純度100%の怪談
この物語は実体験を基にしたフィクションです。虫要素が含まれますので、苦手な方はご注意ください。
鵜飼春道は人生の選択を間違えた。
もっともそれに気付くのは、まだ先のことである。
「みなさん、こんばんは。常夜怪談帳のジンです!」
派手な金髪が目を引く男性が、配信中のスマホに向かって頭を下げる。
自宅兼撮影スタジオの和室。心もとない薄明りが、古今東西の呪物を妖しく照らす。
「今日の生配信では潮見坂ホテル失踪事件について喋るつもりでしたが、急遽予定を変更してお送りします」
大仰な仕草は、視聴者の興味を引くために身につけたものだ。
「えーゲストがね、来てくれてます! そこにいるんですけど、めっちゃ緊張してます」
ジンは画面外に横目を向けて、含み笑いを浮かべる。
「小説家の鵜飼春道先生です」
呼び込みをきっかけに、待機していた春道がフレームインする。
「はいはい、どうもー。ここ、座って」
ジンが隣の座布団を指すと、ジャケット姿の春道は恐縮しながらそこに正座する。
「俺たちは高校の同級生で、会うのは卒業以来だから──6年ぶりくらいか」
「そう、だね。久しぶり……」
「緊張するなって。俺たち友達だろ」
ジンは豪快に春道の背中を叩く。二人の性格は正反対で、学生時代に仲睦まじく遊んでいた姿は想像できない。
「あの春道が小説家とはなー。本買ってきたからさ、後でサインちょうだいよ」
「わざわざ買ってくれたの?」
春道は驚いたように目を丸くする。
ジンが編集スタッフに指示を出すと、画面外から一冊の小説が差し出される。
「これっていわゆるラノベだよな、面白かったよ。まだ序盤だけど」
小説は画面に映るように固定された。
異世界転生を題材にした物語で、表紙には主人公が銀髪の少女や異種族と冒険をする様子が描かれている。
『売名か?』
『誰だよ』
生配信のコメント欄は辛辣な意見が大半を占めている。
ジンは手元のタブレットを覗きながら、笑いながら否定した。
「俺も最初はそう思ったよ。このチャンネルが有名になってから、やたらと昔の友達から連絡来るようになったし。でもこいつは違うから」
促されるように春道はうなずく。
「恐怖体験をしたらしくて、それをどうしてもお前らに聞かせたいってさ。ノーギャラでいいから頼むって、春道の方から言ってきたから」
「うん。もちろんお金はいらない」
「高校の時は小説ばっかり読んでて、別に怪談話好きなイメージなかったけど」
「小説家を志すようになってから、幅を広げるために色々なジャンルの作品を見たんだ。でも怪談は……」
春道は言葉を選ぶように口をもごもごとさせる。
「気にするなよ。放送禁止用語じゃない限り、何を言ってもオッケーだから」
「創作にしか思えなかった」
それを生業とする春道から出た意外な言葉。
「幽霊の目撃ならまだしも、それに襲われて殺されそうになったとか、盛り過ぎて冷めるというか……」
辛辣な意見にジンは手を叩いて笑う。視聴者も概ね同じ反応だった。
「言いたいことはわかるぞ。俺もたまにやってんなーって思うことあるし」
「やっぱりそうだよね」
清水の舞台から飛び降りる覚悟の発言だったのか、春道はほっと胸を撫で下ろす。
「色々なタイプがいるんだよ。本気で信じてるやつ、創作でもいいからとにかく怪談が好きなやつ。はなから貶すことを目的に見るやつ」
「最初に断っておくと、僕の怪談話は一切盛ってないよ。ありのまま事実を伝えるから」
春道は姿勢を正してカメラを見つめた。
「この体験をずっと話したいと思っていたんだ。でも周りに言っても嘘だって馬鹿にされるのがオチだから……。そんな時、小池君のチャンネルを知って、ここなら話してもいいかなって……」
春道は視聴者に向けて思いの丈を述べた。
「聞いたか? お前らのことを信頼してくれてるんだぞ」
だがコメント欄は、『小池?』で埋まっている。
「あー春道。ここではジンで頼む」
「ご、ごめん!」
コメント欄は今日一番の盛り上がりを見せた。
ジンの本名を暴露したおっちょこちょいとして、春道も受け入れられつつある。
「しゃあない、これが生配信だ。トラブルもあるけど関係ねえ、常夜怪談帳スタート!」
編集スタッフがSEを鳴らし、音が終わるのを待ってから春道に合図を出した。
「四年前に専門学校に通うために上京して、初めて住んだマンションの話なんだけど」
「専門学校? なんの?」
「えーっと小説を書く……」
春道は照れくさそうに下を向く。
「へーそんなのあるんだ。結果的に夢叶ってるからよかったな」
ジンが続きを促すと、部屋の内見を行った際の出来事を語り始めた。
「あの日は悪天候で飛行機が中々飛ばず、4時間遅れで東京に到着したんだ」
春道は手元にあるペットボトルの水を一口含む。
「駅から近い角部屋の条件で、急いで探してもらった。三つ提案されたけど時間がなくて、一回で決めるしかなかったんだ」
車中のことは何も覚えていないと語る春道は、時折スマホのメモで喋る内容を確認している。
「部屋は四階建てマンションの203号室。駅から徒歩一分で部屋の広さも申し分ない。さらに高評価なのは、一階が法律事務所だったことかな」
夜になると下の階は無人になるので、足音などの生活音に気を遣う必要がなくなる。
「でも一つだけ気がかりがあって……エアコンが古かったんだ」
急にテイストが変わったことで、ジンは突っ込むべきか迷う。
「ものすごく黄ばんでた。前の住人がタバコを吸う人だったのかな」
「えーっと、それそんなに気になる?」
「こい──ジン君も実物みたら絶対に驚くから。製造年月日が1993年だよ?」
「え!? 30年以上前じゃん!」
「交換してくれるとは言ってくれたけど、不動産の方も気まずそうだったもん」
参考程度に、家庭用エアコンの耐用年数は10年程度が目安と言われている。
「寸法を測ったりしたかったけど、飛行機の時間が迫っていたから不動産にとんぼ返り」
事故物件の可能性は示唆しなかったのかというコメントに春道が反応する。
「でも告知義務があるよね。何も言われなかったから、深くは考えなかったな」
契約の際の話を短くまとめた春道は、そこで一息ついた。
「引っ越しも大変で。これから一人暮らしをする人は、荷物は少ない方がいいと思う」
「あーわかるわ。俺も内装にこだわったけど、結局すぐ引っ越すし、ただ部屋が狭くなっただけだったな」
「ちなみにジン君は、引っ越しの挨拶とかした?」
「やってない。つーか普通やらないだろ」
ジンの感覚は間違っていない。
防犯の観点から、マンションで引っ越しの挨拶をする人の割合は年々減っている。
「うちは親が礼儀に厳しくて、配る用の引っ越しそばを持たされたんだ。それで201と202に挨拶に行ったんだけど」
「真面目だねえ」
「202は不在で一旦後回しにして、201はすぐに出てきてくれた」
「引っ越しそば渡されて驚かれたんじゃない?」
「天然記念物を見た時くらいビックリしてたよ。その人は──201だから一ノ瀬さんで。一ノ瀬さんは30代の男性で、後から聞いたことだけど介護施設で働いてる方だった」
安直な仮名ではあるが、部屋番号とリンクしていて整理がしやすい。
「戻ろうとした時に気付いたんだけど、僕の部屋のインターホンだけ旧型だった」
「そこだけってのは変だな」
「気になって三階と四階も見に行ったけど、他はカメラ付きの新しいやつ」
「その分、家賃が安いとか?」
「比べたことがないからなんとも。普通に作動したし、管理会社に連絡はしなかったけど」
春道は気を取り直して話を続ける。
「後は……そうそう。僕の部屋、ドアスコープを覗くと廊下全体が見渡せるんだ」
廊下の終わりがそのまま203号室の扉に繋がっている珍しい造りだ。
ジンは絵を頭に思い浮かべながら、二度ほどうなずく。
「荷物を整理してると階段を上る音が聞こえてきた。ドアスコープから確認すると、202に人が入っていく姿が見えたんだ。引っ越しそばを渡そうと、インターホンを鳴らしたんだけど……」
春道の表情が途端に曇る。
「誰も出てこなかったんだ」
「え? 人が入っていくのを見たんだろ」
「うん。見間違いなんかじゃないよ」
「セールスか何かと勘違いされたか」
「僕もそう思って要件を伝えたけど効果なし。でも、扉越しに人の気配を感じたんだ」
「それって……」
「ドアスコープで覗かれてる──直感でそう確信した。鍵のかかった扉がほんの少し外側に膨らんでいたのは、体を押し付けて覗いていたからだろうね」
春道はその時のことを思い返すように視線を宙に彷徨わせる。
「悩んだ挙句、ドアノブに引っ越しそばが入った袋をかけて部屋に戻ることにした」
「まあ、それが正解か……」
「次の日、ゴミ出しのために部屋を出ると袋はなくなってた。ネームプレートもなかったし、202の住人の名前は不明。ここでは呼びやすいよう二宮さんにするね」
『俺の住んでるマンション、ネームプレートあるけど』
『最近はない方が多いだろ』
これをきっかけにコメント欄ではネームプレート論争が繰り広げられた。
「何度か二宮さんの姿を見たよ。50代くらいの男性で作業着姿だった。生活音は玄関扉の開閉音だけで、トラブルになりそうなことは何もなかった」
「なんかやばそうなオーラとかは?」
「見た目は普通だったけど──その、臭いが結構きつくて」
「作業着なら体力仕事かもな。それとも風呂キャンってやつ?」
「残り香って言うの? 二宮さんが玄関扉を開閉した後に廊下に出るとそれが……」
「うわーそりゃ嫌だな」
「でも逆に言えば気になるのはそれだけ。壁ドンとかされない分、個人的には当たり」
「引っ越しシーズンを迎えても、入居者も退去者もなし。302がずっと空室だったけど、家賃がそこそこするわりに収納もないなら致し方なしって感じかな」
「その後、隣人たちとはどうなの?」
「一ノ瀬さんとは顔を合わせれば挨拶をする程度で、二宮さんとは極力合わないようにしていたから特には……」
ジンがつまらなそうに顔をしかめる。
「これが普通だよ。ジン君は隣の人に作りすぎたカレーを分けてもらったことがある?」
「いや、ないけどさ」
そういうことじゃないんだよな──と、ジンと編集スタッフは目配せをした。
コメント欄も春道を支持する派と、エンタメを理解しろ派が存在している。
「僕の話は創作一切なしの純度100%だから」




