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深紅の園(エデン)  作者: 長谷川 薫
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1


<「異端者」と「人間」は同じ。

 この体も。このおっぱいも。子宮も。きれいな髪の毛も。

 体だけじゃないよ。

 ご飯を食べることも。人と話すことも。トイレをするのも。寝ることも。

 習慣だけじゃないよ。

 笑うことも。喜ぶことも。泣くことも。怒ることも。落ち込むことも。

 感情だけじゃないよ。

 人を愛する心も。人を憎む心も。人を妬む心も。人を敬う心も。

 心だけじゃないよ。だけじゃない。 

 ほら、ぜーんぶ一緒。


 だけどね、違うところが一つだけあるの。

 何が違うって?それはね

 「力」があるかないかだけ、だよ。

 「異端者」は力がある。でも「人間」には力がない。

 そこが「異端者」と「人間」の唯一の違い、なんだよ >



 あの激しい立証行為を終えた後、私は庭に出て、思考にふけりながらこの言葉を思い出した。誰が言った言葉だろう。その事は思い出せない。でもこうやって、私の記憶の片隅にこの言葉自体が鮮明に残っているのは事実だ。

 さっき激しく掻き乱された自分の乳房に手を当てた。心臓からは、人間と同じように、規則正しく血液を体に送り出す拍動(リズム)が感じられる。


<「異端者」と「人間」は同じ>


 妙に、心にフックを懸けて私を捕らえたこの言葉。別に覚えたくて覚えたわけでもないのに、勝手に覚えようとして脳内神経が働いて覚えた言葉。

 言い換えれば、人間性(ヒューマニティ) と 非人間性(アンヒューマニティ)。人か人ではないか。その事を示した言葉。

 

 私にはまだこの言葉の意味を理解できていない。とても単純で屈託のない言葉なのに。考えれば考えるほど、心に変な感情が降り積もっていく。

 段々嫌になって終いには、昼下がりだというのに、自棄になって地下商店街から掘り出してきたブルゴーニュの古酒(アンティーク)ワインを開けて飲んだ。この変な感情をきっぱりと忘れたい一心で、アルコールを身体中に満たす。


 そして別の考えを逡巡させる。

 ブルゴーニュ・ワイン。

 実際ワイン自体入手することもだが、今となってはレアな飲み物である。理由は<第三次世界大戦(キリングウォー)>を経てヨーロッパ諸国が欧州共同連邦になり、「国家(ネイション)」という枠組みが解体され、均一化された。その際、人々が食す物に於いても均一化がなされ、かつてのように原産地(ブランド)を気にして買うという概念が無くなったからだ。

 ワインで言えばボルドー、ブルゴーニュ。チーズで言えばモッツレッラを造るイタリアのカンパニアのように、原産地(ブランド)意識が欧州人の中から消えた。

 だけど、未だにそうした原産地(ブランド)という付加価値(プレミア)を好む趣味人も少なくないようで、旧フランスやドイツ辺りには、そうした原産地(ブランド)で生産された食べ物を扱う業者が細々と残っているらしく――非常にレアだが――そうした付加価値(プレミア)の食べ物を入手することは可能だった。


 一方、私の付加価値(プレミア)はどうか。私には「異端者」という付加価値(プレミア)が付いている。しかもいい迷惑なことに、帝國は私を【XX(ツーエックス・)-SS(ダブルエス)レートの白蛇】なんて言って持て囃した。実際私だって――少なくとも3年前の「あの日」が来るまでは――そう呼ばれることは何ら気にしなかったし、寧ろそのことに甘んじて帝國に崇高な忠誠心とやらを誓っていた。

 でも結果的にあの日が到来すると、あっさりと私は忠誠心を捨てた。裏切った、と言うわけではないが、良心の呵責に耐えきれずに帝國から逃げた。私が背負った罪と母が背負った罪。そして「異端者」という存在に内在する原罪。あの時にその三つの罪を背負うのが兎に角、嫌になった。


 ぼんやりとそんな昔話を思い出しながら、グラスをじっくりと見た。

 グラスに注がれた、ブルゴーニュの白ワイン。琥珀色の透明な液体。

「私の肌のよう……」

 ぼんやりとそんなことを呟いた。

「異端者と人間は……違う。…人間にはなれない」

 この事についてこれ以上考えるのも嫌になって、テーブルに突っ伏した。そして積み上げてきた今までの思考全てを忘れようとして、自然が奏でる即興曲(カデンツァ)に耳を寄せた。

 

 

2


 その日の夕方。ノアが帰って来た。

 顔を見ると、少しばかり暗い顔色をしていることに気付いた。心配になって私が尋ねると

「アイツ等が今、沖合に来ているの。アメリカと交渉するために。そして優紀さんを連れ戻すために」

 アイツ等が誰の事を指すのかはすぐに分かった。だが"アメリカとの外交"と何より"私を連れ戻すため"という理由で来ていることには動揺した。一体、何故?逃げた私に何の用があるというの。


私は動揺を隠しつつ、

「来ている事は既に知っている。セイラから聞いた。それで、どういう理由でアメリカに帝國軍が来たっていうの」

「帝國中央情報局(RACIA)や帝國外務省からのぶっこ抜き情報では、アメリカに来るのはもう少し遅いころだと思っていたんだけど…、どうやらアイツ等はゴスニアとの戦争を行うために、その予備交渉として来たみたい」ここで彼女の言葉が一瞬詰まった。そして重い口を開いてこう言った。

「…そして、ゴスニアと太いパイプを持っている優紀さん、貴方を必要としているみたいなの。交渉の窓口とするために…」

 大いに思考が乱れた。ゴスニアとの戦争を行う。何故、何故なの。

「そこまで分からないわ。何故ゴスニアと戦争を行うのかは…。でも、心配だわ。優紀さんがまた"あの世界"に戻っていくことが…。私、怖い」

 言葉の表現は違うものの、セイラと全く一緒のセリフを言った。その眼には一縷の涙が溢れている。

 セイラもノアも、一緒の事を思っているんだわ――そんな流暢なことを考えていた。でも私は私で、ただ、セイラと同じ時のようにそのセリフには「大丈夫、心配しないで」のセリフしか返すものがなかった。

 

乱れた思考を落ち着かせると、私は陽気に振る舞うように

「兎に角、そのことは忘れて食事の準備をしましょ。地下商店街でちょっといい食材が手に入ったから、今日はトマトのボロネーゼを作ろうよ」と、言った。

「いいね、きっとセイラも喜ぶと思うよ。あの子パスタが好きだからね」

 ノアの顔は明るくなっていた。


 そして、夜の食事は全く暗い雰囲気などなかった。いつも通りの私とセイラとノアと、女三人の水入らずな談笑が食卓を囲っていた。セイラが出会った今日の出来事、ノアが仕事で仕入れた情報の事、私の今日一日の出来事。そういったどこにでもある、普通の会話が中心だった。まるで、あの二人の心配が杞憂だったかように。


 食後。

 台所で食器を片づけていると、拡張情報(オーグメディア)で遊んでいたセイラが声を上げた。

「優紀お姉ちゃーん。知らない所から連絡が来ているよ。とりあえずお姉ちゃんの拡張機器(オーグディバイス)に送っといたよ」

 一瞬戸惑った。が、

「え、あぁ、そうなの。分かったわ。確認する」

 そう言って私は食器を洗う手を止めて、自室に戻った。そこで拡張情報(オーグメディア)を開いた。連絡元の名前を見て凍りついた。何故、彼らからなの。かつての古巣からなの。


<ZRAF>

 大玲隴帝國特務機関、通称「ZRAF」


 私は冷静さを保ちつつ、機関との連絡を繋いだ。




============================================



 そして一夜が過ぎ、朝がやってきた。外からはいつものモーニングコールとして、九官鳥の騒々しいわめき声が響いてくる。

 私は歯を磨いた後、リビリングでその時を待った。合いからず、セイラは拡張情報(オーグメディア)で遊んでいる。


そして、玄関を叩く音がした。私は落ち着き払ってそのドアを開けた。


「お久しぶりです、上司(ボス)。2年ぶりでしょうか。こうやって話すのも、長らく久しいものですね」


 そこに立っていたのは、2年の時を経て出会った少年。いや、もう青年か。

 少しだけ背が高くなって、立派な顔つきになっていた。声も透き通っていて年相応の男になった、私のかつての部下がいた。


「久しぶりね。翔太郎」

 そう私は呼応した。

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