主役部 ~脇役だって主役になりたい!~
人生の主役は自分自身である。何処でそれを聞いたのか、俺の友人はよくその言葉を口にする。
なるほど、確かにそれは一つの真実かもしれない。人生という物語を歩むのは自分自身なのだから、その主役は確かに自分自身だろう。
一人の人生だったら、自分自身が主役だ。でも、もっと大局的に見たらどうだ?
クラスという単位では? 学校という単位では? 市では? 県では? 国では? 世界では?
そう考えてみると、人はどこまでも脇役でしかない。世界という単位で見れば、人間一人の人生なんて、どこまでも有り触れたものでしかない。
俺もその一人なのは言うまでもない。世界という単位で見なくても、学校のクラスという単位で見るだけで、十分に脇役になってしまう。
所詮俺なんてこんなもんだ。俺は脇役でしかない。脇役にしかなれない。
席はクラスの端のほう。特に顔が整ってるわけでもなく、平凡な顔立ち。テストの点も得意教科を除けば平均前後。子どもの頃から道場に通っているが、何かの大会で優勝したような記録はない。弱くはないと思うが、それでも俺よりも強い奴はゴマンといる。
ご覧のとおり、俺には主役になれるような素養はない。だったら、俺に残されてるのはそこら辺の人間と同じように、平凡に生きるだけのつまらない人生だ。
別にそれはいい。平々凡々に生きるのは別にいいのだが、それでも少しくらいは何かをしたい。そんな欲求が俺にはある。
言い換えれば、目立ちたいと言ってもいいことだ。記録を残すのか、記憶に残すのか、それはわからない。ただ、こんな俺でも少しくらいは何かの中心に立って、一度は主役になってみたいという思いがある。
俺の友人がクラスの主役だから、余計にそう思ってしまう。
チラリとクラスの真ん中を見る。そこにいるのは、クラスの主役である友人――ユウヤと、その取り巻きの女子たちだ。
男子としては低めの身長と、あどけない顔立ち。いつも笑顔を絶やさず、困っている人がいたら率先して助ける優しい心の持ち主だ。
そんな優しさに心を奪われるのか、ユウヤの周りには女子が集まる。ここにいるのだけでも、ユウヤの幼なじみ、生徒会長、国民的アイドル、とある財閥のお嬢様、そして何故か養護教諭まで。
見目麗しいタイプの違う美女・美少女が、ユウヤの周りには集まっている。もちろんここにいるのが全てではなく、学校内だけでもユウヤに惚れているのは両手の数じゃ数えきれない。
このクラスだけでも、他に惚れている奴もいるほどなのだ。例えば、このクラスの委員長――ナツキ。彼女は遠巻きに羨ましそうに、ユウヤとそのハーレムメンバーを見つめている。
まるで漫画かアニメのような光景だ。この光景を初めて見た時は、ここが現実なのかを疑ってしまった。頬を抓っても目を覚まさなかったので、それでようやく現実だと認識した。
まったく、本当にユウヤの奴は主役だよ。このクラスには全国レベルのスポーツの選手や、雑誌のモデルとして活躍するような人間もいるが、それでもクラスで一番目立ってるのはユウヤだ。
ここがアニメの世界だと言われても納得出来てしまうようなハーレムを作ってしまったユウヤ。ユウヤが主役じゃなかったら、一体誰が主役だというのか。
ああ、それにしても羨ましい。ハーレムじゃなくて、主役でいられることが羨ましい。俺も一回くらいは主役になりたいもんだ。でも、さすがに一人じゃ無理がある。なら、どうすればいいのだろうか。
そう思いながら、目の保養も兼ねてユウヤたちのことをボンヤリ眺めていると、俺の視線にユウヤが気がついた。そして、和気あいあいと会話しているハーレムメンバーを余所に、俺の席へと歩いてくる。
「リュウスケ君、難しい顔してどうしたのさ? 悩み事かい?」
「いや、心配いらないさ。くだらないことを考えてるだけでね」
そう俺は答えるが、ユウヤは未だ心配そうな表情を崩さない。心配してくれるのは嬉しいが、本人が大丈夫だと言ってるのにそれでも心配するのは、余計なお世話というものだ。
「大丈夫だって。いいから元の席に戻りな」
「それならいいけど……。そうだ、今日だけど――」
「ユウヤ様! 聞いていますの!?」
「え?」
ユウヤが何かを言おうとしたその時、ハーレムメンバーの一人である財閥令嬢――レイカが割り込んできた。それを皮切りに、ユウヤがこちらにいるのに気がついた他のメンバーが一斉にやって来る。
「無視するなんてひどいじゃない!」
と、幼なじみのミナ。
「私は君に嫌われるようなことをしたのかな?」
と、生徒会長のイロハ先輩。
「も~。ナナミだって怒るぞぉ?」
と、国民的アイドルのナナミ。
「イケない子ねぇ。お仕置きが必要かしら?」
と、養護教諭のハルカ先生。
次々と喋るものだから、ユウヤは混乱しっぱなしだ。
ユウヤの混乱も収まらぬまま、ハーレムメンバーは次々とユウヤにまくし立てる。
無視するのはひどい。今日の放課後は一緒に出かけよう。仕事を手伝って欲しい。どうして私を見てくれないの。大人の女に興味はないか。婚約者として紹介させてほしい。
内容は様々だが、ユウヤを求めていることだけは共通している。そんな情熱的な誘いを受けるユウヤはといえば、マシンガンのごとく襲ってくる言葉の弾丸を受け止めきれず、オーバーヒート寸前になっている。
自分の欲求だけに従っている結果がこれだ。ユウヤのことを求めているが、今のユウヤの様子を見ていない。好きなのはわかるが、相手を見ない一方通行な愛では、伝わるものも伝わらないだろう。
こうしている間にも、ユウヤの頭から湯気が出始めている。いつまでもこうなっているのもかわいそうだ。仮にも友人なのだから、助け舟の一つくらいは出してやろう。
「なあ、お前ら。ユウヤがちょっと――」
「うるさい!」
「君は黙っててくれないか?」
そして、呆気無く撃沈される助け舟。俺の言葉はミナとイロハ先輩に断ち切られてしまった。他のメンバーも、刺されそうなほど鋭い視線で俺を睨んでくる。
あまりにもひどすぎる対応に、俺の頬が思わず引き攣る。一体俺が何をしたというのか。ユウヤと話していただけじゃないか。そこに割り込んできたのはお前らだ。つまり、悪いのはお前らじゃないか。
確かに俺は脇役で、お前らは主役だろうさ。だからといって、虐げられる謂れはない。脇役の平穏を主役が奪っていいわけがない。
「お金でユウヤを手に入れようっていうの? 人の気持ちを無視するなんて最低ね!」
「あーら。そっちこそ幼なじみだからって少々馴れ馴れしいのではなくて? 人の気持ちを考えていないのはどちらかしらね?」
「そ~だよ~。だからぁ、ユウヤんの気持ちを一番考えてるナナミが一番ユウヤんに相応しいんだよぉ」
「君みたいな女性が隣では、不安で不安で仕方がないよ。彼の隣には、公私ともにしっかりとした私のような女性が相応しい」
「手に職も持ってない小娘どもが何を言ってるのかしら。そんなのは働いてから言いなさい、子猫ちゃん」
「年増は引っ込んでて!」
「……アァン?」
興奮しているのか、俺が考え込んでいる間にハーレムメンバーの誘いはいつの間にか口喧嘩にまで発展していた。売り言葉に買い言葉でお互いを罵倒し合い、それはとどまるところを知らない。ユウヤも復活して止めようとしているが、全く効果はないようだ。
落ち着いている時は仲良くしているのに、少し興奮すればいつもこれだ。それだけユウヤのことが好きだという気持ちの表れなのだろうが、ユウヤ本人からすればたまったものではないだろう。
しかし、何でこうなるのか。どうして俺の席で喧嘩をするのか。そんな気持ちが表情に出ていたのだろう。ユウヤは俺を見ると、ビクリと肩を震わせた。
そして、俺の我慢は限界を迎える。俺は比較的気が長いタイプだと思っているが、それでも我慢の限界というものはある。
ゆっくりと息を吸い、そして吐く。感情のままにまくし立てるのはよろしくない。罵詈雑言をマシンガンのごとく浴びせかけそうだからだ。そうなったら最後、俺は学校中の生徒から総スカンを食らうことになる。そうなれば、灰色の学園生活の始まりだ。そんなのは、脇役以上の苦行じゃないか。
ユウヤと愉快な仲間たちを見るが、やはり喧嘩は止まりそうにない。ため息を一つ。俺は喧嘩を止めるべく、そして自分の不満をぶちまけるために、声を張り上げた。
「うるせえ!!!!」
一括。自分でもびっくりするほどの声量だった。
窓ガラスを震わせるほどの俺の声で、クラス内から音が消える。大きな声を出しすぎたかと一瞬後悔するも、ハーレムメンバーも黙っているため、効果があったのだと思い直す。
「俺の席で喧嘩すんな! 他所でやれ! 迷惑だ!」
少しの静寂。そして、バツが悪そうに謝ってきたのは二人の女子。
「すまない」
「ごめんなさぁい。ナナミはんせ~」
すぐに謝ってきたのはイロハ先輩と、意外にも国民的アイドルであるナナミだった。いや、可愛らしく小首を傾げて、自分で軽く頭を叩くというあざとい仕草をしているため、本気で謝っているのかはわからない。だが、ポーズだけでも謝ってみせたのには内心俺も驚いている。
「なっ……ワタクシを誰だと……庶民のくせに……」
そして、突っかかってきたのは、予想通りといえばいいのかレイカである。前から庶民が平民がとうるさかった女で、ユウヤと関わることで少しは丸くなったかと思えば、根っこの方は変わっていないらしい。
まあ、そんな些細な事は関係ない。
「誰でもいいわ! 人の迷惑も考えずに騒ぎ立てることがお嬢様のすることか! お前の両親はそれがマナーだって教えたのか!?」
「アナタ……ワタクシを侮辱するというの!?」
「何が侮辱だ! お前らが騒ぎ立てたのは事実じゃねえか! 迷惑なんだ、さっさと散れ!」
そこまで捲し立てると、ユウヤたちはようやく元の席へと戻っていった。だが、素直に戻ったわけではない。
「何よ……小さなことでカリカリして……器の小さい男ね……」
ミナの呟き。言っている本人は俺が聞こえていないと思っているのだろうが、そんなことは全くない。ミナの独り言は、全て俺に丸聞こえである。
自慢じゃないが、耳はいいほうなのだ。近い距離での囁き声くらいだったら、俺の耳にも届いてくる。
そして、今の俺はこんなことを聞かされて黙っていられるような心境ではない。女子を殴るほど見境のない人間ではないが、文句の一つは言いたくなる。
怒気を込めて睨みつけると、ミナも俺を睨んでいた。その隣では、ユウヤが必死にミナを宥めている。そして、俺の視線に気づくと、申し訳無さそうに頭を下げてきた。
ユウヤに謝られては仕方がない。イラつく気持ちに蓋をして、俺は気分が静まるまで黙っていることにした。
そして、そこで休み時間の終了を告げるチャイムが鳴る。そのチャイムを合図に、ハーレムメンバーは名残惜しげにクラスから出ていき、ミナも憤慨したまま自分の席へと戻っていった。
◆
「今日はここまでです。明日は次のページからやりましょう」
「起立。礼!」
委員長の号令で全員が頭を下げ、それを見届けた数学教師がクラスから出て行く。出て行くと同時に、ユウヤのハーレムメンバーが一斉に教室に入ってくる。
今日の授業はこれで終わりだ。部活もやっていない俺は、この後は帰るだけである。それに、今日は道場に行く予定もないため、完全にフリーなのだ。
だが、放課後どうするかは決めていない。すぐに帰って、溜まっているゲームをやるのもいいかもしれない。ユウヤが休み時間に声をかけてきたが、どうせそんなものは潰される。
「ユウヤ! デートしよう!」
「ワタクシと優雅な一時を楽しみませんこと?」
「ナナミは収録があるんだけどぉ~、ユウヤん見に来ない~?」
「度々すまないが、生徒会の仕事の手伝いをお願い出来ないだろうか?」
「先生の家で一緒に勉強しない? その後は……ね?」
ユウヤのハーレムメンバー。彼女たちに潰される。
いつも元気なハーレムメンバー。放課後にユウヤの好感度を上げるべく、健気にアピールを繰り返している。
彼女らの様子を見ると、休み時間の出来事などすっかり忘れているらしい。まあ、それもそうだろう。主役であるユウヤたちからすれば、俺なんぞ路傍の石。歯牙にもかけない存在だ。
わかってはいるが、何ともやりきれない。脇役だから仕方がないかもしれないが、それでも悔しいものは悔しい。身の程はわきまえているが、主役になりたいという思いを忘れたわけではないのだ。
だからといって、俺を見ろと叫ぶのも見当違いな方法だ。主役というのは、そういうものじゃないだろう。
いつか俺も主役になれるだろうか。ボンヤリと考えながら席を立つと、クラスから出て行く人影に気がついた。それだけだったら気にならないのだが、俺が気にする要因があった。
背中に暗い影を背負っていたのだ。
出て行ったのは委員長だ。俺の知っている委員長は、明るく前向きな性格だった。何事にも前向きに取り組む人間だから、このクラスの委員長に選ばれたのだ。
そんな委員長が、きのこが生えそうなほどどんよりとした雰囲気で出て行った。普段の委員長を知っている人からすれば、なかなか考えられない出来事だ。
俺はどうしてもそれが気になった。だから、委員長の後を追うことにした。
目的地があるようで、委員長は迷う様子を見せずに廊下を歩く。その少し後を、俺も堂々と歩く。
そうして歩くこと数分。俺たちが辿り着いたのは、校舎の屋上だった。
この学校は珍しく屋上が開放されている。飛び降り防止のためにフェンスで囲まれているが、そこから見る景色はなかなかのものだ。
だが、悲しいかな生徒が来ることはあまりない。屋上に来ても何もないし、そもそも屋上は少々遠い。数分歩いた結果がただの景色というのは、生徒たちにとっては報酬にならないのだ。
しかし、そんな場所だから、屋上というのは人目を避けるのに絶好の場所だ。告白のために屋上に呼び出されたというのも、何回か聞いたことがある。
屋上に辿り着いた委員長は、少しだけ空を見上げると、深々とため息をついた。そして静かに項垂れると、垂れ流すように独り言を呟き始めた。
その様子を、俺は屋上の入り口の影から眺めていた。距離が離れているため、さすがにその内容は聞き取れない。
だが、委員長の様子を見れば、委員長が何を感じたのかは自ずと想像できる。大方主役たちの姿を見て打ちのめされたというところだろう。
まるで俺のようだ。打ちのめされることはなくても、主役たちの姿を見て心にモヤモヤとしたものが浮かぶというのは、俺もよく経験することだ。
そう思ってしまったら、駄目だった。委員長に話しかけずにはいられなかった。
入り口の影から出て、委員長の元へと歩いて行く。そして、残り数歩という距離で立ち止まり、委員長に声をかけた。
「何処に行くかと思ったら、こんな所かよ」
突如聞こえた俺の声に委員長はビクリと反応すると、すごい勢いで振り向いてきた。そして、立っているのが俺だと認識すると、俺にもわかるほどはっきりと落胆した。
「あんた……リュウスケ……」
「勝手についてきてスマンね。でも、悩み事だったら相談にのるぜ。あいつじゃなくて悪いけどな」
あいつというのは、もちろんユウヤのことだ。委員長が落胆したのも、ここに来たのがユウヤじゃなかったからだろう。
「勝手にとか何それ。もしかしてストーカー?」
「おいおい、そんなこと言うなよ。ストーカーだったら今も隠れてるさ。純粋に心配だったんだよ。あんなきのこの生えそうな委員長は初めて見たからな」
「きのこって……」
そんなにひどかったんだと、委員長は苦笑する。俺と話すことで、少しは気も晴れたらしい。
「俺には相談出来ないことか?」
「……ううん。ユウヤには相談出来ないけど、あんただったら相談出来るかな」
そして、委員長は俺に背を向けて、フェンス際まで歩いて行く。そのままガシャンと音を立ててフェンスを掴むと、屋上からの景色を眺めながら言葉を続けた。
「ユウヤたちを見ててさ、突然思っちゃったんだ。世界が違うんだなって……」
それを聞いて、俺は思う。
ああ、やっぱりと。
「ユウヤたちは何かを持ってる。容姿だったり、お金だったり、人気だったり、優しさだったり……。色々あるけど、自分だけの武器っていうか、魅力を持ってるんだよね」
それは、ユウヤたちが主役だからだ。主役足りえる何かを持っているから、ユウヤたちは主役になれた。
「でも、アタシにはそれがない。クラス委員長だけど、それが一体なんだって言うのよ。そんな肩書、生徒会長の前では吹き飛ぶだけ」
それは、俺たちが脇役だからだ。いくら道場に通おうが、いくらクラス委員長になろうが、それが主役に相応しくないのならば、俺たちはずっと脇役のままだ。
「住んでる世界が違うんだよね……。それに気がついたらさ、何かどうでもよくなっちゃった。ユウヤのこと好きだったはずなのに、何だか冷めてきちゃってる。勝手だけどね……」
委員長の声には、全く覇気が感じられなかった。激しく燃え上がっていた恋の炎が、いきなり鎮火したのだ。燃え尽き症候群のように、何をする気も起きないのだろう。
委員長の様子を見て、俺は再度思う。
ああ、やっぱりと。
今の委員長は、過去の俺だ。主役になれないと知って、絶望していた過去の俺だ。
その時の俺は、自分が脇役だと認識してしまった。決して主役になれないと、そう納得してしまった。しかし、心の底では主役になりたいという気持ちもくすぶり続けていた。
委員長もいずれそうなるのかもしれない。俺のように、自分が脇役だと納得するのかもしれない。
そうなった場合、委員長はどうなってしまうだろうか。妥協を覚え、脇役として人々の中に埋没するかもしれない。
それは、かつて俺も歩んだ道だった。そして、委員長がこれから歩むかもしれない道の一つでもある。
「住んでる世界ね……。言い得て妙だよ。確かにそうだ、あいつらは住んでる世界が違う。それは俺もよくわかるさ」
そう、住んでる世界が違うのだ。それを俺は、身を持って実感している。
「あいつらは主役で、俺らは脇役だ。どうあがいても、脇役は主役になれないんだよ」
「主役って……でも、そうだね……」
「休み時間のアレ、見ただろ? あの後は少しでも恨まれてたはずなのに、しばらくしたらすっかり忘れてやがる。俺の言葉なんて、あいつらの耳には届かないんだよ」
言って、苦笑する。放課後になって、ユウヤのハーレムメンバーの頭を占めていたのは、如何にユウヤと一緒にいるかということだった。それはつまり、休み時間の俺の言葉などすっかり吹き飛んでいるということだった。
「所詮俺たち脇役は、主役には敵わないってことだ」
「そうだね……」
俺の言葉に委員長が頷く。委員長もまた、わかってしまったのだ。自分が脇役にすぎないと。
「でも、それは悔しいよな」
「うん……。確かにアタシは脇役かもしれないけど、それで終わりたくない。ユウヤたちが主役なら、アタシは主役を見返したい」
そして、脇役にすぎないとわかっていながら、主役に対する羨望も忘れていない。主役を見返したいということは、自分が主役になりたいということだ。
「それは一人じゃ厳しいぜ?」
「わかってるよ、そんなこと……」
委員長は俯き、唇を噛みしめる。そんな委員長の様子を見て、俺は歓喜に包まれていた。何故なら、主役になるための道が見えたかもしれないのだから。
そう、一人では主役になるのは難しい。一人では、どうあがいても主役になることは出来ない。それは俺も、そして委員長もわかっていることだ。わかっているから、俺はその発想に辿り着いた。委員長の姿を見て、ようやく辿り着くことが出来た。
ここにもう一人、主役になりたい脇役がいたから。
「何だ、わかってるじゃねえか。だったら、二人ならどうだ?」
「え?」
そう、一人では難しい。なら、二人ならどうだろう?
「一人だったら脇役だよ。でも、二人だったらどうだ? 主役にだってなれそうじゃないか? 脇役が集まれば、主役にだって勝てそうじゃないか?」
主役の力が二十で、脇役の力が十だとすると、当然脇役は敵わない。だが、そこにもう一人、十の力を持つ脇役が加われば、十分主役に並び立つことが出来る。更にもう一人加われば、主役に打ち勝つことだって出来るのだ。
「それは……」
「どうやるかなんて全然思いついてないから、それはこれから考える。でもさ、主役になれば、あいつらを見るんじゃなくて、あいつらに見られる立場になるんだよ。脇役の俺らが、主役のあいつらに見られるんだぜ? それって凄くワクワクしないか?」
主役になりたいという気持ちは、俺の中でくすぶり続けていた。未練がましいかもしれないが、それだけ諦められなかったのだ。
その気持ちは、ここに来て再度燃え上がった。もしかしたら淡い希望なのかもしれない。あるいは、断崖絶壁を昇るような、厳しく険しい道なのかもしれない。
しかし、それでもその先には主役という栄光が待っている。それを理解してしまったら、止まることなど俺には出来そうになかった。
「委員長は、主役を見返したいって言ったよな? 俺もそうだ。俺もそれがしたいけど、一人じゃ無理だってのもよくわかってる。でも、二人だとそれが出来るとも思ってるんだよ」
「リュウスケ……」
「なあ、委員長。手を組まないか? 二人で主役になって、あいつらを見返してやろうぜ」
差し出された俺の手を見て、委員長は少しだけ逡巡する。だが、すぐに何らかの決意を固めると、差し出された俺の手を握った。
「……うん!」
そして、満面の笑みを見せる委員長。そこには、先ほどまでの暗い様子はどこにも存在しなかった。いつも明るい委員長の姿が戻ってきたのだ。
そんな輝くような委員長の笑顔に、俺は数秒だけ見とれてしまった。だが、すぐに気を取り直して、誤魔化すように言葉を続ける。
「よっし、そう来なくっちゃな。よろしく、委員長」
「ダメだよ。それじゃあダメ」
「何が?」
委員長は満面の笑みから一点。今度は悪戯っ子のような笑顔を見せる。
「一緒に主役になるんでしょ? だったら、委員長じゃなくて、ナツキって呼んでよ」
それに俺は納得する。確かに、委員長では少々他人行儀である。手を組むのだから、委員長と呼ぶのは相応しくない。
「……そうだな。改めてよろしく、ナツキ」
「うん!」
こうして、俺とナツキは主役になるために手を組んだ。クラスの主役であるユウヤたちを押しのけて、俺たちが主役になるために。
同じ志を持った脇役たちが集まって、主役部を作るのはもう少し後の話だ。