悪役令嬢なのですが、身体を奪われました
わたくしは、その日。
自分を失った。
「え…ここどこ?」
気が付いたら暗闇の中。
何もない、闇。
声が、聞こえた。
姿は、見えない。
「えー!?私悪役令嬢エリザベスになってるー!?」
…エリザベス。
わたくしの名前。
わたくしまさか…誰かに身体を奪われたの?
「どうしよう、異世界転生なんて聞いてないよー!それも悪役令嬢になっちゃうなんて!」
悪役令嬢悪役令嬢うるさいわね、誰が悪役よ!
それに異世界転生ってなによ。
転生という言葉はわかるけど…こいつまさか異世界人?
異世界人は転移者だけではないの?
「えー…というかこの場合、エリザベスはどうなったの?私エリザベスの記憶とか一切ないんだけど」
あんたに身体を奪われて、暗闇に閉じ込められてるわよこのクソ女!
「…エリザベス、無事だといいんだけど….…」
どの口が言うかこの略奪者め!
「…うん、とりあえず、元のエリザベスが帰ってくるまでに物語をエリザベスの都合の良いように修正しちゃおう!わざわざ物語通りの悪役令嬢になる必要ないし!」
は?
なに、どういうこと?
「それ以外、することもないもんね!いいよね、エリザベス!」
良くないわよこの略奪者ぁぁぁぁぁ!!!
それから。
名も知らぬ略奪者はわたくしとして生活を始めた。
略奪者は声を聞く限り、突然の記憶喪失と偽ってこれまでの記憶がないのをやり過ごしたらしい。
「ごめんなさい、お父様、お母様…本当に、何も思い出せなくて…」
「ふん、それくらいなんだというのだ!また思い出を積み重ねていけばよい」
「エリザベスちゃんの無事が一番よ。馬車の事故でこのくらいで済んで却ってよかったわ」
お父様、お母様!
その略奪者は偽物よ!
いくら叫んでも、声は届かなかった。
というか、わたくし馬車の事故でこうなったのね…。
今更どうしようもないけれど。
「エリザベス、身体はどうだ」
「王太子殿下…その、今の私では初めまして、ですね…」
「…下手くそな礼だな。お前とは思えん」
「ご、ごめんなさい」
「………記憶を失ったのは本当のようだな」
婚約者が、愛おしいアーサー様がいつもより優しい。
わたくしには冷たかったのに、どうして。
「その、まあ、なんだ。身体は大事にな。しばらく無理は控えろ」
「はい、王太子殿下」
「記憶を失ったなら勉強も最初からやり直しか。…辛いな」
「い、いえ、その…家庭教師から、マナーと歴史と魔術以外学び直す必要がないと言われました」
「なに?」
アーサー様が興奮した様子でわたくしに語りかける。
「お前、もうそんなに王太子妃教育が進んでいたのか?話が違う」
「その、頭を打ったショックでそうなったようで…」
この略奪者は異世界人なので、能力だけは高かった。
「そうか…あと、周りに優しくなったと聞いた」
「えっと…はい。周りには良くしてもらっているので、私も良くしてあげないとと思って」
「そうか、それは…良いことだな」
ああ…両親だけでなく、アーサー様まで………略奪者に、奪われた。
略奪者はその後わたくしが通うはずだった貴族学園に入学した。
そこで、本来ならわたくしが仲良くしないような奴と「友達」になりやがった。
「オーロラちゃん、今日も可愛いね!」
「えへへ、エリザベス様もお綺麗です」
「オーロラちゃん大好きー!」
平民出身の聖女、オーロラ。
オーロラなんて貴族学園に相応しくない、わたくしにだって相応しくない。
なのに略奪者は、オーロラと仲良くなった。
そして、オーロラはどうやら身分違いにも程がある公爵家のご令息と恋に落ちたらしい。
それを略奪者はこともあろうに応援した。
「公爵閣下も認めてくださってよかったねー」
「恋人が五男だから、恋愛結婚していいと言われていて婚約者がいないのがよかったのかな」
「そうだねー、おめでとうオーロラちゃん!」
「ありがとうございます、エリザベス様!」
五男とはいえ、聖女とはいえ、恋愛結婚が推奨されていたとはいえ。
身分違いにも程がある。
わたくしは最後まで納得いかなかった。
その後略奪者は、三人の貴公子に声をかけた。
そしてその三人の貴公子の「トラウマ」とやらを解消して、わたくしと同じ「悪役令嬢」の役割だったという婚約者たちとの橋渡しをした。
「悪役令嬢」たちにも改心をさせて、全員の恩人となった。
―…反吐が出る。
そして、略奪者はいつのまにやら人気者になった。
その後、人気者の王太子妃となった。
そして、わたくしの愛したアーサー様との子どもまで作った。
…その音声を聞かされたわたくしは、まさに地獄だった。
ふとした時、わたくしは略奪者の身籠った子どもには魂が宿っていないことに気付いた。
そう、このまま生まれてきても死産となる。
これはもう感覚的なもので、何故わかると言われても答えられないが…この子は放っておいたら死産となる。
魂がないのだから。
それでは、アーサー様が悲しむ。
『仕方ないわね』
わたくしは、涙を飲んでアーサー様と略奪者の子の身体に入った。
やり方はわからなかったが、祈ったら入れた。
わたくしは、アーサー様の子となった。
略奪者の、子となった。
「アナスタシア様、今日もお美しいですよ」
「当たり前よ、アーサー様の子なのだから」
「またそんなことを、アーサー様ではなくお父様ですよ」
「アーサー様はアーサー様よ」
わたくしは『アナスタシア』となってから七歳になった。
アーサー様のことは今でも愛しているが、恋愛感情ではなく父への愛となった。
「今日はお祖父様とお祖母様が会いにいらっしゃいますよ」
「お父様とお母様が!?わーい!」
「お祖父様、お祖母様ですよ」
「わたくしにとってはお父様とお母様よ」
お父様とお母様はわたくしを孫として可愛がってくれている。
でも、アーサー様もお父様とお母様もわたくしのその様子を見て気付いたらしい。
わたくしが、本物のエリザベスだと。
略奪者は今、針の筵だ。
庇うのはせいぜい、聖女だけ。
まあその聖女の後ろ盾が、そして皮肉にもわたくしという『子』の存在が略奪者を助けていた。
「まあ、略奪者は毎日ごめんなさいごめんなさいと泣き暮らしているからいいけれどね」
反省しているなら、許してやろう。
だって今のわたくしには、お父様もお母様もアーサー様までいる。
幸せだから。
そして、新しい婚約者を今度こそ本当に「愛して」いるから。
「アーティー」
「テディー!どうしたの、急に。今日はお父様とお母様が来る日なのに」
「そのお二人に一緒に行こうと誘われたのさ」
「アーティー、今日も可愛いわね」
「お父様、お母様!ええ、そうでしょう?」
新しい婚約者、エドワード。
アーサー様にすら抱かなかったような、優しい気持ちを向けられる相手。
わたくしの婿となり、将来王配となる人。
そう。
わたくしは、女王になるのが確約されていた。
前世ほど出来が悪くなかったので、今世では未来の女王陛下は素晴らしいと褒められる始末。
…略奪者、よくやったわ。
ある意味貴女の目的は達成された。
わたくしは悪役令嬢になることはなく、幸せになった。
だからね、略奪者。
いえ、『お母様』。
わたくしはもう、心の底から貴女の全てを許します。
「…お祖父様、お祖母様。今までお父様、お母様と呼んでごめんなさい。これからはちゃんとお祖父様、お祖母様と呼ぶわ」
「!…アーティー、それは………」
「アーサー様のことも、これからはちゃんとお父様と呼びます」
「…アーティー」
「略奪者のことも、お母様と呼ぶわ。だからみんな、もうお母様を許してあげて。他ならぬわたくしが許すのだから」
こうしてお母様は、許されることになった。
王妃として、表舞台で活躍するようになった。
お母様はわたくしにはぎこちなく接するが、わたくしはお母様に今までの分親孝行するようになった。
わたくしは、そのまま大きくなった。
そんなある日のこと。
「アーティー、聞いたよ。君の生い立ち」
「テディー…わたくし、変よね。前世の記憶がそのまま残ってるのも、何もかも……わたくしのこと、嫌いになった?」
「まさか!」
テディーはわたくしを抱きしめる。
まだたった七歳の彼は、しかし覚悟を決めた目をしていた。
「その過去ごと、君を愛するよ。僕の名に誓って、前世の分まで君を幸せにする」
「テディー…!」
「愛してるよ、アーティー」
「わたくしも愛してるわ、テディー!」
わたくしは十八歳、結婚適齢期になった。
テディーとの結婚式の日になった。
お祖父様とお祖母様は変わらずわたくしに優しいし、お母様にも優しくなった。
お父様は変わらずわたくしに優しいし、お母様とも仲直りした。
婚約者であるテディーは、わたくしの生い立ちを知ってもわたくしへの態度は変わらない。
お母様は、親孝行するわたくしに心を許してくれて今では普通の親子だ。
「アーティー、君と結婚できて幸せだ」
「わたくしも貴方と結婚できて幸せよ、テディー」
こうしてわたくしは、悪役令嬢すら出来なかったわたくしは。
―…今度こそ、幸せを手にした。