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第十一話 王都にて。

「ここが王都か」

「すげーな! さすが大都会! クゼット村なんて目じゃないな!」

「当たり前だろ……」

「美味しいお菓子あるかな?」

「ヒノ……本来お菓子って割と高いからな? それを買うくらいなら俺自分で作っちゃうよ?」


 クゼット村を出てから大体三週間と少し。当初の目的である王都トロアへ到着した。今は街の外壁の外から中を眺めている状態だ。ド田舎のクゼット村と比べるのは滑稽な話だが、掘立小屋のような家屋ばかりだった村とは違い、石造りの建物を中心に綺麗に区画整理されている。人も多いのは当たり前で、全員がそれなりに身なりがいい。その全てが貴族なわけではないはずだが、それなりにいい暮らしをしているのは間違いなさそうだ。冒険者らしき武装した人も多数見掛ける。


 これまでの道中での屋台販売の結果はまずまずと言ったところ。既に揚げ物に関しての噂はある程度広まっていたらしく、他の村の住人達は飛びついてきた。屋台である以上はある程度安くしてはいたものの、あまり安売りし過ぎてブランドのイメージみたいなものを下げるのも考え物なので、それなりな金額にはしていた。にも関わらず、そんなに買って大丈夫か? というくらいに売れた。まぁ理由は幼少時代の俺と同じで、田舎の村ではそう買い物をする機会も少ないので、貯金はある程度は持っているということらしい。大体は自給自足の生活をしていることが多いからな。


 さて、王都についたわけだし早速観光を! と行きたいのは山々なんだが、貴族であるエイブラム様からの託けを放っておくことは出来まい。まずはアライア様のお屋敷を探さないといけないが、その前に。


「アリオンと屋台はどこにおいておけばいいんだ?」

「馬車は普通自分が泊まる宿に一緒に預けるけど……いろんな意味で目立ちすぎるし、なによりでけぇ……」


 問題はそこなのだ。アリオンは魔力を有する馬であり、魔法使いから見ると魔物でしかない。更に引いている屋台は、通常の馬車の三倍はあろうかという大きさ。屋台のサイズもさることながら、魔力を有するという点が一番困る。事実、中に入る手続きの順番待ちをしている数名の魔法使いであろう人達が剣呑な眼差しを向けていた。


「ひとまず街から離れよう。ここにいたら悪目立ちしすぎる」

「ねぇ。あの人達魔法の準備してるんだけど……」

「撃ってはこないと思うけどさっさと退散するぞ!」


 ヒノが若干顔を引き攣らせて見ている視線の先には、三名の冒険者パーティと思われる集団があった。よく見てみれば確かに魔力が高まっている。男二人に女一人だが、全員アリオンを見て警戒の色を強めたのだと思う。


 入口近くにいる門兵もずっと俺達のことを見ているし、このまますんなりと中へは入れなさそうだ。一旦町から離れた丘の上まで戻ることにした。










「お前たちはさっきうろうろしていた奴らだな?」

「ええ、まぁ」

「妙な馬車に乗っていたが、あれと馬はどうした?」

「目立ちすぎるので魔法で収納しました。馬は丘の上に繋いであります」


 とりあえず問題を解決し、門兵に中へ入る交渉をしている。結局、屋台は収納の魔法で持ち運ぶことにした。もし王都の中で商売するのであれば、取り出せばいいだけだからな。収納の魔法には生きた物は入らないので、アリオンだけは丘の上で待機してもらうことにした。実際は、繋いでいない。


 ただ、冒険者たちに魔物と間違えられて討伐されないかが一つ心配な点ではある。保険として、鞍の間に二枚の折り紙を挟んできたので大丈夫だろうと思う。アリオンが身の危険を感じたとき、それに魔力を流すように言い聞かせた。ただの馬じゃあこうはいかないが、アリオンは魔力の影響を受けたお陰か、大抵のことは理解する。一度魔力を流すことを確認してきたので、それ自体に問題はない。身体能力もずば抜けているので、逃げに徹すればそこいらの冒険者程度に捕捉するのは困難だろう。


 置いてきた折り紙魔法の一つは、発動した瞬間俺のところへ転送され、アリオンに何かあったことを知らせてくれる。アリオン自体を転送させることも考えたが、飛ばす場所に困るので却下した。


 もう一つは結界。文字通り魔力による結界だ。知らせが来たらなにがあろうと飛んでいくつもりだが、万が一遅れるようなことがあったときのための保険である。余程のことが無い限りは結界が破壊されることも無いと思う。それくらいに、魔力を込めてきた。


 こんな感じで、最近では紙に魔法を付与したまま待機させておく、なんてこともできるようになった。魔法カードみたいで、面白い。ただ、消費魔力が半端ないので、多用するのはキツイ。今回はアリオンのために惜しみなく使ったが。


「丘に繋いだ? 宿に頼めば預かってくれるぞ」

「いろいろと都合がありまして」

「まぁお前たちがそれでいいなら構わんのだがな。逃げられても知らんぞ」

「賢い子ですので。それより、中に入りたいのですが」

「あぁ、身分を証明するものはあるか? 無いなら銅板で二枚必要だぞ」


 身分証はない。地方の村ではそんなもの必要ないからな。冒険者ギルドに所属すればギルドカードなる物が身分証となるわけだが、クゼット村では支部の建設が始まったばかりだ。まだまだ手続きをする体制も整っていない。都市ほどにもなると平民ですら身分証を持っているが、俺達は来たばかりで所持しているはずもなかった。


「身分証ってどうやって作ればいいんでしょうか?」

「銅板で買うんだよ。だからここで払えばいい。村出身者は持っていないことが多いからな。名前と出身地を書いておけば、半日くらいで出来る。後で取りに来ればいい。あぁ、銅板が無けりゃ銅貨二十枚でもいいからな」


 銅貨と銅板ってのは、言うまでもなくこの世界の通貨だ。百円玉と千円札って認識でいいと思う。田舎の農家だと銅板くらいしか持っていないが、都市の住民だと銀貨までは普通に持っているらしい。まぁうちは魔法使いに対する助成金のおかげで銀貨を所持していたが。あとは金貨と白金貨があるみたいだが、金貨は貴族や大商人、白金貨に至っては王家くらいしか持っていないので、俺には関係のない話だ。


「じゃあ三人分で」

「あぁ。で、職業欄はどうする? 冒険者ならついでにギルドの手続きもしておくが?」

「冒険者なんですけど……ギルドには登録しないとダメですか?」

「いや、登録義務はない。だが、登録しておいた方がいろいろ都合がいいから、その方が得だぞ」


 ギルドに登録するメリットはいくつかある。ギルド割引きのような物もあるし、ギルドでなんらかの実績を上げれば、それだけで信用される。ギルドに舞い込む依頼は登録していないと受けられないし、所属していないと立ち入ることができない領域もあるらしい。要するに、どこの馬の骨とも分からん冒険者より、ギルドで身分をしっかり保証している冒険者の方が安心できるという話だ。


 デメリットは? 特にない。あるとすれば戦争が起きたときだ。ただ、それが俺にとってはひっかかる要因なのだ。戦争が起きると、ギルドに登録されている冒険者は半ば強制的に招集されることがある。国の存続に関わることだし、兵力が足りないのであればそれも仕方ないことだとは思う。けど元日本人の性なのか、戦争には関わりたくないというのが本音。


 そんなこと言ってる場合かと思わなくもないが、平和ボケした日本で生まれ育っているのだ。戦争になったから行って来いと言われて、じゃあ行ってきますわーなんて言えるほど肝が据わってはいない。普段の狩りとは違い、相手は人間なんだから。


 これが戦争の兆候もない国なら問題なかった。しかし、この国は隣国と冷戦状態と言うではないか。明日にも戦争が始まりかねないのに、そんな危険に晒されるようなマネは躊躇ってしまう。百歩譲って戦争に駆り出されるにしても、もっと実力と覚悟が伴ってからにしたい。


「とりあえずギルド登録はしないでおきます。後から登録することもできますよね?」

「まぁな。じゃあひとまず一般市民として身分証を発行しておくからな。夕方くらいに取りに来い。それまでは仮の身分証を貸しておくから、ちゃんと返せよ」


 しばし逡巡し、俺が出した答えは登録しないことだった。


 もし、必要だと感じたらそのときに登録すればいい。戦争になったとして、ギルドに登録していなくても自国のために戦うことは出来る。金に困ることもないから、わざわざギルドに寄せられる依頼を受ける必要もない。立ち入れない領域も出てくると思うが、それはつまり今の実力ではどうせ入れないような場所であろうと思われるので問題ないだろう。


 渡された書類に必要事項を書き入れていく中、ヒノが疑問の声をあげた。


「私ってどう書いたらいいのかな?」

「そりゃお前……あ」


 ヒノは精霊である。精霊には本来名前なんてないのだし、出身地にしたって恐らくはあの森の中だ。いや、前世みたいに近親者や現住所とかまで書く必要もないみたいだし、クゼット村出身のヒノでいいんじゃないの?


 一応聞いてみた。


「この身分証って例えば精霊ってどう書くんですか?」

「精霊? 存在自体が身分証みたいなものだし、特に書く必要はないが。そもそも人間に付いてくる精霊なんて滅多におらん。人間の姿で行動する個体なんて、ほとんど聞いたことが無いし、使わないだろ。」

「……だそうだぞヒノ」

「了解だよ!」


 そう言って赤い小鳥に姿を変え、俺の頭の上に止まる。それを見た門兵は目を丸くし、固まっていた。


「精霊だったのか……?」

「そういうことになりますね」

「こりゃ驚いた……精霊を、ましてや人間の姿で行動する個体は初めてみたぞ」


 そのあとは滞りなく登録は済み、二人分の代金を支払って王都の中へと入ることが出来た。


 中に入ってみて改めて、王都の様子を観察してみる。門をくぐってすぐの場所は、多くの店がひしめく商店街のような場所となっていた。おそらく冒険者など、旅をする者のために出入り口近くに店が集中しているのだろう。その考えを裏付けるように、店のほとんどで冒険者らしき人達が買い物をしている姿を見ることが出来る。


 店の種類も多種多様。旅の備品を取り揃えた店もあるし、食料品店もある。数は少ないが武器屋もちらほら見かけるし、薬局のような店も多い。一部の区画は、前世での祭りの時のように、食べ歩きができる食べ物を扱った出店が集まっている。


 そんな商店街を抜けると徐々に宿が増えてきた。誰のためかなどは言うまでもない。俺達が使う機会もあるかもしれない。俺達には屋台があるが、寝ている間に盗賊でもやってくると危ない。宿を取った方が安全ではあった。今日はひとまず屋台で寝ることにするが、街にいるときは宿を取った方がいいかもしれない。そうなるとアリオンの処理に困るわけだが……。


 とりあえず今はアライア様に会うことを優先しておく。そのまま歩いていくと、大きな噴水のある広場に出た。


 クゼット村でもこんな場所はあったが、どうやらここから各方面毎に異なる区画整理がなされているようだ。


 来た方から見て正面、つまり街の中心に向かって貴族街があるようだ。更にその先には王城も見える。右手には市民のための住宅街があり、左には歓楽街が作られているらしい。


 歓楽街は後で観光がてらぶらつくとして、住宅街になど用はない。まぁそのうち知り合いができたら遊びに行くこともあるかもな。


 門兵から大体の屋敷の場所は聞いておいた。伯爵というだけはあってかなり権力者らしく、だいぶ王城寄りに居を構えているらしい。つまり王城に近ければ近いほど、この国における発言力は高くなるということだ。


 貴族街とはいうものの、住んでいるのは貴族だけではないようだ。その貴族に仕える一族や大商人なんかも、大体このあたりに住んでいる。まぁさっき言ったように、王城付近は大貴族達の豪邸が立ち並んでいるので、彼らが住むのは先ほどの中央広場寄りになるわけだが。それでも家構えは相当立派なもんである。


 程なくして、アライア様の屋敷前までたどり着いた。家紋は事前に覚えてきたので、特に迷うようなこともない。他の貴族家でもそうだったが、特に護衛が居ると言うわけではなさそうだ。とりあえずヒノは人間の姿に戻るように言っておこう。


 それにしても立派な屋敷である。建物自体もそうだが、その前に広がる庭もかなり広いし、植木も綺麗に手入れされているようだ。祝い事があったりすると、この庭でパーティを開くことがしばしばあるらしい。これはアライア家に限ったことではなく、貴族の慣習として広く知れ渡っていることだ。


 その庭を通り抜け、屋敷の扉を叩く。それだけでも緊張する動作だ。なにせ今から会うのは貴族様なわけだから、当然だろう。すぐに扉は開かれ、初老の男性が出てきた。


「……どちら様で?」

「クゼット村のエイブラム男爵様から、アライア伯爵様に届けてほしい物があると言われてやってきたのですが」

「あぁ、あの村の! 身分証などございますか?」

「来たばっかりで今は……あ! 手紙にエイブラム様のサインがありますので、お確かめください」


 扉が開いた瞬間、本人かと身構えたのだが、どうも違うらしい。良く考えてみれば、貴族様がいきなり出てくるわけもないのだが。執事だと思われる男性に手紙を渡すと、書かれたサインと家紋を確認し、頷いていた。


「確かに、確認致しました。アライア様は書斎におられますので、客室にてお待ちください。エマ! お客様を客室へ」


 おそらくメイドが掃除でもしているのだろう。男性が屋敷の中へ声を飛ばすと、小気味良い返事と共にメイドが一人やってきた。


 白黒の、いかにもなメイド服を来た、金髪の美少女だ。貴族と言うだけあって、メイド一人とってもいい趣味してんな。


 おっと、言い方が悪いな。まぁ、可愛い娘を近くに置いておきたいってのは男の性だろうしね。流石に手を出したりは……してないよな? エイブラム様の言う通りの人なら問題ないと思うけど。


「では、こちらへ」

「あ、はい」


 メイドに声をかけられて我に返る。やめとこ。こんなん考えてるだけでも失礼極まりないわ。バカか俺は。


 エントランスに入り、そこから長い通路を通って客間へと案内される。客間も、廊下ですらも煌びやかな装飾が施され、おそらく価値ある品なのであろう壺や絵画なんかもちらほら。一際目を引くのは、壁に飾ってある大きな剥製だった。見た目はドラゴン? 二本の角を生やした生物の頭部がある。すげー迫力だわ。


「今お呼びしていますので、そちらに座ってお待ちください」


 メイドの少女に促されるまま、ソファーに座る。ふかふかだな。さすが貴族。もうそれしか言葉が出てこない。俺達がここにいるの場違いじゃねぇの?


 ここに至るまで、カイルもヒノも一言も発せずおとなしくしている。というかカイルの場合は恐縮しきっているのだろう。ヒノは……好奇心旺盛な目で部屋中舐めるように見てた。騒ぎ出さないだけ、成長したと言えるかな。


「粗茶ですが、どうぞ」


 いつの間にかお茶を入れてきていたメイドから、それを受け取る。高価なカップなんだろうなぁこれも。一口飲んでみたが、粗茶というにはあまりにも上等過ぎる代物だろ。いや粗茶というからといって粗末な品ってわけじゃないんだけどさ。どこかアールグレイを彷彿とさせる。


「これ美味しいね!」

「そりゃあ貴族様が出すものだしね」

「俺緊張で喉を通らないんだけど……お前らよく寛げるよな」

「別にそんな伸び伸びとしてるわけじゃねぇよ。これでも緊張してんだぞ。お前ほどじゃないけど」


 お茶のカップを持つ手が震えるほど緊張しているカイルだが、俺だって緊張していないわけじゃない。一応エイブラム様も貴族だったわけだから、それなりに慣れているってのもあるし、元々の性格が結構図太いのでね。カイルもエイブラム様とはよく話していたはずなんだが、そこは性格なんだろう。それよりお茶溢すなよ。


「そう緊張なさらずともいいと思いますよ。アライア様は寛容な方ですから。お気持ちは分かりますけど」


 カイルの様子に少し苦笑いをしながら、メイドの少女がそう言ってきた。


「そうは言っても伯爵様なんて会ったこともないし、無理ですって!」

「エマさんは俺達とあまり変わらないように見えるのに、凄くしっかりしてますね」

「ここに仕えて結構経ちますから、さすがに慣れました。それと、私には敬語はいりませんよ。エマと、お呼びください」


 アライア様が来るまでの間、エマと言った少女と少し話をしてみた。歳は俺達と同じ十五だそうだ。十年前からここに仕え始め、以来ずっと専属のメイドとして暮らしてきたらしい。五歳からメイドとは……と思っていたら、どうやら先ほどの執事が自分の祖父であるらしい。代々アライア家に仕える一族であるようだ。


 他愛もない話をしていると、客間の扉が開いた。


「待たせたね。君たちがエイブラム男爵からの使者か。もしかして、シャーロット君かな?」


 この方がアライア様のようだ。年齢は六十だと聞いていたが、見た目にはもっと若く見える。髪はダークブラウンってところか。同じ色の髭も短く揃えてあって、若い頃はなかなかの美形であったのだろうと思わせる顔つきだ。


「えっと……名前を知っていただけているとは光栄です。俺……私がシャーロットです」


 座ったままなのもよくないだろうと、立ち上がって一礼。他二名も慌てて俺に倣う。俺も言葉使いが少々危ういけど、ヒノがカップを持ったままなのが気になる。置け、それを。


「そう畏まらなくても構わんよ。堅苦しいのはあまり好きではないのでな。適当に寛いでくれればいい」

「いや、そういうわけにも……」

「まぁ君がクゼット村の出身であるならば私と関わることも増えるだろうし、徐々に慣れてくれればいいさ。とにかく座りなさい。少し話をしよう」


 先にアライア様が座るのを待ってから、改めてソファーに腰を下ろした。結局ヒノはカップを握ったままだったが……。


「それで、手紙の方は受け取っていただけましたか?」

「あぁ。確認したよ。村の収支報告書のようだね。君達のことも多少書かれていたよ」

「え?」

「今回これを君に持たせたという旨と、その活躍についてだ」


 活躍というほど大したことはしていなかったと思うが……。片栗粉と折り紙の発案と、精霊の森の産出物くらいだな。後は揚げ物とか生クリームとか?


「村の経済に大いに貢献しているようだな。初めて君のことを聞いたときは驚いたものだ。まだ年端もいかない年齢の子が、こんな発明をしてくれるとはね」

「いえ、たまたまですから」

「それに友達もなかなか優秀だそうじゃないか。剣の腕がいい魔法使いと、まさか精霊とは」


 カイルとヒノのことだな。アライア様にじっと見られている二人、特にカイルは居心地悪そうにしている。その態度はよくないぞ。仕方ないっちゃあ仕方ないけど、もう少し頑張れよ。


「いいいっやや! お褒めに預かり光栄でしゅ!」

「噛んだな……」

「噛んだね……」

「はははっ。かなり緊張しているようだな」


 口を押えて蹲るカイルを余所に、アライア様は思いのほか楽しそうである。ここまで割と無礼もあったような気がするが、それらにも特に気にした様子は見受けられない。聞いていた通りに寛容な人物であるようだ。


「それにしても珍しいな。精霊が人間の姿で行動しているとは」

「精霊ってこういうものなのかと思っていました」

「まぁ自然の摂理を司っている大精霊などは人型であったりするようだが、ほとんどは動物の姿をしていたり、そもそも形すら持たずに光の玉だったりだ。随分可愛らしい女の子だが、君の趣味かね?」

「ええっ!? いや、別にそういうわけでは……気付いたらこの姿でした。むしろどうしてそうなったのか聞きたいくらいで」

「うーん。なんとなくかな?」


 ずっこけそうになるほど適当な真実だった。アライア様が言うように、ヒノは人間としてみれば、相当な美少女であると言える。鮮やかな緋色の髪と、同じく燃えるような赤の瞳は見る者を引き付けるだろう。ショートカットなのは恐らく姉さんの影響であると思う。髪や目が赤いのは、鳥の状態のときが赤いからだろうか?


「しばらくは冒険者として旅をすると聞いているが、目的はあるのかね?」

「あまり大仰な目的はないんですけど、旅をして世界を知りたいです。それでなにをするってわけではないんですが。あとはいろんな食材を探していきたいかなと」


 漫然と冒険者になりたいと思っていたわけで、大した目的などは存在しないのだ。身も蓋もないことを言えば、稼げると思ったからっていうこともあるし、楽しそうだからという楽観的な動機もある。実に甘い考えであったとは思うが、異世界に来たからには体験はしてみたいと思うだろう。今となっては、精霊から妙な指令みたいなことを言われているけど。


「食材か。そういえば村での貢献は飲食関係が多いそうだな。商品化しているのは片栗粉だけだそうだが、変わった食べ物を何度か食べたことがあると言っていたぞ。料理が好きなのかね?」

「元料理人ですからね」

「元?」

「あ……いや、元料理人志望でしたので、あはは……」


 思わず口が滑ってしまったが、誤魔化せたか? まぁ転生したって言ってもいいけど、変な目で見られるのはごめんだからな。余計なことは言わんでいいだろ。


「そうか。私も是非君の料理を食べてみたいのだが、いいかね?」

「え? 構いませんが、今日あったばかりの人間が作ったものなど口にしてもいいのですか?」

「君ならよかろう。エイブラム男爵から何度も話を聞いている。今更疑ったりはせぬよ。これでも人を見る目は自信があってな」

「そう、ですか。それでは僭越ながら」

「うむ。では何か珍しい物を頼みたいな。とりあえず調理場に案内させよう」

「既に調理済みの物でよければここでお出ししますけど。なにか入れ物が一つあるといいのですが」

「お? そうか? では頼もうか。エマ」


 アライア様の後ろで控えていたエマが部屋を出ていく。おそらく皿でも取りに行ったのだろう。


 珍しい物というのであればいくつか候補はあるが、この場に相応しい物というならお茶請けがいいだろう。そうなると、チョコがいいと思う。前世の板チョコをマネて、金属板を加工した型に入れて固めてある。


 程なくして、エマが白い皿を持ってきた。あぁ、一応人数分の四枚持ってきたのね。まぁ折角だし、全員分わけておくか。


 テーブルの上に置かれた皿に、いくつかチョコを出していく。今はまだボンボンショコラとはいかない、ただの板チョコと同じだが、いずれはもっといろんなガナッシュやプラリネを詰めたいね。


「どうぞ。甘いですよ。お茶請けとして、これがいいかと」

「甘いのか。そういえばサトウキビを入手していると、報告があったな」


 アライア様はしばらく興味深そうにチョコを眺め、手に取ったあと口に含んだ。


「ふむ……おお! 確かに甘いが、そこらの菓子のような強烈な甘さではないな。それに甘いだけじゃなく、苦味もある。程よく抑えられた甘さと絶妙な苦味があってこそと言えるな」

「元々が苦味が強いものですから。砂糖を入れなくても食べられるのですが、菓子として砂糖を入れて食べた方が、より美味しく食べられますので」

「これは中々に美味であるな。商品化はしないのか?」

「製法が少し面倒ですので、まだそこまでは……」

「そうか……。販売していれば私も購入したいのだがな」


 カカオを発酵・乾燥・焙煎・摩砕して、カカオバターとカカオマスにし、それらを混ぜ合わせ、更に細かく摩砕を繰り返したあと、よく練り合わせて、あわよくばテンパリングをして……と。専用の機械でもあれば問題ないが、そんなものが無い以上効率よく製品化させるのは難しい。俺だって、魔法があるからこそこんなことをやっていられるが、そうじゃなきゃとてもじゃないが作れない。ただまぁ、運び屋専門の魔法使いがいるように、専門の職人でも仕立てることが出来れば不可能ではないかもしれん。


「えっと……まだたくさんありますので、お譲りしますけど」

「いいのか? 作るのは面倒なのであろう?」

「それは魔法使いではない人が作るときの話ですから。私なら旅の合間にでも作れます」

「なるほどなぁ。それでは厚意に甘えるとしようか」

「また作ったら持ってきますから。ですのでエマさんにも食べてもらってください」

「え? 私ですか?」


 そりゃさっきから物欲しそうにチョコを見つめてるしさ。この世界でも女性は甘い物好きなのかね? 


 かなり贅沢品ではある甘味なのだが、それはサトウキビに限った話であるらしい。甘草や甜菜のような植物があるらしく、それらを加工した甘味料は一般市民でもなんとか手が届く。ただし、独特の匂いがあったり、甘味が弱かったりする。砂糖として一番味や色が良いのが、サトウキビから作られた砂糖ということらしい。


 まぁ俺としては、使用用途によって甜菜糖や黒砂糖の方が向いていると思うこともあるが、サトウキビが高価であるというのは既に一般常識みたいになっているので、もはやそれにはなにも言うまい。


「そういえばエマは甘い物に目が無いと言っていたか。気付かなくてすまんな。食べてみるか?」

「い、いえ。お客様からの品を私が食べるわけには……」

「遠慮せずに、どうぞ」

「シャーロット君もそう言っているし、頂いておくといい」

「そ、それでは……」


 萎縮しつつも、期待を込めた目でチョコを手に取り、口にしていた。まぁ予想通りというか、そのあとは目を輝かせて食べ始めたが。


「さて、そろそろ私は仕事に戻ろうと思う。話を長引かせて悪かったね」

「いえ、お気になさらず」

「またいつでも来てくれて構わんからな。エマもチョコレートを気に入ったようだし、その時はまた頼むよ」


 結構な数のチョコを食べてしまい、我に返ったときには既に皿を空っぽにしていたエマは、ばつが悪そうに俯いていた。若干顔を赤らめているのが可愛らしくていい。


「あまり気軽に来るのは気が引けるのですが……」

「まぁそうだろうとは思うがね。村の要件で呼びつけることもあるだろうし、屋敷の庭に転移できるようにしておいていいぞ。いや、むしろしておきなさい」

「あ、はい。そう仰るのであれば」


 転移の魔法の使い方についても知っていたようだ。言われた通り、庭の隅に転移の板を設置しておき、お礼もしっかり言って屋敷を辞した。


「ふおおおおお……疲れた」

「お前ほとんどなにも喋ってないじゃん」

「いるだけで気疲れするっての。むしろお前が平気なのが信じられん」

「だから別に平気じゃないって。帰ったら甘いもん作ってやるから、それで疲れを取れ」

「私にもね!」

「分かってるよ」


 ほんとは少し観光をしたかったのだが、正直、偉い人との面会は疲れる。失礼のない言葉を選びながら会話しないといけないし、無礼な行動もできない。アライア様はあまり気にする人ではないが、それでもふんぞりかえっているわけにもいかないし、カイルほどじゃないにしても俺だって休みたい。


 王都に到着したのも昼過ぎだったし、あれからアライア様の屋敷で結構な時間話込んでいた。夕方近くになってきているし、今日のところは出歩くのは控えてアリオンのところへ戻ろう。


 あ……仮の身分証返さなきゃ……。

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