1 終わりを迎えた日
連載始めました。
毎日18時頃に更新予定です。
マリンは愛する婚約者のダンが、待ち合わせのカフェに来ることを、もう数刻ほど待っている。
「お客様、そろそろラストオーダーになりますが……」
ウエイトレスがこちらを伺うように、尋ねてきた。
ずっと1人で待っているマリンを気遣ってくれているのだろう。
あと30分程で20時となり、カフェも閉店になる…。
辺りはすっかり暗くなり、街灯や店のイルミネーションが華やかにキラキラと光り輝いている。
「…………ごめんなさい。もう出ます」
そう言って、待っている間に飲んだ珈琲代と余分に多めのチップ代を渡して、マリンは帰路についた。
マリンは、ディズル子爵家の長女であった。
長い白銀の髪、透き通るような白い肌、熟して甘くなった桃の果実みたいな唇。長い睫毛から薄桃色の瞳が覗く。
本人はあまり自覚はないが、穏やかな性格とその容姿から、密かに男女問わず人気がある。
あまり騒ぎにならないのは、幼い頃から婚約者が決まっていたからだ。
今日はその婚約者との大切な日だった。
2人にとっての記念の日になるはずだった。
婚約者のダンは、隣領地であるイオート子爵の三男。茶色の髪を短髪に刈り込んで、キリッとした輪郭に骨太な体格、ヤンチャで活発的な性格をしている。
隣領地で同じ歳ということもあり、幼い頃から交流があった為に、2人の婚約はすんなりと結ばれた。
将来はダンがディズル家へ婿にきて、長女のマリンと共に領地を運営していくことになっていた。
2人はずっと仲が良いまま歳を重ねて行き、地元の初等部、中等部の学校を卒業後は、15歳から18歳まで王都にある高等学園に2人で通うことを決め、将来の為にと勉学に励んでいた。
そして、初めて王都に来た記念日に訪れたのが、今日のカフェであった。
王都の人気店で、領地から出てきた2人には王都の雰囲気と、ちょっぴり背伸びした大人な雰囲気に圧倒された。緊張もしたけど特別な思い出。
―美味しいね
そう言って、2人で目をキラキラさせて微笑みあった、あの日。
初来店のときに、卒業する3年後にもまた来ようと約束し、すぐにその場でお店に予約を入れたのだ。
――今日が3年後の予約をとった日だった。
大切な日だと思っていたのは……どうやら私だけだったみたい。
今思えば、15歳の初々しい2人が、可愛らしいことをしたものだと、少し恥ずかしい気もする。
当時の私は、まさか3年後に1人で来ることになるとは、夢にも思わなかっただろう。
ダンは、――学園生活で変わってしまった。
入学当初こそは、男子寮の仲間達との交流を深めながらも、婚約者として2人で過ごす時間も確保してくれていた。
2年になると、所属している騎馬部でダンがレギュラーに選べれてからは、2人だけで会う時間こそ減ったが、マリンが応援に駆けつけ、差し入れの時や試合の時に、ダンも観客席にいるマリンを見つけると、嬉しそうに微笑んで手を振ってくれていた。
全てが変わってしまったキッカケは……。
3年の夏に行われた引退試合で、ダンが騎馬部の大会で優勝した時からだ。
ずっとダンが頑張ってきたことが報われたと、私も涙を流しながら祝福したのを、今でも鮮明に思い出せる。
優勝旗を高く掲げてるダンの姿は、それは格好良くて、婚約者としも誇らしかった。
しかし、そこからダンの取り巻く環境が変わってしまった。
優勝後に王都騎士団から入団のスカウトが来るんじゃないかと噂が流れると、今まで見向きもしなかった令嬢達が、ダンを見る目が変わった。
しがない田舎の子爵家の婿養子より、条件がいい令嬢達からのアピールが始まったのだ。
あっという間にダンは令嬢達に囲まれて、チヤホヤされるようになった。
最初の頃は、ちゃんと婚約者が居るからと、断る様子も見れていたし、マリンに対して申し訳ない様子も見られたが、………それも今ではなくなった。
程なくして2人の時間は全くなくなってしまった。
ダンが侍らせていた令嬢達から、特に1人の令嬢を懇意にしていると噂が流れてきた。相手はダンと同じクラスの、王都を中心に活動をしている伯爵家の次女らしい…。
どういう事かと、ダンのクラスに会いに行けば、ダンはマリンを害虫のみるように眉間に皺を寄せ、
「迷惑だから、来ないでくれ」
と鋭い答えが返ってきた。
それからは私とは目も合わせず、無視するようになった。
何度かどうにかして話がしたいと尋ねても、ダンの周りにいる令嬢達に睨まれたり、クスクスと嘲けるように笑われたり……。
段々とマリンも、ダンに会いに行く事から遠のいていった。
それでも、ダンから婚約解消という話は来ていない。一体どうするつもりなのか、ダンと直接しっかりと話し合いがしたいのに…。
それすらも難しい。
遠目で令嬢に囲まれて、楽しそうに談笑してるダンの様子を眺める、辛くて惨めな日々が続いた。
そんな状態でも、マリンはダンが好きだった。
手紙ならと思って、日々の出来事を交えながら、少しでいいから2人で会いたいと送っても、ダンからの返事が返ってくることは、2人の交流が途絶えてからは1度もなかった。
焦るのはマリンばかりで、煮詰まってばかりだった。
父に相談すれば、大事になってしまうと思うと、家には相談出来なかった。
卒業までは半年あるし、幼い頃から培った2人の関係が、こんな形で壊れることはないと…。
きっと今は人気になって浮かれてるだけで、ダンは、私が好きだったダンは…、きっと最後には、卒業する時には…私の所に戻ってくると……。
状況が変わらないまま、あれから数ヶ月がたってしまった。来週から冬休みになる為、1度領地に帰らなければならない。
そうなれば、もう父には隠しておけない…。
2週間前に
「想い出の日に、あのカフェで会いましょう」
とだけ綴った手紙を送った。
―――これが最後の賭けだったのに
カフェを出たマリンは、一つ溜息をつくと、白い息は外の冷たい外気にゆっくりと溶けていった。
ギュッと、上着を前で重ねるように抱きしめて、外気が入らないようにする。
キラキラと輝くネオンに反射するように、マリンの瞳からも一雫ずつ、涙が頬をつたっていった。
ネオンの光が眩しく歪んで見えるのは、きっと涙がこれ以上溢れないように、我慢しているからだろう。
―私の初恋は今日で終わった。
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