す、好きじゃない
相澤莉奈に隠したふたつめの恋。
それは、端的に言うと、恋愛ではなかった。
だから、親友には話をする事もなかった。
「齋藤拓真」を知るまでは、
依存しか知らなかった郁子にとって
恋愛とは、依存のことだと思い込んでいた。
依存の沼。
それは、手痛いものだった。
中学3年の頃。
あまりに、親子関係がうまくいかず、
担任の先生とも折り合いがつかなかった事で、
逃げ場を無くしていた。
恋愛にも、逃げ場がなくなって
行き着く先がなかったところに
たどり着いたのが、
新聞奨学生の選択をして、
大学に進学する事を考えていた
武藤庄司との会話だった。
男は、すぐ言い訳する。
「彼女がいるから、
あなたとの関係は
なんでもありませんよ。」と。
郁子からしてみれば、
武藤庄司もそのひとりだった。
彼女がいたら、関係性があると悪いから
言い訳のように言ってくる。
あれは、一体なんなんだ。
「両方好き」なら、
両方好きと
潔く言ってしまう人が好きだったから
会ったことがないタイプの
武藤庄司は気味悪い存在に映っていた。
実家を出たい願望が
高い年頃の学生にとって
「歳上の先輩」は
なんでも知ってるように思える
偶像崇拝してしまう、そ・ん・ざ・い。
なにも知らない学生の頃の郁子は
とにかく、焦っていた。
狭くて窮屈な環境から、
学力なさ過ぎて、振り返ると
超絶恥ずかしい、
口癖のように、流行ったことば。
学がない武藤庄司なりに
「空元気の、空の中の、元気もない。」
「空元気は、
そもそも、元気がない事を言うんだよ!!」
と教えてくれていたのに、
あまりに、毎日、元気がなさ過ぎて
その日生きるので精一杯過ぎて。
空元気は、元気がない事を言うのに、
空元気の元気もないと
口癖のように言っていた
中学3年は、
精神的に病み過ぎて
なにもかもが、うまくいかなかった。
郁子は、相澤莉奈のある事、が許せなかった。
ひとつ目は、相澤莉奈の親に、
相澤莉奈と仲良くなる為にコツコツ書いていた
交換ノートを捨てられたこと。
もうひとつは、相澤莉奈は、
顔は可愛いのに
変なところ良いところ取りをしようとする所だった。
相澤莉奈が知っていた
郁子の恋愛は、ふたつだけ。
ひとつは、
青葉大輝の縄事件以来、
どっぷり依存にハマる事になる
中田理人との依存的な恋愛。
中田理人との恋愛は、
郁子にとって、恥ずかしすぎて
もはや、覚えてないものになっていた。
若い頃、特有の
「好き」なら、好きの内に
好きって言える距離感で、好きと言えば
良かったところを
なぜか、親友にも
「好きじゃない。」と言い続けた
不器用すぎる恋愛だった。
そして、もうひとつは、
好きな人のことを
キャラクター化する事が流行っていて
「とうがらし」と名付けていた
「齋藤拓真」の親友の正源司学人との恋愛。
そして、わたしは、相澤莉奈からすれば、
最大の裏切りをする。
裏切りをした果てに、
しあわせになれなかった哀れな存在。
だけど。でも。意味がある。
まだ、なにも知らない郁子に
「齋藤拓真」が男として、いかにいい奴で
女性に、どれだけモテるやつなのか、という事を教えたのも、
相澤莉奈自身だった。
当時の親友、
相澤莉奈と、好きな人がかぶった時の衝撃は
すさまじいものだった。
「す、好きじゃない。」
「友達と好きな人がかぶるなんて。好きになるわけない。」
郁子にとって、
それは、経験した事がない、甘い沼だった。
じぶんの想像と違う方に、
じぶんの感情がずっと、動き続けることが
居心地が良過ぎて、沼過ぎたのだ。
それが、その後、13年間ズルズルと好きになり続ける沼の始まりだった。
よくよく、考えてみれば、
13年間好きな感情に悩むことになったのも
この悪縁がきっかけだったのか。
同級生に「齋藤拓真」「相澤莉奈」「田中郁子」と揃った事が、
郁子の三十路まで悩む種になっていったのか。
それは、不運の巡り合わせだったに違いない…。




