閑話。
しんしんと降り積もる雪。一年を通して比較的温暖な気候に恵まれているクゼット村周辺において異常気象とも言えるこの雪は、かれこれ一週間近く降り続いている。
いつも暖かな日差しを提供してくれる太陽は仕事をサボり、たまには休ませろとばかりに雲の向こう側へと逃避行。臨時で空を受け持った分厚い雲は、突き刺すような寒さと凍てつく寒風で俺達を嘲り、嗤う。
雪の精霊のいたずらによって、思わぬ寒気に見舞われた村人達は右往左往。寒さに備えなどしている人間は皆無であり、男達は慌てて暖を取るための薪を得ようと森へ出向く。
水仕事を担当しているであろう村の奥様方は、冷たさとそれに伴う手荒れを恐れて家事が滞る。仕舞には水が凍りついて物理的に家事が不可能になり、魔法を使えるものは村中を走り回っての慈善事業。
一面の銀世界と化した村で、土の中にて我関せずという態度を取るジャガイモの世話をする大人たちはみな一様に暗い表情。その反面子供達はというと、滅多に降らない雪に大はしゃぎで雪遊びをしている。子供は風の子、大人は火の子とはよく言ったものだ。
大人でもあり、子供でもあるという微妙な立ち位置に存在する俺はというと、魔法使いであるせいで火を出し水を出しと村中を駆け回る。かと思えば、カイルを含めた村の子供達と雪合戦をしていたりもする。なお、カイル対俺の雪合戦は魔法を交えた苛烈なものへと進展し、双方の親からげんこつを頂戴していた。
その罰として、カイル共々森へ薪集めに出かけさせられることになり、今は森のけもの道を歩いている。
「なにが悲しくてこの寒さの中薪なんか集めにいかなきゃならないんだ!」
「お前が水の魔法なんか使ってくるから悪いんじゃねーか……」
初めて積雪を経験したカイルとは違い、転生する前に少しだけ雪遊びの経験があった俺は雪合戦で優位に立った。自分の不利を悟ったカイルは、あろうことか水の魔法を使って強引に雪玉……もといみぞれ玉を作ってぶつけてきたのだ。となれば反撃しないわけにもいかず、徐々にエスカレートした結果がこの現状だ。
さっきも言ったように、基本的に温暖な気候体なので村の備えは乏しい。暖を取れるほど薪を備蓄をしている家は少なく、寒さに震えている人が多いので、仕事の合間を縫ってはきこりをしている人がほとんどだ。さすがに凍死するような事態にはならないが、如何せん寒さに弱い人が多いので仕事の効率も芳しくない。
エイブラム様も積極的にきこりをして薪を集めるという、貴族らしからぬ行動をするほどの緊急事態とも言える。彼の場合魔法を使えるので、自身はなに不自由ないのだろうが、薪を集める人手が足りない家に無償で提供するためにきこりをしているようだ。そんな彼だからこそ、村で信用されているわけだが。
それを見た父さんは『エイブラム様が働いてくださっているんだからお前も貢献しろ』と、罰の意味も込められた薪集めを俺に課した。
魔法使っていろいろ貢献したじゃん! と言ってしまうと余計な問答を生みそうだったのでぐっと堪え、仕方なく同じ理由で駆り出されたカイルと、こうして森へ入ったというわけだ。
まぁ仕事の内容としては実に簡単なことである。燃えやすい檜や松に似た木を伐採して帰るだけだ。二人揃って魔法使いなので、収納の魔法が使える。大量に持ち帰ることができる以上、いつかはこうして森に放り込まれていたに違いない。
「さっさと集めて帰ろうぜ……寒くて仕方ねぇよ」
「お前さ……魔法使いならちっとは頭使えよ」
「は?」
カイルは、なにを言っているんだとばかりに首をかしげる。簡単だろ……魔法使えや。
「えー? だって俺補助系統の魔法苦手だもんよ。収納の魔法も下手だし」
「でも使えないわけじゃないだろ。それとも寒さに震えながら続けるか?」
「……やり方を教えてくださいシャーロット君」
そのあと、耐寒の魔法を使いながら順調に薪を集めていく。なんだか妙に薪集めが楽しくなってしまい、思いがけず未踏の場所まで来てしまっていた。
「気が付いたら来たことが無い場所まで歩いてきていたでござる」
「お前何言ってんだ?」
おちゃらけてみたもののここは異世界であり、前世での言い回しは通じないのであった。
かなり奥地まで来てしまったが、いつもはここより更に奥の精霊の森まで足を運んでいるのだ。別段危険もないのだろうし、大した問題でもない。
とはいえ今回は探索に来ているわけでもないので、無理して奥まで進んでいく理由はなかった。ほどほどに伐採したらとっとと帰ることにする。
そうしてしばらく伐採を続けていたときだった。未踏の場所なだけあって、この世界に来て初めての物が目に入る。
大きなモミの木だ。これはまさしく神の思し召し? 季節は冬。前世と同じ周期で決められているのかは定かではないが、この世界においても一年の暦は十二の月で巡っている。そして今は十二月に当たる時期だ。
そう、クリスマス。ちょうどあと一週間ちょっとで年が明けるはずなのでぴったり当てはまる。電飾などはないが、工夫すればクリスマスツリーを作ることができそうだ。ちょっと大き目だが、問題ない。
懐かしい年中行事のことを思い出しながら、根っこ毎モミの木を収納すると、カイルが不思議そうに俺を眺めていた。
「根っこも薪にするのか?」
「いや、ちょっと面白いことを思いついて」
この世界にクリスマスの習慣が定着でもしたら面白いな。さて、どういう飾り付けを施してやろうか。
持ち帰ってきたはいいものの、この大きなモミの木を一体どこに植えるのかという問題に直面した。村の中心の広場は中々見栄えも良くて好条件なのだが、公共の場であるので独断で植えつけるわけにもいかない。エイブラム様に話して植えさせてもらうことも出来るが、どういう理由で植えることにするか考える必要がある。
では自宅の庭にでも植えるか。それは却下だ。単純に、狭い。なら馬の放牧場は? 父さんさえ説得できればいいかもしれない。じゃあ理由を考えましょう。
場所の確保についてはこれでいい。次はオーナメントだ。ま、そう難しいことじゃないからすぐ終わるだろう。
ツリートップにはやはり大きな星を乗せてやりたい。キリストの生誕に因んだ、なんとかの星がモチーフなんだっけ? とりあえず羊皮紙で作るか。中には森で見つけた発光する茸を入れておこう。これがまた結構明るい光を放つのだ。羊皮紙で程よく光が遮断されて幻想的に見えると思う。
あとは森に自生していたリンゴ。割とデカいので、この巨木に飾っても見劣りしないだろう。知恵の実を模したものだそうだ。
ここまではいい。残りをどうするかだ。よく飾られているのは電飾はもちろんモールやリボン、キャンディケインやサンタの人形など。白い綿を乗せたりもするが、今回はホワイトクリスマスとなっているので不要だろう。
電飾はツリートップに使った茸でいいか。タイランさんのところで一度だけガラスを作ったことがある。色ガラスにして小さな箱状に加工してやれば、中に茸を入れて電飾代わりになるはずだ。鍛冶屋の仕事なのかと疑問には思ったが、村で鉱石類を加工しているのがタイランさんしかいないので、いつの間にか兼業しているような状態になったそうな。
モールやリボンの類いは今回は止めておこう。なんせモミの木がでかい。何メートルの布がいるのか分からないからだ。まぁツリートップの下くらいには赤いリボンを巻いておこうか。人形もないので却下。
キャンディケインは杖の形をした飴細工のことだが、一応砂糖はあるので作れないことはない。ただ、面倒だしこれまたデカいものを作らないと見た目的に映えないので意味が無かった。前世では本物の飴ではなく、別の素材の食えないものだったが、どっちにしてもこの世界では作れない。
あとは家庭にあるものを思い思いに飾っていると思うが、ここは異世界なのであまり適したものはないだろう。まぁ色ガラスの茸電飾をいっぱい作って派手にしてやればいいよね。
となれば色ガラスの箱の作成と、その中身の茸及びリンゴ集めに取り掛かりますか。
「いきなり色ガラスの作り方を教えろというから何事かと思ったぞ。しかも素材をあるだけ全部とは」
「可愛い愛弟子の頼みだと思ってここは一つ」
「自分で可愛いと言う辺りがなんともいえん」
あれから二日後。思い立ったが吉日と、すぐさまタイランさんに頼み込んで色ガラスの作成に取り掛かった。たまたま余っていた材料があったのでそれを全て使わせてもらい、色とりどりのガラスが出来上がる。
茸とリンゴの自生地はちゃんとマーキングしておいたので簡単に集まった。なんせ一晩寝ただけで茸もポコポコ生えてくるし、トナカイさんのお鼻ばりに真っ赤に熟したリンゴも然りだ。食っても美味い。茸に関してはさすがに食う勇気はなかったので、今度図鑑でも取り寄せてもらうか。
赤いリボンは村の裁縫師にお願いして作ってもらった。木に巻きつけるだけの長さが欲しかったのでそこそこな値段だったが、精霊の森から得た産出品で割と稼いでいるので問題なかった。既にこの歳の子供が持つ額ではない。村にいる間はほとんど使うことのないのも、金が貯まっている原因でもある。
ツリートップに飾り付ける予定の大きな星も羊皮紙と茸で作成済みだ。飾り付けは最後にしよう。
今はタイランさんと一緒に茸電飾の飾り付けをしている。と言っても、置いているのは外枠のガラスだけだ。
まだ昼時から光る茸電飾を取り付けても幻想的には見えない。ガラスに色がついているお陰で鮮やかなモミの木にはなっているが、せっかくなら光らないとね? なのでちょっと工夫してみた。
ガラスの内側には羊皮紙の切れ端を張り付けている。これに漢字でそれぞれの色を示した文字を書いておき、夜になったら転移の魔法を使って一斉に茸を転移させるのだ。いや、転移ではなく転送だな。転移の魔法の応用版といったところ。
漢字を書いているときに、タイランさんから『落書きか?』と言われたのは仕方ないかもしれない。とりあえず、おまじないですと言っておいた。
用意した分の茸電飾を全て設置し終わり、残すはツリートップである星だけになった。これも茸電飾と同じように茸抜きで作ってある。中に書いてある文字は言うまでもないだろうが、星だ。
「よし……じゃあヒノ。これを一番てっぺんに突き刺してきて」
ツリートップの星を自分の肩に乗っていた赤い鳥に渡す。嘴で受け取ったあと、モミの木の上まで羽ばたいていった。
ヒノは精霊の森で出会い、そしてあの大樹の精霊から連れて行くように預けられた、精霊の子だ。精霊に決まった形などはなく、自分が気に入った姿を象るそうだが、色々と姿を変えた挙句に鳥の姿に落ち着いたようだ。元々赤い光を放っていたからなのか、初めて見た鳥が赤だったのかは知らないが、なにせ赤い鳥の姿をしているので、火の鳥を連想した俺は『ヒノ』と名付けた。
ちなみに、今まで変えてきた姿の中に、姉さんの姿があったことは記憶に新しい。ヒノは割と気に入っていたようだが、俺の精神の安定のために止めさせた。人間の姿もしっくりきたようで、たまに女の子の姿でうろつくようになったが、何故か裸だったので慌てて服を着せさせたという一件も。たぶん森で見たであろう栗鼠の姿で居たときに、姉さんと風呂に入ったのが原因だと思われる。
人間の姿の時に、鳥の時と同じく肩に飛び乗ろうとして思いっきりダイブされ、受け止めきれる訳もなく後頭部を強打したりもした。まだまだ精神的にも子供であるのだが、精霊の成長速度は人間と比べて早い方なので、そろそろ落ち着いてくる頃なのではと思う。
そんなヒノも最近やっと村に馴染んできた。もちろん初めのうちは、妙な生き物を連れてきたことにいろいろと驚かれたりもしたが、今となっては村人も気にしない。精霊であることを説明すると、父さんやエイブラム様は目を丸くしていた。
精霊と行動を共にする者も稀にいるそうだ。ただ、やっぱり珍しいことに違いなく、連れているだけで精霊の加護を得ている証拠であるので、尊敬だとか憧憬だとかの眼差しを送られることになるらしい。教会が信仰しているのはいくつかいる大精霊達なので、そういうところからも勧誘の声がかかったりと面倒もあるそうだが。教会と精霊の関係についてはまたいずれ。
ツリートップはすぐに設置できたようで、ヒノはもう俺の肩に戻ってきている。精霊ではあっても毛繕いはするようだ。仮にも鳥の姿なのだから、当然と言えば当然だが。
「よし。ツリーの飾りはこれでいいかな。後は夕食の準備だ!」
「飯まで何かするつもりか?」
「タイランさん。飯も重要な要素の一つなのですよ」
「まぁ……精霊の祭りだからなぁ」
クリスマスについての説明に関しては、精霊を利用させてもらった。キリストの生誕祭だなんて言っても通じるはずもないので、さてどうしたものかと考えていた時に目に入ってきたのがヒノだ。
前世のキリスト教もヒントになった。この世界で信仰されているのは精霊だ。だったら精霊の生誕祭でいいじゃん! というわけだ。
ヒノの誕生日でもよかったわけだが、連れてきて随分日が経つ。今更感もあったので、世界で初めて産まれた精霊……初代精霊王が誕生したのがこの時期である、ということにした。当然、口から出任せである。ヒノと出会ったときに一緒にいた大樹の精霊から聞いた、ということにしておいた。
せっかく精霊と接点が出来たので、俺達も精霊王の生誕祭をやろうじゃないかと父さんやタイランさんに発破をかけた。元来人間というのはお祭り好きなのだ。この世界においても例外ではなく、割とすんなりと賛同してもらった。
では、飯だ。それらしくしてやろう。元料理人の腕の見せ所だぞ。まぁ……見習いでしたけど。
夜の帳に響く笑い声。昼間は馬が放牧されて、のんびりと散歩でもしている放牧場の一角。雪も止み、久しぶりの星空が広がる中、食堂の椅子やテーブルを外に持ち出して、即席のパーティー会場と化した草原の中心には、一際目立つ光の塔がある。
その光の塔ことクリスマスツリーの下で、クリスマス改め精霊の生誕祭が行われていた。と言っても飲み食いして騒ぐだけという、前世となんら変わりないものではあるが。
集まっているのは、まずは俺の家族。そしてヒノ。カイルの家族とタイランさんも呼んだ。そして仮にも精霊の生誕祭という行事であるので、エイブラム様の姿もあった。
テーブルの上に並ぶのは、クリスマスを彩るさまざまな料理達。中央に鎮座するローストチキンを筆頭に、フライドポテトやガーリックトースト、海で捕獲してきたエビを使ったエビフライにポテトサラダ。カプレーゼをガーリックトーストに乗せればブルスケッタに早変わりだ。魚介類とカラフルな野菜を散りばめたカルパッチョも目を楽しませる。今は収納されているとっておきもあるけどね。
「しかしシャーロット君は相変わらず面白いことをやりますね」
ローストキチンを片手に、ツリーを見ながら呟くのはエイブラム様だ。相変わらず、というのは折り紙や片栗粉なんかの突飛な発想のことを言っているのだろうが、前世においては常識でしかないので、そう言われても反応に困ってしまう。
電気などないこの村で圧倒的な存在感を放つクリスマスツリーは、俺の思惑通りに幻想的に美しく輝いていた。転送の魔法を使って一気に灯りをつけたときのみんなの表情は、俺の満足のいくものであったといっておく。
「この件に関しては、俺の発想というより精霊の伝承ですけど」
「それでも実際に行動してしまうのは感心ですね。ほぼ一人で準備したそうじゃないですか」
「ガラスの素材の在庫が無くなったぜ。あとで集めにいかにゃな」
「精霊がどうとかは良く分からないけど、このエビフライっていう料理うめぇ!」
罰当たり? そんなことを言いながらタルタルソースを大量に纏わせたエビフライにがっついているのはカイルだ。こいつにとっては精霊の生誕祭などどうでもいいようで、とにかく美味い飯を食えることの方が嬉しいようである。本家のクリスマスも日本においては大体こんな感じなので、間違っちゃいないが。
「カイル! 精霊様の生誕祭なんだからちゃんと祈りを捧げなさい」
「でもほんと美味しいわねぇ」
そう窘めているカイルの両親も、料理に舌鼓を打っている。美味いと言われて気を悪くする料理人などいないので、実に気持ちがいい。むしろカイルの食いっぷりは爽快だ。料理人冥利に尽きるというもの。
「ほとんど形骸化しているようなものなので、楽しんでさえいれば別に問題はないみたいですよ?」
「そういうものなのかい? まぁ楽しませてもらっているよ。呼んでくれて感謝している」
「いつもカイルとは仲良くさせてもらっていますから」
その後はしばらく歓談しながら料理を食べる。本当ならプレゼント交換もしたいところなのだが、突発的に思いついたことなのでそこまで準備する暇がなかった。まぁ別に彼女とかいるわけでもないのだし、別にやらなくてもいいけど。
別に泣いてなんかない。村に同年代の女の子がいないだけだ。それにまだ十二歳なんだからいなくてもおかしくはないんだ。
宴もたけなわと言ったところで最終兵器を取り出すことにした。
「そろそろアレを食べるとしましょう」
「それはもしかして、貴方が秘密にしていた物かしら?」
母さんは察しがいいようだ。ほとんどの料理は作り方を教えながら母さんと作ったわけだが、これに関しては母さんすら手を出させずに一人で作った。このパーティーの主役と言っても過言ではないからね。驚かせたかったというのが本音。
異空間から取り出し、直接大皿の上に乗せる。
「おお! なんか良く分かんないけど白くて綺麗だ!」
カイルの感想は率直すぎてなんだかなぁ。まぁ仕方ないんだけど。
俺が取り出したのはもちろんクリスマスケーキだ。甘味などほとんど食べられない地方の村では、ぜいたく品なのは間違いない。デコレーションはシンプルにした、というかそれしかできないのが現状だな。口金も一つしか作らなかったし、トッピングも探す時間が無かったから、都合よく見つかったイチゴのみだ。
デコ型やホイッパーなどの器具を作るのも大変だったな……。今は間に合わせの出来が悪いものばかりだが、後でちゃんと作り直す。口金も星口金以外に何種類か作っておこう。モンブランとかもそのうち作るか。
しぼり袋は適した物が無くて困った。厚手の布を何枚か重ねて、なんとか絞り切ったというところ。手がべたべたしたわ。いつか代替品考えよう。
デコレーションには、絞った生クリームもどきと森で採れたイチゴ。生地の間にもスライスしたイチゴをサンドしている。生クリームがもどきなのは、正確には牛乳だからだ。生クリームは遠心分離機が無いので作れない。魔法でなんとか出来たかもしれないが、牛乳の脂肪分が多かったのでなんとか水分を飛ばすだけで形になった。
クリスマスケーキとしては地味かもしれないが、この世界では充分に派手だと言えるだろう。カイルだけでなく、大人達も興味津々といった様子で眺めている。
「では食べましょうか」
「でもなんで今更出したんだ?」
「デザートだからだよ」
「これがか!? 甘いのか?」
「そりゃイチゴ乗せてるしね。父さんは甘ったるいのは嫌いなの?」
「いや、むしろ好きなんだが、如何せん贅沢品だからな……。そうか、お前は森でサトウキビを見つけていたな」
父さんの意外な好物が判明したところで、ケーキにナイフを入れて行く。人数はヒノも含めて十人か。半分にして五等分だな。多少の大小の違いは出るだろうが、まぁ誤差程度だし別にいいか。
さて、こういうホールケーキの切り方だが、普通に切ってしまうと切り口が汚くなってしまう。ナイフに付着したクリームや生地の切れ端が、次の切り口に移ってしまうからだ。それを防ぐためにも、一度ナイフを入れる度にクリームをふき取るようにするといい。
あとはナイフを温めておくと、切り口が綺麗に見えるしクリームも纏わりつきにくくなる。暖め過ぎるとクリームが溶けるが。押し切りしてしまうと生地が潰れてしまうので、大きく引き切りにするとうまくいく。大きな飾り付けがある場合、切る前に取り外しておき、切り分けたあとに改めてトッピングし直せばいい。
人数分を切り分けて、全員に行き渡ったのを確認して、取り除いておいたイチゴを再度乗せる。
「じゃあ締めのケーキを食べますか」
「俺、甘い物なんて初めて食うぜ」
「うちは貧乏だからね……カイルは当然として私達夫婦でも食べたことないわ」
「これもガラスの材料費用としてありがたくいただくとするか」
それぞれの想いを述べつつ、ケーキに手を伸ばす。一口食べるとみな一様に顔がほころんだ。
「ほぅ。これは美味しいですね。王都にいた頃もいろいろと菓子は頂いたこともありますが、それらにはない上品さを感じます。王都の物はとにかく甘いですからね」
「これはミルクから作っているのか? これはいい! 癖になりそうだ。馬の他に牛も育てるかな……」
父さんが事業の拡大を目論み始めたことはまぁいいとして、貴族として高級料理を口にしたこともあり、舌の肥えているであろうエイブラム様に称賛をもらったことは純粋にうれしい。どうやら王都にも菓子はあるようだが、エイブラム様が言うようにただひたすらに甘いだけらしいのだ。
俺から言わせれば、単に甘いだけの菓子と美味い菓子は全くの別物だ。甘さだけを求めるなら誰にだって作れる。菓子の味を構成する要素は甘味だけではない。苦味や酸味、塩味なども全て調和してこその、菓子だ。イチゴの酸味あってこそのショートケーキだと言える。
なんにせよ、スイーツというのは人を笑顔にすることが出来る素晴らしい物だと思う。この世界の菓子がただただ甘い、金がかかるだけの砂糖の塊であることは実に憂うべき事態だ。俺個人でどうこうできることではないけども……。
もうすっかり雪が降る様子も無くなり、煌々と輝くクリスマスツリーの元で笑顔と歓喜の声の中、パーティーはもうしばらく続く。明日からは太陽も職場復帰するだろう。
これ以降、村での年中行事に精霊の生誕祭が追加されることになるのは、来年からの話だ。精霊王の生誕を祝う言葉としてこんな言葉も定着した。
ハッピーメリークリスマス。