小さな来訪者
ある日、蒼華はアパートの廊下で梅田にばったり会った。最近のバイトでの奇妙な体験から解放されたばかりの彼女だったが、梅田が見せた不敵な笑みが気になり、足を止める。
「ねぇ、蒼華ちゃん。次のバイト先、見つけたわよ。」
「また怪しそうな仕事…ですよね？」
蒼華は半分あきらめた表情で答えたが、梅田は意に介さず続けた。
「今回はペットショップ。可愛い動物たちに囲まれて、楽しく仕事ができると思うわよ。」
「えっ、ペットショップ？それは普通…ですよね？」
蒼華は驚いたが、梅田の仕事が「普通」で終わることはないと考え直し、疑念を抱いた。
「ええ、如月地所が所有しているショップだから、ちょっと変わったところもあるけど、そこは気にしないで！」
梅田の「ちょっと変わった」という言葉が引っかかったが、蒼華は結局そのバイトを引き受けることにした。何か不吉な予感がしながらも、どうせ怪奇現象は轟君がどうにかしてくれると考えたのだ。
翌日、蒼華は指定されたペットショップ「ふしぎな仲間たち」へ向かった。店内に入ると、明るく清潔で、いろいろな種類のペットが展示されていた。犬、猫、ウサギ、鳥、そして少し珍しい爬虫類まで揃っている。
「いらっしゃいませ！」
店の奥から明るい声が聞こえ、蒼華は振り向く。そこには店長らしき女性が立っていた。彼女は親しげに笑いながら蒼華に手を振り、仕事の説明を始めた。
「今日は一日、店内でお客さんの対応や動物たちの世話をお願いするわね。特に難しいことはないから、リラックスして働いてね。」
蒼華は少し安心しながらも、店内を見渡す。普通のペットショップに見えるが、どこか違和感がある。すべてが整然としているようで、何かが乱れているような…。その違和感を払拭できぬまま、仕事が始まった。
蒼華が店内を歩き回り、動物たちの様子をチェックしていると、突然、背後でガサガサと物音がした。振り返ると、陳列棚の上に置かれたペットフードの袋が一つだけぐらついている。袋の中から何かが動いているような感じがした。
「えっ？中に何か入ってるの？」
不審に思いながらも、蒼華はそっと袋を開ける。すると、袋の中から現れたのは、小さな人間の姿だった。わずか数センチほどの身長で、まるでおもちゃのようだが、確かに動いている。
「え、えぇっ！？」
驚きのあまり、蒼華は後ずさりしてしまった。だがその瞬間、小人は袋から飛び出し、素早く棚の陰に隠れてしまった。
「今の…見間違い？」
蒼華は自分の目を疑ったが、直後に店内の別の場所からも小さな物音が聞こえてきた。今度は小動物のケージの中で、何かが動いている。
恐る恐るケージを覗き込むと、そこには再び別の小人がいた。今度は小さな掃除道具を持ち、ケージ内を掃除しているようだ。
「これって…本当に小人？」
現実とは思えない光景に、蒼華は立ち尽くした。だが、その間にも小人たちは次々と現れ、店内をあちこちと駆け回り始めた。
「これは一体…どうなってるの？」
蒼華はパニックに陥りそうになったが、なんとか冷静さを保ちつつ、店長にこの異常事態を伝えようとした。
蒼華は店長に急いで駆け寄り、店内で見たものを説明した。店長は最初は笑っていたが、蒼華の真剣な顔を見て、その場で確認に向かった。
「小人なんてありえないわよ。でも、そんなことが…」
しかし、店長が店内を見渡した瞬間、小人たちのいたずらが目の前で繰り広げられているのを目撃してしまう。小さな人々がペットの餌を散らかしたり、展示用のペットをからかったりしている様子は、まさに混沌そのものだった。
「こ、これは一体…どういうこと？」
店長は驚愕し、混乱し始めた。蒼華も同様に困惑していたが、とにかくこの事態をどうにかしないといけないと感じた。
「とにかく、何とかしないと…！」
蒼華は思わずそう言い、店長と共に小人たちを追いかけ始めた。彼らを捕まえることができれば、この異常事態を終わらせることができるかもしれないと考えたからだ。
蒼華と店長は、小人たちを捕まえようと店内を駆け回る。しかし、彼らは驚くほど素早く、二人が手を伸ばすたびにピョンと跳ねて逃げてしまう。
「待って！ここはペットショップなんだから、大人しくしてよ！」
蒼華が必死に声をかけるが、小人たちは全く気にする様子もなく、さらに店内でいたずらを続ける。餌袋を破いたり、ペットのケージを開けて動物たちを逃がそうとしたり、あたりはまるで騒動の真っ只中だ。
「こんなこと、どうしたらいいの…？」
店長も完全に途方に暮れている。蒼華は何とかこの状況を収めようとするが、もはや人手だけではどうにもならないと感じ始めていた。
その時、蒼華の頭にある考えが浮かぶ。これはもしかして、また怪奇現象の一種ではないかということだ。もしそうなら、あの人に頼むしかない。
「轟君に連絡を取るしかないわ！」
蒼華はすぐに携帯電話を取り出し、轟君に連絡を取った。彼にペットショップで起きている異常な状況を説明すると、轟君は意外にも冷静に聞き、すぐに現場に駆けつけることを約束した。
しばらくして、轟君が店に到着する。彼は店内の混乱を一瞥すると、即座に状況を把握し、小さな道具箱を取り出した。
「やはり…これはただの小人ではなく、霊的な存在が引き起こしたものですね。」
「霊的な存在…？でも彼らは本当に実体があるように見えますよ？」
蒼華は不思議そうに問いかけたが、轟君は手際よく道具箱から特殊な器具を取り出しながら説明を始めた。
「この小人たちは、実際には古い土地の霊的な残留物が具現化したものです。彼らは普段は無害ですが、何らかの理由で刺激されると、こうして実体化していたずらを始めるんです。」
轟君はその説明をしながら、小さな金属製のトラップを店内の数箇所に設置した。それは、轟工務店が開発した特製のトラップで、霊的な存在を捕まえて封じ込めるためのものだった。
轟君がトラップを設置して数分も経たないうちに、小人たちは次々とそのトラップに引き寄せられるようにして捕らえられていった。トラップに触れた瞬間、小人たちは小さな光の玉になり、器具の中に吸い込まれていく。
蒼華と店長は、その光景を呆然と見つめていた。あんなに活発だった小人たちが、まるで魔法のように静かに消え去っていく様子は、まさに超常現象のようだった。
「これで、もう大丈夫です。あとはこのトラップを回収して、工務店で処理します。これでペットショップにも平穏が戻るでしょう。」
轟君はそう言い、最後のトラップを慎重に回収した。彼の冷静な対応に、蒼華も店長も安心し、ほっと一息ついた。
「本当に助かりました、轟君。こんなこと、普通の人間には到底対処できなかったわ。」
店長は感謝の言葉を述べ、蒼華も深く頷いた。
その後、ペットショップは再び平穏を取り戻し、蒼華も無事にバイトを終えることができた。小人たちのいたずらもすっかり収まり、店内は以前のように整然とした空間に戻っていた。
蒼華は報酬を受け取り、店長から感謝されながら店を後にした。ペットショップでの出来事を振り返りながら、彼女は再びあの奇妙な感覚を覚えた。この仕事が終わった今、次は一体どんな怪奇現象に巻き込まれるのだろうと。
その夜、蒼華は部屋でリラックスしていると、またもや梅田から電話がかかってきた。
「ねえ蒼華ちゃん、次のバイトも見つけたわよ。今度はね、ちょっと面白い案件なんだけど…」
梅田の明るい声が電話越しに響く。それを聞いて、蒼華は少しだけ気が重くなったが、同時に何かしらの期待感も覚えていた。
「また…奇妙な仕事なんだろうなぁ。でも、面白いかも。」
蒼華はそう思いながら、次の挑戦に心を準備し始めるのだった。
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