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解雇通知

 星奈様が屋敷を訪れた日から4年が経った1月、長男のオーウェン様も独り立ちし、メイド長だったエマさんは70という年齢もあり先月で引退し、屋敷は少し寂しくなっていた。

 今年の8月に成人を控えた私は相も変わらずメイドとしての日々を過ごしていた、そんな日の事だった。

「実は、この屋敷を手放そうと思うんだ」

 メイド3人を集めた場でそう旦那様が告げる。

「オーウェンも独り立ちしたし、この屋敷は私たち2人の夫婦が住むには広すぎる。それに私ももう歳だからね、仕事も落ち着いたから、ドイツに戻ってのんびりと余生を過ごそうと思ってるんだ」

 でもね、と旦那様は続ける。

「もちろん今すぐじゃないよ。今が1月だから、大体3ヶ月くらい。春くらいを目安にしてる。君たちが次の職を見つけるまではもちろん給料は今まで通り払う。突然の事で申し訳ないが、次の職や住む環境が見つかるまでは出来る限りのサポートはさせてもらう」

 私たちはお互いの顔を見合わせた。

 突然の解雇通知に驚かないわけがなかった。

 優しい旦那様と奥様、それから本当の姉妹のように接してくれたエリーゼとジル。厳しかったけれど母のように優しかったエマ。そんな日々がいつまでも続くと思っていた。



「で、どうする?なんかアテとかある?」

 旦那様が書斎へ戻った後、メイド3人で休憩がてらキッチンで紅茶を飲んでいた。

「私は妹の会社があるからそこにお世話になろうかなって」

「あーそういえば服飾関係の会社を経営してるとおっしゃってましたね」

「そうそう。なんか裁縫部門の人手が足りないらしくて前からちょいちょい誘われてたんだよね」

 ジルの裁縫の腕なら服飾の世界でも十分にやっていけるだろう。

「私はどうしようかなーなんとなく覚悟はしてたけどさー」

「私もです。次の事とか考えてませんでした」

「アリサはさ、日本語話せるじゃん、通訳とかは?ツアーガイドとか」

 なるほどたしかに日本好きを活かせる職業ではある。

「日本へ行って英語の先生というのもできるんじゃない?」

「どちらかといえばそっちの方が魅力的ですね。日本へ行ってみたい気持ちの方が強いですから」

「あーあ、私も勉強しとくんだったわー。今からでも素敵な王子様が現れないかなー」

 エリーゼは大きくため息を漏らすと紅茶を入れなおす。

「わりと貯金はあるし、旅でもしようかなあ。王子様探しの旅」

「30手前で王子様はイタいって」

 見つけてもらうのではなく、探し行くというのがなんとも彼女らしい。

「アリサがさ、最初来た時はこんなに小さな女の子だったのにさ、気づいたら大人の女性になってるんだよ、そりゃ私も歳取ったわぁ」

「エリーゼもまだ若いじゃない」

「ふふ、アリサに言われてもあんまりよ。さて、そろそろ仕事に戻るわね。午前中に庭の手入れ終わらせなきゃ」

 エリーゼは立ち上がってキッチンから出て行った。

「こうやって女子会できるのもあと少しって考えたらちょっと寂しいわね。アリサの事もエリーゼの事も、本当の姉妹みたいに思ってるし」

「私もです。素敵な姉を2人も居て幸せ者です」

「ありがと、じゃあ私も掃除に戻るから、片づけは任せていい?」

「はい、昼食の時間になったら声かけますね」

 ジルを見送って私も仕事に戻った。



 洗い物をしているとキッチンの内線が鳴った。

「はい、アリサです」

「やぁアリサ。ちょうどよかった。今やってる仕事がひと段落したら書斎に来てくれないか」

「かしこまりました。5分ほどで向かいます」

 旦那様からお呼び出しがあるとは珍しい。きっとさっきの事だろう。

 手早く片付けをして私は書斎へ向かった。



「仕事中に悪いね。どうしても早めに伝えたいことがあってね」

「いえ、それでご用件はなんでしょうか」

「あぁ、アリサは北小路さんを覚えてるかい?」

「えぇもちろん覚えています。お会いしたのは4年前に1度だけですが」

「北小路家の三女の星奈さんがいただろう。一度この屋敷にも来たから覚えていると思うんだが」

「えぇ星奈様の事も覚えてます」

「星奈さんが今年の春から高校生になるんだが、全寮制の学園への入学を希望されているそうなんだ」

 そうか、あの子がもう高校生になる年齢になったのか

「それはおめでたいことです」

「それでね、その学園なんだけれど、どうやら国内外から有数の財閥のご息女たちが通う由緒ある女学園で、入学条件の1つに付き人の同伴があるそうなんだ」

「付き人、ですか」

「そう、全寮制ゆえに発生するであろう一般的な洗濯や掃除を付き人にやらせろ、ということだ。昔は学園側でスタッフを雇っていたそうなんだが、トラブルが続いてから今の形に落ち着いたらしい」

「早い話、生活能力が無いならそれを補える人物と一緒に暮らせ、ということだ」

「ならばどうして全寮制なのでしょうか、そういう事情があるのなら通学制にしてしまえば問題無い気がしますけれど」

「私も詳しくないから知らないけれど、きっと警備の問題や、立地の問題だろうね。その学園があるのは都市部からは結構離れているようだし。また送迎が行われるならそれに紛れて良からぬ事を考える人物が紛れ込むかもしれない」

「えぇ、大体の事情は把握しました。それで私にその話をしたということは」

「そうだ。星奈さんがそのお付きを探している。北小路は元々使用人を雇ってないから、学園に通うにあたって人材を募集しているようなのだが、今のところ30名面接して合格者0人だそうだ」

「そんなに厳しい採用条件が課されているのですか?」

「いや、どうやら星奈さんとの個人面接だけのようなんだけど、3年も身の回りを見てもらう人物を選ぶわけだからね、慎重になっているのかもしれないね」

「それで私が?」

「そう、トモユキが泣きついてきてね。娘のお眼鏡に適う人物が見つからない。このままだと入学までに間に合わないかもしれない、とね。それならばと君を推薦しようかと思った次第だ。どうかね」

「私でよろしければぜひお願いしたいと思います」

 星奈様にお会いできる嬉しさもあるが何より日本へ行ける、どころか3年も暮らせるとなれば断る理由なんてなかった。

「そうか、アリサなら問題ないとは思うが、一応面接だったり何かしらの採用にあたっての条件があるかもしれないから私から連絡しておくよ」

「はい、ありがとうございます」

 

 



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