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深紅の園(エデン)  作者: 長谷川 薫
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 2148年。アメリカ合衆国・ハワイ州。


 私は目が覚めた。視界は白天井と、のろのろと回るシーリングファンを捉えた。

 どれだけ寝てたのだろう。判然としない。ただ、外の景色を見る限り、空は青く、海も燦然としている。多分、昼下がりくらいだろう。

 そして次に時計を見た。時刻は午後1時32分。ほら見ろ、昼下がりじゃないか。ということは、地下商店街から帰ってきてから2時間以上も寝ていたのか。

 そう思いながら体を起こした。少しづつだが、意識が体に戻って来る。そうだ、顔を洗わなくちゃ。洗いに行こうとして、ベットから出ようとする。

 だが突然、背中に向かって後ろから軽い衝撃が襲ってきた。驚いて振り向くと、既に私の胴回りに細い2本の腕が絡みついて体を縛り付けた。そこで意識が完全に戻って来た。


「おはよう、優紀お姉ちゃん。よく眠れた?」


 甘く透き通った女の声。

 その声の主は、牧野セイラだった。

 

 セイラだった事に脳が反応して、口から言葉を吐かせようとする。

「お、おはよう…。…疲れて、寝落ちしちゃったみたい…」

「そうみたいね。だってお姉ちゃん、商店街から買ってきた買い物をテーブルの上に放り投げて、すぐベットにいっちゃったもの」

 そう言いながらセイラは、私の身体を縛っている腕に力を入れてきた。そこで私はある事を忘れていたことに気付く。

「…セイラ。また…アレをするの…」

 私は半分察したような口調で聞いた。

「ふふッ、当たり前でしょ。だって、こうやってお姉ちゃんの体を触る事は、お姉ちゃん自身を"証明"する為なんだから」

 そう言うとセイラは、無神経に小さな手で私の体を触り始めた。

「うぅ…ッ」

 身体がビクッと、手の感触に反応する。

 セイラにとって、床から起きたばかりである私の体のあちこちらを弄る事は、全て私を"証明"する為、だと言う。

 私はすぐに諦めて、セイラに全てを委ねる為に体の力を抜いた。さらにゆっくりとセイラの手が絡まってくる。


 私の純白で澱みのない、異端の能力によって白化(アルビノ)した身体。

 そしてそこに付随する私の乳房、私の陰部、私の肢体。

 私の頭、耳、髪の毛。


 そうした所を彼女は(くま)なく弄った。


 すると次は、私の膨らみ切った乳房を揉み始めた。

 思わず息が詰まりそうになる。

「ちょ、ちょっと…だからそこは…」

「駄目よ。私はね、お姉ちゃんが人間である事を証明したいの。私を救ってくれたお姉ちゃんは人間なんだって事を。だから私は、お姉ちゃんをこうやって"証明"させるの」

 セイラは微笑んで言った。この子の手は、まだ私の乳房を弄り続けている。

「優紀お姉ちゃんの体は人間の体。だって今この感触が、その事を表している。紛れもない真実よ。アナタは怪物でもない。人間なのよ」

 セイラは―色素が抜けて血管だけが浮かび上がった―私の真紅の双眼をじっと見つめて、そう言った。


 だが、そう言うセイラも厳密には人間ではなかった。何故なら彼女もまた、私たち異端者と同じように「人外」の烙印を押された、空白の落とし子だからだ。

 空白の落とし子。

 代理戦争の道具。異端者に対抗できる存在。

 その中でもこの子は、3年前の―私が現実から逃避しようと決意した―あの日に出会った子供の一人だった。


 人間の形をした人工物(サイボーグ)の手。空白(ヌル)で満たされた空っぽの手。私は嬌声を上げるのを必死に(こら)えた。

「や、やめて…。は、恥ずかしい…」

ここで私はいつもの、お決まりの言葉を口にする。だがそこで、今日の弄り方は少し違っていることに気づいた。嫌がる私の乳房には、痛みと逆に感じる快感とそして何より、彼女の手の感覚がいつも以上に生に伝わって来たのだ。

思わず、聞いていしまった。

「…どうして…今日はいつも…以上…なの。」

その飾り気のない疑問を耳にするとセイラは、突然、顔色を変えて暗い顔になった。

「実は……。実は、沖の方に帝國海軍の正規空母が見えたの…。それも相当数だったわ。…それで気にかかった事に―ノアの情報なのだけど―帝國は近いうちに戦争を始めるかもしれない、って言うの」

 私も思わず、その発言に気を取られた。確かに帰る途中、水平線に巨大な艦艇群が浮いていたことはずっと気にかかっていた。やはりそういう事だったのか。

 いつの間にかセイラの、私の乳房を弄る手も止まっていた。


 帝國が孕む、新たなる火種。

 セイラは言葉を続けた。

「だから、私は心配なの…。お姉ちゃんが帝國に行くことが。あの場所にもでどっていくことが」

「…大丈夫。セイラ。私はあの場所に戻っても必ず"約束"は果たす」

「で、でも…」

 次第に私の体から、さっきまであった強烈なセイラの存在証明(レゾンデートル)が、段々と抜けて行くのが感じれた。

 どこか中途半端になっていく。

「セイラ…。だから…私は…。………。早く…証明を続けて」

するとセイラは堰を切ったかのように、より強く指先に力を入れて再び手を当ててきた。

「優紀お姉ちゃん…。私はね…今、どうかこの気持ちがただの杞憂であってほしいって思っているわ」

「分かっているわ。必ず杞憂に終わる。だから心配しないで」

 そう私が言うと、セイラは先ほど以上に力を入れてかき乱し始めた。


 

 触れる時に出る痛みと快感と彼女の手の感触。


 それらを以って彼女は証明しようとしてくれるのだ。私が「人間」である事を。



結果的に、私達はこの立証行為をあと20分以上も続けることになった。



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