モノローグ5
「ふぅ、いいお湯だった」
お客様がいらしてることもあって普段は使われない1本7000円の高級入浴剤が使われていた。
浴室の掃除を終えた私は更衣室の忘れ物が無いかを最後にチェックし、自室へ戻ろうと歩いていると話声が耳に入った。
「どうしましょうか。北小路様を起こすわけにもいかないですし」
どうやら話し声は2階の西側、使用人用の部屋が並ぶ廊下から聞こえたようだ。
「どうされましたか?」
「あぁアリサ!丁度良かった。ちょっと困っててね」
声の主は寝間着のままのメイド長とエリーゼだった。
「ふぇ・・・」
今にも泣きそうな小さい声を漏らしていたのは星奈様だ。
「どうしてかはわからないけど、廊下をうろうろしてたのね、だから声を掛けたんだけど、英語が伝わらなくてどうしようもなかったのよ」
「あぁなるほど、そういうことでしたらお任せください」
私は少し屈んで顔の高さを合わせる。
「こんばんは。どうされましたかしら?」
日本語で話しかけると、星奈様の俯いていた顔がハッと上がる。
「日本語わかるんですか?」
「はい、ある程度でしたら大丈夫ございます」
「えっとね、トイレに行ったんだけどね、帰る時に自分の部屋がわからなくなっちゃったの」
今にも零れそうな涙を私はハンカチで拭う。
「そうでしたか、それは心細かったですね。私が案内しますので、もう大丈夫です」
星奈様の顔が明るくなった。
「どうやらお手洗いに行った後に星奈様の客室がわからず迷子になってしまったようなので、このまま私が送り届けてきます」
「あぁ、そうだったのね、じゃあ後はアリサに頼んでも大丈夫かしら」
「はい、お任せください」
メイド長とエマが自室へと戻っていく。
「それでは星奈様、お部屋へご案内しますね」
見知らぬ地の初めて訪れた屋敷、しかも消灯後で廊下は暗く、2階の東側は同じような造りの廊下が続いている。やっと見つけた相手は今日が初対面の言葉が通じない大人。
たかだか30分にも満たない迷子だっただろうが、それでもかなり心細かったはずだ。
「星奈様、本日のお食事はいかがでしたか?」
明るい話題を振ろうと、星奈様の手を繋いで話しかける。
「えっとね、チョコのプリンが美味しかった!」
「それはよかったです。あのプディングは私が作りましたです。喜んでいただけてよかったと思うます」
「あれ、お姉さんが作ったの?凄いね!お店のプリンみたいな味だった!」
お店のプリンか、まだまだ精進が必要だ。
「はい、こちらの部屋が星奈様のお部屋でございます。何か他に御用はありますですか?」
何か困った時用に部屋についている内線の使い方だけでも教えておこうか
「えっと、あの・・・」
星奈様は私の手をぎゅっと握ったまま離さずにいた。
「ゆっくりで大丈夫ですよ。何でもお申しつけください」
「そしたら、もうちょっとお姉さんとお話したい。いい?」
うーん。あまり遅くまで星奈様が起きている事態は明日にも影響が出るだろうし、避けたい。
「私のお部屋でいい?」
「えっと」
正直に言ってしまうとそれはできない。こんな夜更けにお客様の部屋に使用人である私が仕事以外で立ち入るなどあってはいけない話だ。
しかも星奈様は女性で、まだ子供だ。
どうやって断ろうかと考えていると、腕を引っ張られた。
「少しだけだから、お願い」
「わかりました。少しだけですよ」
こんな風にお願いされてしまっては断れるわけもなかった。
北小路の旦那様からもよろしく言われていたし、少し部屋で話すくらいならいいだろう。
「その代わり、星奈様はベッドに入って下さいね。それで寝るまでの間お話をしましょう」
私は星奈様をベッドへと促し、布団を掛ける。
自分はベッド横のサイドテーブルの椅子をお借りして、そこに腰かけた。
「アリサさんはどうして日本語が話せるんですか?」
「丁度星奈様と同じくらいの年齢の時に、日本人の先生から勉強を教わっていたことがありますです。その時に日本の事を聞いて、いつか行ってみたと思って少しづつ勉強をしているのですよ」
「アリサさんは凄いね、私なんて英語、全然ダメなのに」
「そんなことはないでます」
「ふふっ」
励まそうとしたがその前に星奈様は笑顔になった。
「アリサさんの日本語、ちょっと変」
「本当ですか?」
「うん、『ないでます』じゃなくて『ないです』が正しかったよ」
「なるほど、やはり私の日本語がまだまだです」
「じゃあ私が日本語教えるから、アリサさんは英語を教えて」
「えぇ、もちろんです。では早速なのですが――」
それから私たちは日本語について話していたが、気づいたら脱線し、日本での生活についての話を時間を忘れるほどに楽しんだ。
妹が居たらきっとこんな感じなのだろうか、と喋り疲れて寝てしまった星奈様の布団をかけなおして
私は部屋をそっと出た。