タカマガハラの使者と如月地所
早朝の如月地所オフィスは、いつもと違う緊張感に包まれていた。社長室には、如月地所の社長をはじめ、幹部たちが一堂に会していた。普段は穏やかで落ち着いた社長も、この日はどこか神経質な様子で椅子に深く腰掛けていた。
「これが本当に必要な会議なのか？」副社長が低い声で呟いた。
「当然だ。」社長は短く返答し、手元の書類を整理している。「タカマガハラからの使者と直接会談するのは、今後の会社の方向性に大きな影響を与える。失礼があってはならない。」
副社長は納得がいかない様子で頷いたが、これ以上反論することはなかった。他の幹部たちも、静かにその場の空気を読み取り、黙っていた。
突然、ドアが開き、梅田が現れた。彼はいつもの陽気な態度を抑え、緊張した面持ちで社長に頭を下げた。
「社長、タカマガハラの使者が到着しました。」梅田は控えめな声で報告した。
「わかった、通してくれ。」社長は軽く頷き、梅田に促した。
梅田が使者を案内するために再びドアを開けると、目の前に異質な存在が立っていた。タカマガハラの使者は、まるで人間ではないかのような雰囲気を纏っていた。彼は高貴な装いをしており、空気の一部であるかのように自然にその場に溶け込んでいた。彼の目は冷たく輝き、如月地所の幹部たちを一瞥すると、微笑を浮かべた。
「如月地所の皆様、お招きに感謝いたします。私はタカマガハラの代表として、この地に参りました。」使者の声は静かでありながらも、どこか力強い響きを持っていた。
社長は深々と頭を下げ、使者に敬意を表した。「こちらこそ、タカマガハラからの訪問を光栄に思います。どうぞ、お座りください。」
使者は優雅に椅子に腰掛け、改めて周囲を見渡した。「さて、我々がここに来た理由はただ一つ。あなた方の会社が、我々の領域に対して何らかの影響を及ぼした可能性があることを確認し、必要な対応を取るためです。」
その言葉に、幹部たちは息を飲んだ。梅田は冷や汗をかきながらも、冷静さを保っていた。
「具体的には、どのような影響が考えられるのでしょうか？」社長が慎重に尋ねた。
「我々の世界とこの世界の境界が、ある一部の活動によって不安定になりつつあります。その原因を特定し、今後の対策を講じる必要があります。」使者は厳粛な表情で答えた。
「その活動というのは……」社長が言葉を選びながら質問しようとしたが、使者はそれを遮った。
「蒼華、彼女が原因の一つです。彼女の持つ特異な力が、我々の領域に干渉しているのです。」
蒼華の名が出た瞬間、社長を含む全員が動揺した。彼女が何か大きな問題を引き起こした可能性があるとは予想していなかった。
「そうですか……しかし、彼女の能力がここまで大きな影響を及ぼすとは考えておりませんでした。」社長は眉をひそめながら答えた。
「彼女自身がその力に自覚的でない以上、彼女を責めることはできません。ただ、我々としては、その力を無闇に使われないように管理する必要があります。」
「確かにその通りです。蒼華には、これ以上無駄な干渉をしないよう、指示を出すことにいたします。」社長は深く頷き、他の幹部たちもそれに同意するかのように頭を下げた。
使者は再び微笑を浮かべた。「それで結構です。あとは、今後の協力体制について話し合いましょう。」
この後、双方は今後の対策や協力の方法について、詳しく話し合った。使者は、自らの立場を明確にしつつも、如月地所の立場を尊重する姿勢を示し、社長もその誠意に応えた。双方の合意が形成されるまで、会談は長時間に及んだ。
会議が終わると、使者は立ち上がり、最後に一言を付け加えた。「我々の目的は、両世界の調和を保つことです。そのために、今後も情報交換と協力を続けていきたいと考えています。」
社長は丁寧にお辞儀をしながら答えた。「もちろんです。我々もそのために全力を尽くします。」
使者は満足そうに頷き、最後に一礼して退出した。
会議室に残された社長と幹部たちは、しばしの間、無言でお互いを見つめ合った。緊張が解けた瞬間、皆一斉に深いため息をついた。
「大変だったな……」副社長が口を開いた。
「だが、無事に終わった。これで少しは安心できるだろう。」社長はそう言いながらも、まだ肩の力を抜くことができないようだった。
「さて、これからが本番だな。」梅田が軽く肩をすくめて言った。
「梅田君、後処理は君に任せるよ。私は少し休ませてもらう。」社長がそう言い、疲れた顔で椅子から立ち上がった。
「え、アタシが全部やるんですか？」梅田は驚いたが、社長は振り返らずに部屋を出て行った。他の幹部たちも同じように退出し、結局、梅田は一人で大量の書類と報告書を抱えることになった。
「ったく……こういう時だけ押し付けられるんだからな。」梅田は苦笑しながらも、手際よく仕事を進めることにした。
一方、蒼華はというと、如月地所から依頼された新しい短期アルバイトに挑戦していた。今回の仕事は、星熊博士の助手として働くことであった。
「うーん、なんだか難しそうな仕事だけど、博士のところなら面白い発明が見られるかもしれないし、やってみようかな……」蒼華は少し不安そうにしながらも、自分を奮い立たせて星熊博士の研究室に向かった。
「おお、蒼華ちゃん、よく来たね！」星熊博士は元気よく迎え入れてくれた。「今日は君に、私の最新の発明を手伝ってもらう予定だ。」
「はい、頑張ります！」蒼華は気合を入れて答えた。
「まずは、この装置を組み立てるところから始めよう。」星熊博士は巨大な機械の部品をいくつか取り出し、蒼華に手渡した。「これを正しい順序で組み立てるのが君の仕事だ。私が指示するから、安心してやってみてくれ。」
蒼華は慎重に部品を手に取り、博士の指示に従って機械を組み立て始めた。部品の一つ一つは重く、複雑な形をしていたが、蒼華は集中して作業を進めていった。
「これがこうで……それで、次はこれをここに……」蒼華は指示通りに手を動かし、次第に機械が形になっていくのを感じた。
「いいぞ、その調子だ！」星熊博士は満足げに見守りながら、蒼華の進捗を確認していた。
作業が進むにつれて、蒼華の緊張もほぐれていった。彼女は博士の助手としての仕事にやりがいを感じ始め、自然と笑顔がこぼれた。
「これなら、私にもできるかも……！」蒼華は心の中で自分を励ましながら、さらに作業に集中した。
こうして、蒼華の新しいアルバイト生活がスタートした。星熊博士の下で、彼女は未知の技術や発明品に触れながら、少しずつ成長していくのだった。
星熊博士の研究室は、まるで異次元の世界に足を踏み入れたかのようだった。巨大な機械が床一面を占拠し、壁には奇妙な図面や設計図が貼られている。蒼華は、この新しい環境に少し戸惑いながらも、星熊博士の指示に従って仕事をこなしていた。
「さて、次はこの装置の試運転だよ！」博士は目を輝かせながら、蒼華に銀色の装置を見せた。「これは『思考操作ドローン』と言って、ターゲットの考えを読み取って、それに基づいて行動を指示することができるんだ。」
「えぇ、すごいですね！そんなことができるなんて…」蒼華はその装置を興味深そうに見つめた。
「まぁ、まだ実験段階だからね。完全に動作するかは試してみないとわからないけど。」博士は装置を丁寧にセットアップしながら、説明を続けた。「それから、こちらの『多重結界操作装置』もね。これは一度に複数の結界を制御できる優れものだよ。これを使えば、普通の人間でも結界の管理が簡単にできるようになるはずなんだ。」
「結界…ですか？それって、なんだかファンタジーみたいですね。」蒼華は興味津々に聞き返した。
「そうだね、確かに一見するとファンタジーっぽいかもしれない。でも、これが実際に役立つ状況もあるんだよ。たとえば、霊的な存在や異世界の干渉を防ぐためには、こうした技術が必要なんだ。」博士は真剣な表情で説明を続けた。
「へぇ…私にはちょっと難しそうですけど、頑張ってお手伝いします！」蒼華は決意を新たにし、博士の指示に従って装置の準備を進めた。
装置がすべてセットアップされると、博士はスイッチを入れる準備を始めた。「よし、まずは思考操作ドローンの試運転から始めようか！」
博士がスイッチを押すと、ドローンが静かに浮上し、研究室内をゆっくりと飛び始めた。ドローンには小さなカメラが搭載されており、室内の様子をモニターに映し出していた。
「すごい…本当に飛んでるんですね！」蒼華は目を輝かせてドローンを見つめた。
「ふふふ、まだこれからが本番だよ。」博士は自信満々にモニターを操作し、ドローンに命令を送り始めた。「まずは、このドローンがターゲットの思考をどれだけ正確に読み取れるか、試してみよう。」
すると、ドローンが突然蒼華の方に向かって飛んできた。蒼華は驚いて後ずさりしたが、ドローンは彼女に危害を加えることなく、ただじっと彼女を見つめるだけだった。
「蒼華ちゃん、今ドローンが君の考えを読み取ろうとしてるんだよ。」博士が笑いながら説明した。
「えっ、私の考えを？」蒼華はドキッとしながら、自分の頭の中を探られているような気がして少し不安になった。
「そう、そしてその考えに基づいて、ドローンが次の行動を決めるんだ。」博士が指を鳴らすと、ドローンが再び動き始めた。今度は、蒼華の手元にある工具箱に向かって飛んでいき、その中から何かを探し始めた。
「これは…スパナ？」蒼華は困惑しながら、ドローンがスパナを取り出して自分に差し出しているのを見つめた。
「どうやら、君が今必要だと思っている道具を見つけてくれたみたいだね。」博士は満足げに頷いた。
「へぇ…面白いですね。でも、ちょっと怖いかも。」蒼華は苦笑しながらスパナを受け取った。
その時、研究室のドアが勢いよく開き、梅田が飛び込んできた。「ちょっとぉ！博士、助けてくれるかしら？」
蒼華と博士が振り返ると、そこにはオネエ口調で大声を張り上げる梅田の姿があった。彼は焦った様子で、手に大量の書類を抱えながら駆け寄ってきた。
「梅田さん？どうしたんですか？」蒼華は驚いて問いかけた。
「実はね、例の事件がまだ解決してないのよ。またトラブルが発生しちゃって…」梅田は溜息をつきながら、博士の方を見つめた。「博士、お願いだから力を貸してくれないかしら？」
「また何かあったのかい？」博士は腕を組みながら、冷静に梅田の話を聞いた。
「そうなのよ！如月地所の一部の地域で水が無くなってるの！」梅田は大げさに手を振り回しながら説明を続けた。「これはもう普通の現象じゃないわ。何か別の力が働いてるに違いないの。」
「水が無くなる？それは確かに普通じゃないな。」博士は首をかしげながら、何かを考え込んでいる様子だった。
「たぶん水を認識出来ない認識阻害現象が起きてると思うの、だからね、博士の『認識固定装置』を使って、この異常現象を何とかしてほしいのよ！」梅田は切実な表情で頼み込んだ。
「なるほど、認識固定装置か…」博士は一瞬考えた後、頷いた。「よし、それなら早速試してみよう。だが、この装置はまだ試運転中だから、うまくいくかどうかは保証できないよ。」
「そんなこと言わないで、博士！お願いだから！」梅田は半ば泣きそうな顔で懇願した。
「わかった、わかったよ。そんなに頼まれたら断れないじゃないか。」博士は笑いながら、認識固定装置の準備を始めた。「蒼華ちゃん、君も手伝ってくれるかい？」
「はい！」蒼華は元気よく返事をし、博士と一緒に装置のセットアップを始めた。
認識固定装置は巨大で複雑な機械だったが、博士の指示に従って動かすことで、徐々にその全貌が明らかになっていった。装置はまるで巨大なアンテナのような形をしており、何やら複雑な配線が絡み合っていた。
「これで、指定した場所の認識を制御できるようになるんだ。」博士は自信満々に装置の説明をしながら、スイッチを入れた。
装置が動作を始めると、研究室内の空気が一変した。機械から発せられる低音の振動が、周囲の空間を揺るがすように響き渡った。蒼華はその異様な雰囲気に緊張しながらも、博士の指示に従って作業を続けた。
「さて、これで準備が整った。梅田君、指定の座標を入力してくれ。」博士が梅田に指示を出した。
梅田は手元の書類を確認しながら、指定された座標を装置に入力した。「ここでいいのかしら…」
「大丈夫だ。それで、これから認識を固定するための信号を送るよ。」博士は操作パネルを慎重に操作し、装置が作動するのを見守った。
しばらくすると、モニターに表示された空の溜池の映像は変化無くなんとも言えない雰囲気を醸し出していた。
「これで溜池の水位が認識できるはずだよ。」博士は満足げに頷いた。
「本当に？急遽断水したから解決しなかったら偉い人に怒られちゃうのよ？」梅田は不安そうにモニターを見つめながら、信じられないような表情を浮かべた。
「信じてみなよ、梅田君。これが科学の力だ。」博士は自信に満ちた笑みを浮かべ、装置の動作を監視していた。
そして、少しの時間が経過した後、モニターの映像が変わり始め溜池に水位が現れて、異常現象は収束したようだった。
「やった！見える様になったわ！」梅田は歓喜の声を上げ、博士と蒼華に感謝の言葉を述べた。「ありがとう、博士！あなたのおかげで助かったわ！」
「どういたしまして。これで一件落着だね。」博士は微笑みながら、装置を停止させた。
こうして、星熊博士と蒼華の協力で、また一つの異常現象が解決された。しかし、この奇妙な出来事は、彼らの日常に新たな波紋を広げるきっかけとなるのだった。
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