間にか住民たちの依頼を受けるようになり、冒険者達の管理能力はそのままに、一つの独立した商会のような集団へと成長していったとかなんとか。


 というわけで、今は王都の冒険者ギルドの本部へと向かっているところだ。


 昨日、心配していたアリオンだが特に変わった様子もなく。まぁ折り紙が飛んでこなかったことから分かっていたわけだが、これもいずれなんとかしないと不便で仕方ない。アリオンが悪いわけではないが、宿に泊まり辛いのは困ったもんだ。宿に泊まるとアリオンが心配。だが、アリオンと共に屋台で寝ると盗賊の類いやその他冒険者の目が怖い。都市から離れた際は屋台で寝泊まりしているわけだし、今までもそうしてきたのだから問題ないといえばないのかもしれないが、宿の方が安全ではあるのだし……。早めの対策が望まれる。


 それは追々考えるとして、ひとまず王都を観光してみようと思う。


 今は昨日も通った商店街を歩いているところだ。ギルドの本部は歓楽街方面の比較的中央広場寄りにある。まぁあまり遠くにあると冒険者達が立ち寄り辛いので、近くにあるのは有り難いことなのだろう。俺にはあまり関係ないが。


 俺達は登録こそしていないが、間違いなく冒険者だ。ギルドの本分は冒険者の支援なので、登録はしていなくてもある程度は情報を得ることができるらしい。その一つが領域の場所やその特徴など。王国内で発見されている領域のデータは全てギルドで纏められ、出現する魔物や地形などの情報から危険度設定がなされ、未熟な冒険者が立ち入らないように注意喚起を行っている。冒険者には魔法使いが多いので、無駄に国力を落とさないようにという王国からの御達しなのだそうだ。


 当面は俺達だけで勝手気ままに旅でもしながら世界を巡って、必要とあらば登録すりゃいいだろう。あまり必要性を感じてはいないが。まぁとりあえずは、ね。


 中央広場を過ぎ、歓楽街へと進む。商店街と似たような雰囲気はあるが、向こうより綺麗に整備されている。普通の商店もあるものの、歓楽街らしいものが増えている。例えば、宝飾店や服飾店など。イメージとしては、前世におけるアーケード街だろう。天井はないが。娯楽施設も散見される。


 俺の目に留まったのは、食糧品店だった。商店街にあった店より品ぞろえがいい。まぁあっちの店は冒険者を主客とした最低限の品揃えだったわけだから、規模が違うのは当たり前だが。


 八百屋なのかと思ったが少し違う。店先に並んでいるのは確かに野菜だが、奥には酒や塩なども置いてある。気になったのでちょっと立ち寄ってみることにした。


「いらっしゃい! 兄ちゃん達若いねぇ。ひょっとして冒険者かい?」


 話しかけてきたのはおそらく店の店主。ちょっと小太りの髭面のおっさんだ。


「冒険者ですよ」

「珍しいね。大概の冒険者は向こうで買い物を済ませてくるもんだが」

「あっちじゃ物足りなくて。こう見えて結構食事にはうるさいんですよ」

「ほう。若いのに立派なもんだ。冒険者は揃いも揃って適当な飯ばっかり食ってるからね。干し肉みたいなもんばかり食ってて飽きないのかね?」

「同感です。食事でも魔力の増加は見込めるのに、軽視しがちな人が多くって」

「あぁ、そんな推論もあったね。わしは魔法使いじゃないし、事実かどうかは良く知らないけども」


 おっさんは推論というが、これは紛れもない事実だ。あの森にいた精霊に聞いた話だから間違いない。実際に俺達の魔力量は、同年代の魔法使いに比べてもかなり多いのだ。


 あぁ、あの精霊の名前についてなんだが、天使っぽいってことでミカエルさんってことにしといた。安易なネーミング? 気にしてはいけない。


「まぁどちらにしても毎日のことですし、美味しい物を食べるに越したことはありませんから」

「いいねぇ。気に入ったよ兄ちゃん。安くしとくが、どうかね?」


 なにやら随分気に入ってもらえたらしいので、ご厚意に甘えていくつかの野菜を購入した。ところで、酒を陳列してある棚にこんなものがあったんだが。


「ワインビネガー……だと……?」

「酒に興味があるのかい? ただそいつは酸っぱいよ。酒精もほとんどないしね。普通に飲むのはおすすめせんなぁ」


 知ってる。だってお酢だし。今まで苦労してお酢を作ったのはなんだったのかと。普通にあるじゃん!


 良く考えてみれば、酒が普通に製造されてる時点でお酢も同時に量産されているのは当然の結果なのであるが。ま、早い段階からマヨネーズを作れているのだし、無駄ではなかったと思いたい。


 思わず寄り道してしまったわけだが、他には特に店に入ることなくギルドに到着した。外観はほとんど酒場のような見た目をしているんだが、中に入ると? 


 本当に酒を飲んでるやつもいるが、ちゃんとギルドでした。目の前にはいくつものテーブルが並べられ、そこで酒を飲んでる奴が複数。昼間っから酒なんかたかってんじゃねぇよと。内部は円形の作りで、いくつかのカウンターがあるが、そこで依頼の受注をするようだ。掲示板のような場所には依頼書が張り付けてあるが、これが全てではないらしい。張り付けてあるのは急ぎの依頼なのだとか。どちらにしても俺はギルド所属の冒険者ではないので受けられない。


 入口近くには軽い軽食を出している食堂と、それに並んで薬や武器などを売るギルド直営の店がある。反対側には外部からの来訪者専用窓口があり、用があるのはこっちだ。


「ども。ギルドに所属してない冒険者はここでいいんですよね?」

「はい。こちらで受け付けます。ご用件は?」

「各領域の詳細な資料がほしいんですが」

「ご希望の地域はどのあたりですか?」

「まぁあるだけ全部で」

「全て……ですか?」


 俺達に対応したのはメガネをかけた秘書風の女性だった。いかにもお役所仕事が似合いそうでちょっと可笑しかったが、それを表情に出すのは失礼だろう。全ての領域のデータがほしいというと訝しげに眉を顰めていた。


「構いませんが、ここより遠い地域の詳細でしたら、その土地のギルド支部の方が詳しいですよ。新たに得られた情報などの更新もありますので、ここより正確ですが?」

「行先の目安にしたいんですよ。しばらくはこの周辺で活動しますけど、いずれは別の地域にも行ってみたいので」

「分かりました。他になにかございますか?」

「とりあえずはなにも」

「それではそちらの席にてお待ちください。資料をお持ちしますので」


 彼女が指差すのは、酒をたかっている連中もいるテーブル。そのどれかに座って待っていろということらしい。まぁただ待ってるだけでも退屈なので、食堂で飲み物でも頼んでおくことにした。


 待つこと数分。酒呑み連中の視線が気にはなったが、特に絡まれることもなくさっきの秘書風の女性がやってきた。


 なんかガタイのいいおっさんと共に。


「お待たせしました。地域ごとの領域の資料です。それと、ギルド長が話があるそうで、少しお時間いただけますか?」

「どうも。話があるのはいいんですけど……俺達はギルド所属の冒険者ではないんですが……」

「まぁそれも含めて話があんのよ」


 そう言って俺達の対面に座ったおっさんがギルド長らしい。見た感じ、無骨な印象を受ける。髪は薄い青で短く切ってはあるが、そう整えているわけではないようだ。


「はぁ。それでお話とは?」

「まぁそう急くな。茶でも飲みながらゆっくり話そうや。俺にも適当に酒でも持ってきてくれ」


 共に来ていた女性にそう頼み、俺達三人を査定するかのように眺めてくる。


「まずは自己紹介と行こう。俺が冒険者ギルドを治めるラザールだ。覚えといてくれ。歳は四十三だ」


 俺達もそれぞれに軽く自己紹介をする。途中ヒノを見る目だけやたらと険しかったが、精霊だということがばれたのだろうか。別にそれでも一向に構わんが。


「おう。それにしてもお前たち三人とも随分と魔力が高いじゃねぇか。ほんとに十五歳か? 歳誤魔化してねぇか?」

「ほんとに十五歳ですよ」


 ヒノに関しては微妙なとこだけどな。面倒だから、深く追及されるまではそういうことにしておこう。


「どっちだっていいんだがな。若いうちから魔力が多いってのはいい傾向だ」

「自衛のためにはなりますので」

「まぁそこで、なんだがな?」


 なにがそこでなのかはさておいて、彼から聞いた話を要約するとこうだ。


 さっきの女性が資料を集めているときにたまたま自分が通りかかる。やたらと多い資料の数になにごとかと聞いてみれば、ギルド無所属の若い三人組が来ていたと。無所属の若い冒険者を放置しておくのは勿体ないから囲い込もうとやってきた。そういうことらしい。


「こっちとしては、できるだけ若い才能を確保して育てておきたいからな。帝国の動きも気になるし、優秀な魔法使いを育成できれば領域の調査も捗るというもんだ」

「俺としてはあまり戦争には関わりたくないんですが。ギルドに所属しなかったのもそのためですし」

「最近はあまり血を見るような戦争も無くて経験していないだろうし、若いもんにはそういう考えが増えてきているのも事実だが、いざともなればそうも言ってられんぞ?」


 戦争を忌諱しているのは俺だけではなかったか。いや、誰だってそういうもんではあるけどな。狂人でもあるまいし、誰が好き好んで血で血を洗うような戦いに赴きたがるというのか。


「ギルドへの所属は任意だと聞いていますけど」

「無理に入れとは言い辛いんだが、入ってくれたら有り難いって話だ。強引に引き込もうとまでは思ってねぇよ」

「必要だと感じたら入りますよ」

「今はそう感じていないと? 依頼を受けておいた方が実入りもいいし、領域から持ち帰った素材もギルドを通していないと売却価格は減るんだが」


 村にいた頃もそうだったから、売却価格が落ちることは知っている。無所属の人間では信用が低いからだが、別に億万長者を目指しているわけでもないし、多少減ったところでどうってことはない。まぁ村では父さんを通じて適正価格で売却していたが。それに俺には屋台での売り上げもある。獣の肉なんかは、総売り上げで売却するより高くなることもしばしばだ。


「金ならその日暮らしで充分ですからね」

「冒険者らしからぬ発言だな。大概の冒険者は一攫千金目当てで出てきている者が多いし、少しでも稼ごうとするもんだが」

「焦らなくても地道に稼げばそれなりの金額にはなりますし」

「他の二人はどうだ?」

「俺もシャルと似たような感じかな。今のところ困ったことはないし、別に興味ないっすね」

「シャルなら料理して稼げるし私も今のままでいいよ」

「なんだ? お前料理なんてするのか?」


 ギルド長が物珍しいといった様子で俺を凝視してくる。それには特に対した意味はなさそうで、単に好奇心といったところだろう。


「まぁ一応。ここに来るまでにも少し商売してきましたけど、稼ぎは悪くないですね」

「ほぅ。金に困ってないとすると交渉材料がないっていうのもつまらん話だが、これは困ったな」

「それほど逼迫してるんですか?」

「まぁ最近は優秀な魔法使いが不作でね。それでも帝国に比べたら魔法使いの数は多いが、より優秀な人材が欲しいと思うのは世の常だ」


 抵抗勢力として、ギルドに所属する魔法使いは帝国に対して有効なものである。実際に争うことが無くとも、その数が多いというだけで戦いを躊躇わせるには充分な要素だ。多勢に無勢。それでも向かってくる者は勇ましいのではなく、無謀なだけだ。特に国同士ともなれば。


「まぁ分かった。あまり気乗りしないなら仕方ねぇ。気が向いたら入ってくれればそれでいい」

「気が向けば、ですね」

「入る気無さそうだなぁ。まぁいい。所属してくれなくても構わんから、ギルドにはいつでも来るといい。冒険者であれば支援はさせてもらうからな」


 そう言って、いつの間にか置いてあった酒を豪快に一気飲みして、大きく息を吐いた。すごく、酒臭い。


「ところでよ。料理が出来るって言ったよな?」

「一通りはできます」

「ならついでに一つ依頼を受けてみねぇか?」

「え? 所属していないと受けられないのでは?」

「普通の依頼ならな。ただいくつか特殊な依頼もあるんだよ。シルヴィ。アレ持ってきてくれるか? 十年間達成されてないやつ」


 秘書風の女性……シルヴィさんにそう告げる。彼女は入口近くの掲示板に貼ってあった紙を取って戻ってきた。


「こいつなんだがな。依頼されて十年経つ。だが今まで達成できた者はいないんだよな」


 見せられた依頼書に書かれた内容は、とある料理を作ってほしいという依頼だった。ただし、十年間誰も達成できて居ないのにはもちろん理由があるわけだ。


「料理や食材関係の依頼も少ないながらあったりする。特に食材に関しては、領域内の食材が欲しいって料理人がわんさかいるからな。その中でもこの依頼は更に異色だ。今まで挑戦した奴らもいるが、全員不可能だと吐き捨てて逃げかえってきやがった」


 気持ちは分かる。俺も料理人じゃなきゃ知らないことだったわけだし、そらそうなるわな。


 依頼内容は、小麦を使わないケーキを作ること。それだけだ。つまり小麦アレルギーなのだろう。俺からしてみたら至極簡単な依頼ではある。だが、この世界においてはどうか。前世でも近年ようやくアレルギー対策を施した料理が増えてきたという状態で、こっちの世界でそこまでの技術革新があるのかどうか。


「なぜこの依頼を俺に?」

「この依頼も、最初は普通の依頼として処理していたんだがな。なんせ誰も受けたがらないし達成者も一向に出てこない。そうなってくるとな、依頼主に顔向けできんだろ? こういう長期的な依頼で未達成が続いている依頼は、ある程度の期間が経過すると特別扱いになる。分かりやすく言えばな、誰でもいいからやってくれってこった」

「ギルド長。もう少し歯に衣着せてください」

「しゃーねーだろ。事実だ。未達成状態が長く続くのは好ましくないんだよ」


 なんか思いっきりぶっちゃけているが、言いたいことは分かる。未達成が続くと信用を失いかねないって話なんだろう。多少未達成が続いたところで、これほどデカい組織の信用がそう簡単に失われるなんてことはないと思うが、依頼主が騒ぎ出せば余計な面倒が増えるだけだからな。


「俺なら達成できるかもしれないと?」

「事のついでだ。冒険者で料理を得意とするやつは少ないからな。この依頼に限っては王都中の料理人に掛け合ってもみたんだが、悉く断られたよ」

「達成することで俺にメリットあります?」

「報酬金が出るだろ? それじゃいかんか? 徐々に上乗せされてすごいことになってるぞ」


 報酬金額の欄を見てみると、確かにすごいことになっていた。金貨で二枚だ。あまりの金額に思わず二度見してしまった。カイルなんかは口をあんぐりと開けている。


「金貨二枚って……依頼主は貴族でもなんでもないみたいですけど、これほんとに支払えるんですかね?」

「俺も心配になって依頼主に確認した。本当に金貨を所持していたから問題ないだろう。平民にしては妙に金持ちではあるが、あまり依頼主の生活にまで踏み込むわけにはいかんから詳しくは知らん」

「シャル! これ受けようぜ! 金貨二枚ってすげーよ!」

「ねぇカイル。いくらシャルでも小麦を使わないケーキって無理だと思うんだけど」

「あぁ……そりゃそうか」

「まぁ冗談半分で持ってきたもんだから別に無理にとは――」

「じゃあ受けようかな」

「は?」


 カイルやヒノはともかくとして、依頼を持ってきたギルド長まで目を剥いている。


「えっと……そのために依頼書を持ってきたのでは?」

「いや……まさか本当に受けるとはな。こういう依頼もあるから無所属でも気軽に来てくれってつもりだんだが」

「あぁ、なるほど」

「そりゃいいんだが、達成できるのか? 無理なら別に受けなくていいんだぞ?」

「出来ないことはしない主義です」

「お、おぅ……そりゃ殊勝なこって。じゃあ正式に受理しておく。シルヴィ、頼む」

「はい。やっておきますが……」


 シルヴィさんが疑わしげに俺を見てくるわけだが、そんな目で見るなよ。小麦さえ使わなきゃいいんだろ? 魔物を何匹倒してこいとかいう依頼より遥かに楽な依頼だ。まぁ俺が転生しているからこそ言えることではあるがな。


「では、後ほど依頼主のところに向かって話をしてきてください。過去に嘘をついて小麦で出来た物を持ち込んだ愚か者がいまして。どうやら持ち込みは禁止だったようで、すぐにバレたんですがね。それ以来顔合わせを先にするように言われていまして」


 シルヴィさんからざっくりと説明を受け、ギルドを出る。報酬金額の高さに目が眩み、偽物を持って行ったバカ野郎がいるってことを聞いて一瞬背筋が凍った。アレルギーは下手をすると命にも関わるからだ。依頼主がどれほどの症状が出るのかは知らないが、事前に防ぐことができたと聞いて安心した。


 さて、小麦無しでケーキね。米粉を使えば済むだけのことだ。この世界でもケーキがあることは知らなかったので、軽く調査も兼ねて近くの喫茶店らしき場所に行ってきた。


 まぁ雰囲気は普通に喫茶店だったし多くは語らない。メニューもお茶と菓子。あとはパンくらいだった。菓子は甘味なのでかなり割高だったが、サトウキビを使っていない物らしく、一般市民でも食べられないことはない値段だ。それでも毎日食うには厳しいもんだけど。


 クリームに相当するものがないので、基本的にこの世界におけるお菓子とは、生地を楽しむ物になる。パウンドケーキやバウムクーヘンのようなものだろう。喫茶店のメニューにもパウンドケーキのようなものくらいしかなかった。


 次に菓子屋に行ってみた。予想通りというか、大概は焼き菓子が置いてある。あとは飴のようなもの。やはりクリームはない。砂糖が高級品であることで、あまり研究が進んでいないのだろうか? もう少し進歩していてもいいと思えるのだが。


 ついでとばかりにいくつかの菓子を買って店を出た。割と適当ではあるが、この世界での傾向はこんなもんなのだと思える。これなら米粉でパウンドケーキを作れば充分だろう。


「なんだか物足りないね。シャルがいつも作ってる物より甘くない」

「砂糖が控えめに作られてるみたいだからな。俺はいつも遠慮なく突っ込んでるけど」

「シャルはサトウキビを無尽蔵に手に入れられるからな。ま、お陰で俺達も甘いもん食い放題なわけだけどさ」


 喫茶店、それと店で買った菓子を食った俺達の感想がこれだ。割安のはずの甜菜糖もどきなどを使っていても、使われる糖分の量は少ない。普段、前世の調子で砂糖を使う俺の菓子を食べなれている二人にとっては、物足りない結果となっている。当然それは俺にも言えることで、不味いとは言わないがもう少し甘さが欲しい、というのが正直なところだった。


 調査も兼ねた食べ歩きをして、日も遅くなってきたので、依頼主のところへ行くのは明日にする。火急の依頼でもないし、そもそも長年放置されている依頼なのだ。今更急いでいく必要もないらしいので、ある程度試作もした後にゆっくり赴くことにする。


 本来の目的は近場の領域に入って狩りをすることだったが、これも別に急いでいるわけではないので、後回しにしたところで大した問題ではない。むしろ金貨二枚という、目が飛び出るほどの報酬金が支払われるのであれば文句などあるはずもなかった。


 まぁ金に困ってはいないが、あるに越したことはないからね。金貨二枚という大金を持っていても、使うような場面があるのかと聞かれれば微妙なところだけど。村の片栗粉商会の資金に充てるか? そこまでしなくてもいいか。経営は順調のようだし。


 それにしても依頼主は一体どんな人物なのやら。聞けばなんの変哲もない普通のおっさんなのだという。住んでいる場所も教えてもらったが、貴族街などではなく、普通の住宅街に住んでいるのだとか。


 それでいて報酬金は金貨二枚。それほどの金額をただの依頼で提示できるのには、それなりな理由があるはず。一般市民が持っている可能性はあっても、それを手放すにはあまりに大きすぎる金額なのだ。依頼主の生活をあまり詮索するのはよくないが、気になるのも当然だろう。


 いくらアレルギーでケーキが食えないと言ってもなぁ。可哀想ではあるが、金貨二枚を手放してまで? そうまでして手に入れたい理由はなんだろうな。つか誰が食うの? そのおっさんか? 貴族やその他大富豪なら分かるがなぁ……。


 まぁいいか。分からないことを考えていても仕方ない。こっちは報酬金さえちゃんと払ってくれりゃ後のことはどうだっていいんだ。


 支払って……くれるよな? そこが問題だ。

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