GAME9 交代
フリーターの鈴木碧は回想する。
干支一回りの年齢差のある僕の姉の職業は『探偵』だった。
小さいながらも自分で事務所を立ち上げて、色んな人の相談を受けていた。
『あれ……どこに置いてるんだっけ……』
『碧、ハエ叩きを探してるの?』
『姉さん……ってどうして僕がハエ叩きを探してるって分かったの?』
『そんなの見れば分かるわよ。よほどうっとうしかったでしょ? ちょっとイライラしている様子だったし、ごはんの時は整っていた髪が荒れていて、何回も空振って手のひらがヒリヒリしたのか無意識に手をプラプラさせてたわよ』
『いや……それを見抜いて繋げられる姉さんくらいだよ』
『ふふっ、嬉しい誉め言葉ね。ハエ叩きなら物置きにあったはずだから取ってくるわよ』
姉は凄まじい洞察力を持っていた。少ない情報から真実を暴き出す、名探偵の素質。
もしもこの世界がミステリー小説の世界だったならばんばんと事件の謎を解き、犯人を捕まえて一躍有名になっていただろう。
でも現実世界に名探偵の居場所なんてものは無い。
どれだけ完璧な推理で犯人を当てても勝手に自白したり自首してくれるわけでもない。警察が協力してくれるなんてこともない。
推理で悪人を見つけてもちゃんとした証拠が無ければ野放しにするだけ。
『本当、悪人が多くて世の中嫌になっちゃうねえ』
珍しくやけ酒をしていた姉がついこぼしたそのセリフがすごく印象に残っている。
そしてある日、姉は亡くなった。
まだ30過ぎ、これからという年齢だった。
姉の遺品のとあるノートが僕の手に渡った。
それは姉が自身の推理で犯人に辿り着きながらも、色々な理由から警察に捕まることもなくのうのうと社会で暮らしている人たちの情報がまとめられていた。
ノートの記述の節々から姉が怒りや無念を覚えていたことが推察された。
そんな『悪人ノート』を僕は自分の手元に置いて読み込んでいた。
別に読んだところで何かが変わるわけでもない。姉でも駄目だったんだ、僕にはなおさら何も出来ない。警察に持ち込んだところで妄想と判断されて突っ返されるのがオチだろう。
そうしながらフリーターとして働きその日暮らしを続けていた――ある日のこと。
『え……?』
僕は突然気絶した後に、この遊園地に連れ去られていた。
巻き込まれたデスゲーム。ルール説明で初対面のプレイヤー10人と期限の一週間先まで生き残れと言われて。
突然の理不尽に戸惑うプレイヤーたち。
『………………』
しかし、僕の頭の中はそれどころではなかった。
そうだ、何故なら……僕以外のプレイヤー9人それぞれの特徴に覚えがあったからだった。
全員あの『悪人ノート』に記述されていた人間と酷似していた。
だから確認した。
『そうだったんですか』
『ええ、もう大変でして』
観覧車で高所から遊園地を見る流れになって、僕は高所恐怖症だという保育士の佐藤陽葵と一緒に地上に残った。
そして会話を深めていく中で……僕は確信した。やはり『悪人ノート』の内の一人だと。
『…………』
自身の端末に目を落とす。
現代社会ではどうしようも無かった悪人たちをこのデスゲームの中でなら殺すことが出来る。正義を成すことが出来る。
姉の無念を晴らすことが出来る。
(かといって……本当に人を殺すのか? いやこれはデスゲーム、悪いのは巻き込んだ運営で……だからといって積極的に加担するのは…………しかし目の前に垂涎のチャンスがあるのも事実で…………)
踏ん切りの付かなかった僕だったが。
『絶対にみんなのことは守ってみせる。だからこの俺に付いてきてくれないか!』
警察官の高橋のその発言にプツンと何かが切れて。
『あのーちょっといいでしょうか、高橋さん』
僕はナンバー被せの嘘を吐くという策を実行するのだった。
現在。
「それにしてもノート通りだったか。傍目には真面目そうな警察官がパワハラで後輩を二人も殺していたなんて……。本当に姉さんの推理はすごいな」
『コール』によって殺した高橋の死体を前にした鈴木。
殺害に伴う昂ぶった感情や実際の死体を前にした吐き気など、諸々を落ち着けようとしていると。
『ゲームが始まったか』
いつの間にか隣にGMの『ハート』が佇んでいた。
鍵のかかっているコテージ内に気配も無く突然現れた『ハート』。
「ちょうどいい。聞きたかったんだ。この後、この死体はどうなるんだ?」
鈴木は特に驚くことも無く『ハート』に問いかける。
『死体ってのは様々な情報を持っている。調べたいプレイヤーもいるだろう。しかしこの遊園地を清潔に保つのもGMの役目だ。だから死亡から一日後に清掃する』
「……そうか」
『にしても一日目の夜から死者が出るとはな。おまえ、中々ハートボイルドじゃねえか』
「それを言うならハードボイルドじゃないのか? ……まあ何にしろ全然そんなんじゃないよ。運営の目論見通りに動いているようなやつなんてさ」
このデスゲームのプレイヤーが『悪人ノート』の持ち主である僕と『悪人ノート』に書かれていた悪人たちで構成されている状況が偶然なはず無い。
運営による作為だろう。おそらくは僕が他のプレイヤーを殺してデスゲームを押し進め、騒動の中心になることを狙っての。
『達観しているな』
「運営の思惑通りだろうことに癪に障る部分もあるけど……でもやらなきゃいけないからね」
『大した正義感だな』
「だからそんなこと無いって。ただ……姉さんの無念は……僕が晴らさないといけないだけだから」
『……なるほどな。本当にいい舞台と狂った登場人物を用意してくれたぜ。オレ様もGMしがいがあるってんだ』
『ハート』はそのように呟くとまた唐突に姿を消した。
鈴木も用済みとなった高橋のコテージから出る。するとオートロックで鍵が閉まった。
開けるための高橋の端末はコテージの中の死体と共にあるため入る手段は無くなった。清掃が始まる一日後まで死体が発見されることは無いはず。
もちろん高橋が姿を見せないことを不審がられるだろう。ナンバー被り問題で争っていた僕が怪しまれるだろうが…………まあ乗り切ってみせる。
僕の本当の『運命の数』は『1』だ。
一番最小の数、故に『アタック』で勝てるのは最大の数『10』のみ。
そんな博打を出来るわけも無いので残りの8人も『コール』で殺すしかない。
他のプレイヤーの『運命の数』を暴かなければならない。
「そうだ……残る8人もあの警官と同じように――」
鈴木は目標を見据える。
警察官の高橋はちゃんと『悪人ノート』に書かれていた姉さんの推理通りの悪人だった。つまり残りの8人も悪人だということ。
客に貢がせるだけ貢がせて、お金が無くなれば犯罪の教唆さえもした。
キャバ嬢、渡辺結愛。
ネットリンチにて炎上を誘発、自殺者も複数人出した。
プログラマー、田中暖。
自身の編集担当を何人も殺してきた。
女性作家、佐藤凛。
元不良時代、行き過ぎたケンカや抗争の果てに死傷者を出した。
女格闘家、山本紬。
近所で飼われていたペットが連続で不審死した。
保育士、佐藤陽葵。
生徒同士のいじめの訴えを無視、時には加担もして自殺する者も現れた。
女教師、中村澪。
武闘派、組の若頭として敵対組織も裏切った味方も多くを粛正した。
ヤクザ、小林颯真。
政権与党に不都合な人物が何人も変死した。
総理大臣、加藤律。
「全員……ぶっ殺してやる」
というわけで主人公交代で本格的にゲームスタート。
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次回から不定期更新になります。なるべく頻度上げれるよう頑張ります。