選択の時
タカマガハラの神殿に、緊張感が漂っていた。テンシ様は重々しい表情で座し、神殿の中心に集まった蒼華たちを見下ろしている。先ほどの出来事で元の姿に戻った蒼華は、再び現実に直面していた。アマツミカボシの復活が現世に多大な混乱をもたらしているという事実が、神殿の空気をますます重苦しいものにしていた。
「この状況において、我等が取るべき道は二つじゃ。」
テンシ様が口を開くと、神殿内の空気がさらに引き締まった。
「一つ目は、選ばれし者たち、つまり、優秀な人物や各種の専門家をこのタカマガハラに避難させ、現世を見捨てるじゃ。」
その言葉に、蒼華は息を呑んだ。現世を見捨てる…その選択がもたらす影響は計り知れない。
「もう一つは、代償を支払い、かつてアマツミカボシを討ち取った神器、フツノミタマを用いて戦うこと。」
テンシ様は冷静に、しかし確固たる意思を持って続けた。
「フツノミタマ…」
轟が低くつぶやいた。かつてその名を耳にしたことがあるが、実際にそれを目にすることになるとは思ってもみなかった。
テンシ様は静かに頷き、話を続けた。「かつて、アマツミカボシが初めて現世に現れたとき、我が父、ミカドがフツノミタマを用いて討ち取った。しかし、その戦いは容易ではなく、莫大な力と代償が必要じゃった。」
「その代償とは…？」
蒼華はおそるおそる尋ねた。
テンシ様の瞳が鋭く光り、蒼華を見つめた。「その代償は、そなたの持つ現実改変能力じゃ、妻良蒼華。」
その言葉を聞いた瞬間、蒼華は心臓が止まるかのような衝撃を受けた。自分の能力が、今この状況を解決するための鍵であるという現実が、彼女の心に重くのしかかった。
「現実改変能力を失う…ということですか？」
轟が尋ねたが、その声には迷いが混じっていた。
「そうじゃ。」
テンシ様は静かに答えた。「フツノミタマは、その代償としてそなたの能力を吸収し、それによってアマツミカボシに対抗する力を発揮するのじゃ。」
蒼華は複雑な感情に押しつぶされそうになりながらも、考えを巡らせていた。自分の力が、現世を救うための唯一の手段であることは理解していた。しかし、その力を失うことで、これまで築き上げてきたものすべてを失うことにもなる。
「私たちは…どうすれば…？」
蒼華は答えを求めるように、テンシ様を見つめた。
「選択はそなた次第。」
テンシ様の言葉は厳かでありながらも、どこか慈悲深いものだった。「現世を捨て、タカマガハラで安全を保つか、それとも、戦いに挑むか。」
蒼華はしばらく沈黙し、深く考え込んだ。しかし、彼女の心には一つの決意が芽生え始めていた。自分の力が必要ならば、そしてそれがみんなを救うための手段であるならば、迷うべきではないのだと。
「戦いましょう。」
蒼華は毅然とした態度で答えた。「私の力を使ってください。それでみんなが助かるなら、私はそれを望みます。」
その言葉を聞いたテンシ様は、微笑みを浮かべた。「そうか…それがそなたの選択か。」
テンシ様の命令で、ミツルギが一歩前に進み出た。彼女は蒼華の前に跪き、手のひらを広げた。すると、その手のひらの上に、小さな石の剣が浮かび上がった。
「これが…フツノミタマじゃ。」
テンシ様はその剣を見つめ、静かに言った。
蒼華はその剣を手に取り、重みを感じた。それはただの小さな石の剣でありながらも、その中に秘められた力は計り知れないものだった。自分の運命を決するこの剣が、今彼女の手の中にあるのだ。
「ありがとう、蒼華。」
ミツルギは微笑みながら言った。「あなたの選択が、私たち全員の未来を救うかもしれない。」
蒼華はフツノミタマをしっかりと握りしめ、決意を新たにした。どんな困難が待ち受けていようとも、彼女はこの剣と共に戦い抜くことを誓った。
テンシ様は再び玉座に座り直し、神々しい威厳を取り戻した。「では、我々は戦いに挑む。アマツミカボシを再び封じるために、全力を尽くすのじゃ。」
神殿の中に緊張感が再び高まり、蒼華たちはこれから待ち受ける戦いに備えた。それぞれの胸には不安があったが、それ以上に強い決意が燃え上がっていた。
タカマガハラの神殿でフツノミタマを手に入れた蒼華は、テンシ様から次の指示を受けるために身を固めていた。しかし、その一方で心の中には不安と期待が入り交じっていた。
「さて、これからはアマツミカボシを誘き寄せる準備を始めるぞ。」
テンシ様は、冷静に状況を見極めながら話し始めた。「そのためには、現世で発生している怪奇現象を収める必要があり。それにより、アマツミカボシが現世に現れることを誘発するのじゃ。」
蒼華はテンシ様の言葉に耳を傾けながら、手元のフツノミタマを握りしめた。この小さな剣が、これからの運命を握っているのだ。
「タモちゃん、準備はいい？」
蒼華は隣にいるタモちゃんに声をかけた。すると、いつもは可愛らしい少女の姿をしているタモちゃんが、目を輝かせながら元気よく頷いた。
「もちろん、バッチリだよ！大きな姿になるの、久しぶりだからちょっとドキドキするけどね。」
タモちゃんは、少女の姿から徐々にその本来の大狐の姿へと変わっていく。白く輝く毛並みは、神々しい光を放ち、まるでタカマガハラそのものを象徴するかのようだった。
一方、その頃現世では、タカマガハラの霊獣たちが次々と現れては、発生している怪奇現象を鎮めていた。異様な光景に、SPPの調査員たちは目を丸くし、歓喜の声を上げた。
「なんてこった、あの不気味な怪奇現象が次々と消えていくぞ！」
調査員の一人が叫びながら、目の前の光景に驚きの表情を隠せなかった。
「これは…一体何が起きているんだ？」
梅田さんは眉をひそめながら、次々と消えていく怪奇現象を見つめた。その背後には、これまでの努力が報われる瞬間を見逃すまいとする轟の姿もあった。
「梅田さん、どうやら私たちの努力が報われたようですね…」
轟は満足げに言ったが、その言葉に深く頷く梅田さんの表情は、どこか安心感と喜びに満ちていた。
「やっと終わったのね、これで少しは平穏な日常に戻れるわ。」
梅田さんは深い溜息をつきながら、しみじみとした口調で呟いた。
しかし、そんな彼らの思いとは裏腹に、空気は急速に変わり始めた。タカマガハラの霊獣たちが一斉に立ち去り、最後の怪奇現象が収まった瞬間、空が暗く染まり始めたのだ。
「何かが…来る！」
轟が警戒しながら叫んだ瞬間、空間がねじれるように歪み、一筋の闇が現れた。
その闇の中から、巨大な存在が姿を現した。アマツミカボシだ。その姿は見る者すべてを恐怖に陥れるほどの威圧感を放ち、周囲の空気が一瞬にして凍りつくようだった。
「ついに来たか…！」
蒼華は緊張しながら、タモちゃんに跨がった。大狐の姿をしたタモちゃんは、その白い毛並みをなびかせ、鋭い目でアマツミカボシを見据えていた。
「行くわよ、タモちゃん！」
蒼華はフツノミタマを高く掲げ、力強く叫んだ。タモちゃんは力強く地を蹴り、空高く舞い上がった。
「任せて、蒼華ちゃん！私たちなら絶対にやれるよ！」
タモちゃんの声には確信が満ちていた。その言葉に、蒼華も勇気をもらいながら、大空を駆け巡る。
アマツミカボシはその圧倒的な力で攻撃を仕掛けてきたが、タモちゃんは巧みにそれをかわしながら、蒼華を守り続けた。
「フツノミタマの力を解放するんだ、蒼華ちゃん！」
タモちゃんの声が響く中、蒼華は心の中で祈りを捧げながら、フツノミタマに力を込めた。
「この力で、すべてを終わらせる…！」
蒼華の声と共に、フツノミタマが眩い光を放ち、アマツミカボシに向かって突き進んでいった。
その瞬間、空が一瞬にして輝き、全ての音が消え去った。アマツミカボシの姿はその光に飲み込まれ、次第に消えていった。
静寂が戻り、空には再び青空が広がった。蒼華とタモちゃんは無事に地上に降り立ち、ようやく一息つくことができた。
「やったね、蒼華ちゃん！」
タモちゃんは嬉しそうに尻尾を振りながら、元の少女の姿に戻った。
「本当に…終わったんだね。」
蒼華はほっとしたように微笑み、フツノミタマを握りしめた。これから何が待ち受けているのかはわからないが、少なくとも、彼女たちは共に戦い抜いたのだ。
遠くから駆け寄ってくる梅田さんと轟の姿が見え、蒼華はようやく安心感に包まれた。今はただ、この瞬間を喜び、次なる試練に備える時間だ。
神殿に戻ると、テンシ様が静かに迎えてくれた。その顔には、わずかながらも安堵の色が見て取れた。
「でかしたぞ、蒼華。」
テンシ様の言葉に、蒼華は深く頭を下げた。今はただ、この一瞬の平穏を噛みしめるだけだった。
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