休日二日目 夜の部
帰宅後、俺は早速支部に電話をすることにした。
カシャコ~ カシャコ~ プルルル~ プルルル~ カチャ
「はい。 こちら悪の組織、第八支部の受付です。御用件はなんでしょうか?」
受付嬢の声を聴いて俺は自分の所属部署と名前を言って支部長につないで貰える様にお願いする。
受付のお姉さんは「かしこまりました。少々お待ちください。」と言った後、保留ボタンを押したのだろう。保留中を表すメロディーが鳴る。
支部長の電話番号は知っているが自分から直接かけることはしない。
個人的な要件ならばともかく今回の件は仕事にも影響が出る非常にデリケートな問題だと判断したからだ。
「はい。こちら、支部長。何か用かね? 昨日の件なら謝らなくていいぞ。君は初食い逃げだからね。失敗しても仕方がないさ!」
支部長はそう言って笑った。
どうやら食い逃げに失敗してお金を払ったことは不問になったらしい。
本来なら食い逃げした上司と先輩に激怒するところなのだが、俺は悪の組織の一員。そんなことをしてはいけない立場の人間だ。
無論、心の中では少し怒っているし言いたいこともあるが・・・
俺は支部長にブレザーブラックがストーカーの被害に遭って困っているという話をし、それを仲間のブレザーハート達が捕まえようとしているという情報だけをリークした。
まさか、その助けに俺が呼ばれているなどとは言う訳にはいかない。
だが、この情報リークすれば支部長から何らかの情報を聞き出せるかもしれないし、危険を察知してストーカー作戦が中止になるかもしれないと俺は思っている。
「何? ブレザーブラックにストーカー被害だと? そんな作戦はなかったはずだが・・・」
支部長はそう言って少し考え込んでいるのかそれとも手元にあるであろうパソコンか何かを使って現在実施されている作戦の確認をしているのかわからないが一旦話が中断する。
ブブブッ ブブブッ
そんな時、俺の携帯から着信を知らせるバイブレーションが鳴り響く。
手に取って画面を開くとどうやらメールの様だ。
発信者は『城崎 橙子』となっている。
メールの内容を確認するためメールを開く。
内容は要約すると『今夜黒条さんの家にブレザーハートの5人が泊まる』という事と『もしストーカーらしき人が来たらメールで俺に知らせる』ということ、最後に『黒条美咲の住所』いう三点だけなのだが、なぜだろう・・・
この三点を伝えるだけの内容のはずなのに無駄に長文で大量の絵文字や顔文字がついている。
普段、報告書やそれに類似するものしか見ないので要領を得るのに時間がかかった。
現役女子高生のメールへの拘りを感じて俺は少し恐怖した。
俺は『了解しました』とだけメールを返すと支部長が先程の件の続きを話し出した。
「今確認したが、黒条美咲にストーカーをつけるだなんて作戦はないな。 それに彼女はガードが固くて住所が不明で作戦を立案することもできない。 以前、住所を調べようと偵察に出した部下が捕まって血祭りにあっているしな。 現在、彼女には周辺偵察をつけることもできないの現状だ。」
なんという驚愕の事実だろうか。
まさか、悪の組織が周辺偵察をあきらめた強敵にストーカーを働く強者が存在しようとは・・・
一般人ならば悪の組織が喉から手が出るほどの逸材であろうが、もし別の組織の手の者ならば我々の組織の縄張りを荒らす強敵だ。
「そういえば、その情報はどこから手に入れたんだ? どれくらいの確度のある情報なんだ?」
俺は支部長のその発言に背筋を凍らせる。
事情を説明すれば情報の確度の正しさは伝わるだろう。
なにせ、同じブレザーハートの仲間の言葉なのだ。
だが、それを話すと「なぜそんなことを俺に話したか?」という疑問に行き着く。
最悪の結末を想像すれば俺は悪の組織に裏切り者となって追われるだろう。
正義の味方に助けは求められない。
何せ俺はその時、元悪の組織の一員という非常に微妙な立場なのだ。
俺から情報を得るために一時的には助けられたとしても、必要がなくなれば消されるか放置される。
放置されればきっと情報を売った俺には悲惨な末路が待っているだろう。
俺は慎重に言葉を選んで支部長に話をする。
俺の話した内容は俺が『城崎 橙子の知り合いになった経緯』と『その伝手で黒条 美咲、紫原 深歩とも知り合いになったこと』そして『黒条 美咲が痴漢に対してものすごく厳しい態度だったのでそのことについて橙子ちゃんに質問してみた』ことの三点のみ。
実は別段、黒条 美咲が痴漢に対する対応で行き過ぎているということはない。
痴漢は女性の尊厳を蔑ろにする最悪の行為だ。
ただそれを表に出すか出さないかの違いはあれど女性は痴漢に対してそれほど厳しいのだ。
忘れてはいけない。痴漢はプレイではなく犯罪行為なのだ。
俺も悪の組織に入っている以上、いつかはやらされるのだろうか?
俺がそんなことを考えていると支部長はどうにか俺の言葉に納得してくれたようだった。
「ふむ、そういうことなら君の次の任務は『ブレザーハートの周辺を探れ』でもいいかもしれないな。
知り合いならば近づいても怪しまれないだろうし・・・ まぁ、とにかく黒条美咲の身辺にいるストーカーが他組織の者でないかは確認しなくてはな。 そうだった場合は他組織と揉めるかもしれん。 君も訓練を欠かさずに精進しておくように!」
「はい!」
俺の気の良い返事に気分を良くしたのか支部長は「うむ、頑張りたまえ!」と言って電話を切った。
どうやら、ストーカーの正体次第では悪の組織同士の対決もあるようだが、俺がストーカーを捕まえても組織を裏切るということはないようだ。
俺は早速、パソコンを立ち上げて橙子ちゃんから送られてきた『黒条美咲の住所』を確認する。
彼女の家は意外と近いらしく俺の住むアパートから1km圏内にあるらしい。
これならば深夜のパトロールと称して近くをジョギングしてたまたまストーカーに遭いたまたま捕まえても問題はないだろう。
というか、よくよく見ていると俺は何度か彼女の住むマンションの前を通っているかもしれない。
俺のパトロールはコースを色々と変えているので俺の家から周囲5、6kmはカバーしている。
毎日すべてのコースと場所を見ることができない代わりに俺の存在をアピールすることで広範囲に『ここにはたまにジョギングをしている通行人がいる!』と印象づけているのだ。
もっとも、橙子ちゃんの時には意味がなかったので俺のパトロールもまだまだ甘いということだろう。
これからはもっと頻繁にいろんなところにいるためにジョギング時のペースアップを図ろう。
そうすれば、同じ時間でもっと広範囲をカバーできるはずだ!
俺は誓いを新たにしながらも昼間の内は家事に精を出した。
そして、時間は夜へと移る。
夕方のジョギング兼パトロールを終えて昼間から用意していた晩御飯を食べお風呂に入り「今か今か」と思いながらも橙子ちゃんからの連絡を待つ。
(もしかしたら今日は来ないのだろうか・・・?)
深夜近くまでテレビを見ていた俺がそう思た時だった。
ブブブッ ブブブッ
携帯にが振動しだしたのだ。
俺は早速携帯を手にしメールを見る。
メールには『来た』とだけ書いてあった。
俺は早速家から出て現場に向かう。
黒条さんの住むマンションまでの最短コースでも1、1kmはかかる。
それならば周囲を走っていればとも思うが、それでは相手に警戒されてしまうし、何より捕まえるためには相手を必ず捕まえるために体力を残しておかなければならない。
悪の組織製のパワードスーツがあればいいのだが、正義の味方の前では使えない。
俺は1、1キロの道のりを最速で駆け抜けマンションの近くまで行く。
マンション近くに着く頃には橙子ちゃんからまたメールが届いていた。
『電柱の陰にいます。捕まえてください。』
そう書かれていたのだが残念ながらそう簡単にはいかない。
なぜなら、俺は橙子ちゃんから黒条さんの住むマンションの住所を聞いていても部屋の番号などは聞いていない。
つまり、電柱の陰と言われてもどこから見ての電柱の陰なのかわからないのだ。
だから俺は橙子ちゃんにメールしてこう伝えた。
『今からマンションの周囲をジョギングするからストーカーの前に着たらメールしてくれ。』
こうしておけば俺はただジョギングをするだけでストーカーの周囲に出ることができる。
俺はマンションの周りをジョギングする。
ペースはゆっくりとでもおかしくない感じで、ここまで最速できたので汗は十分溢れ出る様に出ているのでゆっくりなペースで走っても周りからは「ああ、疲れてるんだな。」としか思われない。
たまに腰に下げているペットボトルから水分を取りつつ橙子ちゃんからのメールを待つ。
メールが届くまでにタイムラグがあるはずなので周囲の電柱の陰に人が立っていないかも見逃してはいけない。
一瞬、怪しい人影を見た気もするが人違いかもしれない。
「おおっとと!」
俺がそんな風に思い後ろを振り返っていると前から酔っぱらいのおじさんが倒れてきた。
ずいぶん酔っているのか足取りがおぼつかず、俺が支えなければ倒れていたかもしれない。
俺がそんな酔っぱらいの人を介抱した瞬間だった。
ブブブッ ブブブッ
メールが来たのだ。
酔っぱらいのおじさんはさっきまでこちらに向かって歩いていた。
やはり、先程通り過ぎた男だったかと思いメールを確認すると『今、隣にいる!』とメールにあった。
このメール内容がいつ書いたものか知らないが、俺を見た後に書いたのなら「空メールでもよかったのに」と思いつつ俺はおじさんを壁際に寄せた後、電柱の男の下へと向かう。
「すいません。この人を運ぶの手伝ってくれませんか?」
俺はあたかもジョギング中に酔っぱらいの解放をすることになって困っている青年のフリをする。
だが、声をかけた瞬間。男はものすごい勢いで走り出した。
俺は思わず後を追うがその速さは並の人間を遥かに凌駕している。
おそらく、この脚力だからこそ正義の味方の追撃をかわせたのだろう。
正義の味方も見た目が一般人でただ足の速い相手を捕まえるために変身はできないだろう。
変身すれば足が早くなり追い付くことはできても捕まえる行動をとると下手をすると殺してしまうかもしれないのだ。
なにせ怪人と互角以上に渡り合う変身ヒーローなのだ。
その力は女の子でも握力で人の骨を折ることも不可能ではない。
俺は並の人間以上の脚力を持つストーカーを見失わない様に必死に追う。
正直、足の速さでは敵う気はしないが俺にはこの辺の土地勘と毎日の走り込みで鍛えた持久力がある。
相手も土地勘はあるかもしれないが、さすがにあの足の速さで走り続けることは不可能だろう。
もしできたら、相手は人間ではなく怪人かそれに類似する存在だろう。
相手は頻繁に角を曲がって俺を振り切ろうとするが残念ながらこの辺は住宅地であるため直角に区画整理されている。
おかげで、相手は曲がるたびに減速とその後の加速を繰り返し体力の消耗が激しくなる。
俺はというと鍛え抜いた足腰と速度を事前に一定に調整しているのでそこまで疲れない。
直線的に走り続けて繁華街など人の多いところに逃げ込まれれば逃げられてしまうだろうがこの辺は住宅地様に開発された土地なのでそういうものは近くにはない。
俺は勝利を確信して角を曲がった。
俺の予想通り、相手は体力の限界が来たのか走ってはいるが先程までのように直線での急加速はない。
俺は角に入られる前に直線で相手を捕らえるために加速してそのまま手を掴んむ。
手を掴まれて相手は抵抗するが、俺はそのまま相手の手を捻りあげて壁に叩きつける。
「おとな・・・!」
ベキャ!
俺が相手に「大人しくしろ!」と言いかけた時だった。
腹部に強烈な蹴りが入ったのだ。
俺は体をくの字に曲げて宙を舞い、その後地面を転がる。
「かは・・・」
俺は声にもならない悲鳴をあげながら頭を起こして状況を確認する。
俺が先程まで立っているところには悪鬼羅刹と思しき一つの影が立っていた。
それは口元に笑顔を浮かべているのに目が血走っており、ゆっくりと歩きながら俺に近づいてくる。
今まで走ってきたのか掻いた汗が上気し、長い黒髪が顔に垂れ下がっている。
俺は横腹を蹴られたはずなのにその姿に恐怖して声が出ない。息をすることさえ苦しい。
(ああ、死ぬのか。)
彼女が俺の足元まで来た時に俺はそう思った。
俺はゆっくりと眼をつむり最後の時を待った。
どのようにして殺されるのか見るのが怖かったのだ。
おそらく相手は今頃、俺に止めの一撃を放つために足か手を振り上げていることだろう。
「消え失せろ! 下種が!!」
俺を殺しに来た死神が俺に宣告した死のお告げが聞こえた。
「ダメ~!!」
死ぬかと思ったそのさなか、俺の耳には最近出会ったばかりの少女の声が響く。
(俺はもしかしたら彼女のことが好きだったのかもしれない。 だから最後にこんな幻聴を・・・)
俺は人生の最後で自分は恋をしていたんだなと感慨深く思った。
「ええい! 邪魔するな橙子!! 私はこいつを!!」
「ダメだよ! 美咲ちゃん! その人は違うの!!」
「落ち着けって美咲!!」
「そうだよ美咲。その人は多分違う。こっちが美咲のストーカーだと思う。」
「そうね。多分この・・・ 豚になり損ねた糞猿。 が美咲ちゃんのストーカーね。」
なぜだろう。聞きなれない声が多数混じってきた。
俺が恐る恐る目を開けると目の前にはブレザーブラックに変身した黒条美咲が右拳を振り上げていた。
そして、ブレザーブラックの腰に両手を回して引き留めようとする同じくブレザーハートのブレザーオレンジに変身した城崎橙子とブレザーバイオレッドに変身した紫原深歩がブレザーブラックの右手を持って止めてくれていた。
そんな状態の彼女たちを見ながらブラックとオレンジの股の間から向こう側を見ると泡を吹いて倒れているストーカーと変身したブレザーグリーンにブレザーインディゴブルーがいた。
ブレザーハートは全員が現役高校生であるはずだがグリーンはどう見ても中学一年生に見えるし、インディゴブルー(藍色)は二十代女性の様に大人びている。
このあと、俺は何が起こったのかわからずに数分ほど現状を眺めることしかできなかった。
その間に橙子ちゃんが俺がここにいる理由を説明してくれてなんとか誤解は晴れた。
犯人は正義の味方が協力し合えるように開発された組織、通称『協会』に連行された。
ブレザーブラックだけはどうしてもその手で止めを刺したかったらしいがさすがにそう言う訳にもいかないのでなんとかブレザーハートの面々が説得していた。
こうして事件は無事に解決した。
俺は救急車で運ばれ後、肋骨が折れていることがわかり入院。
全治1ヶ月だそうだ。