GAME7 不足したルール
すっかり夜となったデスゲーム会場の遊園地。
既にプレイヤーのほとんどが自分のコテージで休んでいる。
「あのときの総理は一体何を考えていたのかしら……?」
女教師、中村も自分のコテージのベッドに寝転がりながら思索に耽っていた。
思い返すのはプレイヤーたちが遊園地を高所から眺めるために観覧車に乗る流れとなり、中村は話があるとして総理大臣の加藤と一緒に乗ったときのことだ。
『それで聞きたいこととは何でしょうか?』
二人乗りの狭いゴンドラの中、正面に座った加藤が話を促す。
『先ほどのデスゲームのルール説明のときのことです。加藤総理大臣、あなたはGMに対して足りないルールがあるのでは無いかって聞きましたよね?』
全てのルールが提示された後、一番に聞いていたことだ。あのときから何故そんなことを尋ねたのか中村は気になっていた。
『ええ』
『一体何が足りないのだと思ったんですか?』
『そうですね……まず前提から行きましょうか。中村さん、あなたはこのデスゲームが何のために開かれていると思いますか?』
『それなら興行でしょう』
『……ほう』
『ただ殺すなら誘拐した時点で達成出来て、苦しめるならやり方があっていない。ルールを重要視している点から見て誰かに見せるのだと想定。ただ見せる側に何らかのメッセージ性を訴えるにはメンバーがバラバラ過ぎる。
よって娯楽。人の生き死にがかかったゲームを見て楽しむような層に見せる……そう推測しています』
『完璧です。私も同じ想定ですよ。つまり運営は視聴者を釘付けにするようなハラハラドキドキする展開を求めているわけですが……今のルールでそれは起こるでしょうか?』
『起こるでしょう。こんな端末を渡されて簡単に人を殺せるようになったのだから』
『……本当にそうでしょうか?』
『総理は違う考えですか?』
『簡単に人を殺せる手段を持った状態での集団生活で、ふとした瞬間気に食わない相手を殺してしまう。起こるかもしれませんが正直確実性にかけます。
だってそうでしょう? 家庭科の調理実習で包丁を握らせた瞬間殺し合いが始まるようなものです。現代社会の倫理観で気に食わないから殺すなんて事件簡単には起きません』
『そうね……報道の発達で凶悪事件が全国に放送されることで日に日に治安が悪くなっているかのような印象を受けるけど、犯罪数自体は減少傾向にあるって聞いたことあるわね』
『それに殺すのに失敗したら死ぬのは自分です。踏ん切りの付く人はそうそういないでしょう。そうなった結果プレイヤー全員が期限の一週間を何となくで生き残ってしまう。つまらないデスゲームになってしまう。それを防ぐためにも――』
『殺し合いを強制するルールが必要で……それがこのデスゲームには足りないというわけね』
加藤の考察に中村も納得を見せる。
『例えば【毎日一人は死んでいないとゲームオーバー、プレイヤーは全員死ぬ】なんてルールがあれば誰が殺すか、誰を殺すかで議論は紛糾したでしょう。
クリア条件にするのもいいかもしれませんね。一週間の期限ではなく、【他のプレイヤーにバレないように殺せたらゲームクリア】だとか』
『だけど実際には殺しを促すルールは特にないままデスゲームは始まってしまった』
『ええ。不思議でなりません。一体運営はどういうつもりで……………………いえ、もしかして運営は……を使って……』
『……?』
加藤総理大臣がハッとなった後、ボソボソと呟く。正面にいる女教師、中村にも聞こえない声量だ。一体何に気付いたのか聞き出そうとする前に。
『……おっと。ちょうど観覧車が頂上に着いたみたいですね。しかしこれは……』
『どうやら完全に壁に囲まれているようね』
加藤が話を変えて、中村は聞くタイミングを失ったのだった。
「…………」
回想を終えて、中村がやはり気になるのは運営がプレイヤーたちを殺し合いの舞台に上げる方法。
あれから折を見て考えたが想像も付かない。
「気になるわね……」
教師という職業に就いている中村は生徒の模範であるためにもいつでも知識を仕入れて、分からないことが無いようにしている。
そのためデスゲーム運営なんてものの思惑でさえも『分からない』というのはストレスであった。
「……まあでも気にしても仕方ないのかもしれないわね。結局疑心暗鬼の種は撒かれてしまったのだから」
観覧車から降りた後に発生した警察官高橋とフリーター鈴木のナンバー被り問題。穏やかなまま進むと思われたデスゲームは初っ端から波乱が起きている。
理を重視する中村は高橋が嘘を吐いていると予想していた。高橋には嘘を吐くメリットが多い中、鈴木が嘘を吐くメリットが思い付かないからだ。
加藤総理がどうにか問題を先延ばしにしたけれど、二人を中心にこれからも諍いが起きそうで――。
「…………あら。もしかして運営の仕掛けはそこに……」
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場所は変わって警察官、高橋のコテージ。
フリーターの鈴木から連絡があって二人きりで会うことになり、高橋のコテージに招くことになった。
「…………」
「…………」
コテージにはキッチンが無いためお茶を出すことも出来ない。まあもし出来ても心情的にしなかっただろうが。
座って話す雰囲気でも無く、部屋の中央でお互い正面に立ったまま。
「単刀直入に問う。君はどうして自分の『運命の数』が2だと嘘を吐いたんだ?」
高橋は早速切り込んだ。会おうと提案したのは鈴木だったので話し出すのを待つべきだったかもしれないが、それでも我慢出来なかった。
「話が早いですね。まあ僕らの間で話題となったらそれしか無いのも事実ですが」
鈴木も元からそれについての話をするつもりだったのでスムーズに進む。
「先ほどGMに会って聞いたがやはりこのデスゲームのルールは絶対だ。ルールに嘘は無くナンバーに被りは無い。そして俺が2である以上、君は2ではないはずだ!」
「ええ、その通りです」
「そう、その通りで……………………え?」
「何ですか?」
「いや…………やけにあっさり認めるんだな」
息を荒げて嘘を暴こうとした矢先に、鈴木は嘘を吐いていたことを認めた。
「だってここには二人だけしかいないじゃないですか。お互いどっちが本当のことを言っているか分かるでしょう? 嘘を吐く必要がありません」
鈴木の態度は……不気味だった。
(この男……何を考えている? 元々俺が嘘を吐いていると糾弾してきたのは彼の方からだ。なのに今あっさりと自分が嘘を吐いていると認めた。
ならどうして嘘を吐いた? 二人だけ……みんながいることが関係あった? そして今わざわざ俺に会いに来ているのは何故?)
鈴木の行動原理が分からない。
「僕の行動原理が気になりますか? 二人きりで会ってくれたお礼です、教えてあげましょう」
高橋の得体の知れない物を見る態度に気付いた鈴木は気分良く話始める。
「僕の目的。それはこのデスゲームの参加者を僕以外の全員殺すことです」
「全員殺すだと……っ!? 何故そんなことをするつもりなんだ!?」
「それについては内緒で。……ですが、そう考えると嘘を吐いた理由も分かるでしょう? 高橋さん、あなたは自分のナンバーを公開するという命知らずの行為でプレイヤーたちを団結させようとしていた。……そうなると殺すのが面倒になるでしょう?
だから僕はナンバーが被っていると嘘を吐いた。おかげでこうして疑心暗鬼の状況に持って行くことが出来た。
いやー高橋さんの指摘、意外と良い線行ってたんですよ。ナンバーが被っているならすぐに言い出すはずだって。本当予想外の行動に出遅れてしまいました」
事もなげに説明をする目の前の狂人。
(……意図は理解出来る。デスゲームを押し進めたい彼にとって、俺の行動は邪魔だった。だから嘘を吐いて、その意図通りにプレイヤーの団結は邪魔された)
「狂っているのか……それとももしかして君は運営の手先なのか?」
「至って正常ですよ。そして運営の手先でもありません。皆さんと同様の境遇です。普通の生活をしていたらいつの間にか気絶してこの遊園地に連れられてきました。
……ただ運営は最初から僕に全員殺すことを期待しているのだとは思いますけど」
「何を言っているか分からないが……とにかく全員殺すなんて馬鹿なことを考えるのは止めたまえ!!」
「……高橋さんはこんな状況でも警察官足らんとするんですね」
「警察官だからだけではない。俺が俺であるためだ。『男は女や子供を守るべし』それが俺のポリシーだからな!!」
「『男は女や子供を守るべし』……ですか」
「……ああいや、君ももちろん守るべき市民の一人だぞ。だからみんなを殺すなんて言わないでくれ」
思わず曝け出してしまった自分のポリシーを言い繕う高橋。
しかし鈴木は思案顔になった後、ポンと手を打った。
「なるほどそういうことだったんですか」
「何を納得しているんだ?」
「いえ、高橋さんが僕の行動原理を謎に思っていたように、僕も高橋さんの行動原理を謎に思っていたんですよ。プレイヤーで団結するために自分の命を差し出すようなマネをするなんてどういうつもりなのかと。
なるほど、なるほど。そういうことですか」
「…………」
したり顔で呟く鈴木に高橋はひやりとした汗が背中を伝う。
何か、嫌な予感がする。
「『男は女や子供を守るべし』ですか」
「何が言いたい?」
「いえ、大変だったんじゃないですか、そんなポリシーを持っていると」
「……ああ、時代錯誤なことは分かっているから公言はしていない。だから――」
「いえ。そういうことを言いたいんじゃ無くて。『男は女や子供を守るべし』。言い換えると……『女と子供は男に守られていろ』
こんな考え方を持っていると女でありながら守る側に立つ――例えば婦警なんかに対してストレスを感じるんじゃないですか?」
高橋の言葉を遮るように言い放たれた鈴木の言葉。
「な、何を言ってるんだ!!」
高橋はこれまでで一番動揺した様子で声を荒げる。
(その心境は変な難癖付けやがって!)
ではなく。
(馬鹿な。この男……もしかして知っているのか!?)
である。
「何ってあなたが一番分かっているはずでしょう。吉田莉子さんのことですよ」
「その名前は……」
「もちろん知っていますよね。あなたの元後輩婦警の名前ですよ。……自殺した、ね」