表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/8

春道という男

「しかも先日の配信ではかなり盛られていました」

 デビュー直後の春道にとっては宣伝の意味合いも大きく、演出を加えたと予想される。

「具体的にどの辺りが?」

「203号室だけエアコンやインターホンが古かった理由です。これは皆さんの中にも気になった方がいたのではないでしょうか」


 常夜怪談帳の放送終了後、SNSでは情報をもとに考察班が推論を展開していたが、全員を納得させる答えは出ていない。


「もう203号室に10年以上住んでいますが、引っ越した当初からエアコンは古かったです。これに関しては前の管理会社の怠慢でしょうね。言えば変更してくれると思いますが、問題なく使えるのでそのままにしているだけです」

 つまり203号室が空室になった時に新しくする予定だが、一ノ瀬が住み続けているがゆえに古いまま放置されている。真相は単純だった。


「証拠になるかはわかりませんが……」

 一ノ瀬はスマホを操作して、黄ばんだエアコンの写真をジンに見せた。

 それがあまりにも年季が入っていて、ジンも思わず笑ってしまう。

「えーと、これは視聴者に見せる必要あるのかな? とりあえず説明すると、そうとう古い黄ばんだエアコンです。この点は春道の説明に嘘はありませんでした」

『見たい』

『なにそれおもしろそう』

 視聴者の要望に応えて、配信中のスマホに写真が映し出される。説明通りのエアコンが映ると、コメント欄から『なんの時間だよ!』と突っ込みが入る。

「私はタバコを吸いません。前の住人がヘビースモーカーだったと思われます」

「貴重な情報をありがとうございました」


『赤ちゃんの泣き声には理由があるの?』


 手元のタブレットに視線を落としていたジンが、流れてきたコメントを拾う。

「あれは鳩の鳴き声です」


『は?』

『鳩かよ』

『ふざけんな』


 ただの雑談として話した一ノ瀬を責めるのはお門違いである。

「彼を擁護するつもりはないですが、最初は本当に赤ちゃんが泣いていると思いました」

「怪談マニアとしては残念だけど実際はそんなもんですよね」

「木が人に見えたパターンの亜種と考えてもらえれば幸いです」


『トラックの運転手が信号待ちの間に亡くなったのは?』


「あれは本当です」

 てっきり何かカラクリがあると思っていたジンは、素っ頓狂な声を出して驚く。

「二宮さんが死んだことも、窓がハエだらけで黒いカーテンに見えたことも事実です。もちろん全て私の体験談ですが」


「なんで春道視点の話がないんですかね? 隣人が死んだなら、自分も相当な体験をしている気がするけど」

「ああ、彼はリアルタイムでその場にいなかったからです」

「え……そうなんですか?」


「原因不明の水漏れの話がありましたよね」

「なんとなくあったような気がします」

「エピソードでは私の部屋となっていましたが、あれは彼の部屋です。過失はなく配管の劣化が原因で、その修理のために二週間ほどホテル暮らしを強いられていたのです」

「その間の出来事だったから、春道はエピソードを借りるしかなかった……」

 一ノ瀬は肯定する。


「私と食事をした際に、彼はその時のことを細かく尋ねてきました。メモを取ったりして、その熱量は異様でしたよ」

「あいつが上京したのは四年前で、二宮さんが亡くなったのは──」

「かれこれ二年ほど前になるでしょうか」

「当時の常夜怪談帳は無名だったのに、メモを取っていたんですか


「いえ、ここで喋るためではないかと。彼は二宮さんが亡くなったエピソードをもとに、短編小説を書いて新人賞に応募しています。結果は一次選考も通らなかったようですが」

「一ノ瀬さんは読みましたか?」

「はい。彼の創作用のアカウントは知っていましたし、WEBに投稿されていたので」

 感想を尋ねられた一ノ瀬は、どう答えるべきか迷っている。

「別に言葉を選ぶ必要はないですよ」


「物語がハエの一人称で進むので、気味が悪かったです」


 主人公がハエという斬新な物語。予想外な角度に、編集スタッフは笑いをこらえるのに必死だった。

「どこかで読めますか?」

「小説投稿サイトにはまだ残っていたはずです」

「後で探してみよ」

 ジンは不敵な笑みを浮かべた。それはコメント欄に今すぐ探せと指示しているようなものだった。


「引っ越したのでその後は分からないと言っていたのも嘘で、彼はまだあのマンションに住んでいます」


 一ノ瀬はここからが本題だと、前傾姿勢で身を乗り出した。


「意外ですね。家賃が高い場所にこだわる理由はなさそうだったのに」

「家賃が安くなったんですよ」

「隣が事故物件だからって、春道の部屋にまで影響するんですか?」

「いいえ。それは変わっていません。私の家賃も据え置きのままです」

 ジンは話の全容が掴めず呆けた顔をする。


「ある日、廊下が騒がしいと思ったら、彼が荷物が入った段ボールを部屋から運び出そうとしていました。何をしているのか尋ねると、引っ越しだと答えました」

「さっき引っ越したのは嘘だって──」



「201号室から事故物件になった202号室に引っ越したんです」



 空気が凍り付く。

 コメント欄も事実を咀嚼するために一瞬止まり、数秒の時を経て滝のように流れ始める。


「た、確かに家賃は下がるかもしれませんけど……」

「バイトをせず執筆活動に集中していると言っていたので、お金には苦労していたはずです。家賃を下げるために二宮さんの死を利用したのには驚かされましたけど」


「それ暴露して大丈夫なんですか?」

「私はつい先日、引っ越しました。恨まれようが関係ありません。最後まで居留守を使い続けてお金を返さなかった彼への、細やかな復讐です」

 一ノ瀬は晴れやかな顔で堂々と胸を張った。


「繰り返しになりますが、私の話には証拠がないので。どちらを信じるか、はたまた両方とも嘘と切り捨てるかは自由です」


 一時は半数いた春道派も、今や見る影もない。それどころか春道を強く否定する断罪派が現れだしたりと、コメント欄は混沌を極めている。

 収拾がつかなくなることを危惧した編集スタッフが、目線でジンに締めの合図を送った。


「そろそろお時間です! 一ノ瀬さん貴重なお話ありがとうございました!」


『この流れなら春道に電話だろ』

『延長しろ!』


 ジンは血気盛んなコメント欄には一切触れない。

「また次回の常夜怪談帳でお会いしましょう!」

 過去最高の視聴者数を記録して、生配信はお開きとなった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ