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第十話 長い準備期間を終えて。

少々遅くなりましたが、あけましておめでとうございます

相変わらず更新は遅いですが、自分のペースで更新できたらと思います

週一更新くらいで安定出来るようになれればいいと思うんですが・・・努力します

 時は過ぎ、俺は十五歳となった。当初の予定であった、十三歳での出発は大幅に出遅れたことになる。理由は精霊の森と、ヒノの存在。


 精霊の森の広さは尋常ではなく、三年の歳月をかけてもまだ全てを探索し終えたというわけではない。踏破率としては八十パーセントと言ったところであろうか。手に入れた産出品も数多くあるが、一々列挙していたら陽が暮れてしまうので割愛。基本的には果物が多かったとだけ言っておこう。


 あの大樹付近にはそれらの畑が出来上がっている。サトウキビとカカオを筆頭に、バナナやマンゴーと言った南国フルーツもちゃんと存在していたし、リンゴや桃などもあった。今更生態系に関して突っ込むのはやめておく。


 そう、カカオなんだが、時間はかかったものの、ちゃんとチョコレートを作ることに成功している。


 少々加工に手間取ったのは、こいつも発酵が必要だったからだ。持てる知識で、出来る限りの方法を試して行ったわけだが、バナナの葉で包むという結論に至るまで苦労した。発酵が無くても、チョコレートにはなるけど。


 収穫直後は水分が多かったので、たまたまバナナの葉の上に乗せて天日干ししていた物が一番香りが良かった。つまり発酵したということなのだろうと思う。他の葉を敷いていた物よりよかったので、たぶんこれが一番いいと思います。


 あとは乾燥が出来次第摩砕して、牛乳や砂糖と混ぜる。その後はテンパリングしたいわけなんだが、温度管理が実に難しいので、今はできない。熟練のパティシエなら感覚だけで出来るそうだが、なにせ俺は見習い。温度計がないとまともにこなせないので、諦めることにする。


 森には転移の目印があるためいつでも来れるので、今すぐに全てを探索しなければいけないというわけでは無かった。ただ、そこでヒノの存在が絡んでくる。


 まぁ直接的にと言うわけでは無いが、要するに成長するのを待ったわけだ。その間に探索を進めていた。


 出会った当初は、まるで赤ん坊のような知能しか持ち合わせていなかった。なにせ人間の姿で俺の頭に飛び乗ってくるのだから。旅をしている間、街道ではまぁそれでもなんとか抑え込めるとしてもだ。街中でそんな行動をされては堪らない。好奇心の塊でもあるので、あっちこっちフラフラして迷子になる可能性もあるし、常識の枠を飛び越えた行動をして街の人間を刺激してしまう可能性も否定できなかった。


 精霊の成長は速いとは聞いていたものの、実際目の当たりにすると凄まじいものがある。たった三年で、俺達の世代と同等の知能にまで成長したからだ。いや、成長したというと語弊があるか? 順応したと言った方がいい。そうでなくては、このままとてつもない速度で老化していく。分かりやすく、成長という表現をしてくれたのだろう。


 思考回路などは人間に準拠しているらしい。人間の女の子姿で、裸になるのを恥ずかしがるようになった。誤解ないよう言っておくが、脱がそうとしたわけではない。姉さんと風呂に入らなくなっただけだ。姉さんはヒノと風呂に入ることにまるで抵抗はないようだけど。


 そういうわけで、今まで森を拠点にいろいろと探索や食べ物の開発などに勤しんでいたと言うわけだ。


 それも今日で終わり。いや、各種果物の収穫や発酵食品の管理で何度も戻っては来るのだが、森の本格的な探索は一時中断だ。といってもほとんど探索し尽した感じはあるが。


 準備は万端。そりゃあこれだけの時間をかけておいて、今更忘れ物などあるわけない。ない……よな?


 まずは屋台。当面の生活拠点であり、移動の足でもある。更には商売も出来る。商売と言うには小さな規模であるが。売るのはから揚げ。ついでに、揚げ物全般なんでも扱う。クゼット村の広告として、一役買ったというところ。


 屋台は魔法で作り上げたものだ。通常のものとは違い、幾分か大きい。俺とカイルの寝るスペースまで確保してあるせいだ。ヒノは仮にも女の子なので、狭いが個室を用意してやった。木造のキャンピングカーの側面が、調理場になっていると思ってもらえるといい。普通の馬には到底引けない代物かもしれないが、魔力を宿したアリオンには問題なかった。まぁそれも見越してこの大きさになったわけだが。俺、魔力を持たない馬だったらどうするつもりだったんだろ……。


 素材も充分。片栗粉は発案者の特権で、無料でもらうことにしている。調子に乗って使い過ぎると、出荷に影響が出るので自重する必要はあるけど。肉はフェイール鳥を大量に狩ってストックしているし、無くなっても途中で狩りをすればいいしな。買うなんて選択肢は、ない。というか全ての原料は自前で調達している。


 漬け込むタレを作るための醤油などは、大量に作ってしまっているので問題ない。追加で仕込んでることだし、こちらは商品化していないので使うのは俺だけだ。まだ大量生産には程遠い。同じくカカオ製品も、場所が場所なだけに商品にはできないと思う。精霊の森以外でも育つはずだが、環境の整備がちょっとね。


 あとは森で得た食糧もかなり持ってきた。フルーツが主だが、これに関しては俺達のデザートになるだろう。飽きてきたら俺がスイーツに加工してやる。砂糖も好きなだけ確保できるし。


 そして、戦闘手段。カイルの剣は、タイランさんが作り上げた最高傑作をもらっていた。初めは俺に渡すつもりだったらしいが、俺が自分で剣を作ったのを見てカイルに渡すことにしたようだ。鍛冶の腕もだいぶ良くなった。自分で剣を打つくらいだし、当然だよな。


 で、その剣なのだが、正確には剣ではない。


 刀だ。剣を打てるようになった頃、ふと思いついて作ってみた。それを使ってみると、剣よりもしっくりくる。元日本人だからだろうか? とにかく、収まりがよかったので刀を使うようになったのだ。タイランさん達は妙な形で使いにくいと言っていた。


 そして魔法。主な攻撃手段は折り紙。やはり攻撃魔法自体の適正は低いので、付与魔法を介した方法が魔力の消費も少なくていい。思った通り応用が効くので、攻撃以外にも活用できるのがこの魔法の利点だと言える。昔やった転送の魔法なんかそうだ。折り紙かと聞かれれば疑問が残るが、羊皮紙を扱った魔法全般をそう呼ぶことにする。どっちかっていうと紙魔法だよな、これ。


 魔法に関して言えば、ヒノもなかなかの才能を持っていた。精霊だから当然と言えばそうかもしれないが、まさか全ての系統に適正があるとは思わなかった。当の本人は、攻撃系統を好んで使うようだが。特筆すべきは、回復系統の適正の高さだ。軽傷なら、魔力すら使わず治してしまう。本当は消費しているのだろうが、そう錯覚してしまうほど燃費がよかった。


 父さん達にもお膳立てしてもらい、今日いよいよ出立と相成ったわけだ。資金面では援助してもらわない方針で。


 冒険者として、そこまで面倒見てもらうのはこっ恥ずかしいだろう。ただでさえ、牧場の後を継がずに出ていくのだ。よく考えりゃ親不孝もんか? まぁ俺から言わせりゃ、自分の後継ぎを息子に押し付けるのは親のエゴだと思うぞ。子供に将来の選択権はないのか? ここで論じても無駄ではあるが。とはいえ、これから先で親孝行していくつもりではあるけどね。


 そのためには死なない努力。無理は禁物。無茶な行動は慎む。無謀な賭けはしない。死んでは元も子もないのは、一度死んだ身として十二分に理解しているつもりだ。


「じゃあ父さん、母さん。行ってくるから」

「あぁ。旅の無事を祈ってるぞ」

「なにかあったらすぐに帰ってきなさい。と言っても貴方には転移の魔法があるわね」

「ちょっと! あたしには一言もないの?」

「あぁ、姉さんも元気で頑張ってね。あと、早く人生の伴侶を見つけようぜ」

「余計なお世話よ!」


 相変わらずのお転婆さのせいで、未だに男が寄り付かない姉さんの先を心配しつつ、別れの挨拶。というかこの村で見つけるのは至難じゃないか? 最近では余所の村から若い衆が出稼ぎにも来てるし、諦めるのは早いか。


 割と、というかかなり軽い挨拶ではあるが、母さんも言っていたように、俺が転移の魔法を扱えるのが理由だ。片栗粉の販売も軌道に乗っているが、時々俺の助言を聞きに来たりもするので、定期的に帰ることにしている。


「カイル。お前はすぐ調子に乗る癖がある。そこのところ、よく気を付けるようにな」

「貴方の剣の腕は良く知っているわ。でも、この世界では貴方より強い人や魔物は星の数ほどいるはずよ。絶対に死なずに帰ってきなさい。それがこの旅の条件であること、忘れないでちょうだいね」

「分かってるよ。必ず、帰ってくるから」


 後継ぎ問題の件で冒険者になることを反対されていたカイルも、両親を説得することに成功したようである。ヒノが回復魔法を使えることで、死のリスクが大幅に減ったことも要因の一つである。冒険者を辞めた後は家を継ぐことを約束し、死なないことが条件として旅の同行を許されたようだ。後継ぎがどうこうというより、やはりカイルの心配が大きかったらしい。


 家を継ぐことに関しては、俺も同じだ。俺の場合は別にそう言われたわけではないが、死ぬまで冒険者を出来るわけはない。精々四十歳くらいまでが限界だろう。そんな歳までやるかも定かではないし、冒険者を止めてから牧場を継いだってなんら不都合はないはずだ。父さん達にしても、俺が産まれた時には既に冒険者を引退している。


「あぁ……ヒノも一緒に付いて行っちゃうのね……あんなバカ弟より、私と一緒に狩りに行かない?」

「ア……アイナちゃんと狩りに行くのも楽しいけど、私はシャルの精霊だから……あははは」


 避けているわけではないが、ヒノは微妙な反応を示す。ヒノも姉さんに負けず劣らずお転婆娘なのだが、姉さんの方が主導権を握ることが多いようだ。働き蟻が全ていなくなると、怠けていた蟻が働き出すように、そのまた逆も然り。例えがへたくそなのはご愛嬌。


 姉さんは、ヒノが動物に姿を変えていたりすると過剰なほどに撫でまわしていたので、今となってはヒノに軽いトラウマを植え付けている。それ以外では相当仲が良く、本当の姉妹かのように振る舞っているが、その行動だけは辟易しているらしい。人間の姿で落ち着くようになってからも姉さんの可愛がり方は変わらず、むしろ強烈になったようだ。妹……欲しかったんだな。


 今生の別れでもあるまいし、そう悲しむこともないと思うんだが、姉さんはがっくり肩を落としている。それよりさっきバカって言ったか? ああん?


「シャル! ヒノになにかあったらただじゃおかないからね! あんたはともかくヒノは死なせないように全力を尽くしなさい!」

「精霊は死なねぇしちっとは俺の心配もしろ!」

「冗談よ。あんたも気をつけなさい」

「あぁ。分かってるよ」


 正確には精霊にも死の概念はあるが、ちょっとやそっとじゃ死にはしない。一応、怪我もすれば極まれにだが病気にも罹る。ただ、外傷で死ぬことも無ければ、病気で衰弱死もあり得ない。もちろん相応に苦痛も感じるので、怪我も病気もさせないようにするのは当然ではある。


「シャーロット君。ついでと言ってはなんだが、アライア様に一つ届けてほしい物がある」

「届け物……ですか?」

「ちょっとした手紙さ」

「俺なんかが訪問しても大丈夫なんですかね?」

「大丈夫。アライア様はあまり貴族として権力を振りかざすような人ではないから。この村が人不足なのはご存知だ。だから、時には私以外の者が、使いとしてやってくることがあるのも理解しておられるよ」


 アライア様は伯爵だったかな? 貴族に関してはあまり興味がないのではっきり覚えてないが、上から三番目くらいの偉さ? 公・候・伯・子・男だったっけ? めんどくせぇ! 少なくとも俺より権力のある人なんだから、失礼のないように心掛けておけばいい。


「私のサインと家紋を添えておいたから、手紙を見せるといいよ。通してくれるはずさ」

「分かりました。責任を持って届けます」

「収納してれば大丈夫だと思うけど、無くさないようにね」


 そりゃあもう。もしそんなことになったらさすがに首が飛びそうだ。まぁそこまで重要な情報を書いた手紙を、俺なんかに渡しはしないけどさ。それくらいの気持ちでやらんといかんだろう。


「タイランさん。今までお世話になりました」

「おぅ。気にすんな。俺も助かったからな」


 一応の師匠という意味では、タイランさんにもだいぶ世話になった。魔法の扱いに慣れたのは彼のおかげといっても過言ではあるまい。主に生産系統の魔法であったが、その扱いの難しさが他の魔法にも生かされる。修業らしい修業は、鍛冶仕事だけだったともいえるな。折り紙魔法の開発なんかもしてはいたけど。


 一通り挨拶も済んだかな? 他にも世話になった人はいるが、みんな仕事で忙しいはずだ。神官のおっさんとか商店のおばちゃんとか。一応数日前から軽く挨拶はしているから別にいいか。


 それじゃあ。


「行ってきます!」














「なぁシャル……暇」

「お前は旅をなんだと思っているんだ」


 クゼット村を出て五日程が経過した。野を超え山を越えと、ひたすらに屋台に揺られてやってきたわけだが、特にアクシデントもなく順調に来ている。魔力の満ちる領域に立ち入ってわけでもないので当然だ。まぁそれは同時に、なーんにもなくて暇であるということも意味しているわけであり。


「うおー! 暇なんじゃあああ!」

「うっさいわ!」


 約一名発狂するに至るのである。


 簡素なベッドの上に胡坐をかき、両手を天に向けて絶叫するアホにとって、暇であるというのはこの上ない苦痛であるらしい。俺はと言えば、自分のベッドの上で読書をしたり創作料理を考えたりと、のんびりと旅を満喫していた。


「でも、確かになんにもなくてつまんないのは確かだと思うんだよねー。シャルもそう思わない?」


 カイルと同じように発狂するかと思っていたヒノだが、お転婆の割に意外と大人しい。長い時を過ごしていく精霊という性質上、こういう時間の過ごし方は遺伝子に刻まれているのかもしれない。退屈しているのは間違いないようだが。


「旅ってこういうもんじゃないか? それに、クゼット村から一番近い村までは一週間はかかる。そんなこと分かった上で付いてきたんだろ?」

「分かってるけど……暇であると言う事実は覆らないのだ!」


 そんなに声を荒げたところで、こんな平原のド真ん中で面白いことが起こるなんてないわけだ。俺としては、村周辺以外の景色を見れて嬉しいし、読書や料理をしていれば大して苦にも感じない。新しい折り紙の研究もやっているし、こんな状況でもやれることはいくつもある。


「魔法の鍛錬でもしてたらどうだ?」

「今までやってたさ……でもさすがに丸一日ってないだろ!?」


 そう言われると……まぁ分からなくもないけど。結構集中して行うことであるので、当然疲れも貯まっていくわけだ。そうだな……この世界にテーブルゲームってないのか?


「なんだそれ?」

「聞いたことないよ」


 辺境の村出身だし、知らないだけなのか本当に存在しないのか。いや……前読んだ本にはチェスが出てたな。テーブルゲームっていう単語が無いだけなのかもしれん。うーん……。


「分かった。ちょっと待ってろ」

「お? なんか面白いことでもあんのか?」

「まぁ待てって」


 折り紙用に大量確保している羊皮紙を数枚取り出す。そして、それらを同じ大きさに長方形で切り揃え、土の補助魔法を使って強度を高める。最後に数字と簡単な模様を書き入れたら。


「トランプだ」

「なんだそりゃ?」


 興味深い様子で、手元の紙を眺めるカイルとヒノに簡単な説明をする。とりあえず一番分かりやすいであろう神経衰弱を教えてみた。


「つまり? この五十四枚のカードでいろんなゲームが出来ると?」

「そう。いっぺんに教えても混乱するだけだし、今日は神経衰弱をやるぞ」

「同じ数字を集めたらいいのね?」

「毎度のことなんだけど、お前の変な思いつきはどこから来るわけ?」

「それはもちろん……」

「はいはい神のお告げ神のお告げ」


 分かってきたじゃないか。初めて聞いた者なら、俺を変人扱いしそうな言葉だ。頑なにこれしか言わないことをカイルは知っているので、今更問い詰めてきたりはしなくなった。面倒がなくて大変よろしい。


 では、やってみようか。








「やった! また私の勝ちだね!」

「いや、ヒノってば強すぎ……」

「記憶能力が人間離れしてる。いや、精霊だから間違っちゃいないわ」


 何度かやってみたんだが、結果から言うとヒノの圧勝である。精霊だからなのかは定かではないが、一度見たカードは全て覚えていて、同じ数字が出ると必ず引き当てる。


 記憶力もそうだが、集中力も凄い。普段の様子からは想像もできないほど集中しているというか、声を掛け辛いレベルで真剣そのもの。まるで別人のようだった。ゲームが終わるとすぐいつものテンションなんだけど。


 ちなみに、カイルと俺は大して変わらない。俺の記憶力ってあまりいい方ではないのだ。好きなことに関してはいつまでも覚えているんだが、純粋な記憶力は人より少し劣る。ということは、カイルも大したことはないわけだ。


「ダメだわ。頭使って知恵熱出そう」

「普段如何に頭を使っていないかが露呈したな」

「逆に聞こう。いつ使うような場面があるんだ?」

「あぁそうだな。お前にはなかったわ……ま、いいや。頭も使ったところで、そろそろ三時のおやつと行こうか」

「おやつ! 私プリン食べたい!」

「残念。作ってない」


 時計を確認し、午後三時を少し回っていることに気付き、そう提案する。時計は、父さんが冒険者時代に使っていたものを餞別として譲り受けた、少し傷が入ったシンプルな腕時計だ。


 では、おやつにしようか。昼食がちょっと早めだったし、小腹も空いてきたことだからがっつり行こう。


 取り出したるは、白くて丸い食材。毎年お年寄りを冥府へと誘う凶器に変貌することもあるので、取扱いにはご注意を。みかんと一緒に飾っていると、いつのまにかカビているのはご愛嬌。搗いてすぐに収納しているので、湯気が立ち上るくらいには温かい。米を搗くことで出来る、お正月には欠かせない風物詩。


「なにそれ?」

「餅」

「まーたなにやら良く分からないものを……」

「カイルはおやつがいらないそうだから、ヒノに分けてやろう」

「すみませんでした。二度と言いませんので僕にもおやつをください」


 今の季節は春に相当する時期だが、まだ若干寒さが残る。身震いするほどではないが、暖を取ることも兼ねて温かい物にするか。で、餅を使うとなると、やはりアレがいいだろう。


 小鍋を準備して竈にかける。鍋も竈も俺が作った物だが、鍋はともかく、竈はもう少し使いやすくしたいものだ。屋台が木造なので、所謂普通の竈は火事の危険を考慮すると置くことが出来ない。結果、コンロに嵌めてある五徳と呼ばれる支持具を作り、腰の高さほどの石を削ってガス台としている。作業場周辺は熱を通しにくい特殊な石で囲い、火事を防ぐ。火は自分で魔法を使うことで起こすしかない。まぁ魔法を使うことで一応修業も出来ると言う意味ではいいのかもしれない。


 それは追々改善するとして、さっさと作ってしまおう。と言っても温めるだけなんだけど。


 本来なら小豆を甘く煮るのだけど、今回はつぶあんを水で伸ばすことで代用しよう。というかほとんど同じものだけどさ。餡子はつぶ餡と漉し餡両方を作って保存してあるので、わざわざ今から小豆を煮るのも面倒だ。


 温めるだけのお手軽料理なので、ものの数分で出来上がる。既に屋台内部には甘い匂いが充満していて、後ろでそわそわしている両名の鼻をくすぐっていた。どちらかというと騒がしい性格をしている二人だが、こと食い物に関しては俺に逆らうことがない。こう言うと俺が高圧的な態度なのではと思われそうだが、食事の作法やマナーを叩き込んだだけのことだ。行儀が悪かったら飯抜きにすると宣言し、実行にも移した過去から学んだようでなにより。


「はいよ。これが、ぜんざいね。餅は弾力がすごいから、喉に詰まらせないように気を付けて食えよ」

「そんな年寄りでもあるまいし……」

「そういうやつが一番危ないんだよな」

「いっただきまーす!」

「ヒノ? ちゃんと話は聞いてたよな?」

「ひいへたお?」

「食いながら話しをするような行儀の悪いやつは……」

「ふぐっ! う……ん! ごめんなさい」


 ヒノはもう少し躾けが必要だとして、久しぶりに食べる餅はやっぱりうまい。餅米を手に入れるのは少しばかり時間がかかったが、粘り気の強い米という認識で存在はしていた。ただ、元々米自体あまり食べられていないのも相まって、その独特の粘りで食べ辛いという印象から食用としてはあまり好まれていなかったらしい。主に酒の原料として知られていたため、買うこと自体は容易だった。


 餅と言えば正月なのだが、新年という概念はあっても正月はないらしい。おせちも御神酒も無いし、門松やしめ縄もしない。一応、今年一年頑張りましょうという、ちょっとした新年の挨拶程度はあるようだ。ま、異世界だしそこまで拘りがあるわけでもないのでどうでもいいが。


 今回は旅の始まりってことで、新たな門出を祝うつもりで餅を食うことにしたってのもある。大したことではないが、新年と掛けたってところだ。もう旅立ってから五日経ってるけどね。


「この餅ってのはいいな。嚙みごたえがあって、米の味? がいい感じにこのスープと合わさって美味い! 体も温まるしなにより甘い!」

「私スープだけでも全然いけるよ! むしろスープおかわり!」


 二人とも気に入ったようでなによりだ。餅は噛む回数が多くて顎が疲れないかと聞いてみたが、普段は結構硬い黒パンが主食のこの世界の住人にとっては、大したことでもなかったようだ。なのにどうしてもち米は敬遠されるのか良く分からないけど。粘りと言う意味では餅の方が遥かに強いが……単純に二人の好みが特殊だったか?


 餅に食らい付きながら、これからの予定を考える。


 まず、今は王都を目指している。単純に観光の意味もあるが、冒険者としてという意味では、狩りの領域を調べるためだ。あの、精霊の森のような場所は世界各地にいくつもあり、現在判明しているところは全て冒険者ギルドが把握している。そこでいくつか候補を絞り、実際に狩りに行ってみるつもりだ。


 しばらくは王都周辺を中心に回ってみるのがいいかもしれない。一段落付いたら、辺境の領域に出向いてみるのもいいだろう。


 そして帝国へも行ってみたい。可能であれば、だが。実際に冒険者の中には、両国を行き来している者もいるにはいる。ただ、敵国へ渡ることになるので、そこから先は完全に自己責任であり、たとえ殺されても文句は言えない。いきなり斬られる可能性はそう高くはないようだが、敵国側の人間に好意を持つ人間などそうはいないので、あまり歓迎はされないはずだ。まぁ一目で王国の人間だとばれたりはしないのだけど。


 そうまでして敵国へ行く理由は様々ある。例えば、一方の国でしか取れない食材。例えば、発展した技術。なにせ交流がほとんどない。それぞれに独自の進化を遂げた分野もあるだろうし、興味をそそられる人間も少なからずいるわけだ。俺としては当然食材に興味がある。とはいえ、食材目当てに命を落としてりゃ世話無いので、余程のことが無ければ今すぐに渡ることはないだろうと思う。


 なにはともあれ、まずは王都だ。途中いくつかの村に寄って、屋台での商売の様子と、クゼット村の宣伝をしながらゆっくりと向かいますか。王都に付いたらアライア様に手紙を届けるのも忘れないようにしなきゃな。


 旅は始まったばかりだ。

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